逃走劇
「おい、どうする!」
俺たちはリビングを飛び出すと、速やかに玄関に向かった。
まだあの計画を実行してないのに死ぬわけにはいかない。せめて修学旅行までは生き延びないと!
「とにかく逃げるしかあるまい。だから今のうちに全員、コレを飲んでくれ」
そう言って響也はユキナミンを取り出した。円卓の騎士は、護衛するにあたって全員携帯するよう言われてるらしい。
「でもコレ一本しかないよ。効果薄れない?」
「効果は三分の一だ。しかし、飲まないよりはマシなはずだ」
「確かに」
靴を履き終わった優太が軽くユキナミンを仰ぐ。俺も早く飲まないと。
「まずい! 来たぞ!」
そして俺がユキナミンに口を付けたところで、魔族たちが追いかけてきた。猫に狸に餓鬼とその種類は様々だ。
俺たちは急いで玄関のドアを開けようとする。しかし、何かに蓋がされてるみたいでビクともしない。
「しまった、囲まれた!」
響也の指摘に悟る。くそっ、玄関から出てくるのを読まれたのか!
まずい、さっそく大ピンチだ⁉
「旋風剣!」
しかし回転を伴った強風が、妖怪たちをドアごと吹き飛ばした。
風の出元を見ると、そこにはアーサリンさんが雫と一緒に立っていた。
「お、お兄ちゃん! 大丈夫⁉」
雫がアーサリンさんに縋りつきながら尋ねてくる。兄としては、お前の方が大丈夫かと言いたい。
「俺は大丈夫だ。それよりここは危ないから、今すぐ逃げるぞ!」
そう言うと、俺たちはすぐに玄関の外へと駆け出した。
「ねえ、何処に逃げるの⁉」
路地を走りながら、雫が尋ねてくる。
「分からん!」
「まさかのノープラン⁉」
「俺たちはなんとかできるからな! けどお前だけはどうにかしないと!」
「一時的に武藤さんの家はどうかな? 彼女の家には円卓の騎士もいるんでしょ?」
「しかし距離が遠い。ここから車で20分はかかるはずだ」
「なら、私が責任を持って送り届けます!」
「アーサリンさん、いいのか?」
「はい! ついでに円卓の騎士にも協力を要請したいので!」
「なるほど、なら頼んだ!」
「はい! では行きますよ、雫さん!」
「お兄ちゃん! 気をつけてね!」
「ああ、分かってる!」
こうしてアーサリンさんと二手に分かれる。これで雫については大丈夫だ。
後は俺たちがなんとかするだけだ。
「いたぞ! 捕まえろ!」
ちっ、もう追いついてきやがった。
俺たちは走るペースを早める。チラッと雫の方を見ると、アーサリンさんが風で奴らを蹴散らしていた。
にしても、まさかランニングしてたのがこんな風に役に立つとはな。
おまけにユキナミンのおかげで体力的にも余裕がある。これならしばらく逃げられるはずだ。
「だがどうする? いくらユキナミンを飲んだと言っても、このままじゃいずれ追いつかれてしまうぞ」
しかし響也の言うことも最もだ。ユキナミンは永続じゃない。おまけに分けて飲んだから効力はさらに短くなってるはずだ。
「ねぇ真人、車の鍵とか持ってないかな?」
「鍵? んなもん……いやある! 車庫に行くぞ!」
優太の意図を読み取った俺は、逃走手段確保のため車庫へと向かった。
「これは……マークX!」
奴らを撒くため、いくらか遠回りをしてから車庫へ到着すると、優太が感激するように言った。そんなに有名な車なのか?
「これは親父の愛車なんだ。昔はこれでドライブによく出かけたもんだ」
「それで、鍵は何処に隠してあるんだい?」
「待ってろ。すぐに出す」
俺はガサゴソと倉庫を漁っていく。鍵を家に忘れたときのために、親父がどっかにスペアキーを隠していたのだ。
「あった! これで車に乗れるぞ!」
俺は鍵を見つけ出すと、響也たちに見せびらかすように掲げる。
「それじゃあ優太、頼むぜ。お前の運転技術だけが頼りだ」
「任せて! で、同時に頼みがあるんだけど警察に事情を説明してほしいんだ。そうしないと追手が増えちゃうから」
「分かっている。それは僕がしよう」
響也が眼鏡を上げて言う。コネがあったりするのだろうか?
ドンドン!
ちっ、もう嗅ぎ付けられたか。
シャッターを激しく叩く音が聞こえてくる。あまりの強さに既にシャッターがヘコみ始めていた。一応シャッターに鍵は掛けてあるが、これでは長く保ちそうにない。
「このシャッター遠隔で開けられる?」
「一応できる。けどゆっくり開くから、車が出れるようになるより先に入ってきちまう」
「なるほど。ならば!」
響也が突然車を降りる。そして、眼鏡をクイッと上げると
「てあああ!」
ナイフでシャッターをズタズタに斬り始めた。然気を纏ってるだけあってその速度は凄まじい。
「さあ、出すんだ!」
響也の言葉と共に優太がアクセル全開。斬られたシャッターと共に外へと飛び出した。
その場にいた魔族たちを盛大に轢きまくる。これはひき逃げにならないよな?
そのまま道路へと飛び出す優太。流石はカート選手、初めての車をまるで手足のようだ。
「響也、いる?」
「当たり前じゃないか! 屋根に捕まって飛び出すなんて、こんなの、こんなの──!」
「早く入ってこい! 飛ばされるぞ!」
俺は全力で叱りつける。ルーフにしがみつきながら興奮してんじゃねえ。
「ああ、今から入るよ!」
響也が窓から後部座席に入ってくる。飛び込んでくるな! 危ねえ!
俺たちは法定速度をぶっちしながら県道へ出る。幸いにして、ここまで対向車とすれ違うことはなかった。
この間に、響也は警察への連絡を済ませていた。やばい奴認定を受けるかと思ったが、以外にもすんなり了承を貰うことができたらしい。繋いだのが遠山刑事だったのがよかったのか?
既に時刻は9時を回っており、県道の車の量はかなり少なかった。しかし、僅かにいる車たちはこちらの速さに面食らっている。
「ごめんね!」
優太はそんな車の中を、猛スピードでかっ飛ばしていた。たまに車がバリケードになることもあったが、巧みなハンドル捌きで蛇のようにスルスルと抜けていく。
「うわっ! 後ろ見て!」
そんな中、バックミラーを見ただろう優太が言う。俺と響也も後ろを確認する。
そこには、後ろから百鬼夜行かと言わんばかりに妖怪共が映っていた。しかも何処から仕入れたのか、真っ黒なバイクで空飛んでやがる。
「羨ましい! 僕はああいうバイクに乗りたいんだ!」
「言ってる場合か! 追いつかれるぞ!」
「飛ばすよ!」
優太がアクセルを思いきり踏み込む。さっきまでも速かったのに、さらに一段階加速した。
車の速度は200キロをオーバーしていく。
プルルル
すると、響也の携帯が鳴り始める。響也はスピーカーをオンにして電話に出た。
「もしもし、辻本です」
「遠山だ。とりあえず県道付近を緊急閉鎖した。君たちは安心して松本ショッピングモールに向かってくれ」
「ありがとうございます。しかしいいのですか? あそこは再建中のはず」
「だからこそだ。もう2度も戦いの舞台になってるからな。これ以上別の場所壊されるぐらいなら、もう一回壊された方がマシだ」
「なるほど、一理あります」
「そういうこった。なんとか逃げ延びてくれよ。俺から有希ちゃんたちに連絡しとくから、そこまで来ればなんとかなる」
「はい、ありがとうございます……ということだ、頼むよ優太!」
「任せて!」
通話を終えると同時に優太が交差点をドリフトする。交差点をここともう一つ曲がるとショッピングモールに行けるのだ。
そのまましばらく猛スピードで直進していく。次の交差点まであと1キロ。
しかし
「くそっ、追い越された! 向こうのバイク馬力が全然違う!」
俺たちの車を黒い影がいくつも追い抜いていった。そして、進行を妨げようと道に停車し始める。
「二人とも、何処かに捕まって!」
優太が俺たちに指示を送る。俺と響也は速やかに手すりに掴まった。
「揺れるけど我慢してね!」
優太はそう言うと同時に急ブレーキをかける。俺と響也は盛大に前につんのめった。
ギュルルル ギュアア
車から、してはいけない悲鳴が聞こえてくる。
そして俺たちも、右へ左へとしてはいけないシェイクをされていた。横からの衝撃が絶え間なく襲いかかってくる。
信じられないことに、車はバイクとバイクの間を無理やりすり抜けてるらしい。マジで優太スゲェな、天才なんじゃないか?
「抜けた!」
優太の言葉と共にミキサー状態から開放される。俺はヘロヘロになりながら後ろを見た。
妖怪たちは唖然とした様子で車を眺めていた。どうやら予想外だったらしいな。へへっ、ざまぁみろ。
「優太、ここの交差点を右だ!」
響也が優太に指示を飛ばす。ここさえ曲がれば──
俺たちの車が交差点をドリフトしたその瞬間、
黒い影が俺たちの車へと落ちてきた。
バキッ
そして、ソイツがボンネットに思いっきり激突する。その衝撃で車の後輪が浮き上がった。
うぉえ! 今度は縦回転!
そのまま車が縦に一回転する。なんとか元の体勢に戻ってくれたが、衝撃が強すぎて頭がクラクラする。
しかも、車からは煙まで上がり始めている。
「ま、まずい……! 早く外へ!」
くたびれたような優太の言葉に従い、俺たちはなんとか車から這い出る。どうなってるのか未だにピンと来ていない。
だが次の瞬間、車が爆発することで何が起こったのか理解した。あ、危なかった……マジで死ぬところだった。
「二人とも……生きてるかい?」
「な、なんとかな。それより響也、血も滴るいい男になってるぞ」
「ああ、漫画の主人公みたいで……かっこいいだろ?」
「はは、二人とも余裕そうだね。僕は脇腹が死ぬほど痛いよ」
「俺だって腕が痛えよ。折れたかもしれん」
なんて生存確認する俺たちの前に黒い影が差す。何者かが見下ろしてるみたいだ。
横たわった身体を動かし、なんとかその影の方に目を向ける。
だがどうやら、さっきのせいで目も悪くなったらしい。
「なあ響也、俺たち全員地獄に落ちたと思うか?」
「まさか、行くにしても僕だけだろう。そして下剋上して帰ってくる」
「だよな。だったらなんで鬼がいるんだ?」
俺は目の前にいる赤いシルエットを指差す。金棒に虎柄の入った服、そして二本の鋭い角。まさしく地獄の獄卒そのものだった。
「この世が地獄だからじゃないか?」
「ああ、納得」
「その通り。俺たち魔族からすれば、この世は地獄そのものだ」
俺らの会話に鬼が加わってくる。
なんだよ、厳つい顔してる癖にフランクに喋るじゃないか。




