97.ライアティナ2
私達は戦乙女の訓練をするために訓練場に向かっていましたが、訓練をする前に食堂でアティといろいろと話をすることにしました。
食堂で話をすることにしたのは、私が今の身体になった時にお腹が空いて恥ずかしい思いをしたことを思い出したからです。
「アティ、訓練の前に食事をしてからいろんな話をしましょう。お互いにまだまだ知らないことが多いでしょ?だから、お互いを知るためにも話がしたいのよ」
『うん、そうだね。私もリーネのことをもっと知りたいし、私のことももっと知って欲しいかな』
アティも私が提案したように、お互いにもっと知りたいと思ってくれているようです。
私とアティ、共に複雑な経緯でこの世界で生きていくことになっているので、お互いを知るためには詳しい話をする必要があるでしょう。
しかしまあ、まずは食事をしてからです。
「話をするにしても、まずは食事をしましょう。アティは新しい身体になったからお腹が空いているはずよ」
私がそういうと、アティは恥ずかしそうに声を上げました。
『ちょっと、リーネ!大きな声で言わないでよ!』
「大丈夫よ、他の眷属達も経験してるはずだし恥ずかしがることはないわ」
『うぅ、なんか納得出来ないよ』
そんなやり取りをしつつ食堂に着いた私達は、それぞれ食事を注文して食事を取ることにしました。
私が注文したのはハムと玉子のサンドイッチとコーヒーで、アティは大盛カレーを注文していました。
お腹が空いている時はガッツリ食べたくなるのはわかりますが、アティの見た目からはカレーをガッツリと食べるイメージが出来なかったので驚きました。
ひとまず食事を終え、コーヒーを飲みつつどう話を切り出そうかと考えていると、先にアティが質問してきました。
『このカレーってリーネがいた世界では一般的だったんだよね?このカレーが一般的だったリーネがいた世界ってどんな世界だったのかな?』
アティは私がいた世界のことをそう聞いてきたので、大まかに地球のことを説明することにしました。
地球には人族しかおらず人口が凄く多いこと。
魔法が存在しないため物理的な技術が発展していること。
魔物がいないので命の危険が少ないこと。
食事を1つの娯楽ととらえて様々な料理が作られていること。
等々、私が思い出せる地球のことをアティに説明しました。
私が地球のことを説明している間にもアティは興味深そうに気になったことを質問してきたので、それらの質問も私がわかる範囲で答えました。
『ふぇ~リーネは私が知ってる世界とは大きく違う世界からきてたんだね。それにしても、リーネって魔法が無い世界からきたにしては魔法が得意なんじゃないかな?』
私はそれほど魔法が得意とは思っていませんが、アティの言うように魔法の無い世界からきた私が魔法を苦手としていないのは不思議なのかもしれません。
しかし、魔法がうまく使えるかはイメージ力が大きく関係しているので、架空の映像を見ることが出来た地球の環境は魔法を使ううえで大きなアドバンテージになっているのでしょう。
「確かに私がいた世界には魔法は無かったけれど、架空の映像を作る技術が優れていたから魔法をイメージするのは比較的容易なのよ」
『私がいた世界はレベルに応じて決まった魔法を覚えるだけだったからこっちの世界の魔法はまだ慣れないかな。見たことがある魔法ならなんとかイメージ出来そうだけど、新しく魔法をイメージするのは難しいよ』
アティがいた世界は習得出来る魔法が決まっていたため、新たに魔法をイメージするのは難しいようです。
しかし、アティがいた世界はこの世界と似た剣と魔法の世界のはずですが、ステータスや魔法など、大きく違うところがあるのが気になりました。
「アティがいた世界はこの世界と似た世界なのよね?」
『似てるといえば似てるけど、結構違うところもあるかな。1番大きな違いは邪悪な神や種族がいることじゃないかな』
以前アティにダークエルフが邪悪な種族だとは聞いていましたが、種族だけでなく邪悪な神がいるというのは驚きました。
「邪悪な神がいるなんて思ってなかったわ」
『ほんとかどうか分からないけど、ハーティ様は邪悪な存在と戦うことで進化を促されたって話なんだよ。だから邪悪な神に従う種族もいろいろいたかな』
ハーティ様が戦うことで進化を促すために邪悪な存在を作られたというのはあながち間違いではないように思えます。
地球でも戦争によって技術が発展したことは有名ですし、進化を促す方法としてはありなのでしょう。
しかし、そんな世界に住む人々にとって邪悪な存在は看過出来ない大きな問題だったことが想像出来ます。
アティの話ではダークエルフ以外にも邪悪な種族がいたようですし、アティがいた世界は戦争が絶えなかったのではないでしょうか。
「ダークエルフ以外にも邪悪な種族がいたのなら常に戦争があったのじゃないかしら?」
『そうだね、邪悪な種族の中では数の多い魔族とダークエルフは常に戦争をしていたかな。吸血鬼も邪悪な種族だったけど、吸血鬼は絶対数が少ないから暗躍してたって感じだよ』
この世界の魔族やダークエルフはそれほど数は多くありませんが、アティがいた世界は戦争を起こせる程度には数が多かったようです。
それにしても、吸血鬼も邪悪な種族だったということは、真祖だったアティも邪悪な存在だったということでしょうか?
ちょっと聞きづらいですが今後のためにもはっきりさせておいたほうがいいのかもしれません。
「吸血鬼が邪悪な種族だったなら真祖だったアティも邪悪な存在だったのよね?」
私がそう質問するとアティはバツが悪そうに作り笑いをして答えます。
『はははっ、若気のいたりってヤツ?昔は人々のことはエサとしか思ってなかったし好き勝手してたかな』
どうやらアティも昔は真祖らしいことをしていたようですが、なにかのきっかけで考えをあらためたようです。
アティは親友と呼べるダークエルフがいたようですし、そのダークエルフに影響を受けたことで邪悪なことをしなくなったのかもしれません。
「邪悪なことをしなくなったのは親友だったダークエルフの影響なの?」
『うん、そうかな。アーティ、親友だったダークエルフのことだけど、アーティと初めて会った時はお互いに敵同士だったんだ。アーティはダークエルフを従える能力を持っていたんだけど人族みたいな考え方をしていて、ダークエルフが平和に暮らせる国を作ろうとしていたんだ。そこに私がちょっかいをかけたことでアーティと戦うことになったんだけど、アーティは原初のダークエルフで真祖の私と近い能力をしていたからなかなか決着がつかなくて、私もムキになってアーティをつけ狙って何度も戦ったかな。そうやって何度も戦ってるうちにアーティの考えが知りたくなって話をすることにしたんだよ。アーティと話をして、力がある者が力の無い者を守り導くって考え方を知って、そんな考えのもと、ダークエルフのために国を作ろうとしているアーティに私は惹かれたんだろうね』
アティの話を聞いて、アーティというダークエルフがアティに大きな影響を及ぼしたことが分かりました。
アーティがいなければアティは今の考え方になることは無く、もとの世界から逃げてくることも無かったのではないでしょうか。
アティはアーティと同じように親友として親しくしたいと言ってくれましたが、私はアーティのような崇高な考え方は出来ないので、過剰な期待はしないように言っておいたほうがいいかもしれません。
「私は自分自身と少しの親しい相手を守ることで精一杯だからアーティみたいなことは出来ないわよ?」
私がそう言うと、アティは一瞬キョトンとしたかと思うと笑い出しました。
『ハハハッ、なにそれ?創造神の眷属であるリーネがそんな力しか無いわけないじゃないかな』
自分の思っていることを正直に言っただけなのになんでアティに笑われたのでしょう?
確かに地球にいた時よりも自分で考えて行動出来るようになってはいると思いますが、それは個人レベルの話であって、アーティのように種族全てを、というような考え方は到底出来そうにありません。
おそらく私がテラ様の眷属であることで過大評価しているのでしょうけど、私がこちらの世界で戦乙女をしている経緯を説明すればアティもある程度は納得してくれるのではないでしょうか。
そんなわけで前世の自分のことや戦乙女をしている経緯をアティに説明しました。
「・・・というわけで私はまだまだ自分自身のことで精一杯なのよ」
『ふ~ん、でも、最初の動機はともかく今はこの世界を守るために戦乙女の活動してるんでしょ?リーネは自分で精一杯って言うけど、世界を守るなんてなかなか出来ないと思うかな』
アティの言うように世界を守るなんてことは容易に出来ることではありませんが、私が戦乙女となって世界を守るようになったのは成り行きで、自分の意志でなったわけではありません。
確かに魔王によって人々の魂が失われたことを知った時には、戦乙女として世界を守ろうと強く思いましたが、だからと言って私の行動が大きく変わったわけでもありませんし、私が崇高な考えを持って行動しているとは思っていません。
そもそも、戦乙女が世界を守るために存在しているのですから、戦乙女達は皆、世界を守るという考えのもとに活動しているはずで、私だけが世界を守ろうと思っているわけではないのです。
「私はあくまで、戦乙女になったから世界を守ろうと思っているだけだから、世界を守ると胸を張って言えるほど強い想いのもとに行動しているわけではないわ」
私がそう答えるとアティは小さくため息をついて言います。
『はぁ、リーネって自己評価低すぎない?戦乙女として世界を守ってるってことはかなり凄いことだと思うし、強い想いがあるか無いかなんて関係ないと思うかな』
アティは私の自己評価が低すぎると言いますが、正直なところ、自己評価なんて考えたこともなかったのでピンときません。
そもそも、前世で祐也に依存していたことすら理解していなかった私は自己評価出来るほど自分のことがわかっていないのです。
自己評価云々はおいておくとしても、私自身が主体的に始めたことではないとだけはアティに理解してもらいましょう。
「確かに世界を守るってことは凄いことだとは思うけど、私は偶々そういう境遇になったってだけなのよ」
私の言葉を聞いたアティは少し考えると笑顔で言います。
『わかった!リーネってやっぱり天然なんかな』
「えっ!」
なぜか私は知り合って間もないアティに天然と言われてしまいました。