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紅い瞳のお姫様Ⅲ


 真人と校門の前で別れた僕は、坂道を下りながら駅に向かっていた。僕の家は学校から二駅乗った先にあり、駅からも15分くらい歩く必要があった。


 徐々に濃く、暗くなる空の下を歩きながら、僕は晩ごはんのことを考えていた。一人暮らしである以上、何から何まで自分で調達しないといけない。


 僕は道すがらにあるデパートに寄り、今日食べる惣菜を適当に身繕って家まで帰る。



 コーポ佐々木



 鉄筋コンクリートで作られた、築17年の2階建てアパートである。家賃は5万で家具家電付き。ローレンスの遺品整理中に発見した部屋であり、長年賃貸契約が結ばれていたようだった。どうしてココをローレンスが保有していたか定かでないが、色々な契約を省略できるのは有り難かった。


「ただいま」


 階段を上がり自分の部屋に入る。もちろん中から返事はない。シンとした部屋の玄関に荷物を置き、ソファーに腰掛けスマホを手に取った。


 それからどのくらい時間が経ったかわからない。


 ()()はいきなりやってきた。



 ⁉



 スマホでSNSを見ていた僕に、破裂音と衝撃が届く。


「なんだ⁉」


 いきなりのことに僕は驚く。


「一体何が……」


 前の家に住んでいれば、ローレンスが生きていれば、彼が出向いてなんとかしてくれただろう。しかし今の僕は一人。あらゆることを自分でこなさなくてはならなかった。


 僕は音のした寝室の扉に近づく。


 そして、ゆっくりと開いていった。



 扉を開けた先には、男が立っていた。



 全身を黒いコートで覆い、精悍な顔つきにハリのある漆喰の髪。ここまでは人間のように見える。しかし、その肌は死人を思わせるほど白く、異常に発達した八重歯が顎に達する所まで伸びていた。


 その姿を見れば多くの人はこう思うだろう。



「吸血鬼」と。



 僕の心臓は激しく鼓動を刻んでいた。驚きは熱のように引いていき、冷たい恐怖が身体を支配する。


「アンタ、何者だ? 進人なのか?」


「そうであったらどれだけよかっただろうな。我はヴァン。血を飲み、光を恐れながら生きる憐れな吸血鬼だ」


 僕の問いかけに、ヴァンは自嘲するように自らの素性を明かす。


「バカな……吸血鬼なんてこの世にいるはずが」


「真実は小説よりも奇である。君の知っている世界の常識は、未発な文明における偏見だ。吸血鬼もゾンビも、神や天使とてこの世には存在している。進人なぞ、世界に組み込まれた仕様の1つに過ぎない」


「……確かにアンタの言う通りだ。お前が吸血鬼であることを認めよう。ではなぜここに来た? 何が狙いだ?」


「誘い込まれたのだ。我はただ、友人に呼ばれて降りてきただけなのに、全身鎧の騎士に襲撃されたのだ」


「そうか……不幸なことだ」


「お互い様だ。我の姿を見られた以上、君には死んでもらう」


 吸血鬼はマントから死人のように白い腕を出すと、爪を鋭く伸ばしてこちらに差し向けた。その鋭さに思わずゾッとする。


「僕はアンタのことを話すつもりはない。ここで身を引けばお互い穏便に済むはずだ」


「それが私のやり方でね。君のことは本当に済まないと思っている」



 説得の余地なしか……



 吸血鬼は既にヤル気満々だ。言葉で何を言っても聞かないだろう。


 だが大人しく殺されるなんてゴメンだ。せっかく明日には武藤さんに会えるのに、ここで死ぬわけにはいかない。



 ならやることは1つ。奴を退ける!



 だが……勝てるのか? 得物もなしに、こんな得体の知れない相手を退けることができるのか?



(木刀があるじゃないか。アレを使って闘うんだ)



 その時、僕の脳裏に誰かの声が聞こえてきた。なんだ、これ? なぜ修学旅行で買った木刀の存在を知ってる?



(疑問を浮かべるのは後だ。彼女に会わないまま死んでもいいのかい?)



 くっ、確かにそれは御免だ。誰かさんの言うとおり、今はそれに賭けるしかない。


 僕の記憶では、あれは寝室の下のダンボールの中に入っていたはず──いやちょっと待て。吸血鬼がベットを破壊したせいで飛び出してるじゃないか。


 しかも僕と吸血鬼の丁度真ん中、走りながら取りに行ける距離。


 なんてご都合主義な展開だ。創作だってもっと自然な場所に設置するぞ。



(あと5秒後に爪が伸びてくる。上手く躱せ)



 いきなり無茶振りしてくるな! なんて、言ってる場合じゃない!


 僕はすぐに臨戦態勢に入る。



 3、2、1──



 吸血鬼が鋭い爪をさらに伸ばしてこちらを攻撃する。ホントに来た! 予言のおかげで僕は僅かに頬を掠めながらも、なんとか躱すことに成功した。


 そのまま地面を蹴って木刀を手に取り、勢いのままに木刀で襲いかかった。


 ボキっ! という鈍い音とともに吸血鬼の顎を跳ね上げる。硬い岩に当たったような感触。そのあまりの硬さに、木刀が耐えられずに2つに折れてしまっていた。


 攻撃を受けた吸血鬼は、軽く身体をのけ反らせピクリともしない。



 効いたか!



 僕は期待を胸に吸血鬼の様子を見る。


「中々に良い打撃だった。然気(さりげ)を纏っていたならば傷の1つも付けられただろう」


 しかし僕の期待は届かず、吸血鬼は倒れる所か冷静に打突への感想を述べていた。


 吸血鬼にとって、今の一撃はなんの傷にもなっていなかった。


 間違いなく僕の全力の一撃だった。普通の人間なら最悪死ぬことだって有り得るはずの。なのに、こいつには傷一つ付けられない程のものでしかないのか。



(───────と唱えろ)



 今度はなんだ⁉


 さっきの木刀の時と同じく、誰かが僕に語りかけてくる。その呪文に一体なんの意味があるんだ!



(唱えれば分かる)



 至近距離で爪を構える黒い影。このまま手をこまねいていれば抵抗虚しく殺されてしまう。



 やってみるしかない!



 僕は意を決し、叫んだ。

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