風魔小太郎と日本政府
「そして店は一時閉店となったため、コンビニで最低限のモノを揃えて帰ってきたのです。買った服は着替えましたが」
有希さんたちが作ったカレーを食べながら、シスネが帰ってくるまでの出来事を話し終える。
「ごめんね。私が万全なら事前に倒せたんだけど」
話を聞いた有希さんが申し訳なさそうにする。病人なんだからそこまで気にしなくていいのに。
「いえいえ、おかげでアーサリンさんの強いところが見れましたから」
「……へえ、アーサリンさん強いのか。シスネさん、そこのところ、もう少し詳しく教えてくれないか?」
アーサー王がシスネに質問する。有希さんの安否に関わることなだけにとても真剣な顔だ。
「それはもう。まるで風のように飛んでいって、進人をバッサバッサと倒していました。その姿はまるで舞を踊っているよう。私、僭越ながら惚れ込んでしまいました」
シスネが尊敬の眼差しをアーサリンさんに送る。カレーをパクついていた彼女はキョトンした顔をした。そして、そのはずみでポロッとカレーが溢れる。
「(ムー)」
そして深琴は不満そうに頬を軽く膨らませる。つーかそのアイドル服気に入ったのな。とっととスカート脱いだアタシとは正反対だ。
「ふふふ、そんなに怒らないで下さいまし。恋愛対象と推しは別物なのですよ」
シスネはそう言ってプクーと膨らんだほっぺをツンツンする。仲のおよろしいことで。
「紗友里さんはどう思った?」
なんて心の中で悪態ついてたら、アーサー王が今度はアタシに話を振ってきた。
「いやあ、凄かったっすよ。然気を使ってても、試合と実戦では全然違うんだって感じ」
「そんなに違ったの?」
「違いましたね。初めて剣術を見た! って感じっす」
「それは否定できないわね。でも、進人を斬る場面に心を打たれるというのは、ちょっと倫理的に心配になるわ」
「それだけ、本物の業には魅力があるんですよ。特に有希さんが斬ったときに舞う薔薇の花。アレが血であると分かっていても、やっぱり心を打たれてしまいますから」
結衣が恍惚としながら話し始める。そういえばコイツは、有希さんに助けてもらったことがあるんだったな。
「それでも、軽々と足を踏み入れていい世界ではないわ。感覚として害獣駆除に近いことは認めるけど、その獣の中には、人が混ざってることを忘れないで」
有希さんが窘めるような口調で指摘する。進人の中には元々人間の人もいる。アタシは肝に銘じているつもりだ。
「それにしてもこのカレーという食べ物。とても美味しいですね」
カレーをあっという間に完食したアーサリンさんがおかわりしながら言う。溢したカレーはキレイにティッシュで拭き取ってあった。
「お礼なら葵に言ってやって。きっと素直に受け取らないけど喜ぶわ」
「分かりました。食べ終わったら言いにいきます」
アーサリンさんはそう言いながら、二杯目を食べ始めた。
「ところで……」
アーサー王がアタシに尋ねてくる。
「アーサリンさんはなぜ敬語に?」
言われてみれば。戻す気ないのかな?
「実はな、ショッピングモールで瞳先生に会ったんだよ。んで、そんときからこんな感じなんだ」
その質問に応えたのは田中先輩だった。
「へぇ……瞳先生に。確かに、言われてみれば口調似てるな」
「しかし元に戻さないのは、指摘されて変えて以降、こちらの方が話しやすいと感じたからです」
「そうなのか。まあ、アーサリンさんが問題ないなら別にいいか」
アーサリンさんの言葉にあっさりとアーサー王は納得する。この人、本当に有希さん以外に興味ないな。
ピンポーン
「なんだよ、今日は来客が多いな」
田中先輩がやれやれといった様子で玄関へと向かっていく。
「ちょりーす!」
そして、チャラい格好した男子と一緒に戻ってきた。
「なんで裕大がここに?」
「面白そうなことを嗅ぎつけて来たのかな?」
アーサー王と響也先輩が尋ねている。この人、二人の知り合いなのか?
「どうしてって……偶然だよ偶然! おっ、たまには真人の家に行ってみるかーってな!」
「誰に聞いたの?」
「だからたまたまだって! あ、アンタがアーサリンさん? すげぇ美人だなぁ」
裕大って人がアーサリンさんをジロジロと見る。
「ありがとうございます」
アーサリンさんは律儀にも、その言葉にペコリと頭を下げた。
「この反応、言われ慣れてますなぁ」
「そう……なんでしょうか? すいません、いまいち記憶が判然としないので」
「ヘぇ~、そうなんだ。こんなこと聞くのもなんだけどさ、アーサリンさんはその状態に不安とかないの?」
「ありません。私は忘れているだけですから」
「強い人だな、あんた。普通、自分のことが分からなくなったら不安になるもんだぜ?」
「そうなのでしょうか?」
「ま、あくまでもそういう人が多いって話だ。……ところでその服めっちゃ似合ってんな。カレー付いてるけど」
「え⁉ そんな⁉」
アーサリンさんが動揺して服を観察する。うーん、撥ねてるように思えないけどな。
「すまん、見間違いだった」
「はぁ、よかった……」
アーサリンが安堵のため息をつく。買ってその日に汚したらシャレにならないからな。撥ねてなくてよかった。
「まあ、もし汚れてても松本ショッピングモールに行けばなんとかなるしな。知ってるか? 松本ショッピングモール?」
「いえ。そんなに便利なお店なんですか?」
「あ、ええっと……なあ真人! そうだよな?」
「いや? クリーニング店は確かにあるけど、別に松本じゃなくてもいいだろ」
「そ、そうだな!」
「まったく、変なこと言うなよな」
「風間くん、ちょっと二人で話しましょうか?」
「「え? なんで?」」
裕大さんとアーサー王が声を上げる。多分、アーサー王は二人で話すに反応したな。
「アーサーも行くわよ」
「え? 行くってどこに?」
「外。さあ、風間くんも」
「お、おう」
「おい! 3人で何を話すつもりだ! 僕も混ぜろ!」
「大丈夫。後で話すから」
「信用できん!」
アーサー王は困惑しつつも有希さんと席を立つ。そして、響也先輩を置いて三人は部屋の外へ出ていった。
「……田中先輩。あの人は一体? 有希さんたちとどういう関係なんですか?」
三人がいなくなったのを見計らって、結衣が田中先輩に質問する。
「俺のクラスメイトなんだ。チャラチャラしてるし、たまにしか学校に来ないけど悪い奴じゃない」
「その通り。本当に素行不良なら、既に我が校を退学になっているはずだからね」
「確かに、派手な格好でしたが妙に愛嬌がありましたものね」
「タジタジだった」
「これもある種のギャップ萌えなんかな?」
「少なくとも、有希さんに近づくケダモノじゃなかったのでよしです」
アタシたちは三者三様に所感を述べる。てか結衣、お前内心でそんなこと考えたのか。
「それにしても、なぜああも松本ショッピングモールを推してきたのでしょう?」
アーサリンさんが疑問符を浮かべながら言った。
「それで? 風間くんが来た本当の理由は?」
僕たちが家の玄関を出たタイミングで、有希が単刀直入に尋ねていく。やっぱり、偶然じゃないのか。
「実はな、日本政府に依頼されて彼女の調査に来たんだ」
「日本政府? なんで?」
前に総理大臣に連絡したりしてたけど、そんな直接仕事する関係なのか?
「風間くんはね、進人狩りとは別に政府の諜報員もやってるのよ」
「マジか⁉ じゃあ、風伊町の人たちはみんな諜報員なのか⁉」
「必ずしもそうじゃない。でも、進路の1つとして選択肢に入ってるのは確かだ」
「そうなのか……あんまり危険なことするなよ」
僕にとって、風伊町のみんなは大切な友人なのだ。誰であっても死んでほしくない。
「心配ありがとよ。でも俺たちは然気が使えるから、進人狩りに比べれば遥かに安全な仕事だ」
「ならいいんだが……それで? なんで彼女の調査に来たんだ? 宇宙人かどうか確かめるためか?」
「本来なら機密事項だが……お前らにも関係あるから特別に話す。今はショッピングモールの件の首謀者を追ってるんだ。それで、遠山刑事が彼女にその可能性があるって連絡を受けてな。それで様子見に来たってわけだ」
「アーサリンさん、ショッピングモールにいたの?」
「その可能性は限りなく高い」
「なぜ分かるんだ?」
「ショッピングモールにいる彼女を見たんだ。コレは見間違いじゃないと断言できる」
「どうして?」
「彼女の容姿に瓜二つだったのはもちろんだが、行動が不可解で印象に残っているからだ。まるで逃げるようにショッピングモールを後にしていた」
「お前に気づいたからじゃないのか?」
「それはない。俺は1キロ先から彼女を見てたんだ。しかもきちんと姿も気配も消してだ」
「だとしたら確かに不思議ね。撤退の可能性もあるけど、宇宙人はワープできるみたいだし」
「そんときに捕まえられなかったのか?」
「そうするつもりだったんだが、まるで俺を阻むように進人が現れたんだ。その対処をしてたら撒かれてた」
「なるほどな。ソイツは仕方ないな」
「それで聞きたいんだがな、覇王竜や先の宇宙人は彼女について言及してたか?」
「いや、聞いたことがない」
「武藤はどうだ?」
「私もないわね」
「そうか……だとしたら、宇宙人サイドは彼女の行動を把握してるのかもな。記憶障害がイレギュラーかどうかは判断できないが、なんとかして彼女を味方につけられないだろうか」
「ちなみにさ、さっきの質問てやっぱりアーサリンさんにカマかけてたの?」
「さっきの質問て松本ショッピングモールのことか? その通りだ。何か知ってるなら引き出せるかと思ったが、あの反応的には本当に忘れてるみたいだ」
さっきの妙な言動はそういうことだったのか。
「なあ武藤、お前の能力でなんとか治せないか?」
「無理ね。今の私には回復を早めるのが手一杯ね」
「だよなぁ、やっぱりしばらくは様子見か」
「そうなるわね。いずれ敵対するにしても、それまでは仲良く過ごしたいと思ってるわ。……ちなみに他に聞きたいことある?」
「いや、基本的には盗み聞きとリークで知ってるからな。でももし有力な情報が出たらこっちにも流してくれ。今はまだ何も起こってないが、いつ宇宙人が仕掛けてくるか分からないからな。あと……」
「まだあるのか?」
「あるぞ。いざというときは遠慮なく頼んでくれよ。できる範囲で助けてやるからさ。俺たち友達だろ?」
「……そんな恥ずかしいこと、よく平気で言えるな」
「で? アーサーくん? 友達かどうかどうなんよ?」
「それはまあ……そうだけどさ」
「お、認めたな! 素直じゃないなぁ!」
そう言って裕大は僕の肩を抱いて笑いかけてくる。鬱陶しい気持ちもあるが、悪い気はしない。
「まさに男の友情ね。私にはとても真似できないな」
そんな僕たちを、有希は羨ましそうに見ていた。




