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際限なき愛


 ……殴られたのか?


 硬い地面でバウンドした僕は、何が起こったのか理解するのにコンマ数秒かかった。


 また暗く⁉


 そう気づいた瞬間に僕はその場から回避する。動く力をどこから出したのか自分でも分からない。


 立て直せ!


 僕は回避をきっかけになんとか受け身を取る。


「ほう、まだ動くのか。ことのほか頑丈……いや気合か」


 視線の先には、巨大な天狗の姿があった。


「今のは……アンタの仕業か?」


「そうとも。我の拳と足が貴様を襲ったのだ」


「でかいだけじゃなく速さまで完備してるのか。厄介な能力だな」


「この際だ、我の力を教えてやろう。我に宿りし権能は『零と無限』。己を限りなく0に、もしくは限りなく増大させることができるのだ」


「限りなく0になる透明と縮小、無限になる分身と拡大ということか」


「その通り。縦と横に伸びる事象。貴殿とは違い身体も武器も変化させられるぞ」


「なるほど。だが、分かってしまえばどうということはないな」


「強がりよって。身体は相当ダメージを受けているはずだ」


「ごちゃごちゃ言う前に、試してみればいい」


「いいだろう! はあっ!」


 天狗が再び拳を突き出してきた。その大きさはまるで隕石。


「どこを見てる? 僕はこっちだ!」


 そんな拳をあっさり躱して天狗を煽る。


「なんの!」


 さらに拳が僕を捉えんと向かってくる。天狗の動きは大きくなったと感じさせない。弾丸かって速さで襲いかかってくる。


 だが来ると分かっていれば、光の速さで躱すことができる。速いと言っても、僕や有希には遠く及ばないのだ。それはダメージを受けていようが関係ない。


 その証拠に、周りは凹凸だらけだが僕は生きている。


「小賢しい蝿め!」


 すると今度は刃団扇(はうちわ)をデカくして風を起こしてきた。強烈な風が襲いかかってくる。


 だがそれも僕には効かない。光になれば僕は質量ほぼ0。風によって受ける影響はごく僅かだ。


 天狗の鼻先まで飛んだ僕は、レイピアで突きの体勢を取る。


「行くぞ!」


 そして赫竜と共に無数の突きを放った。その刺閃の中に光球が混じっている。やはりさっきと同じだ。


「うがぁあ!」


 全弾命中。モロに喰らった天狗は顔を抑えて苦しみだした。その痛みに刃団扇も手放している。


「畳み掛けるぞ!」


 それを好機と捉えた僕は聖剣をバスターソードに換装。


「たああ!」


 そして赫竜の爪を立てて袈裟から斬り裂いた。巨大な3つの傷が天狗の身体に浮かび上がっている。


「がはっ」


 天狗は白目を向いて大きく仰け反る。どうだ! アンタだってダメージはあるはずだ!


「なんの!」


 ん? 横から影……がっ⁉


 いきなり横から衝撃を受ける。僕の身体は、バットで撃たれたみたいにかっ飛ばされた。


 何個もビルを突き破っていく。そして、何個目かのビルでようやく止まった。


 くそっ、中々タフだな。


 壁を抜け出しながら分析する。刃に当たらなかったのがせめてもの幸いだ。


 次は気を付け──あれ?


 分身のときとは違い、今度は身体を動かすことすら困難だった。思ってる以上に今の一撃は強烈だったらしい。


「ふぅ……戻ってこないとこから察するに、気を失ったようだな。この勝負、我の勝ちだ!」


 向こうでは天狗が勝鬨を上げている。くそっ、僕はまだ戦えるのに! 身体が動かない!



(アーサー、頑張って!)



 ふと脳内に、有希の声援が聞こえてきた。ああ、なんという癒やし。幻聴だったとしても嬉しいな。



(アーサー、負けるな!)



 いや、本当に幻聴か? どんどん脳内に響く声援が大きくなるんだが……



(立てアーサー! 立ち上がれ!)



 ついでに口調も荒くなってません?


 僕は有希のいるビルを探す。すると思っていた以上に近くにそれはあった。


 視線をやると、有希が僕を心配そうに見つめていた。もしかして、僕は有希を不安にさせているのか?


 もしここで僕が負けたらどうなる? 有希はきっと、不調を押して天狗に立ち向かうはずだ。


 それを白馬の王子様()が黙って見てるのか? お姫様を守る存在が、お姫様にそんな無茶をさせていいのか?


 ……それはできない。



 平時ならともかく、今は頼るわけにはいかない!



 僕は有希の言葉を杖に立ち上がった。そして、この支えがある限りもう倒れることはない。


 再び有希の方を見る。すると彼女は安心したような顔をしていた。


 やっぱり、好きな人には笑っていてほしい。


 僕はそれに満足感を覚えると、突き破ったビルを潜って天狗の下へと戻った。


「誰が負けたと言った? 僕はまだやれるぞ」


「アレを喰らってまだ立つのか……全身が悲鳴を上げているはずだぞ」


 戻ってきた僕に天狗はギョッとした顔をする。ったく、そういうことは指摘するなよ。痛くなって来るだろうが。


 だが


「有希の悲鳴を聞くぐらいなら、身体の悲鳴を聞いてる方がいい」


 僕は強がりじゃない、紛うことなき本心を告げた。


「なんという狂気……なぜだ? なぜそこまで愛を注ぐことができる?」


「なぜって……そんなの、愛してるからに決まってるからだろ。それに」


 さらに理由を考えようとしたとき──



 ズキッ



 頭に痛みを覚えた。それだけじゃない。胸に言い様のない苦しさがあった。


 だけど、すぐにそれ以上の嬉しさが溢れてきた。何なんだ? 僕の中で何が起きてる?


「ふん、答えられないのならそれでも構わん。我に勝ってそれを示すがいい」


「そうだな。そうさせてもらおう」


「勝てればの話だがな!」


 言葉と共に天狗が錫杖を振り下ろしてきた。巨大な柱を僕は回避する。


「逃さぬ!」


 しかし天狗は刃団扇で僕の行先を阻んできた。ちっ、邪魔くさい。


 僕は急停止を挟んで回避する。デカいだけに躱すのも一苦労だ。


「逃さぬと言ったであろう!」


 ⁉


 それを抜けた先、狙ったように錫杖を合わせてきた。


「うっぐっぐっぐ……!」


 なんとか聖剣で受け止める。しかし、咄嗟だっただけにバスターソードにすることができなかった。


「ウェールズ! 力を貸してくれ!」


 少しでも力を増やそうと、ウェールズに協力を煽る。


 するとロングソードは光を放って縦に伸びた。さらにウェールズが錫杖を掴み、僕の手助けをしてくれている。


「うっ!」


 だが体勢を立て直すより早く、錫杖の重みが増し始めた。天狗の体重も合わさり、まるで高重力に晒されてるみたいだ。


 少しずつ、少しずつ押し潰されていく。


「踏ん張れぇ!」


 ウェールズに呼びかける。同時にこれは僕への叱咤だ。


「潰れてしまえぇ!」


 天狗はさらに力を強めてくる。まずい、このままじゃいずれ押し潰される!



 もっと、有希への愛を焚べるんだ!



 有希への気持ちを柱に踏ん張る。これがある限り僕は負けない!


 ⁉


 すると本当に力が増してきた。聖剣に纏わせた白光が激しくなる。



 やっぱり愛の力はすごい。最強の力だ!



「押し返してくるのか⁉」


 僕の底力に天狗は驚きの声を上げる。徐々に巨大な錫杖が押し返されていく。


「てあぁ!」


 そして遂に、錫杖を押し返した。


「なんの!」


 天狗は負けじと錫杖で攻撃を仕掛けてくる。


「それはこっちのセリフだ!」


 だが不意打ちじゃないのなら対応できる。抑えつけられるより速く錫杖を弾き返した。


 そのまま剣戟へと発展していく。一進一退のつもりだが、弾くのに多量に力を使う分、こちらが不利だ。



 まだだ! こんなもんじゃないだろ!



 僕はさらに有希への想いを込める。有希の存在が僕にとってどれだけ大切だった? どれだけ助けられてきた? それを思い出すんだ!


「はあ!」


 天狗の錫杖が再び迫ってくる。


「てえぃや!」


 それを僕は全力を込めて弾き返した。


「なんだと⁉」


 その威力は錫杖を手放すほどだった。天狗は弾かれた手を見て驚いている。


 よし! これなら!


「ついでに転んどけ!」


 僕はその隙にバスターソードへと換装、巨体へと突進する。


「ぐおあっ!」


 刃は身体を貫通しないまでも、巨大な天狗に尻もちをつかせた。


 ありがとう、助かった。


 地面に着地したところで、協力してくれた二人に感謝する。二人がいなかったら、今頃は押し潰されてたに違いない。


「……はぁ、はぁ、しぶといな」


 座り込んだ天狗は息を荒げている。その表情は、明らかに辛そうだ。


「どうやら巨大化していると体力の消耗が激しいようだな」


「体積が増えたからといって、体力が増えたわけではないのでね。むしろ巨大化に体力を喰う分マイナスだ。この姿は保って10分といったところだろう」


 天狗はそう言いながらゆっくりと立ち上がる。


「ならさっさと解除すればいい。今のアンタは当てやすい的だ」


「だが透明化に分身、最小化を主は破ってきた。今さらその変化に頼っても意味はあるまい。それに主の強靭な精神を砕くには、一撃のもとに破壊するのが一番だ」


「なるほど。ならばここからは気持ちの戦いだ。先にバテた方の──」


 聖剣を天狗に向け、決め口上を言おうとしたところで


「うっ!」


 思い出したように全身が悲鳴を上げた。しかもさっきの撃ち合いで負荷をかけたのか痛みも増している。


「そっちも限界が近いようだな。当然だ。骨の数本、折れていても不思議ではない。動けば動くほど地獄の苦しみのはずだ」


「……それで有希が守れるのなら、僕は喜んで苦しもう」


「狂気もここまで来ると大したものだな」


「アンタが僕に勝つためには、この想いに勝たなくてはならない。アンタに誰にも負けない感情はあるか?」


「そうだな……強いてあげれば約束だ」


「約束……また厄介なモノが出てきたな」


「神なき我々にとってあの人は神そのもの。その人と交わした約束は死んでも果たさねばならん。……もっとも、これはただのお節介だがね」


「それはアンタの言うムトウユキか?」


「先にも言ったであろう。敵に話す口はないと!」


 天狗は翼を広げて飛び上がった。翼を羽ばたきにより辺りには強風(そよかぜ)が巻き起こる。


「さぁ、ここまで追ってくれるか!」


「……見くびるなよ」


 僕は天狗の軌道を読み、そこへ光の速さで飛び立つ。


「捉えたぞ!」


 そして、天狗の正面へと躍り出た。


「甘い!」


 天狗は僕が出現した瞬間に口から炎を吐き出してきた。


「なに⁉」


 虚をつかれた僕は炎を正面から喰らってしまう。まさかそんな隠し玉があったとは。


 翻弄されるうちに天狗に身体を掴まれてしまう。


「油断したな。ウヌは攻撃する瞬間は光になれない! 移動は光でも攻撃は人並みだ!」


「ちっ、見抜かれてたか」


 天狗の言う通りだ。アーサリンさんを届けたときに気づいたことだが、僕は光になったときは攻撃することができない。そして光になるのをやめると、実体化の際にかなり勢いが減衰してしまうのだ。


「そして!」


 ミシミシと僕を掴む力が強くなる。くそっ、これじゃあ満足に力を入れられない!


「貴様は空を飛べん!」


 天狗はそんな僕を地面へと投げつけられた。


「っ!」


 僕は弾丸となって地面へと落下していく。その勢いは分身のときの比にならない。すぐそこに地面が迫っていた。


「なんの!」


 ビタンと受け身を取ることでなんとか激突を回避する。しかしそれでも、着地した衝撃が身体を蝕んでいた。


「これしき!」


 僕は根性で耐え抜き、頭上の天狗へと顔を向ける。


 そこには、こっちに急降下する天狗の姿があった。


「まずい!」


 僕は気づくと同時に後方へ飛ぶ。


 すると、ほぼ同時に天狗が地面に衝突していた。


 天狗を中心に地面が抉れ、周りのビルが倒壊する。


 「有希は大丈夫か⁉」


 僕はそのいくつかをぶった斬って、一目散に有希の安否確認に走った。


 有希のいるビルは斜めになりながらも、なんとか倒壊せずに済んでいた。だが所々にヒビが入ってることから、次に同じ攻撃が来たらまず保たない。


「躱されたか!」


 ビルを吹っ飛ばしながら天狗は再び空へと舞い戻る。またさっきのをやるつもりか!


 そうはさせるか!


 有希を危険に遭わせないためにも、僕は即座に対策へと動き始める。


「ウェールズ、できるか?」


 その狼煙として、僕はレイピアの状態でウェールズに問いかけた。


 すると、それに答えんとばかりに光球が展開していく。やっぱり、この状態のお前はその姿になるんだな。


「よし……行け!」


 そのまま光球たちを上空へと放った。


「くっ! 蝿が何匹も!」


 天狗が振り払おうと煩わしそうに手を動かす。


 躱せ!


 それに対抗すべく、僕はウェールズに指示を飛ばす。光球は僕の意志に従い天狗の腕を回避していた。


 さらには手伝えとばかりに無数の光球の視点が頭に入ってくる。


 なるほど、光球は意のままにコントロールできるのか!


 複数の光球を駆使するのは骨が折れるが、使いこなせれば大幅に手数を増やすことができそうだ。


「小賢しい!」


 天狗は錫杖を使って広範囲に攻撃し始めた。流石に錫杖の攻撃は躱しきれない。光球は小爆発を起こして消えてしまう。


 だが


「もう十分だ!」


 僕はその間に天狗の下まで移動していた。


「! 喰らえ!」


 天狗が咄嗟に突撃体勢に入る。


 だが!


「こっちのが早い!!」


 それより一瞬早く、僕は天狗に向けて一撃を放っていた。


 結果的に空中で均衡状態になる。このままだと飛べない僕が不利だ。


 だが!!


「お前が行くのはあっちだ!」


 僕は受け止めるのではなく、天狗の軌道を人がいない方向へと変えさせた。


「なにっ⁉」


 天狗は勢いよく真っ逆さまに落ちていく。


「くっ、止まれ!」


 天狗は翼を羽ばたかせて勢いを減衰しようとする。


「墜ちろ!」


 僕はそんな背中に聖剣で追撃を図っていた。バスターソードにすることで威力の上乗せも図っている。


「喰らってなるものか! はあ!!」


 天狗は落下したままこちらへ向き直ってくる。そして、さっきの火炎ブレスを僕に放ってきた。


 だが!!!


 僕は勢いそのままに炎の中へと飛び込んでいく。有希に焦がれてる僕に、この程度の炎が効くものか!


「馬鹿な⁉ 正気か──かはっ!」


 天狗の驚く声は、僕の刃が届いたところで中断された。


 僕は天狗の胴に突っ込むと、そのままに地面へと串刺しにする。その衝撃で、さっきに勝るとも劣らない被害が辺りに発生した。



「はあ、はあ……これで……僕の、勝ちだ!」



 地面に伸びた天狗に乗り勝鬨を上げる。これが本当になってくれればいいが──


「ま、まだだ……! まだ負けてはおらぬ!」


 やっぱりか。


 僕が跳躍して距離を取ると、天狗は愚鈍な身体を無理やり起こし始めた。


「そんな気はしていたが、アンタもかなりタフだな」


「はあ、はあ……そういうウヌもな。まさか炎に怯むことなく突っ込んでくるとは。とんでもない精神力よ。何をしてもウヌは突破してきそうだ」


「当然だ。有希が見てるんでね」


 チラッと有希の方を見る。目が合うと、有希はどこか照れくさそうにしていた。うん、かわいい。


「我の体力も残り僅か。出し惜しみせず奥の手を披露するとしよう。これさえ突破できれば、ウヌを連れていこうとはもう思わん」


「いいだろう。アンタ奥の手、破ってみせる!」


「よく言った! 最後の試練、乗り越えてみせよ!」


 天狗は両手を掲げて風を起こし始めた。強力な風が天狗の頭上で渦のように回転している。


「竜巻でも起こすつもりか?」


「否、よく見ておけ」


 そう言うと天狗は、旋回させていた一つに風を凝縮させ始めた。ぐいっ、ぐいっと押し込められた風は次第に球体へと変化していく。


 そうして一箇所に押し込められた風は、窮屈そうに球状内を行き来していた。


「風を凝縮し、一斉に放つことで強烈な衝撃波を起こすことができる。この風を持って、ウヌの狂愛を吹き飛ばしてくれよう」


「なるほど、衝撃波か」


 天狗は律儀にも自らの手の内を明かしてくれた。衝撃波。元の風が竜巻クラスだったことを思うと、その威力はとんでもないことになっているはずだ。


 そして、その速度は音速に近い領域にまで到達するだろう。いきなり放たれれば『聖なる裁断』を振り下ろすより先に到達しかねない。


 なるほど、まさしく最後の試練だ。


「さあ! ウヌも用意するがいい!」


 しかし天狗は気前よくこちらの時間も作ってくれた。


 ありがたい、なら『聖なる裁断』で──



(……)



 そこに脳内を巡るウェールズの意志。言葉にはならないが、自分に何ができるか一生懸命アピールしてくれた。


 よし、それで行こう!


 僕はその案を採用することにした。バスターソードにし、剣を『聖なる裁断』のように突き上げるのではなく霞の構えを取る。


 そして、その構えのまま然気を練り上げていく。愛で増幅したすべてを剣に集中させていく。


「準備はできたか?」


「ああ」


「ならば! ()くぞぉ!」


 天狗が風の塊をこちらに向ける。僕もまた、霞の構えから剣を突き出さんと振りかぶる。



「風裂衝破!!」

「赫竜の咆哮!!」


 

 そうして、僕たちは必殺技を放った。


 僕の剣先からは極太の波動光線が放出される。僕の然気を、赫竜がブレスの形で放出したのだ。


「「はあああああああ!」」


 透明な衝撃波と白色(はくしき)の波動光線がぶつかり合う。お互い一歩も引かない、文字通り一進一退の攻防だ。


「はあ、はあ、体力が……!」


 僕の波動光線が徐々に空気を押し戻していく。どうやら天狗は体力の限界のようだ。


 勝てる!


 ゆっくり、ゆっくりと空気を押し戻す。一つを歩を進めるたびに、僕の勝ちが近づくのを感じた。


 何だ……これは?


 しかしある段階から衝撃波が極端に重たくなった。まるで壁を押しているみたいにうんともすんともしない。


 まさか、空気だからか?


 僕はその理由にすぐに思い当たった。理科の実験で何度か見たことがある。空気は閉じ込められると空気圧によって硬くなるのだ。


 もしそうだとしたら……



 いや! 僕の愛はこんなもんじゃないだろ!



 一瞬だけ最悪の事態が浮かんだが、すぐに気を取り直す。さらに出力を上げれば無理やり突破することができるばずだ。


 もっと有希への気持ちを焚べろ! 僕にとって有希とはどういう存在だ!


 僕は有希への気持ちを思い出す。好きな人、初恋の人、憧れの人、運命の人、お姫様、生きる理由……ダメだ! いずれも限界まで注ぎ込んでる!



 何か、何かないのか⁉



 僕は頭を捻って関係を絞り出そうとする。だがこれ以上浮かんで……



 そうだ、僕は君とあの時──



「くっ⁉ ぐぁっ⁉」


 何かを思い出しそうになったところで、頭が強烈な痛みを訴えだした。明らかに思い出すなと警告している。


 しかし同時に、信じられないぐらい力が湧いてきていた。まるで、さっきまでの気持ちが嘘だったかのよう……


「な、なんだ⁉ その力は!」


 急激に押し返されたことに天狗は驚愕する。それについては僕も同じ気持ちだ。


 違うのは、これが悪いものじゃないと僕が知っていることだ!



「これが僕の──愛の力だ!」



 その言葉と同時に風圧を完全に押しのける。風は制御を失い、割れるように破裂していった。


「ここまでか……」


 天狗がポツリと独り言をこぼすのが聞こえる。


 しかしそれは、僕の愛によって掻き消された。

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