パジャマ会議
「さっきはごめんね!」
結衣さんの話を聞き終わると、バツの悪そうな顔で帰ってきた有希が頭を下げた。きっと、さっきの発言を悪いと思ってだろう。
「みんなの気持ちについてはありがたく思ってるから! だからその……」
「いや、こちらこそ悪かったな。お前の気持ちも知らずに踏み込みすぎた」
綾華さんが先陣を切って謝る。他のみんなも申し訳なさそうな顔だ。
「私たちの関係は今のままでいい。けど、お前について知りたいと思ってるのも確かだ。だからもし気が向いたら、そのときは改めて教えてほしい」
「えっ……? うん、わかった」
有希は安堵するような、それでいて何か引っ掛かりがあるような、なんとも複雑な顔をしていた。
「じゃあ有希、何かあったらすぐに呼んでね」
「うん。アーサーは楽しんできてね」
「もちろん。じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
私は手を振りながら、玄関でアーサーを見送る。
「それじゃあ楓、結衣さん、今日はよろしくね」
そして、入れ替わりでやって来た二人を中へと招き入れた。
「久しぶりのお泊りね」
「はい……」
楓は腕を組みながら嬉しそうに言う。対して、結衣さんは浮かない顔だ。
「何かあったの?」
私は結衣さんに尋ねる。もしこちらに不都合があったのなら申し訳ない。
「な、なんでもありません……」
しかし結衣さんは、俯いたままでそれ以上は何も言わなかった。
これはどう見ても、何かあったわね。
「じゃあ改めて……結衣さん、何があったの?」
それからご飯とお風呂を済ませて、私たちは一緒に寝る私の部屋にやって来ていた。全員パジャマに着替えてパジャマパーティーである。
ただ、その空気についてはひたすらに重苦しかった。
「あ、あの……」
結衣さんは僅かに言い淀むと
「ごめんなさい有希さん!」
ダムが決壊するように勢いよく謝罪を始めた。ちょいちょいちょい! いきなりどうしたのよ⁉
「お、落ち着いて結衣さん! どうしたの?」
「うっかり色々と話してしまいました!」
結衣さんは平身低頭である。何を言えば、彼女がこんなに恐縮してしまうのか?
ん? 話す?
「一体、何を話したの?」
私は言いしれぬ不安感に襲われながら結衣さんに尋ねる。
「それは……有希さんの過去とか色々です!」
「────」
私の血の気がサッと引いていくのを感じる。そして同時に、胸が痛くなるほど動悸し始めた。
もしアーサーがあのことを知ったら……
その可能性と共に、私の脳内に最悪なビジョンが浮かび上がる。『アーサーに拒絶される私』。考えただけで発狂したくなる。
いや待って! 結衣さんにその話はしてなかったはず! だからまだ希望はある!
「……ち、ちなみに何を話したの?」
私は警戒心を露わにしながら結衣さんに尋ねる。
「前に教えて貰った、小学校時代の話です。なんで有希さんには友達が少ないのかとか……」
「そう……よかったぁ」
私は心の底から安堵のため息をつく。その話はアーサーとはあまり関係がないから、話しても大丈夫だ。
「まだ安心するべきじゃないわ。なぜ話したのかこそが重要でしょ?」
しかし安心する私を諭すように、楓が冷ややかな口調で指摘してくる。その通りだ。もし軽率に話してしまったのなら、今後の付き合い方を考えなきゃいけなくなる。
「みんなが、有希さんの事情も知らずに好き勝手言うのが気に入らなくて……あと、私だけの特権を取られたくなかったんです……」
結衣さんは消え入りそうな声になっていく。彼女らしくて笑えない。
「そもそも何があったの?」
武道場での話を知らない楓が詳細を尋ねてくる。
「それは……」
その質問に応えるため、私は先の武道場でのエピソードを楓に話した。
「……なるほどね。事情を知らないから仕方ない面もあるけど、見事に有希の地雷を踏んだわね」
ことの経緯を聞いた楓が納得するように呟く。
「気持ちは嬉しかったんだけどね。でも私チキンだから、どうしても楓や結衣さんぐらいじゃないと警戒してしまうのよ」
「そうなるのも仕方ないわ。過去のアレコレもあるだろうけど、身近にそういう人間がずっといたわけだし」
「やっぱり楓先輩も、有希さん第一なんですか?」
「まあね。小学生の頃に、すべての交友関係を絶って有希の友達になったもの」
「す、すごい……そして有希さんも、楓さん以外には友達いないんですよね」
「うん。作る気もなかった」
私にとって小学校の頃の経験は、今も深く心に根ざしている。おそらくだが、楓がいなかったら私に友達と呼べる人はいなかっただろう。
「楓、私の友達なってくれてありがとう。あなたがいてくれて本当によかった」
「気にしないで。私はただ、あなたと友達になることに価値を見出しただけだから。感謝されることじゃないわ」
「でも中々できることじゃないですよ。本当に有希さんが好きなんですね」
「……うるさいわね。当時の私には憧れの存在だったのよ。そして、そんな子の一番になれたらって思ってた。まあ実際は、1番は1番でもオンリーワンだったけどね。本当の1番の座は既に奪われてた」
「それってアーサー王のことですか? そんな前から交友関係があったんですね」
「それは……どうなのかしら?」
楓が私に目配せをしてくる。そういえばあの件についてはまだ言ってなかった。
「じゃあ少し話しましょうか。楓にも訂正したいことがあるし」
「そ、そうなの?」
「でもいいんですか? 楓さんはともかく、私はうっかり話してしまったのに」
「大丈夫、今からする話はいつか全員に話したいことだから」
「そうなんですね……じゃあ、お願いします」
「オッケー。それじゃあ……」
そうして私は、結衣さんたちにアーサーとの過去を話し始めた。
「……」
話を聞き終わった結衣さんは言葉がない様子だった。無理もない。話を聞いても、到底信じられる話じゃないもの。
「どうだった?」
私は結衣さんに感想を求める。
「色々と理解が追いつかないですけど、でも、有希さんが好きになるのも納得です。こんなことされたら、私だって絶対好きになります」
「まさかそうだったとはね。本当に生粋の白馬の王子様な訳だ。こんなの引き合いに出されたら、負けを認めざるを得ないわ」
「でもまだオンリーワンならいいじゃないですか。私なんて、オンリーワンすら危ういんですよ」
「それもあるからこそ、これからも結衣さんにプライベートの護衛は任せていきたいわ。あなたは私にとっての『一番弟子』。他の円卓の騎士よりも特別だから」
「一番弟子……! ありがとうございます!」
一番弟子の称号に結衣さんは喜ぶ。あれ? 今まで一度も言ったことなかったっけ?
「それで? 結衣さんが話したことについてはどうするの?」
楓が今回の話を総括するよう求めてくる。さっきのが結論な気もするけど、白黒はっきりさせておいた方がいいか。
「そうね。話したことで拗れずに済んだから、むしろ感謝したいわ。というわけで、結衣さんありがとう」
「そんな……私はただ、自分のポジションを守りたかっただけです。礼を言われることはしていません」
「大丈夫、あなたの気持ちは痛いほど分かるから。私だって、アーサーの特別でありたいって思ってる。それに私のことを思って言ってくれたんでしょ? だからこれからも、私の『一番弟子』として剣を振るってね」
「は、はい! 頑張ります!」
「なら、その太刀筋を見せて下さい!」
不意に聞こえた第三者の声と共に、部屋の窓が勢いよく開かれた。部屋中のモノが風に煽られる。
「ア、アーサリンさん!」
結衣さんが窓際に立つ人物に呼びかける。
そう。目の前には、息を切らしたアーサリンさんが二剣を携え立っていたのだ。
「彼女が……」
初対面の楓さんが驚きの声を上げる。無理もない。この登場は私も予想外だ。
「どうしたんですか? 随分焦ってるみたいですけど」
「じ、実は! 真人さんの家に魔族が襲撃してきたのです! それでアーサー王が彼らと応戦している間に、私が事態を知らせにきました!」
「ま、魔族⁉」
私はまさかの言葉に驚かされる。まったくその理由が分からないからだ。
なんで『魔』のそっくりさんの私じゃなく、アーサリンさんが狙われたんだ?




