第一話 プロローグ
――天界
多くの神が棲むここでは、全ての世界が管理され、均衡に保たれている。
なかでも、魔法が存在する世界の管理は、女神・エクレアが務めていた。
「うーん……この世界、魔王が強すぎるわね」
エクレアは唸り声をあげながら腕を組んだ。
「既に勇者を三人送り込んだのに……仕方ない、もう一人送るか」
よし、と虚空で手を翳す。
分厚い本が空間に現れ、パラパラと凄まじいスピードでページが捲られる。
「えーと……あら、この子なんていいわね!」
彼女が見つけたのは、努力家でそこそこ恵まれた肉体を持つ少年。
真面目で誠実で、まさに勇者といった人物だ。
「女神・エクレアの名において、彼の者をここに召喚しなさい」
短く詠唱すると、あらかじめ床に描かれていた魔法陣が青く光り、ぼんやりと人影が現れた。
その輪郭は次第にくっきりと表れ、人影の顔が見えるようになる。
「…あ? どこだここ」
その顔に、エクレアは目を見開いた。
(やばい……召喚する子、間違えた)
勇者転生システム……いや、より正確に言えば人命を伴う神において、それはあってはならないことである。
転生は死亡後二十四時間以内の者のみできるものだ。
しかし、リスト外の者を召喚したということは……目の前にいる青年は、たった今エクレア自身の過失により、なんらかの形で無理矢理死んだのだ。
「も、申し訳ありません! あなたは私の手違いによって転生させてしまいました……」
その言葉に、青年は意外にも冷静に対応した。
「転生ィ? ンな事してどうするつもりだったんだよ」
「わ、私は全ての世界を管理する、女神・エクレアです。勇者として、本来ならば別の者を異世界に送る予定だったのですが……」
青年はエクレアへゆっくりと歩み寄る。
「元の世界には帰れねェのか?」
「残念ながら、一度召喚した人間を戻す事は、神の掟により禁じられています。あなたにはこのまま異世界へ勇者として行かなければなりません」
その瞬間、ガシッとエクレアの首が締められる。
「んがっ……」
「あぁ? てめぇのミスなんだろ? タダで行かせる気か?」
エクレアは驚愕した。
この状況において、取り乱さない冷静さと、女神である自分を恐喝する図太さに。
「ぐ……で、では、あなたには特別に、スキルと異世界におけるお金を与えます……」
パッ、と手が離される。
「ゲホッゴホッ……」
「んじゃ頼んだわ」
エクレアは、息を整えると、魔法陣に手を翳し詠唱した。
「では……女神・エクレアの名において、彼の者を勇者として世界【――――】に召喚しなさい」
青年は再び光に包まれる。
その名を篠原アキラ。
19歳にして死刑囚の男だった――。