ラブコメみたいな展開
「先ほど二人でそれぞれの主に問いかけた所、新たな啓示を頂いたのです。それはその女性を、円卓の騎士で保護するというもの」
「それは既にやっただろ? これ以上どうすんだよ」
「記憶が戻るまでの間、我々が生家での保護を考えています」
「つまり記憶が戻るまでの間、家を転々としてもらうわけか」
「そうなるね」
紗友里さんの確認に深琴さんが頷く。
「う~ん、流石にそれは……」
結衣さんは乗り気ではないようだ。でもこれは仕方ない。なにせ彼女の家は普通の一軒家。一人分のアレコレを用意するのは簡単じゃない。
「もちろん、できる方のみで大丈夫です。最低でも、私の教会と深琴の神社で預かれる手筈になっています」
「ふむ、ならば学生寮も提供しよう。いくつか部屋に空きがある。ちなみに、どの程度で転々としていくんだい?」
「ありがとうございます。期間としては3〜5日の周期を考えています」
「だったら俺も立候補しようかな。両親は急な海外出張でいないし、妹も今度、修学旅行で3日ほど家を開けるんだ」
「お前、そんなラブコメみたいな家してんのか」
「まあな。残念なことに、俺にはヒロインがいないけど」
田中くんがこっちをチラっと見てくる。ごめんね、私はアーサーのヒロインだから。
「おい待て。私を無視して話を進めるな」
アーサリンさんが話の流れを切る。まあ、言い分はもっともね。
「申し訳ありません。もちろん、本人の意志が最優先です。なのでアーサリン様、ご希望があればなんなりとお申し付け下さい」
「ふむ。まず私の保護をしてくれるのはありがたい。そこは素直にあやかるとしよう。だが行く先についてはたらし回しはなしだ。田中とかいう、冴えない奴の家に行く。女たるもの、男の家に上がれなければ一人前とは言えんからな」
「えっ? マジで?」
田中くんが困惑している。進人狩りだから万一の心配はないだろうけど……というか、そんな価値観初めて聞いた。宇宙ではそれが常識なのかな?
「流石にそこまで長期は……妹は説得できるだろうけど……」
「けどなんだ?」
「俺、料理できねんだよ。3日とかなら買ったものでなんとかできるが、それ以上はなぁ」
確かに田中くんはあんまり料理はできない。中学の頃の家庭科の授業も、レシピ通り作るのに苦戦していた。
「では、私たちが順繰りに様子を見にいきましょう。志願者で料理などの手伝いをいたします」
「すごっ、本格的にラブコメみたいだ」
アーサーが驚いてる。でもアナタの環境も、十分にラブコメの舞台してると思う。
「よし、話はまとまったな。もうすぐ定期診察があるから、その時に伝えるとしよう」
「えっ⁉ もう退院するのか⁉」
「ん? 何かまずいことあるのか?」
「いやなんつうか、心の準備が」
「あのー」
結衣さんが挙手をする。
「そもそも、その間の生活費はどうするんですか?」
確かにそうだ。人一人養うにはどうしたってお金がかかる。資金の問題は避けては通れない。
「ふっ、心配いらん。私が身体を使って奉仕してやる」
「か、身体を⁉」
田中くんが顔を赤くして驚く。もちろん、深琴さん除く女性陣も真っ赤だ。後アーサーも。
「ふっ、何を勘違いしている? 家の家事を手伝うという意味だぞ? もっとも、望むのならば相手してやらんこともないがな」
「え、あ、おう……」
堂々としたアーサリンさんに田中くんが言いよどむ。こういうとき、宇宙ではどうするのが正解なんだろう?
「ゆっくり考えておくんだな」
「でもそれ、お金の確保にはなってなくねぇか?」
紗友里さんが指摘する。
「いや、心配いらない。私とシスネの案は断られたから、代わりに資金援助をする」
その指摘に深琴さんが返す。
「ついでに僕もポケットマネーからいくらか出すよとしよう。その代わり──」
「なんだ? お前も相手してほしいのか?」
「それは結構。そうではなく、しばらく僕も真人の家に泊まらせてほしい。こんな面白そうなこと、黙って見ているわけにはいかないからね」
「なんだよ。響也も真人もおもしろそうじゃないか」
アーサーが羨ましそうな顔をする。確かに宇宙人とお泊りするのはとても楽しそう。
「アーサーも行きたい?」
でも私は不安な気持ちになる。すごい身勝手な言い分なのは分かってるけど、アーサーにはできる限り側にいてほしい。
「そんな顔しないで有希。僕は誰よりも君優先だから」
「むしろ武藤も来て泊まればいんじゃね?」
田中くんがすべてを解決する提案をする。それができればいいんだけど
「ごめん。私、できる限りプライベートを見せたくないの」
私はその提案を却下した。アーサーや楓ならともかく、田中くんに見せるのは流石に恥ずかしかった。
「……そうだよな。今までもそうだったもんな」
田中くんは少しガッカリした様子。ごめんね。
「それでしたら、私が有希さんを守るので大丈夫です! 修学旅行中は私が有希さんの家に行くので、そのリハーサルとして田中先輩の家に行ってください!」
結衣さんがチャンスとばかりにアピールしてくる。
「その必要はないよ。僕だって少しでも有希と一緒にいたいからね」
「そうね、結衣さんは家に来たことあるもんね。任せてもいいかも」
「あれ⁉ 有希⁉」
私の予想外の反応にアーサーが驚く。確かに私としては、アーサーが近くにいてくれた方が嬉しい。
でも
「いつまで続くか分からない以上、たまには息抜きも必要だと思って。私のせいで我慢させるのも申し訳ないし」
コレは予感だけど、今回の症状は長続きする気がする。というのも、体調の悪化が緩やかなのだ。満足に然気を使えないのはそうなんだけど、前回あった発熱とかは未だない。前回もその前も、2日もせずに身体はバテバテになっていたのに。
「う~ん……まあ、1日ぐらいなら。何かあったときに、本当に光になって移動できるかも確かめたいし」
「ごめんねアーサー、私の勝手なワガママに付き合わせて」
「ううん、いいんだよ。この提案は僕のためにしてくれたことだからね」
「やったぁ! 有希さんの家にお泊り! 有希さんの家にお泊り!」
「お前は少し空気読め」
一人はしゃぐ結衣さんに対して、紗友里さんが呆れながら言った。
「分かりました。退院を許可します」
その後、定期診察にやってきたお医者さんにその旨を伝えると、あっさりと退院の許可が降りてしまった。
「いいのか?」
アーサリンさんが聞き返す。
「ええ。武藤家の御令嬢がいらっしゃるので」
お医者さんは私に視線を移す。ショッピングモールでの千聖さんを筆頭に、私が来てから急激に容態が回復した患者さんは多い。特に外傷の治療が多かったから、すっかり信頼されているようだ。
「しかし、アーサリンさんには行く宛がないのでは?」
「それがお見舞いに来た面々が面倒を見てくれるということになったのだ。どういう意図かは知らぬが、それが彼らの為になるらしい」
「なるほど。可能な限りでいいのですが、どちらに行くのか教えて頂けないでしょうか?」
お医者さんが再び私を見る。ただ残念ながら今回は私ではない。
「しばらくの間、俺の家で預かることになりました。両親には連絡して許可取ってます」
「武藤有希さん。彼は……」
「信用に足る人物です。それに、定期的に様子を見にいくことになってます」
「……なるほど。あの武藤有希さん」
「なんでしょう?」
「よろしければ事情を、警察の方にお話しいただけますか? 既に連絡はして、身元の調査をしてもらっているのですが……」
「分かりました。私が話を通しておきますね」
「ありがとうございます。ではアーサリンさん、退院の準備をしましょう」
「ああ」
部屋の片付けや病衣から着替えるということで、私たちは部屋を一旦出ることになった。
「全員に話しておきたいことがあるの」
アーサリンさんが退院の準備をしている最中、私はみんなを集めていた。
「アーサリンさんだけど……おそらく、彼女は宇宙人よ」
「「う、宇宙人⁉」」
結衣さんを筆頭に、事情を知らない子たちが驚く。紗友里さんは口を大きく開け、深琴さんは目を見開き、シスネさんは口を手で覆っている。
「有希さん! それ本気で言ってんすか⁉」
「残念ながら、その可能性は高いみたいだぞ」
驚きを口にする紗友里さんに田中くんが返す。
「それからもう一つ、迫っていることがあるの」
「まだ何かあるのですか?」
「うん。どうやらこの地球にね、隕石が落ちそうなの」
「「「……⁉」」」
円卓の騎士のみんなが驚く。さっきは涼しい顔をしていた辻本くんも、今回は驚きを露わにしていた。
「流石に、それは冗談がすぎないかね?」
「残念ながらこっちも、そうみたいだぞ」
「貴様! こんなとんでもないことを何故言わなかった!」
「悪かったって! だから胸ぐら掴むのやめろ!」
辻本くんが田中くんを締め上げる。アーサーはどこまで彼に話したのよ?
「にしたって有希さん、なんで今まで話してくれなかったんすか?」
「ごめんね。このこと聞いたの一昨日だったから。ついでだから教えておくと、それを教えてくれたのは、この前の文化祭のルキウスくんとユアさんよ」
「じゃあ、彼らも宇宙人……」
「なんと! そんな身近にいらしてたとは!」
「じゃあアタシたち、知らない間に宇宙人と交友を深めてたんだな」
「そういうこと。とにかく、彼女もそうである可能性を考慮してほしいの。もしかしたら、私たちがここで頑張ることが、隕石墜落の阻止につながるかもしれない」
「あり得るね。女神様が提示した啓示は、そういう意味かもしれない」
「言い方は悪いですが、恩を売ることが重要なのかもしれませんね」
「でもだからといって、おべっかを使うのはよくないと思うけどね。下心ありきで近づくのは、私たちにも、彼女の為にもならないと思う」
「そうですね。宇宙人と友だちになって、説得してもらう方向で行きましょう!」
「なんかそれも、下心あるように感じるけどな」
「その通りだね。見返りは、彼女と交友できるだけで十分だ」
「なんか、とんでもないことに巻き込まれちまったな」
「お前は最初からだいたい把握してただろ……」
「待たせたな。準備できたぞ」
私たちが口々に自分の心情を吐露していると、後ろから声をかけられる。アーサリンさんの準備ができたようだ。
「じゃあ行きましょうか。みんなも大丈夫?」
「「はい!」」
私が確認を取ると、みんな大丈夫だと返事をしてくれる。
そうして私たちは、田中くん家へ行くためにバス停へと向かった。




