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清田誠対ルキウス


 オレとジジイの距離は30メートル。と言っても、こんな間合いは実際は無に等しい。


 ほら、もう目の前に刃が迫ってる。


 オレはジジイの一太刀を剣をぶん投げで弾く。オレの剣がジジイの刀の軌道をずらして、上空へと打ち上がった。


 オレはすかさず地面を蹴る。そしてあっという間に剣に追いつくと、そのままかかと落としをくれてやった。剣は鋼の隕石となってジジイへと落下していく。


 ジジイはオレの動きが予想外だったらしい。虚を突かれた顔をしながら衝撃を防いでいた。抉れた地面がジジイのシワの入ったボディに傷をつける。


(あん)ちゃん滅茶苦茶やるなぁ。剣術とか習ってないのか?」


「オレは我流だ。習わなくても強けりゃいいだろ」


 剣の刺さった場所に着陸したオレは、ジジイの質問に答えてやる。


「そんなもんかねぇ」


「そんなもんだ。イヤでも実感させてやるよ!」


 オレは剣をブンブンと振り回わしながらジジイへと向かっていく。通称「いい感じの枝振り」。


 ジジイは流石に熟練してるな。オレの棒振りに丁寧に太刀筋を合わせて攻撃を受けてる。偶に刀を鞘に戻して態勢を立て直す癖があるが、そのお陰かやたらと斬撃が速い。いくつもの太刀筋を、出してからしまうまでの一呼吸で用意してくる。


「ジジイ。その鞘に刀をしまう癖はなんだ? ぶっちゃけ無駄だろ?」


「居合斬りさね。こうやって溜めを作ることで(あん)ちゃんの速度に対応してんのさ」


「はっ! 小賢しいマネを!」


「褒め殺しか? 賢しいなんざ言われるとはねぇ」


 別に褒めてねぇ。


「なにせワシは……」


 まだ続くの……なっ⁉


「剣術バカとしか言われて来なかったんでね」


 ジジイが太刀筋を1つにした途端、雷を纏ってとんでもねえ速さで斬りつけてきやがった。


 オレはジジイの一撃をモロに喰らっちまう。身体は斬れてなかったがくっそ痛ぇ!


「一の居合・疾雷(しつらい)


 ジジイは技名みたいなことを(のたま)う。確かに、ジジイが本気で殺す気だったら死んでたかもな。はっきり言って油断した。殺す気は無くても、殺せる技は出せるのか。


 オレにはそんな真似はできない。オレが殺す技を出すときは、本当に殺すときだ。


「やるなジジイ!」


「そう言って貰えんのはありがたいねぇ」


「だから、今度はオレが本気を出してやる。死ぬなよジジイ」


 オレのトーンの下がった声にジジイは少し目を尖らせた。どうやら気づいたらしい。オレが調伏した獣に。


 ジジイは刀を抜いて上段に構える。その構えに呼応するように、徐々に空が暗くなる。さては雷を落とす気だな。


 だが、そんなことで黒い獣は止まらない。雷を喰らってジジイも喰らう!


「一の太刀・紫耀(しよう)!」


暴虎憑牙(ぼうこひょうが)!」


 オレとジジイは技名を叫びながら動く。一瞬で間合いを詰めて、剣を振り下ろす姿勢に入る。


 オレたちの動きはまったくの互角だ。普通なら、このままぶつかってイーブンだろう。


 だが、ジジイは迫る上下の牙が見えたらしい。避けろよ? じゃねぇと本当に身体が砕けるぜ?


「チェストォォォォォォ!」


「バカが! 死にてぇのか!」


 オレの上下の牙がジジイに食い込む。牙が肉を破り、赤い血を出し始めていた。このまま行けば本当に抉っちまう。


 それでもコイツは止まろうとしない。オレめがけて一撃を振りかぶってくる。


 オレの脳天にジジイの一撃が突き刺さった。クソがっ! 強引に相打ちにしてきやがった!


 脳天がバックリいかれ、紫の血がオレの目に垂れてくる。


 紫の血を見たオレの身体が、トクンと大きく高鳴った。



 マズイ! このままだと──



 そこまで考えてオレの意識は途絶えた。最後に、なぜか鋭い痛みを感じた。





「……ツンツン」


 深海から水面に出るように、ゆっくりと意識が這い上がってくる。


 気のせいか? オレのほっぺたに柔らかい指の感触が伝わってくる。


「……そろそろ起きて?」


「んあ?」


「……起きた」


 どうやら指の正体はユアだったらしい。人の寝相をマジマジと見て遊んでやがったのか。しかも、そのためにワザワザ膝枕までしてやがる。


 コイツが頬を触りすぎたのか、頬が真っ赤になっている。ったく、オレで遊びすぎだ。


「……出かけてたから殴っちゃった。ゴメンね」


「いや、いい。それよりもジジイはどうした?」


「……私が回復させておいた。ケガはもう大丈夫」


「そうか」



 危なかった。本当に殺しちまう所だった。



 オレは大事がなかったことに安堵する。がっ、同時に惨めたらしい気分だ。またユアに助けられたのか。


「おっ、(あん)ちゃん。目ぇ覚めたか」


 嬉しそうな顔でジジイがオレの様子を窺ってきた。危うく殺しかけた相手に笑顔向けるなんざ、肝が据わってるなんてもんじゃねぇな。


「すまなかったな。危うく殺しかけた」


「気にするな。ワシも久しぶりに楽しかったからな」


「死にかけといてよくそんなことが言えるな」


「だからいんじゃないか。剣ってなぁ、常に殺し殺されてこそよ」


「狂いすぎだろ」


 オレはイカれジジイに悪態をつく。けど、正直救われた気分だ。


「それじゃあワシらはそろそろ戻る。(あん)ちゃんたちも速く帰んな。ハメ外すにしても安全な場所でな」


「別の意味で外してたジジイに言われたくねえよ」


(ちげ)ぇねえ」


 最後に屈託のない笑顔で笑うと、ジジイはチンピラを引き連れて森から去っていった。


「さて、オレらも帰るか。もう大分暗い」


「……ハメ外してかないの?」


「お前……意味分かって言ってんのか、それ?」


「……」


 バカが、そんなに顔を赤くするんなら最初から言うなっての。


 ユアの膝枕の感触を名残惜しく思いながら、オレは起き上がった。


 ちなみにだが、学校祭の出し物はオレとジジイの決闘を上映することにしたようだ。ジジイは良いとして、オレが画面に映ってまともに見てもらえんのかね?

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