裕大、響也対赤鬼
「そうか。分かった」
「何が分かったんだ?」
「今しがた、我らが同士より連絡が入った。武藤有希が君をこちらに呼べと申してきたのだ」
「本当か⁉」
「嘘をつく必要がどこにある。しかし、我らの戦いは──」
「なにしてる? 早く行くぞ!」
「な⁉ 行くつもりなのか?」
「当然。僕は白馬の王子様、有希のために戦うのが仕事だ。何よりも、そうすれば僕は当社比150%は強くなる」
「ならば、尚のこと連れては行けぬ!」
「なら一人でお留守番してるんだな」
「おい待て!」
僕は家の窓から、出発しようとする。
ん? アレは──
すると僕の視線の先に、一緒に持ってきてた響也の剣たちが目に入った。あの場では、とても渡せる状況になかったもんな。
よし、持ってってやるか。
ついでどばかりに僕は、ソイツを速やかに回収した。
「そんじゃあ、戦いやすいようにしてやるよ!」
俺は風の然気を使い、戦いやすいよう周りの奴らを吹き飛ばした。そして、近くにいた奴二人と鬼を一体、アーサリンと天狗、それ以外(真人、優太を除く)は屋上になるよう振り分けた。
しばらくすると、あちらこちらで金属のぶつかるを音がし始める。どうやら、無事に戦いが始まったらしい。
俺はそれを確認すると、今度は近くにいる真人と優太をビルの端まで飛ばした。流石に道のド真ん中にいるのは、双方にとって危険だろうからな。
「本当は逃してやりたいが、今はそこにいてくれ」
俺の言葉に真人と優太が頷く。よし、これで戦いの準備は整った。
後は──
「礼を言うぞ。おかげで戦いやすくなった」
この律儀な鬼を倒すだけだ。
「礼には及ばねぇよ。密集してたんじゃあ双方やりにくいだろ?」
「うむ。ならばこちらも、遠慮なくやらせてもらう」
「そりゃあそうだろ。そもそもそっちにんな余裕ねぇもんな?」
「さて、それはどうだろうな」
鬼は含みのあることを言う。そういや、よく見れば腕がくっついてやがるな。どういう原理だ?
まあいい、また斬るだけのことだ。今度は首を落としちまえばそれで終いだ。
ちらりと隣の響也を見る。流石のコイツでも、初陣ではビビっちまうらしい。僅かにナイフが震えていた。
「心配するな。俺が全力でフォローする」
少しでも緊張を解こうと、俺は本来の柄で励ました。
しかし
「何を言っているんだい? コレは武者震いだよ?」
響也は平然とした様子で返してきた。だがそうは言っても、身体が震えてるのは事実。
「おいおい、この場で強がっても仕方──!」
だから素直になれと響也を諭そうとしたところで、その様子に驚かされた。
コイツ、この場面で笑ってやがる!
「ようやく僕も戦えるんだ! 怖がるわけないだろ!」
そして、ますます狂気を孕んだ顔つきに変わっていく。どうやら戦えることに興奮しすぎて、緊張を忘れてるみたいだ。
「準備はできたか?」
俺たちのやり取りに鬼が割って入ってくる。わざわざ確認するとか、やっぱりこいつ根が真面目だな。
「もちろん、いつでも来るといい」
「右に同ーじ」
「そうか……では、参る!」
鬼が身の丈はあろう金棒を大きく振りかぶる。さあ、いつでも──
俺と響也はすかさず左右に分かれる。すると、いつの間に接近していた鬼が、金棒を振り下ろしていた。
左右に回避した俺たちは、一方はクナイで、もう一方はナイフで襲いかかる。二つの鋭い刃を鬼の喉元へ刺し向けた。
「はっ!」
だがその一撃は鬼の喉元に届かない。鬼の振るった金棒が、俺らを身体ごと弾き飛ばしたからだ。
やっぱり、真正面からやるのは性に合わねぇ。
俺は態勢を立て直しながら脳内で愚痴る。忍者は戦わずして勝つのが理想だ。本来こういう場面にならないよう、立ち回る必要がある。
なんて考えてると、響也が再度突撃していた。
懸命に黒いナイフで金棒の嵐を掻い潜っていく。俺でもあの中を進むのは覚悟がいる。よっぽどキマってんのか狂ってんのか、いずれにしてもとんでもねぇ度胸だ。
だが、今がチャンスだ!
俺は再び戦場の中で影になる。響也、しばらく持ち堪えてくれよ。
気配を遮断し、鬼の背後に迫っていく。奴は響也に気を取られ、俺の接近に気づいていない。
殺った!
俺はこの機を逃すまいと、忍者刀で一足飛びに首を斬りつけた。
馬鹿な⁉
しかし刃は斬るどころか、皮膚を通すことすらできなかった。さっきと同じ状況なのに、まったく通じなくなっている。
「また不意打ちか! 懲りぬことよ!」
鬼が煩わしそうに金棒を払う。
「ソイツが最も効率がいいんでね」
それを俺は、身代わりの術をもって回避した。
さーて、どうしたもんかね。
ビルの影に潜みながら、俺は対策を考える。奴に秘策があることは分かっていたが、まさか不意打ちに対してここまで強く出れるとは。響也に戦わせて俺が背後から仕留める。このコンボができなくなったのはとても痛い。
そうなると正面から突破する必要があるわけだが、俺は正面戦闘がそこまで得意じゃない。はっきり言って、響也と同レベルぐらいにしか戦えない気がしている。
……いや、それはいい。俺だっていくつも修羅場は潜って来てるからな。意地でもなんとかしてみせるさ。
だが問題は得物だ。奴を倒すには生半可な得物じゃ通用しない。俺はともかく、響也はこのままだと得物の差で競り負ける。
最低でも、日本刀ぐらいのリーチと斬れ味がないと話にならないだろう。
じゃあその得物をどうするかって話だが、これがまったく打つ手がないんだよな。響也の刀は、真人の家に置いてきちまってるし。
そうだ、ホープくんの鎌とかどうだ?
俺はチラッと彼が飛んでった方を見る。だが謎の死神は、痕跡だけを残していなくなっていた。どうせ役立たねえなら、せめてアイテムドロップぐらいしてほしかったぜ。
仕方ないと振り出しに戻る。
すると
「忍よ! 貴公がどこから、どんな攻撃をしてこようが、今の私の身体を貫くことはできん!」
赤鬼が俺に対して挑発してくる。それはよく分かってるよ。だから対策を立ててんだろうが。
「余所見とはいい度胸だね!」
響也がナイフで胸元を横一文字に斬る。
「無駄だ!」
だが鬼の身体を裂くことはできなかった。赤鬼の豪快なスイングで響也が吹き飛ばされる。
どうする? 今から真人ん家に取りに行くか? なんだったらそこでアーサーを連れてくるのも手だ。
いや、そこには天狗もいるのか。もしアイツに手間取るようなことがあれば、それこそ響也の身が保たない。
俺は一刻を争う状況下で何ができるか苦慮する。しかし、大きくリスクを取る以外の選択肢を用意できなかった。
「くっ、うっ!」
遂に、響也が金棒を喰らい始める。当然だ、あんなナイフじゃまともに受け止めることもできやしない。
「しまった!」
さらにナイフが金棒の一振りでへし折られてしまう。くっそ! こうなったら、俺が殿をしてその間に──
「有希はどこだ!」
なんて考えてたら、ビルの上にアーサーが立っていた。つか、来て最初に言うのがそれかよ。
待て、アレは!
「響也!」
アーサーが響也に二振りの剣を投げ渡した。黒い大剣に黒いロングソード。真人ん家に置いてあったやつだ!
「助かる!」
響也は大剣を背中に担ぐと、手に取ったロングソードを引き抜いた。
「天狗殿! どうして武器を持ってこさせたのですか!」
「済まぬ。あの男の即断っぷりに動揺した」
そしてアーサーの後ろから、動揺した様子の天狗がやって来た。どうやら、アイツの白馬の王子様ムーブに振り回されたらしい。
「愛は事態を好転させるということだな」
地面に降りてきたアーサーが、天狗たちのやり取りを聞いて納得する。その理論無茶がすぎないか?
とにかく、これで響也の得物問題は解決だ。
俺も出すぞ! 忍者仕事には無用の長物を!
「風魔人剣!」
鬼の前に姿を現した俺は、風を纏わせて巨大な手裏剣を召喚する。この武器は一族に伝わる秘伝の武器。初代風魔小太郎の愛剣だ。
「ようやく出てきたか。……ほう、中々の業物のようだな」
「コレでも通るかは微妙だけどな。てかアンタ、一体何をやった? 腕もどうして治ってる?」
「よくぞ聞いてくれた! ソレは我らが必殺技『鬼人戦隊戦闘態勢』によるものだ!」
「もしかして、さっき5人でとってた奴か?」
「その通り! アレを取ることにより、我らはケガの治癒だけでなく、さらにパワーアップできるのだ!」
「だからノリノリだったわけね」
「そう! そして、このポーズを取ったからには……」
その言葉を最後に、赤鬼はシッという音と共に姿を──
俺は反射的に、手裏剣を空にぶん投げる。
「勝てるなどとは思わぬことだ!」
赤鬼がそれを空中で弾く。そして金棒を構えると、地面に向けて金棒を振り下ろした。
だが弾いたことで生じた僅かな隙に、響也は大剣で防御の姿勢を取る。
そして俺も、ギリギリの所で身代わりを用意することができた。
鬼の一撃が響也を襲う。その衝撃の強さに、辺り一帯が陥没した。
まずい! 真人と優太が!
土煙に乗じて再び身を隠しながら、二人を待機させた場所を見る。
するとアーサーが間一髪で回収していた。どうしよう、俺も愛の信奉者になろうかな。
そして、屋上の武藤の所まで運ぶ。本当は契約違反だがアーサーは知らねえからな。不可抗力ってやつだ。
「大丈夫か? とりあえず怪我の治療をしてもらえ」
「アーサー、助かったよ!」
「流石は俺のダチだぜ!」
「うっさいな! そういうこといちいち言うんじゃない!」
アーサーの奴、妙に照れてやがんな。武藤には歯に衣着せぬ言葉を吐くくせに。
とりあえず二人は大丈夫そうだ。響也はどうなってる?
俺は響也の方に視線を戻す。すると、こっちも見事に攻撃を受けきっていた。もうマジで愛の信奉者になろう。
「よくぞ受けきった。すぐに逃げる忍より気骨がある」
「こんな楽しいことから逃げるなんてとんでもないよ。僕は最後まで付き合うさ」
本当に響也は楽しそうだな。俺には仕事って意識が強すぎて、楽しむなんて情緒はとっくに消滅してるのに。
そのまま二人は剣戟を開始する。ぶっとい金棒と大剣が、まるで小枝のように振り回されている。
さてそろそろだ。ちょっとは通じてくれよ?
「なんだ⁉」
俺の予想通りに、鬼の足元が隆起し始めた。
喰らえ!
地面から俺の風魔人剣が出現する。さっき弾かれた手裏剣を、密かに地面に潜ませていたのだ。
ゴキン!
そして金的に、風魔人剣の当たる音が響く。おいおい、刃物が当たってんのに、そんなコミカルな音なのかよ?
「ぐわぁああああ!」
だが効果は抜群だったらしい。鬼は絶叫すると、股間を抑えて蹲った。人間ってのも、あながち間違いではないみたいだな。
「くっ、忍めぇ!」
「痛覚はあるようだな。それが分かっただけでも見っけもんだ」
俺は蹲ってる鬼の前に姿を現す。
「裕大、君は本当に奇襲が好きだな」
俺の近くまで来た響也が呆れ気味に言う。
「忍だからな。それにこれは戦闘、楽しけりゃそれでいいわけじゃない」
対して、俺は楽しみがちな響也に指摘する。水を差すのは気が引けるが、ここにいる以上は肝に銘じてほしい。
「分かってるさ。僕だって負けたくないからね。だから君の刀を貸してほしいんだ」
「は? 刀を?」
どうやら俺の指摘は杞憂だったらしい。
響也の不敵の笑みがそれを証明していた。




