白馬の王子様は側にいるⅣ
有希がショッピングモールに入ってから5分が経過した。その間状況は好転も悪転もせず、まんじりとした膠着状態が続いている。
遠山刑事は他に逃げ遅れた人が他にいないか確認をしてるが、その情報は入ってきていない。
そして、少女が保護されたという報告もなかった。
少女の安否が確認できないことに嫌な予感が頭をもたげる。せっかく有希が命を投げ打って助けに行ったのだ。どうか無事でいてほしい。
あれから、僕は参考までにと少女の特徴を母親から確認していた。名前は千聖で、今日買ったばかりの黄色いカチューシャをしているそうだ。
「そうか、わかった」
遠山刑事は無線を切ってこちらに視線を向ける。なにか進展が!?
「何かあったのですか?」
僕はすぐさま遠山刑事に駆け寄り尋ねる。
「あぁ……逃げ遅れの追加情報が2件。一人は30代の男性。もう一人は小学生の男の子だ」
くっ、まだ逃げ遅れた人がいたか。
「ちなみに千聖さんは?」
「そっちはまだだ」
「そうですか……」
僕は拳を強く握る。こんなにも無力を感じたのは初めてだ。
頼む、早く来てくれ椿さん!
すると、突然スポーツカーの激しい排気音が響き渡る。真っ白なスポーツカーがショッピングモールの駐車場を猛スピードで突っ切っきてきた。
そして、僕と遠山刑事の前で派手にドリフトをかますと急停車した。ワイルド・スピードも真っ青な運転技術だ。
「アーサー! お待たせ!」
「椿さん⁉」
僕は降りてきた人物に驚く。そんな気は薄っすらしてたけど、本当に降りてくるとは!
「そら、お待ちかねのエクスカリバーよ!」
メイド服の椿さんがトランクからエクスカリバーを取り出す。
「事情はよく分かんないけど大変なことになってるんでしょ? しっかりやんなさい!」
僕がそれを受け取ると、椿さんがバンッ! と背中を叩いてきた。妙に怪力なせいで背中がめちゃくちゃ痛い。
「それからこれ! ユキナミン!」
「ユキナミン?」
「ずばり有希の然気を濃縮した液体よ! くっそ不味いけど、これを飲めば有希のバフと同効果が得られるの!」
「す、すごい……! ありがとうございます! ちなみに何本あるんですか?」
「残念ながらこれ一本だけ。有希の体調改善に使ってたからこれしか残ってないの。だから大事に使いなさい!」
「はい! 大事に使います!」
これは自分の為に使う訳にはいかないな。有希の為に取っておこう。
椿さんはそこまで言って途端に真面目な顔になる。
「頼んだわよ、アーサー」
僕は椿さんのその言葉に力強く頷く。
その顔に満足したのか、椿さんは遠山刑事の方へ振り返ると
「緊急事態だったからね。うっかり道交法を破っちゃったわ」
「どうせ守ってる奴なんて滅多にいないんだ。今日くらいは見逃すよ」
遠山刑事はなんでもないような顔で警察官にあるまじき発言をする。そして
「アーサーくん。逃げ遅れは3人だ。スマンがよろしく頼む」
そう言って遠山刑事は、僕の肩を叩いて激励してくれた。
「じゃあ、行ってきます」
僕は椿さんと遠山刑事に見送られながらショッピングモールに入っていった。
ショッピングモールには4つの出口が存在している。東口。西口、北口、そして、南側にある中央口。僕はその中の東口から中へと入って行った。
まずは逃げ遅れた3人を救助。そしてその後に、有希の救出だ。
僕は自らのやることを確認する。本当は今すぐにでも有希を助けに行きたいが、彼女の願いを無碍にすることはできない。
だからさっさと見つけ出したいんだが、残念なことに全員が何処にいるのか手掛かりがなかった。これを探すのは流石に骨が──
待て。僅かにだが音が聞こえないか?
僕は目を閉じてショッピングモールに耳を傾ける。
すると、ショッピングモール内に広がる雑多な足音を拾うことができた。それが誰のものかはわからないが、少なくとも歩いているのは聴き取れる。
僕ってこんなに耳がよかったか? いや、疑問に思うのは後だ。
疑問を瞬時に切り替えると、僕は足音を頼りに状況の確認を始めた。
ショッピングモールのアチコチから足音が聴こえてくるが、特に中央広場付近で大量の足音がしていた。おそらく有希がそこで戦っているのだろう。ここを回るのは最後にした方がいい。
そして思ってたよりもまずい状況のようだ。ショッピングモールの足音が進人だとすれば、いつどこで逃げ遅れと対面してもおかしくない。
僕はそこまで確認すると、東口付近から逃げ遅れ探しを始めていく。トイレや物陰などを重点的に見て回った。
そうしてしばらく探索しているとウニクロが見えてきた。このウニクロは中央広場へと続くメインロードの端にある。もしかしたら、チラッと有希の様子が見えるかも?
僕は微かな期待を胸に、ウニクロのショーウインドからメインロードを覗いた。
「進人か……」
しかし見えたのは有希の勇姿ではなく、ゾンビのように徘徊する進人だった。その数は5体ほどで、おかしなことに手には武器が握られている。
「どうする? 倒すか?」
僕は逡巡する。進人を排除しておくか、そのままにして別の場所を回るかの2択だ。
「排除しておいた方がいいよな」
僕はすぐに戦うことを決断する。倒しておけば逃げ遅れた人が出会う可能性をグッと下げられるし、何より有希の手助けになる。やらない手はない。
「ブラッド・パージ!」
僕は呪文を唱えると素早く進人たちに襲いかかった。僕の接近に進人は気づいていない。
僕はあっという間に目の前の進人を片付けた。
理性もなく、数もこの程度ならば恐るるに足らない。僕はすべてを斬り裂くとすぐさま力を解いた。
あれ? 少し強くなってないか?
僕は自らの身体の手応えに驚く。20秒程度の解放だったが、以前よりも身体が軽く力も増した気がした。
僕は改めてメインロードから目を凝らす。しかしどうやら歪曲しているようで、有希の姿を確認することはできない。
仕方ないので本来の問題に戻る。有希の安否が確認できないことでますます時間が惜しくなってきた。
くそっ! 何かアテがあればすぐにでも行動できるのに! このままだと無闇矢鱈に体力を消耗するだけだ! どうする⁉
──────────!
すると、僕の脳内に吸血鬼と闘った時と同じ閃きが発生した。
2階の東男子トイレ、4階西駐車場。あと1人は分からないが少なくともそこに2人はいる。何故わかるのかは今はいい。すぐにでも急行しよう。
まず僕は、ショッピングモール2階の東端にある男子トイレへと向かった。ここが立地的に一番近かったからだ。
到着してみると、トイレは非常階段付近の奥まった場所にあった。人目につきにくいことから、隠れるにはうってつけの場所と言えるだろう。
できることならば、そのまま非常階段を降りて逃げてほしかったが。
僕は男子トイレの中に入ると、個室に隠れているだろう某を探していく。すると、すぐに1つ締められたドアを発見した。
僕ははやる気持ちを抑えコンコンと扉をノックする。しかし反応はない。
きっと進人が来たと思って声を殺しているのだ。ここは中にいる人を安心させねばならない。
「もしもし誰かいますか! 助けにきました! だからここを開けて下さい!」
僕は大声で呼びかける。人間の声を聞けばノックの主が救助に来たと伝わるはずだ。
しかし妙なことに、扉が開くことはなかった。流石に言葉を話しているのだ。救助に来たと思ってほしい。
「もしもーし!」
僕は尚もノックしながらトイレの主に呼びかける。けれどもやっぱり反応がない。
まさか! 中で気絶してる⁉
僕は反応がないことから1つの可能性に気づいた。いや待て。下手したら既に怪我を負ってなんてことも……
仕方ない! ここは強行突破だ!
僕は軽く深呼吸する。そして
「はっ!」
勢いよく扉を蹴破った。
扉は勢いよく中へと倒れ込んでいく。まずいまずい! 僕は慌てて扉を掴んで止めた。
そして倒れないように立て掛けると、中の様子を確認する。
中にいたのは小学生ぐらいの男の子だった。間違いない。遠山さんが言っていた逃げ遅れの一人だ。よほど怖い思いをしたのだろう。恐怖に顔を歪ませている。
「お、お兄さん誰?」
「僕は君を助けに来た! ここは危険だから早く外に!」
「な、なんで⁉」
「知らないのかい⁉ ならなんでそんな顔を……」
「それは、いきなり知らない人から声を掛けられたから……」
それはつまり……僕に驚いたということか?
僕は少年の言葉に呆気にとられそうになる。今まで何も知らずにここに隠れていたのか?
「……いや、ならいいんだ! それより早くこの建物から出よう! 今ここは進人がウヨウヨしている!」
だが僕は瞬時に頭を切り替えて、少年に避難することを促す。
「そ、そうなの! 兄ちゃん大丈夫かな⁉」
「君はお兄ちゃんと二人で来たのかい?」
「う、うん。そうだよ」
「なら大丈夫だ! 僕は君を探してくれと頼まれたんだ! 君の捜索を頼めるのはお兄ちゃんしかいない!」
「ホント! よかったぁ!」
少年はまるで自分のことのように安堵する。
「でも君がここにいたらお兄ちゃんは安心できない。早くここから出てお兄ちゃんを安心させてあげよう」
「うん! そうする!」
と、避難することを承諾してくれた。
そうして僕たちはトイレから抜け出すと、近くにある非常階段を駆け下りていた。
「止まって!」
しかし、2階から階下に降りる所で進人と遭遇してしまう。
「う、うわあああ!」
少年は初めての進人に悲鳴を上げる。ズキッと頭が痛むのを感じる。
「大丈夫だ! そこでじっとしていてくれ!」
だが僕はそれに屈することなく、進人に対して剣を抜き放った。
そして
「ブラッド・パージ!」
と唱えてあっさりと進人を蹴散らした。
「え? 倒したの?」
少年は目の前に起こったことが飲み込めずにポカンとしている。
「これでもう大丈夫! 行こう!」
僕はそんな少年に声をかける。ハッとした少年はすぐに僕の後ろを付いてきた。
「お兄さん強い!」
階段を駆け下りながら、少年は恍惚とした表情で僕に話しかけてきた。
「いや、僕はまだまださ」
僕はそれに謙遜ではなく本心で答えた。守るべきお姫様に手も足も出ないうちは、強いとは口が裂けても言うことができない。
「僕もお兄さんみたいになれるかな!」
が、少年はそんなのお構いなしに目を輝かせて言ってくれた。
「なれるさ。人間、その気になればなんにだってなれる」
僕は断言する。僕自身が有希と会うためにここまで来たのだ。当の本人が否定できるはずもない。
僕のその言葉に、少年は嬉しそうに笑った。
「もう大丈夫かな?」
あの後、進人に遭遇することなく1階まで降りてきた僕たちは、非常扉の前で少年に確認を取っていた。
「うん! もう1人で行ける!」
少年はそう言って力強く頷く。頼もしい限りだ。
「だから、お兄さんも頑張って!」
少年は最後にそう言い残すと、非常扉から外へと駆けていった。
「ああ、もちろんだ」
僕はその言葉にポツリと呟く。
これで一人目は大丈夫。あと二人を探しに行こう。




