円卓の騎士と清田誠
「おお、有希ちゃん来たか」
「清田のおじさん。また来たんだ」
文化祭の出し物を決めたその日の放課後、僕たちが武道場に行くと清田誠さんが紬の和服で刀を振っていた。やっぱり和服と刀の組み合わせはいいね。とても様になっている。
「まあな。先日王様に迷惑かけちまったからな」
「そんな、気にしなくていいのに」
「うーす。うげ! また来てるのかよ親父!」
僕たちが清田さんと会話をしていると、娘である彩華さんが武道場に入ってきた。
「おう、来たか彩華。さっさと着替えてきてな。パパがさっそく揉んでやる」
「ちっ、分かったよ!」
彩華さんは心底嫌そうに更衣室へと入っていく。反抗期だからだろうか? やたらと父親へのアタリがきつい。
「という訳で、彩華の稽古つけても大丈夫か?」
「ええ、せっかくなんでお願いします。彩華にはおじさんが教えるのが最も効果ありますから」
「すまんね。王様。有希ちゃん」
清田さんはこちらに礼を言うと、武道場の端っこに移動し、どこから持ってきたのか藁を用意し始めた。これはあれかな? 最初から彩華さんが目的だった感じ?
「そうそう、前に王様と一緒にいた兄ちゃん。気づいてたか? かなりの使い手みたいだぞ」
清田さんは藁をいくつか設置しながら、世間話のようにルキウスについて言及してくる。よかった、この人から見ても強そうに見えてたみたいだ。
「やっぱり、清田さんもそう思いますよね。けどそんな使い手がどうして桜丘に?」
「それはワシにも分からん」
「おい親父! さっさとやるぞ!」
とここで彩華さんが戻ってきた。相変わらず片脱ぎした着物にサラシを巻いた格好している。そろそろ冬になるけど寒くないのかな?
「おし! やろうか!」
こうして武道場の一角は、親子交流の場になったのだった。
「有希さん。よろしくお願いします」
有希への挨拶をボソボソとした口調で言うのは、円卓の騎士の1人である鋼美香さんだ。拳銃に軍刀というスタイルで戦う女軍人スタイルだ。
ちなみに最近、モデルガンでBB弾を飛ばして戦うようになった。この戦闘スタイルを習得してから、瞳先生と同様に飛躍的に強くなり始めている。
「さあ、来なさい!」
有希は日本刀を正眼に構えて声をかけた。稽古の開始である。
美香さんはさっそくモデルガンの引き金を引く。そこから発射される複数のBB弾を、有希は移動回避で躱していく。
その回避した先に美香さんが追いつき、軍刀で有希に斬りつけてきていた。上手い、きちんと動きを誘導できている。
だがそれで攻撃を受けるほど有希は甘くない。その一太刀を有希は刀で弾き、返した流れで一撃を浴びせた。
「動く先を予測するのはいいけど、そこから反撃されることも想定しないとダメよ」
「はっ! 参考に致します!」
美香さんは荒々しい口調で有希に返事をする。この人は銃を握ると性格が変わるのだ。最近戦い方が定着してきたのも、この事実に気づいたのが大きかった。
「さあ、まだまだ来なさい!」
有希が美香さんに呼びかけると、2人は再び戦闘に入っていった。
「さて、僕たちも続けようか」
「はい! よろしくお願いします!」
そして僕は、吉澤グループの娘でレイカさんの妹である吉澤ソソさんと対峙していた。
彼女を一言で表すと痴女だ。へそ出しの白トップスにワンショルダーの黒い革ジャン、そこに超がつくほどミニな黒スカートという、肌割合何パーセントなん? って格好をしている。彩華さんと同様に寒そうだ。
そして、その背中にはどでかい斧剣を背負っていた。この斧剣は最新技術でできた特殊な一品で、片面が研ぎ澄まされた剣、もう片面がボコボコの斧という二面構造になっている。
当然のことだが、この構造を両立させるには分厚い刀身が必要であり、実際この斧剣はそれを実現させるためにとんでもない重量になっている。然気を纏ったときに持ってなお重量感を感じるほどだ。
しかしそんな代物をソソさんは、生まれながらの怪力で軽々と振り回すことができていた。筋肉はそんなについてないが、まず間違いなく恵体と言っていいだろう。
「さあ来い!」
僕はエクスカリバーを構えて呼びかける。
「行きます!」
僕の呼びかけに応じたソソさんは、斧の刀身をブンブンと振り回しながら接近してきた。そして、振り回す勢いをそのままこちらにぶつけてくる。よく言えば無秩序、悪く言えば適当なその振り回しは、ソソさんの怪力によって驚異的な攻撃になっていた。
ただそれはあくまでも素人から見た考え。きちんと剣の腕を磨いた僕なら対応できる。
「勢いはあるけど、斧の方ばっかり使ってたら剣が泣くよ! もっと斬打を使い分けないと」
「はい!」
ソソさんは元気よく声を出し、今度は剣の方を中心に攻めたてる戦い方をしてきた。って、それじゃあ剣と斧を変えただけだよ!
「今度は剣ばっかりになってるよ! きちんと斧の方も使おう!」
「はいい!」
ソソさんは悲鳴のような声を上げながら、少しずつ斧の刀身も混ぜて攻撃を始める。いいよいいよ、その調子!
スポッ
「あっ!」
だがその調子は長続きしなかった。身体をセオリー外な使い方したのがよくなかったのか、斧剣が手から抜けてすっぽ抜けてしまう。
「危ない!」
僕は斧剣の向かう先に叫ぶ。吹っ飛んだ斧剣はまっすぐ清田親子の元に向かっていた。まずい! 流石に不意打ちで当たったらただじゃ済まない!
親子もすぐに状況に気づいたようだ。向かってくる鉄の塊に視線を向ける。だが彩華さんはいきなりの出来事に驚いてしまったらしく、その場から動けずにいた。
対して清田さんは涼しい眼で状況を観察し、腰に差していた刀に手を添える。
そこから一呼吸つくと、白銀の光がいくつも鞘から伸びた。放たれた無数の居合は斧剣の軌道を大きくずらし、清田親子に当たることなく壁に激突する。
──やっぱりすごい
僕は語彙力を消滅させて感想を述べる。居合斬りに限って言えば、この人は有希に匹敵する実力を持っているのだ。
だがそんな風に油断していたのがよくなかったのだろう。僕が清田さんの方を見ていると、突如後ろから襲撃に合う。
そうして、僕は勢いよく突っ込んできたそれに押し倒された。
ムニュ
僕の身体に柔らかい感触が伝わってくる。これは?
僕は反射的に閉じていた目をゆっくり開いていく。するとそこには大きな2つのメロンがあった。いや違う! これは!
童貞の動揺により反射的に目を逸らす。そして瞬時に理解した。僕はソソさんに押し倒されたのだ。
ソソさんの胸はもうそれそれはでかい。多分、円卓の騎士で一番のデカさだろう。胸による圧迫をここまで実現できるのは彼女しかいない。
「大丈夫ですか!」
「へ、平気だよ。それよりどうして倒れてきたの?」
「その、取りに行かなきゃ! て急いでたら脚が縺れちゃって」
僕は胸に触れないように肩を掴んで、ソソさんを身体から引き離す。ある程度持ち上がった所で、ソソさんは腕で身体を支えて安定させた。それでも僅かに胸が僕の胸元に当たっている。やっぱりとんでもないデカさだ。
僕が胸を見ないように視線を上げると、今度はソソさんと目があった。ち、近い! 僕はすぐに目を逸らす。
その横目に少し赤くなったソソさんが見えた。そりゃあそうだろう。この距離は恋人が見つめ合う距離だし、何より胸を押し付けた形になってしまっている。
「へへっ、なんかエッチなことするみたいで興奮しますね!」
「えっ?」
どうやら違うみたいですね。
予想の斜め上の反応に僕はポカンとする。というかこれには同意を示せない。だってドキドキはしたけど興奮はしてないもの!
「ソソさん。早くどきなさい」
僕がどう答えたらいいかで悩んでいると、有希の刺すような鋭い言葉が飛んできた。いつまでもこの態勢でいることにご立腹のようだ。ああメシア。やっぱり君はメシアだよ。
「は~い、なんだったら有希さん代わります? 私は思いがけないオカズを手に入れられて大満足です!」
「生々しいこと言うのはやめなさい。でも変わるわ」
嫉妬深い救世主は、僕の態勢はそのままに跨ってきた。そして思いっきり抱きついてくる。ちょっ! なにこれ! 怒られるどころかご褒美を貰えたんだけど!
僕の身体に有希の胸の感触が伝わる。それがソソさんと比較してどんなもんかは教えてやらないが、少なくとも僕に残った感触は塗り替えられた。
「最近の若者はえらく盛ってんな」
「盛ってんのはソソだけだ。有希は単に対抗心を燃やしてるだけ」
「ちびっ子だった頃を知ってるからか、それでもダメージ受けんだよ」
僕の優れた聴覚に親子の会話が聞こえてくる。有希の対抗心は嬉しいけど、これは流石に大胆すぎる。僕は優しい手つきで有希を引き離した。
「書き換わった?」
「はい、色々と大満足です」
「よろしい」
有希はその言葉に満足したようだ。すぐに僕から離れる。ようやく解放された僕はゆっくりと立ち上がった。
「それで、文化祭は出し物とかしないのかい?」
練習終了後、ミーティングをしていた所で清田さんが言ってきた。
「今の所予定はないけど……」
「だったらよ! オレと有希ちゃんで試合しないか? 文化祭のステージで殺陣やんだよ」
「えっ、嫌だけど。清田のおじさんさ、いい加減諦めてよ。私には勝てないって」
「そこをなんとか! ワシもアレから腕を磨いてるんだ。今の自分がどこまで通じるか確かめてぇんだよ」
清田さんは頭を下げる。そんなに戦いたいなら今日やればよかったのに。娘優先でしそびれたのかな?
「そうは言われても……」
有希は嫌そうだ。ここは味方に入ったほうがいいな。
「だったら、僕や他の円卓の騎士との勝ち抜き戦にしましょう。それで全員に勝てたら有希と戦う。これならどうですか?」
「なんだっていい! ワシは有希ちゃんの強い剣に惚れてんだ。それを味あわせてくれ!」
「ああもう……わかった! 私以外全員に勝てたら戦ってあげる!」
「すまねえ、恩に着る」
有希は渋々といった様子で引き受ける。有希は人様に己の技を見せたくないんだな。あんなに流麗なんだから、もっと披露してもいいだろうに。
「ったく、手加減が大変なのに……」
ああ、そういう。
有希のボソッと呟いた一言によって、僕の疑問はストンと腑に落ちた。
こうして、円卓の騎士の出し物として殺陣をやることが決定した。
ちなみに、これに反対したのは有希だけだったのをここに告知しておく。




