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生徒会特別執行部Ⅱ


「それで、今日は何をしたらいい?」


「いつもんやつ頼むわ」


「わかったわ」


 有希と桜さんは短いやり取りで今日の仕事を確認する。


「よし、ひとまず職員室ね。行きましょ」


 有希は、僕と楓さんを促して生徒会長から出ていこうとする。


「じゃあ、また後でね」


 そして、有希はそう言い残して出ていった。


「さっ、アーサー。私たちも行くわよ」


 楓さんは僕に声を掛けながら、有希についていく。


「あ、ああ」


 僕もそれに続いた。




 職員室への道すがら。僕は楓さんに質問する。


「それで、職員室で何をやるんだい?」


「落し物チェック」


 僕の質問に、楓さんは顔を向けずに淡々と言った。


 僕は楓さんの発言に怪訝な顔をする。そして


「落し物チェック? わざわざする意味があるのかい?」


 と疑問を飛ばした。僕からしてみれば落し物をチェックした所で、持ち主が気づかなくては意味のないものとしか思えない。


「有希の力を使えば、持ち主の特定が可能よ」


「ああ、なるほど」


 僕は納得した。確かに有希の不思議な力があれば可能かもしれない。


「さてと、まずはどれからやりましょうか?」


 有希は職員室の前のガラスケースを見ながら言った。そこには、多種多様な忘れ物が整理整頓されて置かれていた。


「まずはこの傘からで」


 楓さんはその中から、一本の折りたたみ傘を指さした。


「わかったわ。ええっと、これは2年6組の夢本さんね」


 有希は折り畳み傘を軽く凝視したかと思えば、すぐにその持ち主を特定した。


「これも、有希の力かい?」


 僕は質問する。有希は僕の質問に対して


「そうよ。これは過去視。折りたたみ傘を見て誰が使ったのか特定したの」


 まるでなんでもないことのように言いのけた。いや、ちょっと待ってくれないか?


「未来視は知っていたけど、まさか過去も見れるとは……」


「それだけじゃないわ。千里眼に透視、他にも相手の心を視たりすることもできるわ」


 有希はさらに眼の機能を説明する。有希の眼凄すぎないか? ただ美しいだけでなく、そんな機能まであるとは。どれか一つでも便利な能力なのに。


「……有希の眼は本当に万能なんだね」


「まあね、たぶん限りなく全知に近いんじゃないかな。でも、この眼もただ万能ってわけじゃないんだけどね。色々と苦労もしたし…… ああそれと、この眼には"紅玉眼"て名前があるの。命名は響也なんだけど」


「へぇ、響也のヤツ中々に良いネーミングセンスをしてるじゃないか。有希の瞳について非常によく表している」


「中二くさいのを除けば彼はかなり優秀だからな」


 楓さんは響也についての所感を述べた。


「さっさと次やりましょ。まだいくつもあるわ」


 そう言って楓さんは有希と次々に忘れ物を処理していった。


「さて、これで全員分の特定が済んだわね。それじゃあ手分けして教室に届けにいきましょうか」


 有希は忘れ物を学年ごとに3等分してそれぞれに手渡した。  


 僕はその忘れ物を手に抱えながら


「悪いんだがもう一部、忘れ物チェック表を用意してくれないか?」


 と要求した。忘れ物チェック表には忘れ物の種類、持ち主などが書かれており、それを持っているのは楓さんだけだった。有希は分からなくなってももう一度、過去視を使えば問題ないから持っていない。


「それもそうね。じゃあ私が職員室から刷ってくるからちょっと待ってて」


 有希は楓の持っていたプリントを受け取って、職員室へと駆けていった。


 取り残された僕と楓さんはそこで黙って待っている。


 これは気まずい。


 3人組でよくある現象だ。仲介人がいれば会話は成立するのだが、2人だと何を話せばいいのか分からなくなるのだ。


 僕はその気まずさを体験していた。これは、思っているよりもキツい。


 そんな気まずさを、有希が戻ってくるまで堪能した僕は、三手に別れて落とし物を持ち主の机の上に置いていった。僕は主に1年生の担当。


 僕が忘れ物を配り終えて職員室前に戻ってくると、既に有希と楓さんは戻ってきていた。


「二人ともお疲れさま。それじゃあ次の仕事に行きしょう」


「次は何をやるんだい?」


「人生相談よ」


 今度は人生相談とは。またもや有希の力が十全に活かされそうな内容である。


「有希の人生相談はめちゃくちゃ評判だからな。毎週2回の抽選があるけど、いつも倍率は10倍を超えている」


「そんなに」


 でも理解はできる。有希には未来を視る力があるのだ。その彼女が助言するのだから、悩みを抱える人間ならば相談したいと思うのは道理だ。


「そろそろ5時だし、今日のお客さんが来てるだろうから行きましょうか」


 僕は有希と楓さんと生徒会室に戻る。


 生徒会室の前まで戻ると、扉の前に人だかりができていた。おそらく今回の相談者だ。容姿を見るに男女関係なくいるようで、中には先生も来ていた。あれは田中先生か。盛況っぷりに、僕は楓さんの言っていた人気を実感する。


「それでは今日の人生相談を始めます。一人目の人は生徒会室に入ってください」


 有希は人だかりを部屋へと誘導する。すると、一人の男子生徒が指示に従って生徒会室へと入っていった。


「ごめん。今日はしばらくの間、楓とアーサーには待ってて欲しいんだけど」


 有希は、僕と楓さんに席を外すようにお願いをする。



「わかった、いつもの部屋で待ってる」


「……わかったよ」


 僕たちは有希のお願いを了承する。ここにいる人たちの相談相手は有希であり、僕と楓さんはいなくても構わない。むしろ、プライバシーの観点から考えればいない方がいいだろう。ある一点を除けば、有希の提案は筋が通っていた。


「ありがとう。じゃあ待っててね」


 有希は手を上げて挨拶し、男子生徒の待つ生徒会室に入っていった。


「じゃあ、行きましょ」


「う、うん」


 僕は楓さんに気まずいものを感じながらいつもの部屋と呼ばれる場所へ向かう。






「あの、楓さん? いつもの部屋というのは何処にあるのかな?」


 僕は、歩きながら楓さんにいつもの部屋の場所を尋ねた。


「美術棟の3階」


「そ、そうなんだ」


 僕と楓さんの会話はこれで途切れる。そう、有希の提案で唯一気になったのはこの二人だけの時間だ。5分程度でもかなり気まずかったのに、30分以上も二人でいるなど耐えられそうにない。


 僕は無言で楓さんの後ろに着いていく。その間、何を話せばいいのか頭を悩ませていた。


 なんというか、接し方に悩む。有希の親友である以上はある程度仲良くしたい。だが僕には、そのために必要な免疫が不足していた。以前の高校でも、チヤホヤされることはあったから当たり障りの無い対応はできる。しかし、お姫様じゃない人と仲良くするのもなぁという考えで、専ら男子とつるんでることの方が多かったのだ。


 そうして、息が詰まりそうなまま美術棟の3階に到着した。この時間にここらを立ち寄る者はほとんどおらず、シンと静まり返っている。


 楓さんは制服のポケットから鍵を取り出し


「さぁ、中に」


 と鍵を開けながら僕に促した。


「お、お邪魔する」


 僕はおずおずと中へと入る。


 通された室内は中々に異質な雰囲気を成していた。


 まず、この部屋は和室になっているのだ。畳が部屋全体に敷き詰められており、靴置きを除いて一段高くなっている。


 洋風な屋敷であるこの校舎において、これ以上に異様なものはないだろう。最近改築したことから考えても、この部屋は意図してこの状態になっているということなのだ。


 楓さんは上履きを脱いで畳へと上がる。


 僕もそれに倣い畳へと上がる。真新しい畳からは不釣り合いにいい匂いがしていた。畳のニオイじゃなくて、こう、なんというか、女の子のニオイって感じた。


「これは一体? なんで学校に和室が」


 畳の上にはちゃぶ台が置かれ、その真ん中には雰囲気ピッタリの袋菓子が配置されていた。これにお茶を入れれば完全な茶の間になるだろう。


「お茶いる?」


「えっと……あるのかい?」


「そっち」


 楓さんは指を指す。その方向には簡素なキッチンや冷蔵庫が置かれていた。これならいくらでも用意ができるだろう。


「ここは一体?」


「ここは生徒会の休憩室。私たち生徒会の憩いの場として使われているわ」


「なぜここに?」


「見晴らしがいいからよ。かつて用務員が住み込みでいた時代には、ここで寝泊まりをしていたそうよ」


 楓さんは今度は窓に向かって指を指す。僕は窓まで行って外の景色を見渡した。


「確かにこれは……」


 僕は息を呑む。立地的に高台にある美修院でもさらに高い階にあるこの部屋は、確かに素晴らしい景色を見せていた。夜になればさらに素晴らしい夜景になるだろう。


「なぜ生徒会のアジトに?」


「私の兄が提案したのよ。ちょうど、兄が高校生の頃に生徒会の権限が増してね。ヘトヘトの生徒会の休める場所として、使われていなかったこの部屋を使わせてもらうことになったらしいわ」


「ちなみに、お兄さんの歳はいくつかな?」


「今年で25。だから8年くらい前のことね」


 そんな前からとは。もう長いこと生徒会の休憩室になってるんだな。


 それからしばらく、僕と楓さんは無言の時間を過ごしていた。楓さんの入れてくれたお茶は中々に美味であり、ここのお菓子と相性がとても良かった。が、できれば次にこのお茶を飲むときは、有希の淹れたお茶が飲みたい。さぞ絶品だろう。


 だが、そんなことでなんとか場の空気に耐えてきた訳だがそろそろ限界が近い。このまま、無言の圧力に制圧された空間にいるのは勘弁したい所だ。



「楓さん。僕は、君とどう接したらいいだろう?」



 何か会話をと思った僕は、接し方を本人に直接聞くことにした。こういうのは相互で認識を共有した方がいいだろう。間違ってもヘタれた訳ではない。


「なら、そこでじっとしてくれる?」


 そう言った楓さんは僕に接近し、そのままニオイを嗅ぎ始めた!


「い、一体何を!」


 いきなり至近距離に楓さんの顔が寄ってきたことに動揺する。ふんわりと香る柔軟剤の匂いが僕の鼻孔を刺激し、そのニオイにドギマギする。前の学校でもやられたことはあるが、こういうのは本当に慣れない。


 楓さんは、僕の匂いを鼻でスンスンと嗅ぎながら


「君が私の恋愛対象にならないことを確認しているのよ。これは有希の受け売りだけど、相性のいい異性の体臭はいい匂いと感じるそうよ」


「なら一言断りを入れてくれないか!」


「うるさい。どうせ1回きりなんだから気にしないで」


「それは無茶だ!」


 僕は楓さんに抗議する。だが、抗議はできてもこれ以上どう対応すればいいのか分からないため、僕は身動きが取れない。有希ならむしろ、こちらから嗅ぎ返す手段が取れるんだが。そうだ。後で有希のニオイをこの口実で嗅ぐとしよう!


 だから、早く戻ってきてくれないか!


「うえ、くっさ」


 楓さんは僕のニオイを嗅いでえづく。そんな馬鹿な? 僕は白馬の王子様としてニオイには色々と気を使ってるし、お風呂もきちんと入ってるのだが……


「ふぅ、これなら大丈夫そう。君のことは生理的にないって分かった」


「そ、そうか。それで、どう接したら……」


 僕は、一連の流れでけっこうなダメージを負った。もちろん、意図も結果も僕にメリットがあるのは分かっている。しかし、それでも心にキてしまったのだ。


「あなたは私のことを有希の友達と考えていればいいわ。私はあなたと個人的な関係を築くつもりはないから」


「僕としては、有希の友人として君にも相応の振る舞いがしたいのだが」


「あなたがそう思っていても、私はごめんね。私、男子とはあまり仲良くする気がないの。私の兄と比較すると、大概の男子は恋愛対象に入らないから」


「けど、友人はいても別に問題ないのでは? 君は異性だけでなく、同性の友達もいないように見えるんだが?」


「私は他の交友関係をすべて捨てて有希の隣にいることを選んだのよ。同性の友だちがいないのは、その代償」


 楓さんは中々に重たいカミングアウトをする。有希の周りには、僕を含めて重たい人間が集うようにできているのだろうか?


「もし、君が僕の匂いをイイと感じてたらどうするつもりだったのかな?」


 僕は気になったことを尋ねる。匂いを嗅いで確認したということは、僕に対してそういう可能性を考えていたということだ。


「あなたとは距離を取るわ。あなたは既に有希のモノだから。私だって失恋したくはないしね。まあ、その必要はなかったけど」


「ちなみに、僕のどの辺がダメだと思う?」


 別に楓さんに好かれたい訳ではないが、後学のために聞いておく。


「そうね。私の好みは俳優の明山裕哉みたいな男性なの」


「明山裕也って確か、白馬の王子様って言われる俳優じゃなかったか? 僕としては割と参考にした部分があるんだけど」


 俳優の明山裕哉は最近話題になっている俳優だ。完璧と言われるほどに優れたルックスと、誰に対してもイケメンな対応を取ることから、『白馬の王子様』という諢名がつけられている。僕の振る舞いの参考になっている人でもあり、同時に僕が似ていると言われてきた俳優でもある。


 あれ、明山ってもしかして──


「まさか、明山裕哉は君のお兄さん?」


「ええ。さっき言ってた私の兄よ」


 やはりか! なら、僕は兄に似てるからタイプではないということなのか!


……って違うな。さっきタイプと楓さん言っていたな。


「もしかしてブラコンの人?」


「違う! 私はブラコンじゃない! どちらかと言えば兄貴がシスコンなんだ!」


 楓さんはブラコンという言葉が気に障ったようだ。途端に大声で否定する。きっと、何度も同じことを言われ続けてきたんだろう。


「でも、そのお兄さんがタイプなんだよね」


「ええ、そうよ。私は異性なら兄と似たような人と結婚したいと思っている」


「それなら、ブラコンと言われても仕方なくないか?」


「黙りなさい。兄と似た人であって兄じゃない!」


「は、はい」


 僕はこれ以上深入りしても仕方ないと判断し、この部分については閉口することにした。


 それから、1つ気になることもある。


「あの、これを自分で言うのも変な話だと思うんだが、僕は割とお兄さんに似てると思う」


 僕はさっきも言ったが、明山裕太さんの振る舞いをかなり参考にしている。なので、僕と彼には共通点がありそうなものなのだが? 僕が対象外になる理由はなんだろう?


「私もそう思ったからニオイを嗅いだのよ。いい匂いがしないことを期待して」


「だけど、お兄さんは血縁関係にあるんだからあんまり相性はよくないはずだ。つまり、クサイと感じる方が君の好みに近いことになるのではないかな?」


 こんなことを聞いといているが、僕は楓さんとお付き合いしたい訳ではない。だが、気になってしまった以上指摘せざるを得なかった。


「そんなことは百も承知よ。私はいい匂いと感じてなおかつ兄貴のような人間を探しているの。それに……」


「それに?」


「君は兄貴とは違う部分もあるから。兄貴はみんなの前では白馬の王子様のような振る舞いをするけど、身内にはそういう振る舞いはしない。甘えん坊で妹の私の太腿でうずくまる変態よ。君はそうじゃないでしょ? 君の振る舞いは素だし、なにより好きな人にこそそういう振る舞いをする。うちの兄貴は逆なんだ。好きな人にこそそれをしない」


 な、なるほど。僕はテレビの中の明山裕哉さんに引きつつも、その言い分に納得した。


 僕の振る舞いは、参考にした部分はあれど基本的に地の自分だ。この振る舞いを苦痛に思ったことはない。けど、明山裕哉さんは違うようだ。


「あと、これはオフレコで頼むんだが……」


 楓さんは耳打ちするようにヒソヒソ声になりながら


「兄貴には既に結婚を約束した恋人がいるんだ」


「本当か!?」


「うるさい! 叫ぶな! でだ、その恋人が私にそっくりなのよ」


「そんなことが本当に?」


「あるんだから仕方ない。これがその証拠よ」


 楓さんはおもむろにスマホを取り出し、そこから1枚の写真をこちらに差し向ける。


「これ、お兄さんと君の写真かな?」


「違う。この写真に写ってる女性は別人。その証拠に今の美修院と制服が違うでしょ?」


「これが君のコスプレの可能性が……」


「疑い深い! じゃあ、動かぬ証拠を見せてやる!」


 そう言って楓さんは別の写真を提示した。今度は全体が写っている写真だ。しかし、これがどうして証拠になるというのか。


「差が分からないのだけど……」


「胸の辺りを見なさい」


 楓さんは、スマホの画面の女性の胸部を指差す。僕としては、できればあまり凝視したくないんだが……


「どう?」


「どうとは?」


「私と比較して胸のサイズが全然違うでしょ! あなたの目は節穴なの!?」


 そう言って楓さんは胸を張る。確かに、楓さんの胸は写っている写真に比べ遥かに豊満だ。罪悪感があるし、恥ずかしいからあまり見たくないのだけど。


「だが、パッドの可能性が……」


「しつこい! なんでそこまで疑い深いのよ!」


「だってそれぐらいそっくりなんだ! 他人と言うにはあまりにも似すぎだ! 別人と言うのなら、ドッペルゲンガーとしか言いようがない!」


「その意見にはつくづく同感よ。私も初めて会ったときは鏡でも見せられているのかと思った。でも、胸のサイズで勝ってたから見分けられたけど」


「さり気なく毒吐くんだね……」


「当然よ。私から兄を奪ったんだから」


 楓さんの胸中が僕は測れない。自分とそっくりな人間が自分の兄と恋人関係になる。兄弟、姉妹のいない自分には到底想像がつかない境遇だ。


「ところで、君は有希が好きなようだが、有希にもお兄さんと似ている所があるのだろうか?」


 僕は話を変えようと、明山裕也と有希との共通点を探っていく。


「そうね、有希は私に対しては王子様のように振る舞うし、私に甘えてくれるからかなり似てるわね。けど属性が違うわ。有希は闇属性だから、基本的に光属性の兄とは違う部分があるのよ」


「闇属性? 君も、響也みたいなことを言うのか」


「あなたも、有希について知っていけば分かると思うわ。あなたは有希の白馬の王子様だけど、有希への理解度はまだまだね」


「それは自覚がある。だからこそ、君がわかることがあれば教えてほしい」


「教えるつもりはないわ」


「どうして? もしかして、君も僕と有希の過去を知ってるのかい?」


 一連の流れから、僕はその可能性に辿り着いた。それなら教えない理由にも合点がいく。


「知っているわ。私は有希の親友よ。この世界で誰よりも、彼女のことを知ってるわ」


 やっぱり、楓さんは知っていたか。


「それでも、何かヒントでもいいから教えてほしい」

 

「ヒントならもう出したわ。後は自分で考えるのね。これは、あなたが自分で思い出して自分で完結するべきことよ」


 楓さんも真人と同じ結論か。やっぱり自分の力思い出すしかないようだ。


「2人とも、お待たせ……」


 僕が結論を出すと、クタクタになった有希が休憩室にやってきた。人生相談で一体何があったのだろうか?


「有希、どうした?」


 楓さんが心配そうに尋ねる。有希が何故かボロボロで戻ってきたのだ。無理もない。


「楓〜」


 有希は楓さんに抱きつくと胸の中に頬を埋める。いいなぁ。あっ、いや、これは有希に抱きつかれるのがであって胸の中に埋める方じゃない。


 僕は、自分に言い訳するように言った。実際にそうなのに、なぜこうも見苦しい気持ちにさせられるのだろう?


「今日の人生相談、保険の美百合先生がいたでしょ〜。あの人の相手に疲れたの」


 有希は慰めてもらうように楓さんに事情を説明する。その保険の先生の授業は受けたことがないが、有希をここまで追い込むとは。どんな授業か受けてみたいものだ。


「なんとなく、想像ができるな。よくやったわね」


「ありがとう楓。おかげで少し元気になったわ」


 羨ましい。僕も有希に抱きついてきてほしいのに。


 僕は拗ねたように唇を曲げる。いや、こっちも反撃といこう。


 僕は口を僅かにニヤリとさせてから、有希の頭を撫でた。


「よく分からないが、有希が頑張ったことは分かった。よくやったね」


「おい、私と有希の時間を邪魔するんじゃない」


 楓さんがジト目でこちらを睨んでくる。こちらもジト目で睨みたい気分だったのでお互い様だ。


「えっと、その、アーサーも楓もありがとう」


 有希は照れたように笑う。流石に、2人にヨシヨシされるのは恥ずかしかったのだろう。


「それで? 今日は他に仕事はないのかい?」


 僕は有希に尋ねる。現在の時刻は午後5時半を過ぎ所。この学校は6時には下校することになっているため、後30分ほど時間がある。


「ううん大丈夫。今日の所はこれでお終い。私たちの仕事は概ねこの2つね」


「そうか。もっと様々な雑用をやらされのかと思って身構えてたが、それならよかったよ」


 僕は楓さんとの対話でけっこう疲労していた。所謂精神的に疲れたって奴である。楓さんはおもしろい人だが、今回ばかりは色々と圧倒されてしまった。


「概ねというより、基本的にといった方がニュアンスとしては正しいわね。行事などがあれば駆り出されることもしょっちゅうよ」


「そうね、私たちが次に駆り出されるのは体育祭ね。多分、もう少ししたら私たちも忙しくなるわ」


 この学校では10月に体育祭がある。その前に二学期の中間テストがあるのだが、もう後1ヶ月といった所だ。


「もし手が必要なら僕も同行してもいいだろうか?」


「私はいいけど、楓はどう思う?」


「構わないわ。今回色々と話してわかったけど、有希が好きになるだけあって人好きのする人間ね」


「ホント!? よかったぁ。今日は親睦を深めてもらおうと一人で頑張った甲斐があったわ」


 有希は最初からそのつもりだったのか。とにかく、楓さんからはそれなりに好感触を得られたようだ。


「これからも忙しいときはよろしく頼む。生徒会は、トップがフラフラしてるせいで他3人の負担が凄いからな」


「あいつ、仕方のないやつだな」


 今も武道場で剣を振ってるだろう眼鏡男を想像して呆れる。あいつ、本当に学校の顔役として機能するのだろうか?


「でも、いたらいたで仕事が増えるんだ。困ったことにね」


 僕たちの会話の後ろから不意に声が掛かる。すると、扉の外には生徒会の面々が揃い踏みしていた。どうやら、今の発言は優太からのようだ。


「響也がおると理事長がバンバン仕事ば増やしていくんばい。次期理事長として鍛えるってことらしいばってん、よか迷惑やわ」


「そうですわ。(わたくし)たちも巻き込まれてしまいますので、今のままの方がありがたい部分もあるのですよ」


 桜さんとレイカさんも優太の意見を支持する。なるほど、いて欲しいけどいつも居られても困るのか。


「話は聞きましたよ。アーサーさんも私たちのお手伝いをして下さると」


「助かるよ。アーサーは顔もいいから僕たちのPRになるし」


「そうね、忙しかときは手ば貸してもらいましょ」


 3人とも僕の生徒会特別執行部入りに乗り気なようだ。僕としても、行事を準備の段階から楽しみたかったから丁度いい。


「なら忙しい時は、僅かながら微力を尽くさせてもらうよ」


「オッケー。じゃあ色々と手続きするけん部屋に入れてもろうてもよか?」


 桜さんのその言葉を合図に生徒会のメンバーは畳へと上がってくる。


「私のスペースある? そもそも、私は休むためにここに来たんだけど?」


 さらに有希までもが畳に上がってきた。ただでさえ6畳程度の狭い部屋なのだ。6人もいたのでは1畳分しかスペースがない。でも、有希が来たのは僕としては都合がよかった。


「じゃあ、有希にお願いがあるんだがいいかな?」


「何?」


「有希のニオイを嗅がせてほしい。あと、有希の淹れたお茶が飲みたいな」


 僕は自分の欲望に忠実に従い、さっき思いついたことを提案した。


 結果として、有希には殴られたが要望は叶えて貰えた。

 もちろん、有希のニオイはいいニオイだった。

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