三段階の変化Ⅱ
それぞれのニセモノを倒すと、私と紗友里は刃をピンク鬼へと向ける。
「……」
ピンク鬼はなんとも言えない顔をしていた。ここまであっさり倒されるとは思ってなかったみたいね。
「随分と卑怯なマネしてくれたな」
紗友里がドスの効いた声で言う。ニセモノとはいえ、私を斬ったことに怒ってるみたい。
対して、私に怒りはなかった。怒りより悲しさが先に来ていたから。
「斬れるんだね……目の前にいたのは、アンタらの大切な人なのに」
「そりゃあニセモノだからな。そっくりさんを用意すんなら、もっと再現度を高くしてもらわねぇと」
「アンタらの夢を下に作ったんだけどね……もし、本当に大切な人を斬らなきゃならないとしたら、アンタらはどうする?」
ピンク鬼が質問してくる。何の意図があるのか私には分からない。
けど、きっと彼女なりに意味があるのは確かだ。
「色々と手を尽くして……それでもどうしようもないなら斬るだろうな」
紗友里は考えた末に結論を出す。概ね、私も同じ意見だ。
「アンタはどうだい?」
ピンク鬼が私に振ってくる。
「紗友里と同じ。それが最善なら私は斬る。私の師がそうしたように」
「そうだよな、アナタはそういう人だ。だったら、やっぱりあの時……」
ピンク鬼の言葉は徐々に尻すぼみになり、最後の方は聞き取れきなかった。
「おいおい、おかしいだろ? なんで戦ってた理由を忘れてんだよ」
「そんなこと言われても……こうなんて言うか、ド忘れしてる感じなのよ」
彩華の追及に私は自分の感覚を述べる。なんの理由もなくここに来たなんてあり得ない。きっかけがあったのは確かなのだ。なのにそれがぜんぜん思い出せない。
「くそっ、私もそんな感じなんだよな。なんなんだよ、この変な感じ」
「奇遇だな。私もまったくそんな感じだ」
「瞳先生もですか⁉ 私もなんです!」
瞳先生も綾音先輩も同じような様子だった。集団記憶喪失? そんなことがあり得るの?
「ねぇそこの青鬼くん、私たちってなんで戦ってるんだっけ?」
「なんでって……あぁ来てはるんか」
「来る? どういうこと?」
「隠すとためになんねぇぞ!」
綾音先輩と彩華さんがそれぞれ詰め寄る。しかし青鬼はまったく怖気づかない。
「一応敵やからな。あんまり言うことはできひんけど……」
青鬼はヒントだけは出してくれるようだ。私たちはゴクリと喉を鳴らす。
「本来、ここにはもうニ人いたはずやで」
青鬼はそう告げた。
私──いや私たちは、その言葉を聞いた途端
「あ、ああ〜そう! そうそう! 確かにいた!」
「くそっ! 喉まで出かかってるのに最後まで出てこねえ!」
「うわぁモヤモヤするぅ! 何この引っかかる感じ!」
「なんて気持ち悪い感覚だ」
記憶が出かかってる時の、あのもどかしい感じに襲われた。
「待たせたな」
有希とのブレイクタイムを終えた僕は、不貞腐れる天狗の下まで戻ってきた。
「やっと来たか。ウヌは彼女のことになると、途端に頭が悪くなるな」
「いきなりどうした? 褒めても何も出ないぞ」
「褒めてなどおらぬわ! お前の思考回路はどうなっておるのだ!」
「僕の思考回路は有希への愛でできている。白馬の王子様でなくてはこの領域に至ることはできない」
「異常者め!」
「あをつけ忘れてるぞ」
「最初から付ける気などないわ!」
天狗がやかましく突っ込む。なら、無駄にこっちを煽ってくるな。
「まあいい。とにかく仕切り直しだ。こっちも今度は遠慮なく行くぞ」
聖剣に然気を込める。有希とブレイクタイムしたことで元気100倍、30分だろうが1時間だろうが余裕で継戦可能だ。
「ああ、我も出せなかった技を出すことができる」
「敵のくせに家の被害を気にするのか?」
「するとも。ウヌは我の敵ではないのでね」
「確かに。少なくとも僕の敵ではないな」
「さて、どうであろうな!」
天狗は何処からともなく錫杖を取り出すと、まるで槍のように携えながら接近してきた。
僕は聖剣でその接近を受け止める。
「今度はこっちの番だ」
そして、然気を放出しながら振り払った。強烈な光が天狗を包み込む。
聖剣の威力が上がってる?
僕は想定より強い威力に驚く。もしかして、聖剣を覚醒させたのが原因か?
まあいい。強くなったのなら有効活用するまで!
僕はそのまま天狗の下まで接近し、今度は至近距離で高火力をお見舞いした。
だが
「そう何度も喰らうと思うたか!」
天狗は翼を広げて空中へ逃げると、まるで最初からいなかったかのように姿を消した。
辺りを見渡すが何処にも姿が見えない。僕が目視できない速度で移動してるのか?
それとも──
「うぐっ⁉」
すると突然、みぞおちに強い衝撃が僕を襲った。見ると、見えない何かが僕のみぞおちにめり込んでいた。
そのまま押されるような衝撃で後退る。コイツ、姿を消せるのか!
さらに方々から打撃が降り注ぐ。左腕を強化して防いではいるものの、それでも身体の節々に生傷ができ始めていた。
速いのならまだしも、見えないとなると対処しづらい。
早く奴を捉えなくては!
僕は目を閉じて耳で奴の姿を探す。だが裕大の時とは違い、絶え間ない攻撃のせいで空気の変化を聞き取れない。
なら!
「来い、ウェールズ!」
僕は竜の名を呼び、聖剣の形をバスターソードに変化させる。
白光を纏った片刃の大剣には、赫き竜の姿が浮かび上がっていた。
「薙ぎ払うぞ」
僕は赫竜へと呼びかけると、その場で大きく聖剣を横に薙ぎ払った。
同時にウェールズもその巨大な尾を振る。
すると、先ほどとは比べ物にならない風圧が周囲に発生する。
そこか!
そしてその一部、風の流れが異なる場所に剣を振り下ろした。
「くっ!」
案の定、天狗の身体はそこにあった。紫色の血がその存在を示してくれる。
「捉えたぞ!」
「この程度、まだまだ序の口よ」
天狗が含みのある笑み浮かべると、その身体を2体、3体と増やしていく。
「分身か⁉」
気がつくと、身体が4体にまで増えていた。数自体にインパクトはない。
「「「「そうとも。そして青鬼とは違い、こちらはすべて本物だ!」」」」
「ご丁寧にどうも」
その青鬼についてもよく知らない。だが、いずれにしても厄介なことに変わりはない。
ならば!
僕はすぐさまバスターソードを大きく薙ぎ払った。至近距離での攻撃。これで消えてくれればいいが……
「「「「くっ!」」」」
だが天狗たちは目を覆うばかりで消えることはなかった。やっぱり、この程度で消えないはしないか。
「「「「はあっ!」」」」
4体の天狗たちが一斉に錫杖で攻撃してくる。
それをバスターソードで受けた僕は、踏ん張らずに蹴り飛ばされた。勢いを利用して距離を取るためだ。
そうして受け身を取ると、バスターソードをロングソードに戻して構え直す。
目の前には、上下左右から迫る天狗たちがあった。
1体目の分身を避け、2体目の攻撃を受け流す。そして、襲いくる3体目を受け止めた。
しかしその隙を四体目に狙われる。がら空きの右脇腹を鉄下駄で蹴られた。
「うっ!」
鈍い痛みと共に吹き飛ばされる。
すると飛ばされた先にいた1人目が、今度は背中に蹴りを入れてきた。僕はボールのように上空へと蹴り上げられる。
さらにそこには2人目と3人目が待ち構えていた。空中で両足を掴まれ身動きが取れない。
「離せ!」
「「よかろう」」
天狗たちがニヤリと笑う。
「「ただし、回転してからな!」」
その言葉を合図に、天狗たちが僕を持ったまま回転し始めた。抵抗を試みるも、回転による遠心力でままならない。
「「そぉれ!」」
そして目一杯まで振り回された後、勢いそのままに地面へと放り投げられた。
強い痛みと共に粉塵が舞い上がる。
なんとか起き上がろうと試みるが、想像よりダメージが入っていた。すんなり起き上がることができない。
「「「「神の血を持つと警戒していたが、期待外れであったな」」」」
天狗たちがガッカリしたように言う。
「神の血? なんのことだ?」
「「「「知らないのか? 貴様の持つ光の然気は神の血を引く証拠だ。神に選ばれた人間しか持つことを許されない、我らにとって忌まわしき存在だ」」」」
「……そういえば、吸血鬼は光を見て苦しんでいたな。なら、なんでアンタは苦しんでない?」
「「「「我らは事前に堕聖女により抗体を授かっている。でなければ、その光を見るだけで弱体化してしまうのだ」」」」
「つまり、あの吸血鬼のように弱体化はしないということか」
「「「「そういうことだ。……よもや弱体化を期待するとはな。その分では、とても有希様を守ることなどできはせんぞ」」」」
天狗たちが吐き捨てる。お前、本気で言ってるのか?
「……聞き捨てならないな。僕が力不足だと言いたいのか」
「「「「そうだ。悔しかったら見返してみよ。我にはまだ隠し玉がある。分身程度に音を上げるようではとうてい勝てはせんぞ」」」」
天狗は淡々と言い切る。奴の手の内は知らないが、そう言い切れるだけの根拠があるということだ。
それに比べてこちらには切れるカードがない。力なら際限なく出力できるが、それも当たらなければ意味はない。
(……)
ふと、僕の脳内にウェールズの声が伝わってきた。
その声は言葉というにはあまりに不明瞭で、不鮮明。とても言語化できるものじゃない。
だが共に伝わってくる想いは、明瞭に、鮮明に感じることができた。
「……隠し玉があるのは、アンタだけじゃない」
「「「「ほう……ならば見せてみよ!」」」」
「何度も言われなくてもそのつもりだ」
僕は天狗へと聖剣を向ける。
「ウェールズ、できるか?」
僕は聖剣の主へと尋ねる。その意志は剣伝いにすぐに僕へと届けられた。
そして
「行くぞ、ウェールズ!」
僕はロングソードをレイピアへと変化させた。
「「「「なるほど細剣……流石は聖剣といったところか」」」」
天狗は感心したように言う。
「「「「だが、それになんの違いがある。剣が変わったからなんだというのだ」」」」
「それを今、証明してやる」
僕はレイピア用の構えを取る。師であるローレンスから、ひとしきり西洋剣術について手解きを受けているのだ。
「「「「いいだろう!」」」」
すると、分身した天狗たちが再び襲いかかってきた。
「まずは僕一人でやりたい。できるか?」
迫りくる天狗たちを前に僕はウェールズに尋ねる。共闘する前に、この状態での感触を確かめておきたいのだ。
「ありがとう」
感謝の言葉と共に迫りくる一体をレイピアで斬りかかる。そこに竜の爪はなかった。
「なに⁉」
天狗の一体が驚きを露わに回避する。しかし、その身体には傷がついていた。
軽い!
ロングソードもバスターソードも軽く扱えるが、このレイピアはその比にならない。今まで一斬れてた場面で、三は斬れそうな勢いだ。
それでいて破壊力もさほど落ちていない。手数を稼げば十分に補完できる範囲だ。
「逃がすか!」
逃げた先に追いつくと、一気に五つの剣閃を叩き込んで天狗を斬り裂く。
五等分された天狗は、それぞれが紫と黒の塊になって消滅した。
着地と同時にすぐさま天狗たちに向き直る。
すると、僅かに天狗たちが怯んでいるのが見えた。
チャンス!
それを好機と捉えた僕は、接近とほぼ同時に天狗たちを斬り裂いていく。体感3倍の太刀筋に天狗たちは成すすべもない。
だが倒したタイミングで本物がいないことに気づく。天狗たちはいずれも血を流してはいたが、すべて身体ごと消滅してしまっていた。どうやら分身たちに攻撃させて、自分は安全圏に隠れるつもりらしい。
本物は──
目を閉じて音で天狗の位置を探る。攻撃されてない今なら、見つけることができるはずだ。
そこか!
僕は誰もいない夜空に向かって一気に跳躍する。当然、その速さは光。
僕の接近に天狗は姿を現した。奴はどういう原理か、その身体を蚊程度にまで小さくしていたのだ。
だが天狗も翼を持つ以上、その羽音は少なからず出る。耳のいい僕がそれを聞き取れないはずなかった。
普通台の天狗は鉄扇での防御を試みる。流石、対応してくるか!
だが
「遅い!」
それを左手で振り払い、レイピアで天狗の肩を貫いた。
「っ!」
肩を射抜かれた天狗は痛みに顔を歪める。
「これで終わりと思うな」
僕はここぞとばかりに突きを天狗に喰らわせていく。その数は与えた自分でも分からないほど。
さらに
「出番だ! ウェールズ!」
赫竜の牙を突き立てんと、突きの直前に呼びかける。
するとその声に応えんと、3つの光球が天狗を襲い爆発した。
あれ? 思ってたのと違う?
予想だにしない攻撃に僕は驚く。今の塊は一体?
地面に着地すると同時にエクスカリバーを見る。いや見たところで何か分かるわけではないが……
ウェールズ、今のは一体──
「なるほど……少しはやるか!」
たが質問の答えを聞くより先に、血を滴らせた天狗の声に阻まれた。ようやくお褒めの言葉だが、なんとタイミングの悪い。
「降参するなら今のうちだぞ。見たとおり、僕にも隠し球がある」
実際は使いこなせてはないけどな。
「ふっ、その言葉はこれを見てからにしてもらおう!」
天狗は負け惜しみのような宣言をすると、双眸に黄色い光を灯し、怒髪を天に衝きあげる。その姿は天狗というより般若のよう。
さらに、天狗の身体から黒い然気が放出され始めた。
何をするつもりだ?
異様な様子に僕は警戒を強める。少しばかり、剣を握る手にも力が入っていた。
「カッ!」
天狗が一喝するや否や、その身体をどんどん膨張させ始めた。手が、足がそれ一つで僕の身体と同等までに増幅していく。
「なるほど、そういう理屈か」
気がつくと、天狗の体躯は何十倍にも膨れ上がっていた。その様子は、厳つい顔も合わさって金剛力士像みたいである。天狗なのに。
小さくなれるのならば、その反対に大きくなることもできる。めちゃくちゃな話だが、そう考えれば一応の説明がつく話だ。
?
目の前が急に暗くなる。夜なのになぜ?
だがその理由を考える暇はなかった。
それを考えるより先に、僕は地面に叩きつけられていた。




