体育祭Ⅱ
ホームルームで種目を決めたその日の放課後、僕は生徒会特別執行部の活動に参加していた。体育祭への準備が本格化し、機材の点検などに駆り出されることになったのだ。
学校を練り歩いていると、校内はクラスでの仮想衣装や応援旗の製作などで忙しなく動き回っている。学校全体が、俄に活気づき始めているのを肌で感じた。
「楓さん重たくない?」
僕と有希、そして楓さんは高跳びのマットを体育倉庫から取り出していた。有希の未来視によって破損しないかどうかを見ていくのだ。
「私の心配は無用だ。ありがたいことだが、できれば有希に言われた方が嬉しい。それに」
「それに?」
「有希が面白くなさそうだぞ」
僕は有希の方へと視線を向ける。確かに、ちょっとムスッとした顔で僕らを見ていた。
「ごめんよ有希。君は強いからそういう心配がいらなくて」
「分かってるわよ。少し自分の力を呪いたくなっただけ。それに、まったく楓を省みないアーサーもそれはそれで解釈違いだし」
面倒くさいなぁ有希は。まあ、それが愛されてるって感じられて良いんだけど。
他にも高跳びのバーや支柱、ハードル、大玉、玉入れのゴールなどの点検をしていく。この辺りは問題なかったが、玉入れのボールが1個紛失しているのを確認した。
「こういう場合はどうするの?」
「とりあえず響也に相談ね」
僕たちは響也に相談するために生徒会室へと向かった。
中へ入ると、生徒会役員たちは修羅に入ったようにパソコンとにらめっこしていた。
「忙しそうね」
有希はその様子に一言。
「まあね、やっと響也が戻ってきたから書類の手直しをしてるのよ。テスト明けから書類作ってて指がつりそうよ」
有希の問いかけに桜さんは返答する。確かに、生徒会室には大量の資料と思しきファイルが山積していた。その中でも生徒会長席に置かれたファイルの束は凄まじい。創作でしか見たことのない積まれっぷりだ。
「響也。今までサボったツケが回ってきたな」
僕は響也に皮肉を込めて言った。
「いや、僕の仕事は既に終了しているんだ。積まれたファイルにもすべて目を通したしね。今は暇だから、次の文化祭の書類草案を作っている所さ」
僕の指摘に対して、響也はコーヒーを飲みながら飄々と答えた。このファイル全部に目を通したのかよ。
「私には何もしてないように見えるのだが?」
楓さんが響也に対して指摘する。確かに、ただ美味しそうにコーヒーを飲んでるだけだな。
「草案は頭の中で作ってるんだ。あくまで草案であり、決定稿を作るのは桜くんたちだからね」
「いや手伝ってやれよ。そこでサボるから大変なことになるんだろ?」
「残念ながら、僕の手伝いを拒否するのは彼らなんだ。僕は彼らの心意気を買ったに過ぎない」
「そうなんですの。自分の仕事まで会長にして貰っては、私たちの面目丸潰れですわ」
レイカさんは嘆くように言った。自分たちは真面目に仕事してるのに、偶にしか来ない響也に手伝いを求める。生徒会としての自覚があればあるほど、気持ちのいいものではないわな。
「そもそもどんな書類を作ってるんだ?」
楓さんは、惨状の原因について追及する。
「多くが響也の確認待ちで止まっていたモノよ。響也ったら、たまにしか来ないから添削書類が溜まるのよ」
「そう、だから響也にはもう少しだけ来る頻度を上げてほしいんだ。でも、響也はその気になれば一発で完璧な書類を作れてしまう。だから、来てもらうだけでいいんだけど……」
「それだと時間が勿体なくてね。しかもその姿を父に見られると仕事を押しつけられる。だからたまにしか行かないのさ。もちろん、放課後以外の活動には参加しているよ」
彼らが忙しい理由がなんとなく分かった。普段から色々と忙しいのに、確認待ちで仕事が溜まり添削で修羅に落ちる。でもそのトップがいると自尊心を折られる羽目になり、なんだったら仕事が増える。どうしようもないなコレ。
「それで、どうだったかな? アーサー達には体育祭に使う器具の点検をお願いしていたはずだ。それらに不備はあったかな?」
「玉入れのボールが一個紛失してたわ。色は確か白色ね」
有希が結果を説明する。ちなみにだが、この学校の色分けは5色あり、それぞれ赤青黄白黒である。
「ああ、去年の体育祭で破れてしまった奴だね。あの後、レイカくんに縫って貰って生徒会室に保管してある。場所は書類棚のダンボールだ」
響也の指示に従って、僕たちは書類棚のダンボールをまさぐる。そこには、確かに白色の布製ボールがちょこんと入っていた。
「ホントにあった。しかし、こんなことまでよく覚えてるな」
「僕は完全記憶能力を持ってるからね。どんな些細なことでも忘れることはないのさ」
「完全記憶能力! なんだよ。お前も中々カッコいい力を持ってるじゃないか」
「君のブラッド・パージに比べれば大したものではないさ」
日常生活を送る分には、むしろそっちの方が羨ましいのだが?
「そうだ、手が空いてるなら体育祭のカウントダウン垂れ幕を吊り降ろすのを代わってくれないか? こっちは草案作成と添削で手が離せないからね」
「わかったわ。私たちでやってくる」
僕たちは忙しい生徒会役員に代わり、体育祭の準備を進めていった。
体育祭までのカウントダウン垂れ幕を吊るした後、僕たちは円卓の騎士に顔を出すことにした。楓さんは、自らの所属する陸上同好会へと赴いている。
「こんにちは! 有希さん! 王様!」
「こんにちは!」
僕と有希が円卓の騎士に行くと、結衣さんの元気な挨拶で迎え入れられた。他メンバーも挨拶をしてくれる。
「あなた達、クラスの方はいいの?」
「後で行く予定です。やっぱり少しは剣を振っておきたいから」
流石は円卓の騎士たち。いい心掛けだ。
「有希さんたちは何をしに? 今日は生徒会の活動では?」
「一段落ついたから誰かいるかなって思ってね。そしたら、思ってたよりいたからびっくりしたわ。感心感心、これからもその調子でお願いね?」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
円卓の騎士たちはその言葉に嬉しそうに返事をした。
「それで、1つ相談したいことがあるのですが……」
すると、畏まった表情で結衣さんが尋ねてきた。一体なんだろうか?
「私は構わないわ。アーサーは?」
「僕も問題ないよ。それで、相談とは何かな?」
「実は彩華先輩に、清田誠さんと手合わせできないかお願いしたいのです」
結衣さんから意外な人物の名前が出る。まだ会ったことはないが、武藤家と対をなす資産家、『清田家』の頭領にあたる人だ。
「藪から棒ね。どうしたの?」
「有希さんの居合は、清田誠さんから教わったと聞きました! だから、有希さんに近づくために是非鞭撻を受けたいのです!」
すげぇな、有希って居合もできるのか。
僕は顔も知らない清田某よりも、有希が居合も使いこなせることに感心した。
「なるほど……確かに、居合は私が教えるよりも清田のおじさんから習った方がいいかもしれない」
有希は腕を組んで結衣さんの考えに同意する。
「わかった。私の方から彩華に伝えとく。けど今度は、自分で言わないとダメよ?」
「すいません。彩華先輩は何故か嫌がるので、有希さんからも口添えしてほしかったのす」
結衣さんは僕たちに深々と頭を下げた。
「す、すいません。私もお願いしてもいいですか?」
僕たちの会話が一区切りした所で、おずおずとした様子で円卓の騎士の一人、美香さんが尋ねてきた。
「どうしたの?」
「実は清田さんに私もお願いしたいことが……」
「おお意外、それで何?」
「実は拳銃を一丁、手に入れることはできないかと……」
美香さんは恥ずかしそうな言い様でとんでもないことを言ってのける。いやいや! それは銃刀法違反……ってそういえば今更だった。
「お父さんから拝借できたりしないの? 軍人だったでしょ、確か?」
そういえば美香さんのお父さんは米軍の人だったな。その影響で、美香さんは軍服に軍刀で戦うスタイルをしているのだし。
「勝手に持ち出すのは隊律で禁止されています。だから私には手に入れる手段がありません」
「それもそうか。でも多分無理ね。清田組は悪いことをしている訳じゃないから」
「そっか……残念です」
「まあでも、拳銃なら宛があるから気にしないで。オッケー貰えたら、また連絡するわ」
「あ、ありがとうございます!」
美香さんは感極まったように瞳をウルウルさせて頭を下げた。
でもやってることは、拳銃の密輸なんだけどね?
「じゃあ、みんな! 剣の稽古がんばってね」
「はい!」
僕たちは、結衣さんからの頼まれごとを遂行すべく武道場を後にした。
さて、ここで彩華さんについての紹介をしよう。彼女の名前は『清田彩華』。先にも言った『清田家』の一人娘である。
僕たちと同じ2年生で2年9組に所属しており、円卓の騎士では決まって半脱ぎの和服と日本刀で稽古をしている。
剣の実力は逆手持ちと居合主体で戦えば、トップの結衣さんや沙友理さんにも匹敵するほど。ただどちらかと言えば、斬り合いより暗殺の方が向いている感じの戦闘スタイルである。
容姿端麗、成績優秀だが口が悪いのが難点。トレードマークは毛先を金色染めたプリン頭。本人の無類のプリン好きが講じてこの髪型にしているらしい。
以上、説明終わり。
僕たちは彩華さんが所属する2年9組へとやってきた。ここのクラスも体育祭に向けて活発に活動を始めている。
「彩華はいる?」
有希はドアをノックして開けると、クラスメイトに声を掛けた。
「彩華ですね、すぐに読んできます!」
呼びかけに答えたクラスメイトは興奮した態度で有希に応対する。有希が来たことがそんなに嬉しいのかな?
しかし、彼女は僕の方を一瞥すると汚物を見る目に変わった。いやなんでよ?
「彼女は昔、変な男にストーカーされてるのを助けたことがあるのよ」
ああ、僕はその変な男に見えると……それは逆恨みではないだろうか?
他にも、何人かのクラスメイトから興味津々な視線が向けられている。やっぱり、僕と有希の関係が気になるのかな?
「どうしたんだ? お嬢様」
クラスメイトの呼びかけで呼ばれた彩華さんがこちらへやってきた。さっきまでプリンを食べていたのだろう。甘いニオイがしている。
「お嬢はあなたでしょ? あのね、結衣さんがアナタのお父さんと稽古がしたいんだって」
「え? ……ったく結衣の奴め!」
彩華さんは事情を察して結衣さんに怒りの言葉を向ける。そ、そんなに怒ることなのか?
「別にいいけど……条件が2つあるぞ」
「条件?」
「1つ目は今すぐお前とアーサー王の関係を公にしろ。うちのクラス、どういうことなのか説明しろとうるせんだよ」
確かに、こちらへの興味津々な視線が凄いもんな。ヒソヒソと『アレが噂の……』と言っている声も聞こえるし。
「それなんだけどね、実は今回の二人三脚で優勝したら公にするつもりなのよ。個人種目には優勝者インタビューがあるでしょ? それを利用する算段」
「それ大丈夫か? 二人三脚は校内一のバカップルこと宮内が、去年ぶっちぎりで優勝してただろ? 勝算あんのか?」
「これから時間を見つけて練習するよ。宮内某が何年付き合ってるか知らないけど、僕の想いは10年ものだからね。そうそう負けないよ」
「そうね、想いの強さは否定しないわ」
有希もノリノリなのがいいよね。それにしても、中々に強力なライバルがいるみたいだね。校内一のバカップルか。じゃあ、これに勝ったらその称号も譲り受けられるかな?
「お前らも十分にバカップルの素質がありそうだな」
「冷めてるよりはアツアツの方がいいじゃない? で、2つ目の条件は何?」
「それなんだが……おそらく、親父は有希と戦うことを条件にしてくると思う。それさえよければ伝えとくが」
「あー……ありそう。それすっごくありそう」
有希は彩華さんの言葉に心底嫌そうにしている。もしかして彩華さんが渋ってたのって、有希が渋面するのに気づいてたからかな?
「……わかった。それでいいよ」
「よし、交渉成立だ」
そう言って彩華さんはクラスへと戻っていった。有希は嫌そうにしてるけど、とりあえずタスクはこなせたみたいだ。




