無垢なる夢Ⅳ
「……は⁉」
私はうつ伏せの状態で意識を取り戻す。
「どうなったの⁉」
私は大急ぎで起き上がると辺りを見回した。
「おっ、起きたか!」
すると背後から紗友里の声が聞こえてくる。私はその声にすぐさま振り返った。
「紗友里……紗友里ー!」
私は脇目も振らず紗友里に抱きつく。よかった、生きてた!
「ちょ、痛えって!」
「あっ! ご、ごめん!」
私はすぐに紗友里から離れる。そうだ、まだ怪我が治ったわけじゃないんだ。
「いいって。心配してくれてありがとな」
「怪我、大丈夫なの?」
「痛えは痛えけど……まぁなんとかなんだろ」
「ごめんね。私のせいで……」
「気にすんな。私も殺す勢いで攻撃してたし、そもそもコレはわざと喰らったからな」
「でも……」
「でももヘチマもねぇ! それに、しょげてる時間もねぇぞ」
紗友里がサーベルを彼方に向ける。
私がそこに視線をやると、ピンク鬼がムッとした顔でこちらを見ていた。
「驚いたよ。まさかこんな捨て身でくるとはね。確証はあったのかい?」
「いや、まったくなかった。マジで偶然」
紗友里はあっけらかんとした声で言う。じゃ、じゃあ……斬られた時点では気づいてなかったの?
「ただアタシは、目の前のお前が結衣であることに気づいただけだ。んでもしかしたら幻覚なんじゃと思って、試しに斬られてみた。そしたら気を失って、現実に戻ってこれわけよ」
紗友里の説明に冷たいモノを感じる。本当に殺してたかもしれないとか、考えただけで恐ろしい。
「アンタ……とんでもない大馬鹿だね」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。……ちなみに、本当の脱出方法はなんだったんだ?」
「夢から醒めることさ。具体的には、夢の中で眠るか気を失うこと」
「だから解除できたわけだ」
「感謝するんだね。結衣さんが私を釘付けにしてたから、再び術にかけられずに済んだのさ」
「そうだな。助かったぜ」
紗友里が律儀に礼を言ってくる。けど
「私はただ……感情に任せて攻撃してただけだから」
その言葉を受ける資格は私にない。きっと有希さんなら……
そこまで考えて嫌な気持ちになる。有希さんは本当に殺してしまっているのだ。私に、その気持ちを理解することは到底できない。
「ま、死なずに突破できたんだから結果オーライよ!」
「いや、今だって手当てしなきゃ死んじまうだろ」
明るく振る舞う紗友里に、ピンク鬼が冷静にツッコむ。
「然気があれば応急手当はすぐにできるからな。お前を倒してから治療しても十分間に合うだろ」
「アンタ、自分に然気がどんだけ残ってるか分かってんのかい?」
「え?」
紗友里は身体を触って確認する。私も気になって自分の然気を確認した。
⁉
すると、ずっしりと身体に疲労がのしかかってきた。まるでプールから出た後みたいに身体が重い。
「もしかして、まだ術の中なのか? めちゃくちゃ身体が重いんだが……」
「あなた、何をしたの?」
私はピンク鬼に尋ねる。さっきまではまったく疲れを感じなかったのだ。いきなり疲れるなんてどう考えてもおかしい。
「何もしてないよ。それはきちんと現実に帰ってきた証拠さね。夢の中では、然気による疲労を知覚できないようにしてたからね。こうやって、然気を使いまくって消耗してくれるのを期待してさ」
「うわっ! 汚ねぇ!」
「これも戦略だよ。アンタらに真っ向から立ち向かったら、命がいくつあっても足りゃしないからね」
ピンク鬼はそう言って煙管に口をつける。
「!」
すると紗友里が、間髪入れずに斬りかかっていた。
「っ!」
ピンク鬼は跳躍して回避する。逃げたということは、やっぱり今度は本物なんだ!
「なんだい、人が一服するのも許さないってのかい?」
「当然だろ! 何度も術に嵌ってたまるか!」
紗友里がピンク鬼を追撃する。
「そんなことしないよ! 今のアンタらならアタイでも勝てるからね!」
ピンク鬼は煙管で紗友里の刃を捌いていく。あのリーチの短さで対抗できるのは、それなりに鍛錬を積んでいる証拠だ。
「はっ!」
さらにピンク鬼は刀を用いて反撃してきた。一体どこから出したの⁉
「あぶねぇ!」
紗友里は面食らいつつも、後ろに跳んで間合いを取る。
「まだまだぁ!」
そんな紗友里にピンク鬼が追撃を仕掛けていく。今の動き……なんか私に似てない?
そうして紗友里とピンク鬼は剣戟を交わしていく。やっぱりピンク鬼の剣術は私そっくり……いや動きは似てるけど、私の完コピとまでは言えないか。
いずれにしても、怪我してるとはいえ紗友里とここまでやり合えるとは。勝てるってのもハッタリじゃないみたいね。
ただ
「どうした! 良いのは威勢だけか!」
徐々に押され始めてるけど。
「なんだい、思ったより元気じゃないか……!」
ピンク鬼は顔をしかめる。紗友里の猛攻は、怪我してるとは思えない程にキレがあった。まるで分かってるかのようにピンク鬼の攻撃を捌いていく。
もしかして私の剣術に似てるから?
私はその理由を推察する。紗友里とはついさっき本気でやり合ったばかりだ。その劣化版だから、今の紗友里には容易に捌けてるのかもしれない。
……って、何のんびり観察してるんだ私は!
私は高速移動で距離を詰めると、紗友里と同時にピンク鬼への斬りかかった。紗友里は怪我をしているんだ。任せっきりにしていいはずがない。
「くっ、ニ人がかりで来るのかい⁉」
「最初からそうでしょ!」
ピンク鬼の売り言葉に買い言葉で返す。最初からそうだったんだから、本当に今更な話だ。
私たちはピンク鬼を攻め立てる。ピンク鬼も懸命に反撃を繰り出してきていた。
刀を振るうとよく分かる。動きは疲労で鈍っており、刀を振るうだけでよろけそうになる。投げ出せるのなら、すぐに投げ出してしまいたいぐらいだ。
けど紗友里はさらに大怪我を負っているのだ。そんな紗友里が戦ってるのに、私が先に投げ出すわけにはいかない。
「まさかここまでとはね……!」
ピンク鬼は防ぐに精一杯だ。一人でも押されていたのだ。二人の攻撃を捌ききることは到底できない。
私たちはみるみる内にピンク鬼に手傷を負わせていく。もう少し、あと一撃で──!
「うっ!」
だが、もう少しというところで紗友里がビクリと硬直してしまった。
「紗友里⁉」
私はたまらず紗友里の方を見てしまう。
「構うな! 仕留めろ!」
「! うん!」
私はすぐに振り返り、攻撃を再開する。
「無垢なる夢・夢現!」
しかしピンク鬼はこの隙を見逃さなかった。素早く煙管を吸うと、吐いた煙から2体の分身を出現させる。
しかも、それぞれが私の刀と紗友里のサーベルを握っていた。
「これはアンタらの夢そのもの! アタイの『無垢なる夢』は、夢を現実に再現することも可能なのさ!」
ピンク鬼が説明する。夢を見せるだけでなく、再現することもできるとは。つくづく厄介な能力ね。
「さあ、私に辿り着いてみな!」
その言葉を合図に、紗友里には刀を持った方が、そして私にはサーベルを持った方が向かってきた。
私たちは正面から向かい撃つ。
サーベル持ちの動きはまさに紗友里そのものだった。術中での動きを忠実なまでに再現している。コレを倒すのは一筋縄じゃいかなそうだ。
けど!
「⁉」
サーベル持ちは私の三連撃をモロに喰らう。そして、防ぎきれなかったことに不思議そうな顔をしていた。
私はさらに連撃を浴びせていく。捌ききれないサーベル持ちは、たまらず距離を取った。
私は冷静に刀を構えなおす。コレが本物の紗友里だったらこうは行かなかっただろう。
けどコレは本物の紗友里じゃない。精巧に動きを再現する偽物に過ぎないのだ。
本物の紗友里じゃないのなら、遠慮なく倒せる!
そう得心した私は桜を刀に纏わせた。さっきまでと違い、体力をごっそり消費するのを感じる。
だが
「桜流し!」
私は躊躇うことなく放った。長引かせてもこっちが不利になるだけなのだ。なら、倒れてもいいからすぐにケリをつけるのみ!
紗友里ピンクは私の桜に竜を出して抵抗してくる。おそらく、このままならさっきと同じでジリ貧だ。
なら!
私は桜の中に飛び込んでいく。夢を再現すると言うのなら、それとは違うことをすればいいだけだ!
飛び込んだ先の竜を、刀で徹底的に斬り裂いていく。
そして、開けた先にいるサーベル持ちに桜を放った。
サーベル持ちは全身をズタズタに斬られていく。まともに反撃することも敵わない。
次で決める!
私は桜を再び纏わせ、とどめを刺そうと地面を強く蹴る。
そうして、私がサーベル持ちの前に躍り出た瞬間
「な──⁉」
サーベル持ちの姿が有希さんへと変わった。驚愕した私は思わず手を止めてしまう。
(しまっ!)
その隙に抱きしめられてしまった。有希さんからいつもする柔軟剤の香りが、私の鼻腔をくすぐる。
「結衣さん、いつも私のこと見てくれてありがとう」
有希さんが感謝の言葉を述べてくる。コレは罠だ。都合のいい言葉に惑わされるな。
「普段は恥ずかしくって言えないけど、アナタの存在にとても救われてるの」
「あ……え」
しかし頭とは裏腹に、私の戦意がみるみる削がれていく。コレが罠だってことは分かってる、分かってるのだ。
なのに、耳元で囁かれる言葉が私の心を蕩かしていく。
「愛してる。これからもずっと私の側にいて?」
そして、有希さんは甘えた声で囁いた。
「あ……あ」
今の言葉はとても嬉しかった。なにせそれは、私がずっと、ずっと欲してきた言葉だったからだ。
夢の中で、何度も、何度も思い描いた言葉。
だからこそこれは──
「ごめんなさい」
違う。
私は有希さんの腹部に刀を突き立てる。手には柔らかく、それでいて不快な感触が伝わってきた。
「……かはっ」
有希さんがよろよろと後退り吐血する。手にかかる血は幻覚のはずなのに、とても生暖かかった。
「どう……して?」
有希さんが信じられないという顔で尋ねてくる。そう、私があなたを殺すなんてあり得ない。あり得ないのだ。
でもそれは、本物であったらの話。
「有希さんは……私に愛してるなんて言わない」
その問いに私は悲しく答える。有希さんのアーサー王への想いは、とても一言で表せないほど大きいモノだ。いくつもの気持ちが折り重なって、強くて深い感情を織りなしている。
楓先輩ですら霞むほどなのだ。私ではとても太刀打ちできない。
だから本物の有希さんは、私に愛してるなんて言わない。言うはずがないのだ。
「あなたも……私を斬れるのね」
悲しそうに呟いた有希さんは、地面へと倒れた。
大切な人を手にかける。幻覚じゃなかったらとても耐えられなかった。
「紗友里は?」
私は紗友里の方を見る。彼女もまた、刀持ちを倒したところだった。何故か私の姿をしてるのが不思議だけど。
「有希さん第一じゃない結衣とか、あり得ねえだろ」
倒れた私ピンクに対して、紗友里はそう吐き捨てた。




