アーサー対覇王竜
裕大を遠くのビルの屋上に寝かせる。ビルは施錠されていたが、然気があれば屋上まで飛び移ることは容易だった。
僕は裕大の様子を確認する。爆発の衝撃が強かったのか、傷は癒えても意識が戻らない。
「悪いな裕大。僕は戻るぞ」
けど、ここで看病している訳にはいかない。僕はマントを枕代わりにして彼を寝かせると、すぐさまさっきの場所まで踵を返した。
近づくにつれてピリピリとした緊張感が伝わってくる。度々こちらに衝撃音が届いていた。
そして、何故か現場に近づくにつれて寒さが増してくる。僕の鎧は特別製で暑さや寒さに強いのだが、それを貫通するほどに辺りは冷え込んでいた。
と思ったら、凍った世界が一瞬で蒸発して蒸し暑くなる。一体、現場では何が起こっているんだ?
僕が先の場所まで戻ってくると、覇王竜とグリムさんが対峙していた。しかし両者に殺気はなく、牽制しあっているが命のやり取りはしていないようだ。
「お、帰ってきたな」
僕に気づいたグリムさんは、そう言ってこちらを振り向いた。
「一体何が? 亜蓮さんと美麗さんは?」
グリムさんの元まで行き状況を確認する。僕の視界には亜蓮さんも美麗さんも見当たらない。何かあったのは確かだ。
「二人なら戦いを挑んで返り討ちにあった。今はビルの屋上でメアリーくんの手当を受けている。アーサーくん、コイツは強いよ。オジサンたちも挑んだが返り討ちさ。君も戦いを挑むなら覚悟した方がいい」
グリムさんが状況を説明してくれる。そのグリムさんと覇王竜の後ろから、不貞腐れたように口を尖らせるレインさんが見えた。負けたのが悔しいのだろうか? いや、それよりも
「返り討ちって、まさか死んでないですよね?」
「心配いらんよ。どっちも八割ぐらい死んでたけど、生きている」
それは普通ならかなりマズいはずなんですが……
「アーサー。次は貴様の番だ。骨は拾ってやるから、存分に胸を借りてこい」
お義兄さんはまるで稽古をつけて貰うかのような言い方だ。でも、あまり乗り気になれない。僕より強い人たちが敗れているのに、僕に敵う道理がどこにあるというのだろうか?
「別に、君がかかってこなくても構わないよ。誰も相手をしないならば、私はすぐにでも武藤有希の殲滅に──」
「ブラッド・パージ!」
僕は覇王竜の言葉に即時全力を解放する。有希は僕たちの分まで頑張っているのだ。その邪魔をすることは許さない。
「アンタの相手は僕だ」
「目の色が変わったな。あの少女がとても大切か?」
覇王竜は真顔で僕に問いかける。
「当然だ。彼女は僕の生きる意味。存在理由そのものだ」
「ならその存在理由を見せてもらおう。私は容赦はしないよ」
瞬間、覇王竜は姿をくらませた。いや違う!
僕は咄嗟に後方へと剣を振り抜く。そこには覇王竜の剣が迫っていた。間一髪。ギリギリの所で攻撃を防いだ。
「勘がいいようだね」
「違う。何度も瞬間移動を相手にしてきただけだ」
僕が今のを受けれた理由。それは有希がよく使う攻撃手段の1つだからだ。
「そうか、武藤有希も瞬間移動の使い手だったな」
覇王竜は嫌悪するように吐き捨てる。どうしてそこまで嫌悪できるんだ?
だが、その問いをする余裕はなかった。今度は真正面から間合いを詰めてくる。
僕はその一撃を受け止める。重い……! なんて一撃だ。有希やローレンスから受けた攻撃の、そのすべてを上回っている。
「どうした? 威勢がいいだけか?」
覇王竜は畳み掛けてくる。さっきと同じ一撃が五月雨のように遅いかかってきた。僕は防ぐのもままならない。
「残念、まだ青い芽だったか」
覇王竜は失望した眼をこちらに向けると、僕を逆袈裟に斬り裂いた。痛みが鋭い熱のように広がっていく。血が勢いよく噴き出した。
痛みに耐えながら、僕は自分の未熟さを思い知る。ここまで実力差があるとは! なんの役にも立ってないじゃないか!
僕は死を覚悟する。だが本当に死ぬつもりは毛頭ない。メアリーさんを頼るのは偲びないが、ゾンビのように蘇って時間を稼ぐ。
僕はそう決意を固める。しかし、次の一撃はいつまでもやってこなかった。何があったのか、覇王竜が動揺している。
「あの色…… ブラッド・パージ…… まさか!」
覇王竜は何かに気づいたらしい。僕の血……血!
隙だらけな覇王竜を横目に、メアリーさんがこちらへやってくる。そして、傷の手当をしてくれた。
「君、然気を見せなさい」
「いきなりどうした?」
「いいから早く見せなさい!」
僕は覇王竜に従って然気を剣に込め、エクスカリバーに黄色い光を纏わせていく。
「残念、まだ属性を得るには至ってないか」
「説明しろ。アンタは一体何を知ってる?」
僕は説明を要求する。僕の血に何かあるのはブラッド・パージという言葉から分かる。コイツが何か知っているなら、洗いざらい吐かせてやる。
「覇王竜。アーサーにその説明はするな。まだ知らなくていい」
しかし、メアリーさんは何故か説明を拒否した。
「なんでですかメアリーさん!」
「それは啓示か?」
何かを知っている覇王竜は呟く。お告げ? 誰の? なんの?
「さてね。それでだ覇王竜、君に彼の稽古をつけてほしい」
「それも啓示か?」
「……そうとも。やってくれるかい?」
覇王竜は少し驚いたように目を見開いた。今の発言に驚くことがあったようだ。対して、メアリーさんは額に汗を浮かべている。
「承知した。だがこれっきりだ。今後、敵対者に手解きすることはない」
「わかってるよ。これっきりだ」
どうやら交渉が成立したみたいだ。まさか、本当に稽古をつけてもらうことになるとは思わなかった。
「そして私は容赦しない。ここで死ぬのならそれまでの男だとあの方に伝えてくれ」
「まあ……それでいいよ。アーサーには死にものぐるいで挑んで貰わないとね」
メアリーさんはこちらに目線を送ってくる。僕はそれにコクンと頷いた。
話の流れにはまったくついていけないけど、死にものぐるいでやるのは変わらない。
「死力を尽くすことは約束する。だがその前に、一つ聞いておきたい」
僕は覇王竜に問う。メアリーさんは何を聞こうとしてるのか不安なのか、こちらをじっと見つめている。
「アンタは、なぜ有希をそこまで嫌悪する?」
そう、僕にはそれが納得できなかった。好き故の贔屓目はあるけど、少なくとも恨まれるような人じゃない。
「彼女本人に恨みがある訳ではない。ただ、かつてこの世を恐怖に陥れた存在に瓜二つなのだ。故に、世界から脅威の再来として恐れられている」
「アンタのいうこの世っていうのは何処なんだ? 少なくとも、僕はそんなこと聞いたことがないぞ」
「我々のいう世界とは、この宇宙すべてだ」
「なっ⁉ じゃあアンタは宇宙人なのか⁉」
「そうとも。他は分かっている様子だったが、気づいていなかったのか?」
「え、そんなんですか?」
僕はメアリーさんの方を見る。するとメアリーさんは頬を掻いて
「そっか、有希くんのテレパシーはアーサーは受信できないんだもんね。実は有希が共有してたんだ」
そ、そういうことだったんだ……なんだろう! 自分が未熟なのは分かってるんだけどすごく悔しい! って今はそれは問題じゃない!
しかしとんでもない話だ。ただでさえ宇宙人なんて初めて見るのに、そんな存在が有希を殺そうと知略を巡らせているんだから。
「つまり有希は、全宇宙から敵視されてるっていうことか?」
「そうなるね。さあ、そろそろ無駄話は終わりだ。早く君をしごかないと、武藤有希を倒しにいけない」
覇王竜はそう言ってダイヤモンド剣を下段に構える。僕もそれに倣い、光を放つエクスカリバーを正眼に構えた。




