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初陣Ⅱ


 そして、6日目の夜。

 

「有希姉、ケイコはどうにもならないの?」


 ケイコを抱きかかえた葵さんが有希に尋ねている。この一週間で、ケイコはすっかりと武藤家での生活に馴染んでしまっていた。そして僕だけでなく、武藤家の人たちもすっかりと絆されてしまい、全員が進人になることを悲観するようになっていた。


「何度未来を見ても変化しないわ。ケイコが進人になるのは確定事項よ。でも……」


「でも?」


「変なのよね。最初は進人になった姿がはっきりと見えていたんだけど、今はなるのは同じだけど、その姿が安定しないの?」


「どういうこと?」


「つまりね。見える未来をいくつか見ていくと所々で少し違う姿になっているわけ。いずれも人間になりきれている訳じゃないんだけど、少しずつ人間よりになっているっていうか」


 僕はケイコに餌を用意しながら、有希たちの会話に耳を傾けていた。



 進人になる未来が変わってきている? もしかしたら……



 僕は聞いた内容を下に仮説を立てる。これが正しければ、もしかしたら本当に奇跡が起こせるかもしれない。


「今日は一緒に寝ような、ケイコ」


 葵さんから脱出してを餌を食べにきたケイコに、僕は仮説を実行するために語りかける。ケイコはその日の気分で寝床を変えているのだが、今日だけは、僕のベットで一緒に寝てもらうことにした。





「それにしても有希。まさか、君まで一緒に寝ようとするとは思わなかったよ」


 現在僕とケイコ、そして有希は僕の部屋のベッドに集まっていた。さっきのケイコへの宣言を聞いていた有希が、僕と一緒に寝ることを提案してきた。まさか猫にまで嫉妬するとは思わなかった。


「ほら、もしケイコがアーサーが寝てるときに進人になったら大変でしょ?」


 以上が有希の言い分である。しかし、未来を視ることができる有希が『かもしれない』でそういう行動するのはおかしいと思うのですが。まあ、それは置いといて


「わかってるよ。僕は有希と寝れて嬉しい。そして、ケイコも有希と一緒に寝れて喜んでいる。まさにウィン・ウィンの結果だ」


 僕はそう言ってケイコを撫でる。現在、ケイコは有希の腕に収まって丸くなっていた。今日は有希と寝たい気分だったようで、むしろ有希が一緒に寝てくれるのはとても都合がよかった。


 それに、結果として僕は有希と同じベッドの中で眠ることができるのだ。こんなに嬉しいことはない!


「ちなみに、明日は何時になる予定?」


「なるのは放課後。だから、学校が終わったらすぐに帰って準備しましょう」


「わかった」


「それじゃあ寝ましょうか。もう11時だし」


「そうだね」


「アーサー。抱きしめるまでは許すけど、変な所を触ったら床ペロしてもらうからね」


 有希は警告するようにジト目でそう告げた。けど安心してほしい。世界ヘタレチャンピオンの僕がそんな度胸のいることできる訳がない。


 多分抱きしめるのも無理だと思う。というか、寝れるかすらわかんない!


 有希と寝れることはうれしいけど、それはそれとしてメチャクチャ緊張していた。しかも、明日には進人狩りとしての初仕事があるかもしれないのだ。もう気が気でない。





 深夜、有希とケイコは既に就寝している。


 対して、僕は案の定寝ることができずに有希とケイコの寝顔を拝んでいた。ケイコは丸くうずくまって上品に眠っている。


 有希は寝静まっていながら、一部の隙もない寝相で微かに寝息を立てていた。僕と同じベッドに寝てるのにどうしてこうもあっさりと寝れるのだろうか。未来視で僕が襲わないの見えていたのか?


 僕は、天井を見つめながら仮説を思い出していた。


 僕の考えた仮説とは『愛による進化症候群の変化』だ。有希の未来視は最初ケイコを引き取らない、もしくは隔離という形での保護をした未来を見ていたはずだ。しかし、僕が武藤家でしっかりと飼うことに決めたことで、進人の形状が変わるという形で未来が変わっていた。


 つまり、愛を注いでやれば進人の進化に影響をもたらせるのではということだ。僕はこの仮説を基に、ケイコに少しでも多く愛を注ごうと一緒に寝ることにしたのだ。


 僕は有希の隣でうずくまっているケイコをそっと撫でる。

 生暖かいフサフサした毛並みがとても気持ちよかった。



 ケイコ。どうか、君を殺させないでくれ。



 自分で育てると言っておいて身勝手な言い分かもしれないが、僕はそう真剣に願っていた。





 そして、運命の7日目。


 学校を終えた僕と有希は、ケイコを連れて山奥の開かれた場所まで瞬間移動でやってきていた。


 僕はみなき武具店から貰った鎧と剣を身に着けて、万全の態勢でケイコの変化に備えていた。既に有希からのバフも受け取っている。


 実践では、僕のブラッド・パージは使わず有希のバフだけで闘うことを取り決めた。不安定な力を実践に投入することを有希が嫌ったのだ。


 さらに、僕の後ろには有希が袴コートの格好で待機している。これは僕に何かあったときの保険だ。





「そろそろよ」


 有希がスマホを確認しながら告げる。僕と有希の間に、緊張がじんわりと熱のように広まった。僕は少しでも緊張を紛らわそうとケイコの方を観察する。ケイコはキョトンとした顔つきでこちらを見ていた。



 本当にこんな愛らしい猫が進人になるのか?



 僕は有希を疑っているわけじゃないけど、どこかで信じたくない気持ちがずっと燻っていた。



 このまま、何も起きなければ良いのに……



 僕がそんな希望的観測をし始めたとき



 グニャァ!



 突然、ケイコが今まで聞いたこともないような苦しそうな鳴き声を発した。その鳴き声を合図に苦しそうに咳をし始める。明らかにさっきまでと様子が違っていた。


「始まったわ」


 有希が眉間に皺を寄せて警告する。その声には緊迫感のあった。



 やっぱり、変えられないのか……



 ケイコの身体がドンドン肥大していく。胴体から身体がブチュブチュと音を立てて膨張し、それに釣られるように全身がむくんだように大きくなる。グチュグチュと、気味の悪い音を立てて変化していく様が生々しい。僕が子どもの頃にこの光景を見ていたならば、間違いなくトラウマになっている。



 ぐっぐぅ! うに゛ゃあ!



 ケイコだった存在が悲痛な悲鳴を上げる。その姿は痛々しいを通り越して悲惨だ。


「有希! もう殺してやった方が良いんじゃ……」


 僕はケイコの苦しそうな声にすぐにでも楽にしてやりたい衝動に駆られる。


「待って! いきなり動くのは危ないわ!」


 有希はそう言って僕をたしなめる。僕は唇をかみしめて我慢した。


 ケイコの変化は留まることなく続いている。身体は徐々に女性のモノに変化し、顔も人間の骨格に近づいていく。体毛は禿げ落ち、茶色い体毛の奥から薄だいだい色の肌が見え始めた。



 あれ? おかしくないか……?



 僕はケイコの変化に疑問を抱く。何故なら、ケイコの身体はもうほとんど人間の身体に変化していたからだ。ケイコにあれだけ生えていた体毛は完全に抜け落ち、頭からは茶色い髪が生え始めている。


「まさか、進化しきったの!?」


 有希はケイコの姿に動揺を隠せずにいた。いや、僕もまたこの状態に驚いている。



 進人への進化は完遂することはない。



 そのことは長年、通説として広く周知されてきたことだった。



 だからこそ、ケイコが完全に人間に進化した意味は、僕たちにとってとても重たかった。



 ケイコだった少女には、猫だった頃の名残りとして耳と尻尾が生えていた。しかしそれ以外は完全に人間の女性と言って差し支えなく、先の変化を見ていなければ、猫のコスプレをした女性にしか見えないだろう。


「おい、大丈夫か?」


 僕はケイコに声を掛ける。ケイコはその声に反応を示し、僕の方に視線を合わせる。


「ううううっ!」


 だがケイコは腹の底から響かせたような声を鳴らして、こちらを威嚇してきた。


「大丈夫か? 僕のこと分かるか? 一週間とはいえ、一緒に暮らした仲じゃないか」


 僕は説得するように声を掛ける。しかし、ケイコの警戒を解くことができない。


「ダメよ」


 有希が後ろから諦めるように呟く。


「ケイコの頭の中が読み取れない。恐らくまともな理性は備わっていないわ」


 有希は後ろから努めて冷静に解説する。まるで、クールダウンをさせようと言い聞かせているようだ。


「どうする? アナタのこの初仕事、あまりにイレギュラーだから私が────避けて!」


 有希は話を中断して叫ぶ。えっ?


「しゃぁ!」


 有希が叫んだと同時に、ケイコが唸り声と共に僕たちに爪で攻撃を仕掛けてきた。


 僕は有希のおかげで間一髪で躱すことができた。しかし、咄嗟のことだったので体勢を崩し、立ち膝の状態になる。


「やるしかないのか……」


 僕は立ち上がり、エクスカリバーを構える。しかし、それを振ることに躊躇いが消えなかった。もう少し異形であれば躊躇いつつもできたかもしれないが、今のケイコは僕にはただの人間にしか見えなかった。


「アーサー! その子にまともな理性は期待できない! 早く倒さないとアナタが危険よ!」


 有希が声を張り上げる。しかし、ケイコは考える時間を与えることなく僕に飛び掛かってきた。


「くっ!」


 僕は剣でケイコの攻撃を受ける。しかし、攻撃を受けて尚も身体が衝撃に悲鳴を上げた。ケイコの一撃は有希のバフをあっさり貫通して、僕の身体にダメージを通してきたのだ。


 そして、猫耳少女は攻撃の手を緩めることなく仕掛け続けてくる。鋭くなった爪はとても素早く、ロングソードの剣では防ぐのが精一杯だった。


「くそっ!」


 僕は目標に向けて振り払うように剣を薙ぐ。ケイコは華麗に宙返りを決めて間合いを離すと、四足で綺麗に着地してこちらを警戒してくる。


「ゔゔぅ!!」


 ケイコは濁った声で威嚇する。再びこちらに飛びつくのも時間の問題だ。


「私が代わるわ! アナタにかけたバフじゃあその子には通用しない!」


 有希が代わるように呼び掛ける。確かに、有希から貰ったバフだけでは、ケイコの攻撃を防ぎきることは難しい。



 ならば!



「ブラッド・パージ!」


 僕は呪文を唱えて力を解き放った。今のケイコに通用しないのならば、自らの出力を上げるだけだ。


「有希! 初めに言った通り、これは僕が責任を持って終わらせる! だからそこで見ていてくれ!」


 僕は有希に叫びながら頼み込む。


「どうして? その子の強さは未知よ! あなたに万一のことがあったら……!」


 有希は純粋に僕を心配しているようだった。無理もない。この不測の事態を、初仕事の人間に任せるのは正気の沙汰じゃない。


「大丈夫! それに、僕はまだケイコを諦めた訳じゃないんだ! 姿が人間になっているのならば、ここから理性を獲得させられるかもしれない!」


 僕は再びエクスカリバーを構える。ケイコはシャー! 威嚇しながら髪の毛を逆立てていた。


 次の瞬間、彼女は一足飛びに飛び込んでくる。強かな踏み込みが地面の土を抉る。そして鋭い右爪が、こちらを引き裂こうと迫ってくる。


 僕はそれを右に転がりながら避け、すぐさま体勢を立て直す。獲物を逃したケイコは着地と同時にこちらに標準を合わせて、猪突猛進に突っ込んできた。


 今度はバックステップでいなす。そこにケイコは、追撃とばかりに左、右と鋭爪を使って連続攻撃を繰り出してきた。


 僕はそのことごとくを躱し、受け流し、剣で防ぐ。



 さっきよりもスピードが落ちてる?



 僕は一連の動きを見てケイコの変化に気づく。人間の姿をしているとはいえ元は猫。もしかしたら、彼女はスタミナがあまりないのかもしれない。なら、もう少し辛抱すればこっちから撃って出ることもできるぞ。


 だが僕がほしいのは反撃の狼煙じゃない。ケイコの理性を取り戻す手段だ。


 僕はケイコの攻撃を捌きながら観察に全霊を注ぐ。何か突破口があるはず。考えろ……考えろ!



 そうだ!



 僕はある計画を思いついた。コレができれば、ケイコを救うことができるかもしれない。


「はあっ、はあっ」


 ケイコは息を切らせながらこちらに視線を向けている。やはり体力はないみたいだ。ひとまず、作戦の大前提は問題ない。


 なら、後は動けなくなるまで逃げ続けよう。ケイコ、僕はとことんまで付き合う。だから君も奇跡を起こせるように頑張れ!


 僕はエクスカリバーを地面に突き刺し、両手を広げてケイコを挑発した。


「さあケイコ! 僕はここだ! どこからでも掛かってこい!」


 ケイコは僕の挑発に腹を立てたのか、僕めがけて突撃してくる。


 そうしてケイコが疲れて動けなくなるまで、僕は攻撃を避けて避けて避けていった。ケイコの爪を用いた攻撃は、理性がない故に単調で、さらに疲労によってどんどん精細を欠いていった。



 そんなことを続けること5分。



 ケイコはゼエゼエと息を吐きながら攻撃しようとする。しかし既にスタミナは限界を迎え、身体は動かなくなっていた。



 遂に、ケイコの動きを止めることに成功した。




 僕はケイコへと歩み寄る。ケイコは疲れ切った表情でこちらを見ていた。


 僕はそんな彼女に微笑みかけながら、ケイコと同じ視線まで腰を下ろした。そして



「お前は、こうやって抱きかかえられるのが好きだったよね」



 と囁きながら抱きしめた。




「……」


 ケイコは何が分からないのか動かないのか、微動だにせず抱き締められている。


「うう」


 すると、背中に確かな力を感じだ。ケイコの方から抱きしめ返される感覚だ。


「ケイコ?」


 僕は確かめるように呼び掛ける。


「……確かに、私は抱きしめられるのが好きでした」


 ケイコがこちらを抱き締めながら言葉を話した。え? ちょっと待って?


「今のは、ケイコが話したの?」


「はい。ご主人様」


 彼女は、僕の見据えながらそう言った。



「「ケイコが喋った!」」



 僕と有希は目の前で起こった出来事に驚く。まさか、こんな結末になるとは! これは人類史上初の出来事だ!


「あの、ご主人様。そろそろ離していただけるとありがたいのですが……」


 ケイコは抱きかかえられた状態が苦しいのか、離すよう頼んできた。


「大丈夫なのか?」


 僕はケイコに尋ねる。


「心配ありません。見ての通りです」


 ケイコは何故か敬語で宣言する。確かに流暢に言葉を話せるし、謎に言葉遣いも丁寧だ。間違いないだろう。


「わかったよ」


 そう言って僕はケイコを抱いた状態から解放する。すると、ケイコはうーんと伸びをした。


「な⁉」


 僕はことここに至ってある事実に気づいた。真剣になっていて忘れてたが、ケイコは一糸まとわぬ姿だったのだ。今、僕の前には見事な裸体が露わになっていた。


「ん? どうしました。ご主人様?」


 ケイコは特に気にならないといった雰囲気で、こちらに語り掛けてくる。けど、こっちはめちゃくちゃ気になる。免疫がない僕には刺激が強すぎるよ!


 すると僕を案じたのか、有希が大きなバスタオルをケイコに被せた。おそらくは瞬間移動で持ってきてくれたのだろう。


「ケイコ。アナタ、猫の姿に戻ることってできるの?」


 有希はケイコに警戒心を示しながら尋ねる。ケイコはバスタオルを被せられたままの状態で


「できますよ。しかし、何故そんなことを?」


「いいから。後、もう一つ聞かせてくれる? あなたって人間と猫、どっちが性愛の対象なの?」


 有希さん。ガンガン行きますね。どうやらケイコをライバル視しているようだ。ついでに調査も兼ねてると思うけど。


「それは……猫ですね。より正確に言えば『猫から人間になった種族』が適切かと思います。だから安心して下さい。あなたの旦那様を盗るようなことはしませんから」


 ケイコは、やっぱり賢いようで有希の真意を看破していた。有希は顔を紅潮させて


「違う! 違うから! これはあくまでも調査だから!」


 有希はテンプレすぎるツンデレムーブで言い訳していた。


「ケイコ。君はどうやら私と同類のようだ」


 僕たちがケイコを連れて家に帰ると、真っ先に明美さんに診察をお願いした。そして、診察結果の最初の発言がこれである。


「それはどうしてですか? 明美様」


「君は服を着るのが嫌いだろう。私も同じでね。故にそう言ったのだ」


 僕たちは家に帰ると真っ先に服を着せてやろうとした。しかし、ケイコはヘトヘトの身体でありながら着せるのにかなりの抵抗を見せ、遂に着せることができなかったのだ。


 そのため、今もケイコはタオルを羽織っただけの状態である。


「だが、君は猫になれるから不要なようだがね」


 明美さんはケイコを見ながらそう呟いた。


「その通りです。普段は猫で過ごせば問題ないのに、無理やり着せようとするから困ったものです」


 ケイコは流暢な日本語でそう返した。


「そんなに嫌がるなんて思わなかったのよ。進人でも元の動物の特徴は引き継ぐのね」


 ケイコに服を着せようとした張本人が感想を述べる。


「それで? 明美、他にわかったことある?」


 有希は明美さんに診断結果を尋ねる。実はケイコは明美さん主導のもとに、健康診断、身体能力テスト、知能テストなどを受けていた。また、カウセリングによる情報収集もした。


「肉体は人間の特徴をしっかりと有している。しかし、猫であったときの名残として猫耳と尻尾が残っており、頬からは特徴的なヒゲが生えるようだ。


 身体能力はかなりのモノを持っており、然気を持っていなければ彼女を静止することは難しいだろう。


 続いて知能だが、人間の上位10%に入る程度の知能を持っていた。もしかしたら、進人になる条件として人間に近い知能を持っているかが重要かもしれない。


 そして、最後のカウセリングからわかったことは、知性を獲得した進人は可逆的に元の身体に戻ることができることだ。既に何度か交互に変身してもらっている。その変化による知識、経験などの断絶は確認されていない」


 明美さんは長々とケイコについて説明していく。どうやら明美さんは今回の一件にかなり興奮しているようだ。


「愛を注いだことが功を奏したのでしょうか? 少なくとも、有希の未来では観測できなかった結果のようですが?」


「現段階ではなんとも。ただ、私たちの行動が何か作用したのは確かだろうな。それが何に作用したかは断言できないが」


「けどはっきりと言えるのは、愛が未来を変えたということね。なんともロマンチック……」


 有希はうっとりするように感想を述べた。それを僕と明美さんがニヤニヤと眺める。


「それにしても、まさか完全な進化を最初に達成するのが猫とはな」


「それはおそらく、私たちが外来種であることが原因かと思います」


「外来種? 確かに日本の種ではないが」


「そうではなくて。私たち猫の世界では、スコティッシュフォールドは地球外からウイルスを運んだ種として嫌われているんです」



「「「はい⁉」」」



 ケイコさん、あなたは一体何を言ってる? 藪から棒が過ぎるよ!


「う、嘘でしょ? スコティッシュフォールドが宇宙産⁉」


「猫の世界ではそうだと伝わっています。宇宙では進人は理性を持った人間になることがあるそうです。しかし地球人にはウイルスへの耐性がなく、もれなく腐敗した身体になってしまうのだとか」


「つまりゾンビ症候群の発生源は、宇宙から飛来したスコティッシュフォールドだと?」


「可能性は高いです。なにせ、ゾンビ症候群の発生とスコティッシュフォールドの発見は時期が近いですから」


 もうついていけない。屍人の発生源が宇宙からとか、信じるのは響也ぐらいだってマジで。


「と、とにかくこれからも経過観察をしていく。ケイコには有希同様付き合ってもらうからな!」


「はい。明美様。お付き合いします」


 ケイコは深々とお辞儀をしながら、動揺する明美さんの確認に応えた。






「アーサー、ちょっといい?」


 各自解散し、それぞれの部屋に戻ろうとする所で有希に呼び止められた。


「なに?」


「まずは初陣の感想を聞かせて?」


「そうさなぁ、例外すぎてあまり参考にならなかったかな?」


 初陣というのは、得てしてその場の空気になれる意味合いが強い。なのにいきなり例外詰め合わせセットに出くわしてしまったら、空気も何もないだろうという話だ。


「でも、逆におおよそのことには対応できそうな気がするよ」


 けど、そのおかげで対応力は馬鹿についた。今後活かせる機会があればだけど。


「色々あったけど無事に済んでよかった。結果としてケイコを殺さずに済んだし。だから……」



 有希はそう言うと、僕の胸元に飛び込んできた。



「えっ⁉ どうしたの急に!」


 僕はいきなりの有希の行動に驚く。いやホントになんで? こんな時の対応マニュアルは知らないんですけど!


「だって、アーサーったらケイコにあんなに情熱的にハグするんだもん」


 有希は頬を膨らませて言った。どうやらケイコにハグしたことが気に喰わなかったらしい。


「私のことは抱きしめなかった癖にさ……」


 有希はどうやら、昨日抱きしめてくれるのを密かに期待していたようだ。そういえば、抱きしめるまではオッケーって言ってましたね。


「あ、いやアレは! 僕がヘタレだからその……」


「だから逆襲とご褒美に抱きしめた。アーユーオーケー?」


「お、オッケー」


 しかしながら、僕はまたしても抱きしめることができず、有希が満足するまでされるがままだった。

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