風魔小太郎の戦いⅡ
「気配の完全遮断か。風の然気も使いようだな」
誰もいない空間に奴は話しかける。もっとも、消えただけであり存在しなくなったわけではないが。
俺は姿をくらましながら、音もなく近づいていく。
──獲った!
俺は奴の後ろ斜めから無音で攻撃に移った。俺の十八番、暗殺剣。
しかし、奴はこちらの位置に正確に煌めく剣を向けてきた。
──見破られたのか⁉
まさかこれを見破る奴がいるとは。相打ちは何人かいたが、看破されたのは今まで武藤だけだったのに。
「触覚が鋭くてね。僅かな空気の変化も肌で感じることができるのさ」
──なるほどね。なら!
俺は次なる一手を講じる。俺は自らの然気で突風を起こす。強い風に煽られた商品がバタバタと音を立てて倒れた。お店の人すまねえ。
「物量で押し切る作戦かい? それとも竜巻でも起こすのかな?」
奴は余裕の顔で次なる一手を予測する。その予測はどちらも正解だ。だが、俺は安堵する。自分の本当の狙いは読まれてねえ。
風の流れは渦を巻いて積み重なっていく。渦はショッピングモールの天井を突き破り、最終的に備品という質量を持った竜巻になった。
──くらえ! 鈍風裂傷!
竜巻は奴へと向かう。まともに被弾すればタダじゃ済まない。俺は確かな殺意を持って攻撃を繰り出した。
「金剛壁」
しかし奴がそう呟くと、囲むようにダイヤモンドの壁が出現した。綺麗な輝きを伴って竜巻から身を守る。
「そこか」
覇王竜は上空へと剣を振り払った。火花と金属音。その中に『俺』の存在があった。
「台風の目、いや竜巻の目と呼ぶべきか。いずれにしても無駄なことだ」
竜巻による撹乱に上空からの奇襲。ここまでの目論見は読まれていたか。だが、最後の目論見までは読まれていなかったみたいだ。
「おや?」
そこにあるのは『俺』の人形だ。変わり身の術。さらに人形を操っての奇襲で時間を稼ぐ。これが俺の真の狙いだった。
奴の一人言を風伝いに聞きながら、俺はショッピングモールから脱出していた。
──急げ!
俺はビル群を疾風のように走り抜ける。ショッピングモールまでは3キロほど。全力を出せば15秒で到達できる!
「隙だらけだな」
しかし背後から突然声が聞こえてくる。もう追いついて来たのかよ!
「⁉」
「ほう、痛みを受けても叫ばないとは。よく訓練している」
俺は背中を大きく斬り裂かれ、血が噴き出す。俺は無言のまま痛みに震えた。くっそ痛え!
「遅すぎて話にならないな。それでは、せっかくのアイデアも台無しだよ」
奴は事情も知らない癖に容赦なく批判してくる。そんなことは何よりも、俺自身が承知していたことだ。
だからこそ、まだ策を張ってある。
「爆発か!」
俺はその場で自らに仕込んでいた爆弾を爆発させる。その爆風で奴が死ねばよし。死なずとも自分がアーサーたちの元まで吹っ飛んで行ければよし。どう転んでも俺の勝ちだ!
奴は咄嗟にダイヤモンドを出して爆発を防ぐ。きっとアイツは無傷だろう。それは仕方ない。
だが、俺の仕事は最後まで遂行させてもらうぜ!
俺は爆風に乗りながら、アーサーたちの元へ到着した。
「まともに喰らえば爆死もあり得る威力だ。一歩間違えれば自分が犠牲になっていただろうに」
俺は爆風の中で奴が俺に感心しているのを聞いた。
へへっ、任務完了。
「ふう、これで5万くらいか?」
僕たちの周りはドーナッツのように進人の屍が囲んでいた。亜蓮さんの言うとおり、かれこれ5万体くらいを屍に変えることに成功していた。
「まだたったの5万と考えると気が遠くなるな」
レインさんはぼやく。既に15分くらい戦いっぱなしだった。肉体的にはまだ余裕があっても、精神的には少し辛くなってきている。
「なあジーク。もう少し然気強くしていいか?」
美麗さんは顔を上げて、ビルの上にいる義兄へと語りかける。
「もうへばったのか? だが、もう少し遠慮なくやってもいいだろう。メアリーがここまでほとんど仕事しとらん」
「そういうこと。もう少し壊してくれてもいいよ。そうじゃないとやり甲斐がないからね」
「だったら一回雨を撃たせてくれねぇか? そしたらオジサンが1万くらい持っていけるからよ」
「小雨ぐらいなら使ってもいいよ。あと、有希以外はビーム攻撃を解禁してもいい。そのくらいならすぐさま直せるさ」
今ビームって言わなかったか? この人たち、ビームが出せるのか?
「基本的に進人狩りはビームと物量攻撃が使えるわ。今まで模擬戦くらいでしか使ったことないけどね」
いいなぁ。僕も打てるようになりたい。
「それより、もうそろそろ移動しませんか? いい加減にしないと進人が拡散し始めますよ」
有希は敬語で呼びかける。みんなは、降ろしていた腰を上げて埃を払う。
すると、突然空から何かが落下してきた。
「えっ? これって……」
突然の出来事に反応が遅れる。落下してきたのが裕大だったからだ。背中に大きく斬られた傷跡と、身体中に火傷を負った形跡がある。
「まずい。すぐに治療しないと!」
有希は慌てて回復を始める。その結果傷はすぐに塞がったが、裕大の意識は戻らず気絶したままだった。
「一体何があったんだ?」
僕はこの状況に驚かざるを得ない。裕大がこうなるってことは、あの気配遮断を見破れる奴がいるってことだ。
「小太郎がたかだか雑魚に負ける訳がねえ。ヤバイ奴がいるみたいだな!」
亜蓮さんは何故かワクワクするような口振りで言った。この状況でその反応はどうかと思うが、心強くもある。
「お褒めにあずかり光栄だ」
なんだ!?
僕たちは声のする方へと顔を向ける。声は上空から聞こえてきていた。
何者かがビルの上からこちらを見下ろしている。コイツ、進人か? なんの生物か分からないが、ケイコのような面影がある。
そして老練された雰囲気と、余裕のある笑みから強者であることはすぐに分かった。
「アンタが小太郎を倒したのか?」
ニヤリと笑いながら亜蓮さんが問いかける。今にも斬りかかりそうな雰囲気だ。
「いかにも。我が名は覇王竜。君たちをここに招待した張本人さ」
コイツが……有希を殺すのが全世界の願いとか書いた不届き者なのか。
「それにしても、忌々しいぐらいにそっくりだ」
覇王竜は有希を見下すと憎たらげにそう言った。
「どういう意味?」
有希はなんの感情も込めずに質問する。あまりの冷たさに怯んでしまいそうだ。
「知る必要はないよ。これから君は死ぬのだから」
「残念だけど死ぬ気はないわ。あなたがどのくらい強いのか知らないけど負ける気はしないし。それとも、あなたは私を弱くできたりするのかしら?」
「それができたら苦労しないよ。だからこそ、進人をたくさん連れてきた訳だからね」
覇王竜はやれやれと言わんばかりの反応だ。だか奴は知らない。この言葉は、ここにいる僕たち全員が安堵する言葉であることを。
「でも、烏合の衆をいくら集めても私に届くとは思えないけど」
「分かっているとも。だから、こうするのさ」
覇王竜が何かスイッチを押すと、進人たちが一気に苦しみ始める。
「何が始まったんだ?」
「なんなんだ気持ち悪い」
亜蓮さんと美麗さんが反応する。これは──まさか!
「なるほど、進化症候群を進行させたのか」
「アーサーくんが出くわした奴か」
お義兄さんとグリムさんが代弁してくれる。そう、これは僕がショッピングモールで遭遇した奴だ。
「君たちが倒した進人は5万といったところか。ならば残りの20万は彼らを相手してもらおう。すべて倒せたら私の所に来るといい。先日のショッピングモールで待ってるよ」
「いや、貴様にはここで磔になってもらう」
すると岩の大軍が覇王竜へと襲いかかる。これはジークさんの岩攻撃だ!
「……なるほど」
しかし、余裕な様子で覇王竜は岩を防いでいた。結晶みたいな盾だな。それにあの構造……まさか、ダイヤモンドか?
「貴様、面白い使い方をするな。ダイヤモンド。地の然気で作った最硬のバリアか」
やっぱり。ダイヤモンドの硬度は生半可ではない。それを持つ敵とはなんとも厄介な。
「同じ属性を持つだけはあるね。単純だがさっきの攻撃もよかったよ」
「お褒めに預かり光栄だ。……ならば、他の然気の評価もしてもらおうか!」
刹那、僕の視界に3つの然気が放出されていた。美麗さんと亜蓮さん、そしてグリムさんが攻撃をしたのだ。
覇王竜はそれをも盾で防ぐ。しかし、強い攻撃3発には流石に敵わないのか、盾は崩れるように破壊された。
「まったく、君たちは慌て者だな。物事には順番があるだろうに」
盾を壊されたにも関わらず、覇王竜は余裕の笑みを浮かべている。そして、何事もなかったように再び盾を生やしてきた。
「はっ! ノコノコ出てきた黒幕を逃がすと思ったか!」
「オレと勝負だ! 覇王竜さんよ!」
「オジサンもちょっとやる気出しちゃうよ」
3人はここで倒す気満々だ。なら、僕も微力ながら加勢しよう。
そう考え、加勢の姿勢を取ろうとした所であることに気づく。あれ? 有希がいない。
「おい、アーサーは風魔小太郎を避難させろ」
レインが一言僕に命じる。そうだ。今は裕大の安全も確保しないといけない。
「わかったよ。でもその前に、有希はどこに?」
「有希さんなら進化した進人を狩りに行った」
「い、いつの間に?」
「そうか、お前はテレパシーが使えないんだったな」
まさか今の間にテレパシーで会話を。くそっ、僕はまだまだできないことが多すぎる!
「モタモタするな。行け!」
レイン背中を押して促す。
仕方ない。今は裕大が最優先だ。けど、いつかテレパシーを使えるようにならないといざというとき不便だぞ。
僕は自らの課題を噛み締めながら、裕大を抱えて走り出した。




