噂
「一人?」
「あっ、はい。午後からの会議で使う資料をセットしてて…」
「手伝うよ」
「あっ、でも…」
私は首を横に降った
「順番は?こっちのと同じでいい?」
戸高さんは会議室に入ってくると、資料の束を持って机に並べだした
「すみません」
私は頭をさげる
「本宮さんの姿が見えたから、ちょっとサボろうと思って」
戸高さんはいたずらっぽく笑った
「二人だと、すぐ終わっちゃいますね」
私もいたずらっぽく笑う
「そっかぁ、あんまりサボれないなぁ」
戸高さんは、残念そうに言った
「じゃあ、閉めちゃいましょうか」
私は会議室の扉をそっと閉めて、戸高さんに微笑んだ
「あれから、長野にご飯誘われた?」
「いえ、全然」
「そうなの?」
「はい…」
「おもしろくないなぁ~」
戸高さんは、口をとがらした
「おもしろくないって…長野君は私になんか興味ないですよ」
「え~、そんなことないでしょ。本宮さんと話す時は嬉しそうだけど…照れてるのかなぁ」
資料はとっくに机に並び終えていた
戸高さんが時計をチラッと見る
「よしっ、そろそろ戻ろうか」
戸高さんは、机をポンっと叩いた
「あっあの…」
「ん?」
戸高さんが私を見つめている
心臓の音がトクトクと早まる
もう少しだけ
もう少しだけ
もうちょっと
「だったら…」
「…だったら、戸高さんが連れて行ってください。飲みにでも…」
唇がキュッとなる、上手く笑えない
私の言う『 だったら』は何に対してだったのかな…
覚えているのは
その時、もっと戸高さんと一緒にいたかったということだけだ
断られると思ったから、気まずくて床をずっと見つめていた
戸高さんの靴の先がこっちを向いたのが見えた
「そうだね」
顔をあげると、戸高さんが微笑んでいた
── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──
「戸高さん、何かしたんですか?」
私は美和さんを見つめる
「したっていうか…まぁ、私も聞かれただけなんだけどぉ」
「何を聞かれたんですか?」
「え~。亜耶、知りたいの?」
『 本当は、言いたいくせに』
美和さんは、わざと大きなため息をついた
「それがさ、聞かれたんだよね。派遣の子に…」
派遣の子?
美和さんが働く会社で、派遣と言えば女の人に違いがなかった
嫌な予感がする
「戸高真也さんってどんな人ですか?って」
トダカ シンヤさんってどんな人ですか?
真也さん…?
私は胸の奥がギュっとなるのがわかった
「それがさぁ」
美和さんは、大きく目を見開くと、小声で言った
「私の友達がつきあってるんですけど、どんな人か気になって…だってさ」