白馬の王子様は側にいるⅥ
中に入った僕を待ち構えていたのは、入口付近にいた10体の進人たちだった。
僕はそれらを無視してデパート内の音を聞く。デパート内は相変わらず進人の足音が響いていた。
しかし、中央広場での喧騒は聞こえなくなっている。あれほど激しかったのにどうして……
は、早く彼女の側に行かなくては!
「ブラッド・パージ!」
焦る気持ちを吐き出すように呪文を唱えると、進人の中へと突撃していく。
こちらの動きに気づいた進人たちが、手に持った斧を大きく振りかざしてきた。
「邪魔だ!」
僕はその斧が振り下ろされるより速く、進人たちの腹を掻っ捌いていく。
やっぱり力が落ちてきている。こっちの時間もあまり残されていない。
いや、有希を救うためなら限界なぞ何度でも超えていける。だから僕の方は何も問題はない。
その証拠を突き付けるように進人をあっさりと倒すと、見向きもせず中央広場へと走り出した。
ユニクロの角を曲がり、歪曲した道をまっすぐに進んでいく。
もう少し、もう少しだから待っていてくれ!
僕はメインロードを走りながら、ひたすらに有希の無事を願っていた。
あと少し。あと──ちっ、まだいたのか。
僕の視界に中央広場が広がらんとするその瞬間、まるでそこを守らんとするかのように
一体の進人が立ち塞がっていた。
その様子はさっきまでの進人と明らかに違う。立ち方に生気を感じないのに、その在り方には強い意志が感じられる。遠山刑事が言ってたように、おそらくは何者かがそうさせているのだろう。
だが、だからといって止まるつもりはない。行く手を阻むのなら強行突破するだけだ。
僕は走ったまま剣を下段に構える。そして、そのまま一気に加速して進人へと躍り出た。
僕の接近に合わせて、進人はカウンターで攻撃を仕掛けてくる。しかし速度は雲泥の差。それより速く奴の腕を斬り裂いた。
そして、そのまま止まることなく奴を斬り捨てて先に進む。
何がしたかったのか知らないが、これで有希の元へと辿──
そこまで考えた所で、僕の視界はブラックアウトする。
次に意識を取り戻したときには、さっきの進人の手前に突っ立っていた。
「一体何が?」
僕は何が起こったのか分からず困惑する。確かに僕は、アイツを通り過ぎたはずだ。
「うっ、ごああぁぁ!」
さらに畳み掛けるように突如として進人がうめき始めた。苦しそうに身体を捩り、ぐちゅぐちゅと不快な音を鳴らしてる。
そしてどんどん身体を醜く変化し始めた。この変化を僕は知っている。これはケイコが変化するときと一緒だ。
つまり
「進化症候群が進行してるのか?」
僕は状況から推測する。普通、進化症候群は1度止まると2度と進行することはない。しかし、この状況はそうとしか説明できないのだ。
進人はみるみる内にその姿を変えていく。動物か人間かすら判別つかない状態から、明らかに動物といえる姿に変化していた。
その体躯は、熊と形容するのが相応しいだろう。覆われている毛皮も、顔つきも、熊のモノと瓜二つである。
しかし腕だけは不自然なまでに発達していた。普通の熊と比較して2、3倍の長さと太さを有している。
普通に考えて、コレを自然な進化と言うことはできない。明らかに人為的な作用だ。何処のどいつだか知らないが、ソイツには倫理観の欠片もないのは間違いない。
「……」
進人は進化が完了しても尚、相も変わらずその場に突っ立っていた。こちらから仕掛けない限り状況が変化することはないだろう。
ならやることは1つ。奴を倒して今度こそ先に進む!
僕は剣を構えて熊の進人に突撃する。
まるで弾丸のように空気を裂き、懐へと入り込んでいく。
そして、勢いそのままにエクスカリバーを奴の脳天へ振り下ろした。
「獲った!」
目の前の進人も気づいたのか動き始める。しかし僕の方が出が速い。勝負ありだ!
「がう!」
しかし僕の刃は、奴の身体を引き裂くことはなかった。
丸太のような剛腕が、それより速く僕の顔面を振り抜いたからだ。
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ユニクロの店内まで吹き飛ばされる。衣類がクッションになったことで壁に叩きつけられることはなかった。攻撃を受けた鼻から血が滴ってきている。
なんて速さだ……! まったく動きを捉えられなかった!
だがそれを拭うことも忘れて僕は奴の強さに驚いていた。動き出しは見えていたのに、それ以降の動きがまったく目視できなかったからだ。
手強いな。早く有希の下に行きたいってのに……
僕は脳内で腐しながらなんとか立ち上がろうとする。
「⁉」
しかし思うように身体を動かせなかった。どうやら、先に僕の身体に限界が来てしまったようだ。
剣を杖にしてもどうにも脚がもつれてしまう。さらには腕の力も限界で、剣を支えにしてもまともに立っていられない。
「くっそ! あと少しなんだぞ!」
僕は震える身体に鞭を打つ。ここで何もできなかったら、死んでも死にきれない。
遥か彼方に熊の進人が佇むのが見える。なんとかあそこまで行かなくては!
僕は熊の進人に睨みを利かせ、そこで待ってろと目で告げる。
しかし身体がそこに到達するより早く、僕の意識は途絶えてしまった。
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「はっ!」
僕は意識を取り戻す。どうやら最初の一撃で意識を失ってしまったらしい。
しかも、ユニクロの手前まで吹き飛ばされてしまっていた。
なんて怪力だ。中央広場からここまで100メーターは離れている。次まともに喰らったらタダじゃ済まない。
だが奴の攻撃は目視するのが困難なほどに速い。そのまま進んでも返り討ちに遭うのが関の山だ。
なら遠距離から攻撃するか?
それが一番安牌ではある。できるのならばそうしたい。
だが今の僕に、奴を吹き飛ばす火力が出せる気がしなかった。そもそもビームの出し方すら分からない。
四の五の考えるのはやめよう。正面突破で奴より先に攻撃すればいい。
そうと悟った僕は、持てる力をエクスカリバーに集約させていく。この後まともに動けなくなってもいい。コイツさえ倒せれば、後は根性でどうとでもなる。
……にしたって、たかだか側にいるだけでここまで大変だとは。有希の白馬の王子様をやるのは一筋縄ではいかない。
僕は然気を練る過程で、ふとあのことが頭を浮かんだ。
白馬の王子様の役割
彼女に相談したとき、僕はそんな簡単なことでいいのかと思った。それは実質、何もしなくていいことと同義だと。
だが蓋を開けてみれば、それが如何に軽口だったかと反省したくなる。
そもそも高望みしすぎだったのだ。有希にいい格好をしたい、守りたいと現実を見ずに喚いていたに過ぎなかった。
有希は僕にとって、初恋で憧れの人でお姫様で生きる理由。そんな人に、一緒にいて欲しいと望まれてるだけでも感謝すべきだったのだ。
だから再び側に行こう。
あのとき、手を伸ばしたように。
「うおおおおおお!」
僕は雄叫びを上げる。これは僕の、溢れんばかりの愛の咆哮だ。
「僕の愛の前に──死ね!」
そして、愛をぶつけんと三度目の特攻をかけた。
僕は地面を抉るように加速し、熊の腕の届く範囲へと侵入していく。
「がうっ!」
だが進人はそれを凌駕する。
僕が剣を振るうより速く、進人の太い腕が顔面に到達していた。さっきよりも遥かに強力な一撃が脳を掻き乱す。
急激に視界が歪む。意識が遠のき、頭が真っ白になっていく。
だが!
「倒れてたまるか!」
僕は気合で熊の一撃を正面から受け止める。頭からは止めどなく血が流れてくるが今は我慢だ。
「くだばれぇ!」
僕は叫びながら熊の身体に刃を届かせる。全身全霊、持てる力をすべてを解き放った。
その瞬間、僅かにエクスカリバーが光を帯びる。
そして、同時に力が全身を駆け巡った。
エクスカリバーは熊の腹部へと侵入し、そのまま逆袈裟に斬り裂いた。
「ぐあああああああ!」
熊は断末魔のような悲鳴を上げると、大量の血と共に倒れる。
「てああああ!」
僕はさらに、トドメとして心臓を一突きにした。
「勝った……!」
確かな手応えに自らの勝利を確信する。ダメージは大きいが、まだかろうじて動くこともできる。
「……さあ、行こう」
僕は熊の亡骸を一瞥すると、重たい身体を引きずって歩き出した。




