体育祭
「それでは、今年の体育祭の参加種目を決めていこうと思います」
木曜日の5時間目。通常の授業から変更されてホームルームの時間になっていた。そして授業の開口一番、真希担任によって告げられたのが上記の言葉である。
僕ら2年13組の面々はホームルームをウキウキで聞いていた。なにせ、授業が変更されて行事について決めていくのだ。よほど体育祭に思い出のない人以外、この状況が楽しくないはずがない。
茜担任は黒板に個人種目と団体種目について書き込んでいく。へぇ、団体種目には綱引き、玉入れ、大玉転がし、リレーがあるのか。けっこうベタな種目だな。
「それから、アーサーくんの為にその他の競技についても説明します。他には色別で別れての男子騎馬戦、女子帽子取りに応援合戦、さらにクラス対抗の応援旗の作成と仮想行進があります。これからは忙しくなるから、みんな張り切っていきましょう!」
真希担任は徐々にテンションが高くなっていき、最後は少し声を上げていた。ノリのいい一部の男子がそれに同調するように声を上げている。こういうノリは嫌いじゃない。
だが、僕にとってこのホームルームは地味に重要なイベントであり、ただ純粋に楽しむ訳にはいかない。ここで、有希と二人三脚を出る権利を勝ち取らないと有希の計画がパアになるのだ。
「それから彼が帰ってきます。色々と仕事してるらしいうちのクラスの秘密兵器の……」
と、ここまで言った所で急にドアが開いた。なんだろう? もしかして、真希担任の声がうるさすぎて苦情でも入ったのだろうか? いや、それはないな。他のクラスも割と男子たちの野太い声が聞こえてくる。テンション上がってる奴がけっこういるようだ。
僕たちが視線を見やると、そこに立っていたのは真っ白な髪に青い瞳をした男子生徒だった。耳にはピアスを付けており、ニヤニヤとした表情から自信が窺える。
「そう、2年13組の隠し兵器。風間裕大参上!」
アホみたいな前口上を述べたチャラ男風の男子は、ドアに寄りかかってカッコつける。顔が悪くないから様になってるけど、コイツは響也に負けず劣らずで中々にイタイ奴だ。僕に似てるとも言える。
んっ? あれ? なんかコイツの顔に見覚えが……
「おお風間! やっときたか! せっかくランニングに誘ったのに来ないからどうしたのかと思ったぜ」
「バーカ。真人、俺は色々と忙しいんだよ。暇人なお前とは違うんだぜ」
「勝手に決めつけんなよ。俺にだって色々と用事ぐらいある」
「はいは~い。二人とも会話はおしまい。続きはホームルーム後にたっぷりして下さい。じゃあ風間くん。席に───」
「まさか、ガリ勉の風間か!?」
僕はさっきからウンウン考えていたが、あの顔に思い当たる節があった。髪や眼の色は変わっているが、間違いない。コイツは僕の同郷の風間だ!
「……誰のことかな。それは?」
風間はヒクヒクと眉を動かしてすっととぼける。ああ、そうそうコレコレ。この図星つかれると眉がピクピク動くのは相変わらずだな。
「とぼけるなよ。まさか、僕の顔を忘れてなんかないよな? アーサーだよ。ほら、小学生の頃までよく一緒に遊んでたじゃないか。いやぁ、それにしてもまさか中学? 高校? デビューしてるとか。あの真面目な風間くんは一体どこに、むが!」
「おい、アーサー。ちょっとこっち来い」
「くっ、お前。そんなに腕力強かったか? 前はもっとヒョロヒョロだったろ?」
「いいから、早くこい」
懐かしい対面に風間くんも喜んでるのかな。何故か僕を廊下まで引っ張っていった。真希担任はスルーしてる。いや、それはおかしくないですか?
「ひ、久しぶりだね。アーサーくん」
「おお、前に戻った。やっぱりお前はその真面目な感じが一番……」
「やめてくれ」
「?」
「昔のことを掘り返すのはやめてくれ! こっちの高校ではチャラ男として通ってんだよ! イメージ崩すようなこと言うのはやめろー!」
風間は切実に僕にお願いする。なんというか、変わってないね。基本的にこの子真面目なんです。きっとチャラ男も真面目にやってるんだろうな。
「ちなみに、なんでチャラ男なんだ?」
「チャラ男なら、学校サボっても許されるかなって思って」
「いや、その理屈は間違ってると思う」
「だけど、小学生の頃の真面目くんだとサボる訳にはいかないだろ! チャラ男ならサボってもまあ、そうだろうって感じだけど、真面目くんだとアイツ、実は滅茶苦茶悪いやつだったのかってなるじゃないか! 僕は不必要な悪評はほしくないんだ!」
ああ~そういう感じか。確かに真面目な風間が学校サボってたら、なんかヤバい奴みたいな気がするもんな。それなら、まだチャラ男で学校サボって遊んでますって方が心象は悪くないかもしれない。学校がそれを容認するとは思えんが。
「んで、仕事ってなによ? 役者? モデル? 学校に来なくても許されるんだからそれなりの仕事してんだろ?」
「うっ、それは……」
「風間を音読みするとどうなる?」
僕と風間の会話に口を挟むように有希が教室から出てきてそう言った。いやおかしくない? なんで二人とも当たり前のように出てきてんの。
「風間を音読みすると『ふうま』になるね。でも、それが一体?」
「じゃあ、私があの会議に行くことを思い出したのはいつだった?」
「それはこの風間について話をしてたときだっ……いやいや、それはないでしょう? まさか、既に会ってるとかそんなまさか」
「残念。そのまさかだよ。僕はこっちで風魔小太郎として仕事してるんだ。みんなには、なんか仕事って言ってるというか、武藤さんにお願いしてそれで通るようにしてるというか」
「は、はあー!? なんで風間が忍者なんだよ! まったく意味がわからないんだけど!」
「ホントに知らないんだ……僕たちの住んでる街、風伊町は忍者の隠れ里なんだよ。ローレンスさんも人が悪いね。本当にアーサーになんにも教えてないんだから」
「いやますますハアー!? じゃあ何? お前ら僕が剣の修行している間、ずっと隠れて忍びの特訓とかしてたの?」
「うん。僕たちの間では如何にアーサーにバレずに忍者っぽいことするか競ってたぐらいだかよ」
僕は風間の言葉にガックリと項垂れる。知らなかった。もうホント、教えてくれないことが多すぎて涙が出そう。
「ちなみに私は全部知ってたわ。なんとなく、アーサーの気づいたときの反応が見たくて黙ってたけど」
有希はホントにいい笑顔でそう言った。ホントに! いい笑顔で!
「ひどくない? 実は内心ニヤニヤしてたとかホント、ひどくない?」
「だって、私ってどちらかと言えばSだもん。アーサーとか好きな人はイジメたくなっちゃうの」
はあ、そうですか。もういいや諦めよう。今の有希の反応可愛かったし。
「ちなみに、教室は今どうなってるの?」
「教室は私たち抜きで話が進んでるわ。私たち、抜け出すの常習犯だからまったく気にしてないっぽいわね。私も、ちょっと二人の様子を見てきますでスルッと出てこれたし」
人間の慣れって怖いな。どんな非日常もなんだかんだで受け入れてしまうんだから。
「でもそろそろ教室に戻りましょ? 個人種目を決めるそうだから。というか早く戻って。そうしないと二人三脚出られなくなっちゃうわ」
有希は忠告するように告げた。それはまずい。僕と有希の関係を公にする計画がパアになってしまう。
「なんだよ武藤。今年は1500に出ないのか? あそこはみんな嫌いだからお前に感謝してたのに」
風間は有希に対してチャラ男ムーブで話しかける。
「今年は楓がやってくれるわ。今は2人で対策練習中よ」
「そういうことか。っで、今年はそこの私の白馬の王子様と二人三脚って訳か」
「私のを強調するな! 合ってるけど! 間違ってないけど!」
「なんというか……鉄壁みたいな武藤さんがデレデレしてるのを見ると、なんとも言い難い気持ちにさせられるね。しかもそれが、知り合いによる影響となるより一層……」
「いいだろ? めちゃくちゃかわいい」
「ソウダネ」
「おい、なんだその微妙に片言な感じは!? 有希がかわいくないとでも言いたいのか!? ああん!?」
「そう怒んないで。キャラ崩壊してるよ」
「お前が変なこと言うからだ。有希はかわいい。はい復唱、サンハイ!」
「アーサーは武藤さんにメロメロです」
「……なに当たり前のこと言ってんだ? 白馬の王子様がお姫様にデレデレになるのはおかしくないだろ?」
「もしかして、無敵……?」
風間は僕の言い分に納得がいかないようだ。というか、復唱しろと言ってるのに何故言わんのか。
「とりあえず、中に戻りましょう」
有希は呆れたような口ぶりでそう言った。
「おっ、戻ってきたか。お前らの種目俺らで勝手に決めちまったぞ」
僕たちが戻ってくると開口一番、真人がそう言った。しまった。すでに遅かったか!
「おいおいマジかよ。俺はちゃんと100メートルになってんだろうなぁ」
「当然だろ? お前意味分からんくらい速いからな」
そう言って真人は黒板を指さした。指の先に書かれている内容を読むと、確かに100メートルに風間の名前があった。コイツ、忍者としての俊足を使う気か?
「風間はチャラい癖にやたらと脚速いからなぁ。陸上とかやりゃあ良いのに勿体ない」
クラスメイトの片山は言った。風間は忍者であることは基本的に隠してるみたいだな。
「おうよ! 昔っから走るのには自信があるんだ。活躍、期待していいぜ」
確かにコイツは小学生の頃から脚はかったからなあ。んでついたあだ名が“俊足のガリ勉”。それが今じゃあ、俊足のチャラ男とは。
「アーサーと武藤、お前らの種目も決めといたぜ」
僕と有希は、真人の言葉を聞いて確認する。すると、二人三脚の欄に僕と有希の名前があった。
「でかした真人! 今度ご飯奢る!」
「私も負担する!」
僕と有希は、2人で真人に奢ることが決定した。
色々と衝撃はあったが、とりあえず第一関門を突破することができてよかった。




