体育祭Ⅳ
「いっちに、いっちに、いっちに」
体育祭前日の夜。僕たちは二人三脚の練習をしていた。
校内一のカップルの走りを見て、どうにもマズイことになりそうなので練習しているのだ。
「んーなんでだろう? 真面目に練習してるはずなのに、まったく勝てる気がしないんだけど」
「同感だよ。参ったなぁ、明日の決勝で負けたら有希に話しかけづらくなるのに」
「なにそれ初耳なんですけど? なんでそんな勝手なこと決めてるのよ? そういうのは私に相談した上で、否定されるまでがセットでしょうが!」
「どうも初日の発言が変なふうに伝わってるみたいでね。それで宮内さんが義憤に駆られてるみたいなんだ。関係を説明するだけじゃ納得できないらしい」
「ああ~だから今日『安心して下さい! 私が味方になりますから!』って言われたのか」
宮内さんごめんなさい。直接話しかけてたんですね。でも、いきなり否定から入るってのはどうかと思います。
「私が『アーサーはいいのよ』って言っても信じてくれないのよね。こういう時、変に人物像ができてるとよくないわね。なんか事情があるんじゃないかって邪推されちゃうから」
「事情があるのは本当だけどね。どうやら、僕のための行動が裏目に出てしまったみたいだ。僕も、有希のための行動が思いっきり裏目に出てるし」
「あれが私の為かは疑問だけどね? 後は宮内さんの思い込みの激しさか。昔、彼氏の浮気疑惑を調査したことがあるんだけど、その時も中々信じてくれなかったのよ」
そんなことがあったのか。じゃあ、今度は私が的な感じもあり余計なのかな?
「あり得るわね。どちらにしても、勝たないといけないのは変わらないわ。対策を……って言ってもあらかた試したし。やっぱり、然気を使ってる可能性を考えた方がいいかもしれないわ」
「そんなことがあり得るの?」
まだまともに使えるようになってないのに、そんなバーゲルセールをされては困るんだが。
「あり得るのよねこれが。前に然気は何かを極めてる人が発現する力だって言ったでしょ? もしかしたら、宮内さんたちは二人三脚を極めてるのかもしれない」
「でも二人三脚って体育祭の種目だし、それを極めるもなにもないんじゃないか?」
「30人31脚に出てたとか? 全国制覇するぐらい練習してたらあり得なくもないわ」
「有希の眼で見分けられなかったの?」
「意識してないと無理ね。微小だと意識しないと分からないのよ」
確かに、可能性0のところから目を凝らしておくのは難しいかな。走りを見るまでは勝てるつもりでいたし。
「それならさ、いっそのこと僕たちも纏っちゃおうか」
どうせ負けるぐらいなら不正を働くことを選ぶ。いや、正確に言えばこれは自分の力なんだから使ってもルール違反じゃないはずだ。
「ダメよ。意識的な然気の使用は禁止なの。そうしないと私がすべてにおいて圧勝しちゃうでしょ? これは然気使いが社会で生きていくためのルールよ」
その理屈はわかるんだけど、有希に学校で話しかけられないのは辛いことこの上ないのだが。
「じゃあさ、こういうのはどうかな」
有希の形の綺麗な耳へ耳打ちをした。有希はウンウンと頷く。
そして
「いいじゃないそれ採用! それならフェアだし、宮内さんたちに無自覚不正させずに済むわ!」
元気よく採用してくれた。これで明日は己の相性と愛の深さで競い合うことができる。
「それじゃあもう少し練習しようか? 明日のために少しでも慣れておかないと」
「そうね。じゃあアーサー、腰に手を回して」
そうして、明日に備えて練習を再開した。
そして次の日。遂に体育祭が始まった。
今にして思えば、今日まであっという間に過ぎた気がする。体育祭準備中の2週間はとにかく忙しかった。
生徒会の仕事、クラスの準備、色別対抗戦のダンス。風伊町の体育祭も楽しかったけど、また違った楽しさのある日々だった。
現在は午前の部の真っ最中。中々に熱い決勝戦が行われていた。
しかし、僕の脳内には仮装入場の有希の姿しかなかった。
仮装入場は各クラスがそれぞれテーマを決め、テーマに沿った仮装をして行進する種目だ。
我がクラスの今年の仮装は『白馬の王子様とお姫様』であった。明らかに僕と有希からインスパイアを受けてのモノだ。ここだけでも嬉しい。
だけど何より嬉しかったのは、お姫様の格好をした有希をお姫様抱っこしたことだった。
安物の生地で作ったチープなドレスだったが、ドレスを纏った有希の姿はとても美しかった。今でもその姿が目に焼き付いて離れない。
さらに有希はこのドレスを着るため、楓さん顔負けのロングヘアをお披露目してくれた。ショートだけでなくロングも見れるとか最高か?
グラウンドでは走り高跳びで優勝を決めた響也が、大立ち回りを演じて父親の出した記録へと挑戦していた。
響也の記録がどうなるのかは気になる。
だが
「アーサー。そろそろ」
これと100メートルの決勝が終わると僕たちの出番なのだ。
「待って! せめて響也が記録に並ぶかどうかだけでも!」
「気持ちは分かるけどダメよ。もうギリギリなんだから」
僕は引き摺られるように中庭へとやってきた。ルールとして、参加する種目の2種目前までに点呼を取る必要があるのだ。
風紀委員による点呼を終えると、中庭で待機を命じられる。この二人三脚は実質カップル最強決定戦。当然、周りにはカップルで溢れていた。
僕は椅子に座りながら周りのカップルを観察する。よくもまあ、ここまで濃度の高いラブ空間を展開できるものだ。昨日はまだ初心な子たちもいたのに、もうバカップルしかいない。
女子が男子の肩に寄りかかるのは当たり前。さらには膝枕や、なんならキスしてるカップルもいた。
まだ両思いを自覚して1ヶ月ぐらいの僕たちには、はっきり言ってアウェイな空間だった。
ついでと言わんばかりに視線も突き刺さってくる。あの時の宣言が、ここまでカウンターになるのか。
(あいつだろ? 武藤有希と無理やり同棲してる転校生。マジで顔はいいよな)
(でもチャラ男なんでしょ? さっきも私の方を見てたわ。きっと狙ってるのよ)
(大丈夫。その時は俺が守ってやるから)
(うん、お願い)
さらには僕を見ながらコソコソ呟いている。君たちは知らないだろうが僕は耳が良いのだ。その風評被害もバッチリ聞こえている。
「アーサー、耳を傾けてはダメよ。彼らはなんでもイチャつきに変える高等テクニックを持ってるわ」
「ねぇ有希、どうせなら僕たちもイチャつかない? 僕らって付き合ってるはずなのに、そういうこと何もしてないじゃん」
「い、いいけど……あでも、キスはダメだからね! アレは本当に彼氏・彼女の関係になってから!」
「分かった。じゃあ膝枕して?」
「ひ、膝枕……⁉ ──よし、来なさい!」
「えっ? ほ、本当にいいの?」
ほんの冗談のつもりだったんだけど。
「あ、アーサーの言うことももっともだからね。このぐらいするのは、カップルとして当然でしょ!」
有希が腿を広げて呼び寄せる。思いがけない展開に生唾を飲み込んだ。
そして
「お、お邪魔します」
有希の膝へと頭を置いた。優しい抱擁に絡め取られる。
「まったく、アーサーも見かけによらず子供っぽいわね」
有希は悪態つきながらも頭を撫でてくれる。ヤバい、これは癖になる。バブみを感じてオギャってしまいそうだ。
僕には物心ついたときから母親がいない。僕が3歳になる頃に殺されてしまったらしいのだ。だから、僕にはこうやって甘えさせてもらった記憶が存在しない。
それだけに、この膝枕は効果抜群だった。
僕がしばらく有希に蕩けていると、グラウンドの方から歓声が聞こえてきた。3年生の100メートルだろうか? 中々熱いレースが行われているらしい。
「それでは選手のみなさん。入場しますから準備をして下さい」
風紀委員から声を掛けられる。少し蔑んだ目を僕たちに向けてるのは羨望だろうか?
「さあアーサー。頑張りましょ? 1位になって私たちの関係を公にするのよ」
「うん、わかったよ。ママ」
「誰がママだ。誰が」
そんなやり取りをしながら、二人三脚の決勝へと向かっていった。
ところ変わって場所は校舎の3階。廊下からグラウンドを眺めながら、理事長である辻村恭一は生徒会から提出された書類を整理していた。
「響也は僕に並んだみたいだね」
息子の活躍に口元が緩む。同時に、間近で応援したかったと残念な気持ちが湧いた。
本当は今すぐに体育祭に参加したかった。しかし昨日出された書類は、今日中に目を通さなくてはならなかったのだ。
なのでせめて午後からは参加できるよう、大急ぎで仕事を進めているのだ。
「理事長! やっと見つけました!」
グラウンドへと入場してくる二人三脚の選手を眺めていると、校長である橋本康二が走ってやってきた。
恭一は「教師であっても廊下を走ってはいけないよ」と注意を飛ばす。
「はあ、はあ……申し訳ありません。この学校に不審な手紙が届いたので確認して頂こうと。そしたら、理事長室にお見えにならないので」
「不審な手紙? 誰宛かな?」
「それが……宛名がおかしいのです」
康二が口ごもる。その様子に恭一は不審に思った。
「宛名は誰になっているんだい?」
「武藤有希さんです」
恭一は手紙を受け取ると宛名を確認する。
するとそこには、確かに武藤有希の名前が書かれていた。




