91.面倒事12
そんな感じで食事を終えた私達は食堂を出て個人部屋に向かうことにしました。
「エル、生活するための部屋が与えられるけど、どこにする?」
『リーネにお世話になるからリーネの部屋の近くがいいかな』
個人部屋のことを聞くとエルはそう言うので私は空いている部屋を思い出します。
確か私の横2部屋は空いていたはずなので私の隣りを薦めることにしました。
「私の隣りが空いているからそこでいい?」
『う~ん、近いほうがいいけど隣りはちょっと・・・』
私の隣りを勧めるとエルはそう言って難色を示しました。
もしかして生活音が気になるのでしょうか?
しかし、個人部屋の中は特殊な空間になっており、入り口の扉以外は音が漏れなくなっているので生活音の心配はありません。
「生活音なら聞こえなくなってるわよ?」
エルは生活音が気になるのかと思い、そう言うと、エルは少し言いづらそうに言います。
『いや、隣りだと監視されてるような気分になるから・・』
どうやらエルは私の隣りだと監視されているように感じてしまうらしい。
テラ様にこの世界で生きることを認めてもらったといってもすぐには馴染めないだろうし、個人部屋が唯一の空間になると考えると、確かに私の隣りは遠慮したいだろう。
「それなら2つ隣りはどう?間に1部屋あれば安心出来るでしょ?」
『それならいいかな』
あらためて2つ隣りを薦めるとエルも納得してくれたようで、そう返事をしました。
個人部屋を案内したら後は図書館と浴場だけですが、その前にエルには衣装に着替えてもらいましょう。
食堂に入った時に感じたのですが、天界で普通の服を着ているとどうしても目立ってしまいます。
エルはまだテラ様の眷属にはなっていないので他の眷属達とトラブルになる可能性があります。
そう考えると出来るだけ目立たないほうがいいので、衣装に着替えて見た目だけでも私達と変わらないようにしておく必要がありました。
そう考えながら私の2つ隣りの部屋にエルを案内します。
「ここが私の2つ隣りよ。部屋の中に眷属が着る衣装があるはずだから、それに着替えてくれる?」
『うん、わかった』
エルはそう言って部屋の中に入っていきますが、しばらくすると部屋の中から呼ばれます。
『リーネ、ちょっと来て』
「エル、どうしたの?」
どうしたのかと思い、そう声をかけながら部屋に入ると、衣装と格闘しているエルがいました。
『これ、着かたがわからないんだけど』
エルはそう言いながら衣装をバサバサとしています。
よく考えると私は換装でしか衣装を着たことがないので、普通に身につける方法がわかりません。
私達が着ている衣装は、ペプロスという古代ギリシャで着られていた衣装なので前世の知識を思い出すように探ります。
ペプロスという名前は知っていたから、身につける方法も見たことぐらいはあるのではないかと考えていると、急に着ている衣装を引っ張られました。
『リーネ、どうなってるのかよく見せて』
エルはそう言って更に強く衣装を引っ張り出すので慌てて衣装を押さえます。
「ちょっと、エル!そんなに強く引っ張ると脱げるでしょ!」
『だから見せてって言ってるでしょ』
エルに引っ張らないように言いますが、エルはそう言って引っ張るのを止めません。
もうエルがわかるように衣装を脱いで見せるしかないと思いエルに言います。
「わかるように脱いで見せるから、とにかく衣装を放して」
『わかった』
私がそう言うとエルはおとなしく衣装を引っ張るのを止めました。
(はぁ、エルって子供みたい・・・)
私はエルの行動についそんなことを思ってしまいました。
今のエルの行動は駄々をこねる子供にそっくりだったからです。
とにかく私は衣装をどうなっているかわかるように脱いで見せ、それからエルに衣装を着させました。
『この衣装、着るのたいへんじゃない?』
なんとか衣装を着ることが出来たエルはそう聞いてきましたが、私もエルと同じ気持ちです。
この衣装は1枚の布を折って身体に巻きつけているので、1人で着ようと思うとかなりたいへんです。
私は衣装の着かたを理解しましたがエルが理解してるかは正直あやしいので、お風呂の度にエルに衣装を着せることになりそうです。
まあ、とにかくエルは衣装に着替えたので残りの図書館と浴場を案内してしまいましょう。
そういうことで、個人部屋を出た私達は図書館に向かいました。
これから向かう図書館には私もなにかとお世話になっています。
この世界の一般教養など、基本的な知識は図書館の書物を読みながら学んだし、薬学や錬金術の勉強も書物の内容が中心になるので、今でも時々図書館に訪れます。
しかも天界の図書館には地球と同じ技術で製本された本が並んでいるのです。
おそらくテラ様なら電子書籍にも出来ると思いますが、そこは自重されたのでしょう。
そうこうしてると図書館に着いたのでエルに図書館の中を案内します。
『図書館を案内してくれるのはいいけど、文字が微妙に違うから読めそうにないけど』
図書館を案内しているとエルがそうぼやきました。
そういえば言葉は発音の差異が微妙にありますがこちらの世界とほとんど同じなので会話は成立しています。
しかし文字は言葉よりも違いが大きいようで、そのままではエルには読めないようです。
「どれくらい違うの?」
『半分くらいかな?形が似てて想像出来るのもあるけど見たことない文字もある』
(まずは文字の勉強からね)
エルがこちらの世界で生きていくためにも、まずは文字を覚えてもらう必要があると思いました。
言葉は通じるので口頭で説明してもいいのですが、こちらの世界のことを覚えてもらうのには書物を利用したほうが効率がいいからです。
「文字はちゃんと教えてあげるわ」
『まさかこの歳で文字の勉強するなんて思わなかった』
私がそう言うとエルはぼやくようにそう言いましたが、エルがそうぼやくのも当然だと思います。
エルが文字の勉強をしたのなんて覚えてないくらい前のことでしょうし、あらためて文字の勉強をするなんて考えていなかったのでしょう。
私の感覚だと赤ちゃんの時以来ってところでしょうか?
必要なこととはいえ、あらためて文字を勉強するのは憂鬱なのかもしれません。
しかし、まだ言葉がわかるので文字を覚えるのはそれほど難しくはないと思います。
「大丈夫よ、私がちゃんと見てあげるから」
『ほんとにお願い』
私達はそう約束して図書館を後にしました。
後は浴場を案内すれば天界の案内は終わりですが、お風呂の時間にはまだだいぶ早いのでエルに聞いてみます。
「エル、案内するのは次の浴場で終わりだけど、入浴する?」
『浴場は着替えが面倒だからいいかな』
私がそう聞くと、エルは自分が着ている衣装を見ながらそう答えました。
エルは気軽に着れない衣装を着るのが相当億劫なようです。
個人部屋にはシャワーもついているし、部屋に居るなら衣装を着ずにワンピースで過ごしても問題はありませんから、浴場は使わずに部屋のシャワーで済ますつもりなのでしょう。
「じゃあ案内だけね」
『うん、それでいいよ』
そういうことで浴場は入浴せずに案内するだけになりました。
浴場は図書館の隣りの建物なので移動もすぐに終わります。
浴場に着いた私達は中に入りますが、時間的にまだ早いためか、入浴している眷属はほとんどいません。
『湯船以外なにもない気がするけど?』
浴場の中を見たエルはそんな疑問を口にしましたが、その疑問は当然だと思います。
天界の浴場は眷属しか使わないので、脱衣場の棚や身体を洗うスペースなどは必要がないのでありません。
「衣服はストレージにいれるので脱ぐためのスペースしか必要ないし、身体もクリーンの魔法で洗浄するから洗うスペースも必要ないのよ」
『へぇ~クリーンって魔法があるんだ。それはなに属性?』
浴場のことをそう説明をすると、エルはクリーンの魔法に興味を示しましたが、クリーンは生活魔法で属性魔法ではありません。
「クリーンは生活魔法だから属性魔法には含まれないわ」
『えっ?生活魔法ってなに?』
エルにそう説明すると今度は生活魔法に興味を示しました。
どうやら魔法は認識だけでなく分類もかなり違うようで、エルは生活魔法のことを知らないようでした。
「生活魔法って言うのは、ほとんどの人が使える簡単な魔法のことよ」
『ちょっと待って?誰でも魔法が使えるの?』
「生活魔法は、って制限はあるけど、ほとんどの人が使えるわよ?」
私がそう説明するとエルはポカンとしました。
(魔法のこともしっかり教えないと駄目かも)
そんな様子のエルを見て私は魔法の勉強も必要だと感じました。
エルにはしばらく文字の勉強と魔法の認識について勉強してもらおうと考えました。
ともかくこれで天界の案内は終わったので、この後なにがしたいか聞いてみます。
「エル、天界の案内は終わったけど、この後はどうする?」
『魔法の練習!』
私がそう聞くとエルは即答しました。
『とりあえず生活魔法は今日中に教えて』
「わかったわ、じゃあ訓練場にいくわよ」
続けてエルがそう言うので、そんなに時間はかからないと思いつつ、生活魔法を教えることにしました。
まあ、エルは魔法にたいする興味が強いようなので、生活魔法以外も教えて欲しいでしょうし、残りの時間は魔法の練習をしてもらいましょう。