無垢なる夢Ⅱ
「どうする? このままだと負けちまうぞ」
「分かってる……けど全然アイデア湧かないから、紗友里も何か考えて」
「そうだな……死にものぐるいで突っ込むとか?」
「それさっきと一緒じゃん」
私は呆れ気味で突っ込む。けど、正直私もそれに近しいことしか思いつかない。
「なんだい、もう掛かってこないのかい?」
ピンク鬼が、煽りながら煙管に口をつける。
「うっさい、いま作戦会議中なんだよ」
紗友里がそれに反論する。それを私も無言で肯定した。
「ふー、そいつはいやだねぇ」
ピンク鬼が白い煙を吐き終わると草を捨てる。
「じゃあ、こんなのはどうだい?」
そうして艶っぽい声を上げると、1が2、2が4、4が8と増えだした。
気がつくと、私たちはピンク鬼に囲まれる形になる。
「さらに増えてみたよ。さあさあ、どう対応する?」
「コイツ、さらに状況を悪化させやがった……!」
紗友里が苦笑いしながら言う。私も、口にはしないが気持ち的には同じだった。
「でも、やるしかない!」
「分かってる。こうなりゃ当たって砕けろだ!」
私たちはピンク鬼の大群に向かっていった。同時に、ピンク鬼たちもこちらに攻撃を仕掛けてくる。
さっきと違い、一体一体の強さは言うほどでもなかった。無視はできないけど対応できないほどじゃない。分身すると力が落ちるのか、それとも単に遊ばれてるだけか。いずれにしても、今はなんとか対抗できていふ。
私たちは絶えず攻撃を続ける。斬ったその場から沸いてくるせいで、息つく暇もない。
「本物はどこなの!」
手応えのなさと徒労感がイラ立ちを加速させる。纏めて吹き飛ばせればどれだけ楽なことか。
「くそっ、もう我慢できねぇ!」
紗友里が然気を纏わせてサーベルを地面に突き刺す。
「吹っ飛べ!」
そして、地面に思いっきり然気を送り込んだ。
「え?」
すると紗友里の驚きと同時に、地面が真っ赤に染まっていく。さらには地面がドロドロと溶解し、辺り一帯の温度が急激に上昇した。
「熱!」
あまりの熱さに耐えかね、私はビルの上まで避難する。
とほぼ同時に、地面から尖った岩が突き出していた。剣山のように辺りに広がり、ピンク鬼を串刺しにしている。
「まさか、できるとは……」
ワンテンポ遅れて来た紗友里が、平気そうな顔でポツリと呟く。
「今のが狙いだったの?」
「あ、ああ……アイツらまとめて吹っ飛ばせねぇかなって」
「そうなんだ……」
目の前の光景に私は絶句する。ピンク鬼の姿が消えたことで、コンクリートが棘のオブジェクトみたいになっていた。高温のせいか、赤い粘液がポタポタと棘から滴っている。
「これ属性的にはなんなんだろうな……炎か?」
「どうだろう、有希さんみたいに炎が出てるわけじゃないし……」
「中々やるじゃないか」
その声に、私たちは瞬時に振り返った。
そこには平然とした様子のピンク鬼が、ニヤニヤしながら立っていた。
「岩属性の然気を使い、地面を溶かして攻撃するとはね。危うく串刺しになるところだったよ」
などと言う割には余裕そうだ。実際、無傷で避けられてるわけだし。
「ビビったんなら降参してもいいんだぜ?」
紗友里が精一杯の挑発をする。
「まさか、そういうことは攻撃を当ててから言いな」
「だったら!」
紗友里が再びサーベルを突き刺す。
「ここで当ててやる!」
そして然気を流し込み、ビルを灼熱の柱へと変化させた。
「ちょっ!」
私は大慌てでビルから飛び降りる。その視界の端に、ピンク鬼が溶鉄に飲み込まれるのが見えた。
「馬鹿! ビルが滅茶苦茶じゃない!」
私は思わず叫ぶ。人がいないから良いものの、このビルはもう修復不可能だ。
「もう、また!」
地面に着地した時には、ピンク鬼に取り囲まれていた。しかも間髪入れずに攻撃を仕掛けてくる。
でも
「紗友里にできるなら……」
然気を込めて刀を構える。紗友里と同様、理想の攻撃を思い描いて。
「私にだってできる!」
そして、辺りを薙ぎ払う勢いで振った。
「よしっ!」
予想通り、桜がピンク鬼たちを飲み込んだ。私は思わずガッツポーズをしてしまう。
それにしても、まさか桜が出るとは。花びらが出るのはイメージしたけど……待って、桜ってバラ科だから近い花じゃん! さすが私! 有希さんの一番弟子!
私はみるみる内にテンションが上がっていく。また一つ師に近づくことができたのだ。嬉しくないわけがない。
「はっ!」
私は無限に湧くピンク鬼たちを、桜の然気で飲み込んでいく。どんなにやっても疲れを感じない。然気の覚醒って、こんなに素晴らしいモノだったんだ。
刀を振れば花びらが舞い踊る。有希さんの薔薇は妖しく美しい感じだけど、こっちは儚く美しい感じだ。私の剣術に淡い彩りを加えてくれている。
名付けるならそう──桜花の太刀筋!
舞うように刀を振るう中でこの剣術に名前をつける。ちなみに有希さんの剣術は『薔薇の太刀筋』だ。私が名付けたのだが、今にして思えば安直すぎたかもしれない。
そうやってしばらく、自らの剣術に酔いしれていた。何度も桜の花びらでピンク鬼たちを飲み込んでいく。
だが
「やっぱり、本物を倒さないとダメみたいね」
ピンク鬼たちが潰えることはなかった。すべてを桜で飲み込んでも、何事もなかったかのように復活してきてしまう。
私は刀を振るう合間に、辺りの観察を挟んでいく。だが自分の見える限りでは、本物と思しき存在は見つからなかった。
となると
「紗友里と一緒にいるのが本物!」
私はその結論に至る。なら早くそっちに加勢しなくては。
けど二人のいるビルは灼熱の地獄のままだ。紗友里は平気そうだったけど、私には耐えられ──
私がそこまで考えた瞬間、ビルが破裂し四散した。熱い鉄の粘液が私のもとに降り注いでくる。
私はフットワークを駆使して回避する。私の身体では、当たった瞬間にお陀仏だ。
「紗友里たちは?」
私はビルから距離を取ると、改めてビルを観察する。破裂した先は空洞になっており、そこに人影は見られない。
するとフッと、辺りが暗くなるのを感じる。
私が気になって上を見てみると……
「な⁉」
紗友里がサーベルを向けながら落下してきていた。私は大急ぎでその場から回避する。間一髪。あと少し遅かったら間違いなく串刺しになっていた。
「ちょっと! 何すんの!」
当然、私は文句を言う。どうしてこんなこと……を?
まさか⁉
私はすぐさま、さらに遠くに逃げようと脚に力を込める。
しかし動くより早く、紗友里が地面に然気を注ぎ込んでいた。
私は回避することも、受けることもままならずコンクリートの棘に被弾する。幸いにして串刺しは避けれたが、腹部には強い痛みが奔っていた。
どうして?
怒りよりも困惑が勝っていた。確かに紗友里はガサツだが、私を巻き込んで攻撃するような馬鹿じゃない。
「ありゃりゃ、外しちまったかい」
その声を聞いた瞬間、困惑は驚愕へと変化した。紗友里の姿のはずなのに、その声は明らかに別人のモノだったからだ。
「ウソ……でしょ?」
さらに信じられない光景が広がる。目の前にいる紗友里が、ピンク鬼に変化していくのだ。
「どうしたんだい? 目を丸くしちゃってさ?」
姿を変えたピンク鬼はあっけらかんとした様子である。
「どういうこと……? 紗友里に何をしたの!」
「さあねぇ、確かめてみたら?」
「この!」
私は一足飛びに襲いかかった。ピンク鬼まで一気に近づく。
「え⁉」
しかし、気がつくと眼前にサーベルの刃が迫っていた。
咄嗟にサーベルを刀で防ぐ。その体捌き、速さ、威力、どれをとっても紗友里のモノに違いなかった。少なくともこれがニセモノである可能性は低い。
「紗友里!」
ならばと私は紗友里に呼びかける。が、いくら呼んでも目を閉じたままで、ピクリとも反応しない。
「くぅっ!」
不意の一撃に身体を吹き飛ばされる。今のは、間違いなく殺す気のソレだった。
紗友里が……
なんとか受け身を取って体勢を立て直すも、その心は動揺でいっぱいだった。
ビルの中で何が起こったのか、そして、どうすればいいのかは分からない。
なのに今の紗友里が敵という、一番分かりたくないところだけは、間違いないと確信できてしまっていた。




