表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/142

無絶の罠


「シスネん所すげぇな。カレー食ってるよ」


 シスネさんたちの戦いを見ていた彩華さんが、驚嘆した様子で呟いた。私としては双方死ぬことなく、かつ周りの被害も最小限に済んでよかったと思う。


「私も腹ぁ減ってきたな。アイツ、プリンとか出してくれねぇかな」


「彩華さんって本当にプリン好きよね。髪型もプリンみたいだし」


「うっせぇ、イチゴ大好き武藤ちゃんに言われたくねぇ」


「えっ、何その呼び方……確かに好きだけどいきなりどうした?」


「う、うるさい! だまれ!」


 彩華さんは自分で言っといて顔を赤くする。


「みんなはさ、プリンならどんなのが好き? 私は上にホイップ乗ってるのかな」


 私たちを差し置いて綾音先輩が話を広げる。


「よくプリンの上に乗ってるやつですね。見た目もよくなるし私も好きです」


「そうそう! アレが乗ってるだけでも少し豪華な感じするよね」


「確かに。けど個人的には、ホイップはそれ単体で美味いからズルいと思います」


 むしろそれだけ食べたいまである。


「確かに、ケーキに塗ってあっても美味しいもんね。彩華ちゃんは?」


「私はカラメルが苦いやつだな。プリンって奴は、苦いカラメルとセットじゃねぇとダメだ。カラメルが甘いとクドくてとても食えたもんじゃねえ」


「えー、甘いのがいいんじゃーん! 私なんて甘ければ甘いほど好きだよ」


「あくまでも私個人の意見だから、別に他人の食い方にケチつけたい訳じゃない」


「それならいっそ、両方とも採用したらいいんじゃない?」


 私は折衷案? 妥協案? を提案する。


「それアリだな。いやむしろ、両方かけた方が美味いかもしれん」


「甘いホイップに苦いカラメルか……ヤバイ! 想像したらお腹空いてきちゃった! 瞳先生はどんなプリンが好きですか!」


 空腹をごまかすように瞳先生に話を振る。



「そうだな。私はプリンよりポテチの方が好きだ」



 綾音先輩の質問に瞳先生は斜め上の解答をした。私たちの間になんとも言えない空気が流れる。



 く、空気読めねぇなこの人……



 私たちは多分、揃いも揃って同じことを思った。






「僕はよく、空気が読めないって言われるんだ」


 仲間たちが戦いを始め、いざ我々も戦いを始めようってところで、黒い長身の鬼がカミングアウトしてきた。


「そんなことを言われたところで、我らにはどうしようもないぞ」


 私は、まさしく空気の読めない発言に苦言を呈する。


「わっかるよ! 私もよく同じこと言われるもん!」


 そこに同意する形でソソが肯定の意を示した。もしやこの場合、空気が読めてないのは私になるのか?


「僕はいつもそうなんだ。兄さんたちが戦うのを後ろから見てるだけ。本当は僕も戦わなきゃいけないのに、どうしてもそれができない。妹ですら、相手を惑わして戦うことができるのに」


「何が言いたい?」


「えっと、それは………」


 黒鬼はオドオドするだけで中々その理由を口にしない。


「はっきり言え! このノロマ!」


 私はその様子にイライラした感情を覚える。わかってる。これはきっと自己嫌悪だ。


「ひ、ひぃ!」


 黒鬼が悲鳴を上げる。なんとも情けない……そんなんじゃ、戦場を生き抜くことなんて到底できんぞ。


「ぼ、僕は罠を張って待ち伏せるしかできないんだ! 正々堂々なんて無理だから断りを入れたかったんだよ! だから怒らないで!」


 頭を抱えてうずくまる黒鬼。もはや戦うまでもなく勝敗が決しているように見える。


「そうなんだ! じゃあ私たちから向かっていくしかないね!」


 なのに、なんにも分かってないソソが安直な答えを出した。攻め落とすなら確かにそれが正しい。


 だが


「待てソソ、私たちの目的は彼らを退けることだ。向こうに戦う意思がないのなら、わざわざ戦う必要はない」


 私は大局的視点から指摘する。コレは防衛戦なのだ。領土を侵されたのならともかく、そうでないのなら無為に攻める必要はない。


「分かってないなぁ美香ちゃんは」


 やれやれといった様子でソソが言う。


 そして


「みんなが戦ってるんだから、ここは戦うのが筋でしょ!」


 とドヤ顔で高らかに宣言した。どうやらこれが、ソソの空気を読んだ結果らしい。


 私は全身の力が抜けていくのを感じる。確かに、ここで戦わないのは空気が読めてないと言えなくもない。


 しかし


「何を馬鹿な……これは訓練じゃない。武藤殿の言葉を忘れたのか!」


 私は厳しい口調で指摘した。我らがすべきは勝つことであって戦うことではない。本質を見失っては元も子もないぞ。


「忘れてないよ〜、でもこのままジッとしててもつまらないじゃん」


 ソソがブーたれた様子で文句をつける。


「お前……そんなに戦いたいのか?」


「うん! もうムラムラして仕方ないんだから! ここで戦わなかったら、3回戦はしないと収まらないよ!」


 ソソが飢えた獣のような目をして言った。さらに鼻息は荒く、顔も上気させて辛抱たまらないといった様子である。


「お前の性欲は、戦闘欲にも変換されるのか……」


 その様子に、私は根源的恐怖を覚えた。






「そ、その……会話終わった?」


 黒鬼がおそるおそるといった様子で尋ねてくる。


「一応な。不本意だが、我らは貴校の罠を破ることを目標とする。破られれば貴校の負け。破れなければ我々の負け。コレでいいか?」


 私はソソの主張に負けた。このまま放っておけば、最悪の場合、私に襲いかかってくる可能性があるからだ。それほどまでに今のソソは昂ぶっている。なぜ戦場で強姦が起こるのか、その一端を見せられた気分だ。


「い、いいの?」


「二言はない」


「いいよ! 思いっきりやって!」


 私たちはそれぞれ肯定の意を示す。


「助かるよ! コレでようやく僕の罠が役立つか分かる!」


 黒鬼は嬉しそうだ。まあ、喜んでもらえるのなら身体を張る意味もあるか。


「それじゃあ罠張るよ!」


 黒鬼はそう言うと、大きく後ろに下がった上で手を広げた。パッと見では何もしているように見えない。しかしブラフを貼る意味もないので、おそらくは見えないように設置しているのだろう。罠を仕掛ける上での定石だな。


「ワクワク!」


 ソソは目を輝かせて楽しそうにしている。ここまで能天気でいられるコイツが羨ましい。


「張れたよ!」


 黒鬼が拡声器を使って設置できたことを伝えてくる。やはり、不可視で張ることができたか。


 私たちのいる場所はビルに囲まれた県道の、その片側3車線。鬼までの距離はざっと70メートルほど。


 よし!


「では、参る!」


「行くよ!」


 私たちは声で合図を送ると、黒鬼の下へと駆け出した。いつ何が飛び出してきてもいいよう、細心の注意を払って。


 ん?


 どうやらさっそく何かを踏んでしまったようだ。着地した脚から違和感が伝わってくる。


 後ろに跳んで回……え?


 躱そうとした瞬間、視界がブラックアウトする。


 そして、気がつくと空中に投げ出されていた。視線の先に欠けた月が見える。


 こんな罠ありなのか⁉


 私は予想外の罠に驚愕する。


 いや……そうだ。コイツは鬼だから、一般的な罠を埋め込んでるとは限らない。相手が異能の存在であることを失念していた。


 ダメだな。少年兵だった経験から、どうにも戦場での習わしが抜けきらない。


 私は身体を捻って反転し、自分の居場所を確認する。どうやらさっきいた場所の頭上のようだ。


 チャンス!


 私は目下の黒鬼に鉛玉を飛ばした。触れれば爆発する特製弾。果たしてどう対応する?


 鉛玉は黒鬼の頭上へまっすぐ飛んでいく。しかし、黒鬼の近くまで行ったところで勢いが削がれてしまった。結界が張ってあるのか、念力で浮いているようにその場で静止している。


 そして


「なに⁉」


 猛烈な勢いでこちらに帰ってきていた。間一髪で回避に成功するも、弾丸が頬を掠っていった。


 私は罠の恐ろしさを実感する。いずれにしても、まずは体勢を立て直さなければ。


 私は初めにいた場所に着地する。


 しまっ──⁉


 しかし着地した瞬間に足元に違和感を覚えた。まさか、移動──


 目の前の視界が炎に覆われる。同時に、全身が炎に包まれた。


「あああああ!」


 あまりの熱さに悲鳴を我慢できない。このままだと、全身が焼け焦げてしまう!


「美香ちゃん!」


 そこにずぶ濡れになったソソが抱きついてきた。色々と疑問を感じるが、その濡れた身体はとてもありがたい。


 ソソの懸命な処置により、なんとか炎を消すことができた。所々衣服が燃えてしまったが、見られたくない部分は燃えずに済んだ。


「大丈夫?」


「な、なんとか。それより、なぜ濡れてる?」


「聞いてよ! なんか踏んだと思ったら、いきなり水に囲まれちゃったんだよ! 泳いで抜け出せたからいいけど、危うく溺れるところだよ!」


 ソソがプンスコと擬音が出そうな様子で怒っている。

 

「ちょっと! 罠の火力高すぎない⁉」


「ご、ごめんなさい! 全力でいいって言ったからその……」


 抗議に対して黒鬼が申し訳なさそうな顔をする。そういえば、ソソがそんなことを言っていたな。


「あっ……そうだったゴメン。あの、今から弱めることはできないかな?」


 今度はソソが申し訳なさそうな顔をする。


「あ、その……」


 再び黒鬼が口ごもっている。その様子に、嫌な予感が頭をよぎった。


「実は設置した罠は、バリア含めて解除できないんだ……」


 恐る恐ると言った様子で黒鬼が呟く。やっぱり、そんな気がしたんだ。


「う、嘘でしょ⁉ どうにかならない⁉」


「ご、ごめんなさい! ならないです!」


「なら、普段はどうやって抜け出してるんだ?」


 慌てるソソを他所に私は黒鬼に質問する。


「いつもは赤兄さんが無敵の身体で突破してくれるんだよ。あの人、どれだけ攻撃されても傷一つつかないから」


 それに黒鬼が答えてくれた。あの赤鬼、なんて恐ろしい能力を持っているんだ。辻本殿が対応していたが、コレは相当苦戦するに違いない。


「つまり、それ以外の人には突破できないわけか」


「そうなるね……ごめん、僕が調子に乗ったばっかりに」


 黒鬼が申し訳なさそうに言う。やはり勝つためには、この罠を突破する必要があるようだ。


「いや、コレは私たちが蒔いた種だ。気にする必要はない」


 私は彼を励ます。そしてソソも、ウンウンと頷いて同意してくれた。


「しかし、コレを……か」


 私の目の前には、目に見えない無数の罠が蠢いている。そしてその一つ一つが、私たちの生命を脅かす威力を持っているのだ。



 こうなると分かっていたら、無理にでもソソを静止したんだがな。



 私の中で、考えても仕方ないことが頭をもたげる。


 それぐらい、目の前の光景には絶望感があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ