9.天界で食事
『じゃあ取得スキルも決まった事だし、さっそく訓練を始めるよ』
取得するスキルが決まったので訓練を始めるみたいですが、その前にお願いしたい事がありました。
「あっ、ロカ。ちょっといいかな?」
『なに、リーネ?』
「その・・・」
『だからなに?』
「・・・お腹が空いた気がする・・・」
今までは魂だけだったのでお腹が空くような事はなかったけど、新しい身体をもらったからか、なんとなくお腹が空いてるように感じたのです。
『あ~通常の転生者は身体を持ってないから食事の事は考えてなかったよ。食事は天界じゃないと取れないから今後の訓練は天界でするよ』
「お手数をおかけします・・・」
素体をもらって生身の身体になったけど、元々は転生者としてこの世界に来ていたためか、ロカも食事の事は考えていなかったみたいです。
わがままを言ってるみたいで恥ずかしいし申し訳ないけど、ロカは気にした様子もありません。
『いや、私たちも食事は取るし気にしなくていいよ。じゃあ天界に移動するけど、素体を見に行った建物は覚えてる?』
突然、食事とは関係のない話を振られて戸惑いますが、ついさっき見てたのでなんとなく建物の事は覚えています。
「なんとなく?ですが」
『空間跳躍した時の感覚はどう?』
「それもなんとなくは分かります」
『じゃあ、建物を強くイメージしながら空間跳躍した時の感覚を思い出して跳躍って念じてみて』
そんな事を聞いてどうするんだろうって思いながらも聞かれた事に答えていると、今度は空間跳躍をしてみるように促されました。
「う~ん?んっ」
そんな曖昧な説明でいきなり空間跳躍が出来るとは思えませんが、とりあえず言われたとおりにしてみます。
(建物をイメージしながら・・・ふわっとして・・・跳躍っ)
そう念じるとふわっとした感覚の後、私はイメージした建物の前にいました。
凄く適当な感じでしたが、ロカの説明どおりにしたら空間跳躍出来たみたいです。
「自分で空間跳躍出来たのかな?」
半信半疑でそうつぶやいてるとロカが建物のすぐ近くに跳躍して来ました。
『ずいぶんスムーズに跳躍出来たようね、初挑戦とは思えないよ』
「なんとなく出来ました。思った場所と微妙に違いましたけど」
曖昧な説明だったので成功するとは思ってなかったけど、ロカから見てもちゃんと跳躍出来てたみたいです。
しかし、もっと建物の近くに移動すると思ってたけど、実際は結構離れたところに移動したので、なんとなくそう口にすると、ロカが詳しく説明してくれました。
『それは場所のイメージが原因だと思うよ。空間跳躍する時ってイメージした映像と跳躍後の視界が同じになるからね』
私がイメージしたのは建物全体だったので、そのイメージと視界が重なるところに移動したって事みたいです。
イメージ次第で微妙な違いが出るんだな~と思ってて、ふと気がつきました。
「そう言えばテラ様は腕を振るわれてましたけど動作は特に必要ないんですか?」
神界から天界に移動した時、テラ様は確か手を振っておられたはずだけど、私はそれらしい動作をしてません。
かといって、テラ様が意味のない動作をされるとは思えないし、手を振るわれていたのはなにか意味があったはずです。
『通常の空間跳躍は本人及び接触している半径1メートル以内の人物に限るけど特に動作の必要はないよ。テラ様はリーネと私を同時に跳躍させたからよ』
通常の空間跳躍では接触していない人を跳躍させる事は出来ないらしく、テラ様は私とロカを同時に跳躍させたから動作が必要だったみたいです。
「凄い難しい事をサラッとされたって事ですか?」
『そういう事。向こうに天使や戦乙女が生活しているエリアがあるからそちらに向かうよ』
そう言って歩き出したロカについていく途中で違和感に気づきました。
(新しい身体の身長が高いから視界が前と全然違うんだ。今更違和感に気づくなんてだいぶテンパってるみたい・・・)
新しい身体をもらう前はロカの事を見上げてたはずなのに、今は目線が同じぐらいの高さになっているのに気づいたのです。
(食事をして落ちつかないと・・・)
そんな事を思いつつロカについていくと、いくつもの建物が見えてきました。
『この辺が天使や戦乙女が生活しているエリアよ。個人部屋に食堂や浴場のほかに図書館があって、もう少し向こうに行くと訓練場がある。リーネもここで生活する事になるから今後は訓練場を使って訓練するから』
ある程度建物に近づいところでロカが簡単に説明してくれました。
最初に見えてきたのが個人部屋みたいで、一昔前の集合住宅みたいな感じで扉がズラッと並んでます。
その個人部屋の奥には大きな建物が並んでいますが、どの建物も屋根の部分が丸くなってるので体育館にしか見えません。
「個人部屋は平屋の集合住宅って感じだね。その他は学校の体育館っぽい」
『まあそんな感じで食堂は個人部屋の横。食事はこの世界の物を使っているから最初は大変かも。食文化のレベルが地球に比べるとだいぶ低いからね』
食事が大変かもって言われましたが、前世で祖父に引き取られたすぐの頃は祖父が準備をしてくれた質素な食事だったし、自分で作れるようになってからも週に1回は質素な食事をするように祖父から言われてたのでそれほど気になりません。
「祖父のおかげで粗食にはそれなりに慣れてるし大丈夫じゃないかな?」
『こちらの食文化は大ざっぱに焼く、煮るしかなくて調味料も塩、胡椒しかないないよ?主食は麦』
料理方法や食材はどうとでもなるかと思ってたけど、お米や醤油がないことは考えていませんでした。
「お米や醤油は?」
『もちろんないよ』
あらためてロカに聞いてみますが即答されました。
即答出来るって事は知らないのではなく本当にないのでしょう。
「あ~それは慣れるまで大変かも?日本人には米と醤油が必須だからね」
お米や醤油がない状況が想像出来なかったけど、日本人としてはお米や醤油は料理に外せません。
そう考えると思った以上に慣れるのに時間がかかりそうです。
『食事はそのうち慣れると思うけど、どうしてもダメなら食材をもらって自分で料理したらいいよ』
ロカが言うように、自分で料理すればお米や醤油がなくてもある程度はカバー出来るかもしれないけど、食文化が発達してないって事は料理に使う道具も発達してないって事だと思います。
「自分で料理か~確かに前世ではほとんど自炊してたけどこっちで自炊って大変そう。電子レンジとかないでしょ?」
『そもそも電気って概念がないからもちろんないよ。一応、魔道具で冷蔵庫はあるから食材の保管は大丈夫。ガスもないけど魔道具のコンロはあるから何とかなるでしょ?』
そう思って聞いてみたところ、電気がないので電子レンジはないけど冷蔵庫やコンロはあるそうです。
私が想像してたみたいに、かまどに薪をくべながら料理をする必要がないならなんとかなりそうな気がしてきます。
「それなら何とか出来るかな~?主食が麦って事はうどんやパスタは作れるか」
『パスタ料理はあるよ。トマトとバジルのパスタとかね』
「それなら調味料も塩、胡椒でいけるか、って料理を想像したら本格的にお腹が空いて来ました」
ロカに言われてパスタを想像したらお腹が鳴ったような気がしました。
『じゃあとっとと食事にしよう』
「もちろんトマトとバジルのパスタで♪」
そんなやり取りをしつつ入った食堂の中は、100人は座れそうなぐらい広く、会社の社員食堂を思い出しました。
お盆を持って並び、順番が来たら食べたいメニューを伝えて作ってもらうセルフスタイルで、いかにも食堂って感じです。
因みに料理をしている中に『おばちゃん』はおらず全て天使でした。
(社員食堂もこんな感じだったな~それにしても料理をしている天使達って羽は邪魔にならないのかな?)
そんな疑問が浮かんできたのでロカに聞いてみます。
「ロカ、天使の羽って邪魔にならない?」
『最初は意識してないと広がったりして面倒だったけど、慣れれば小さく畳んだ状態で維持出来るから今はそうでもないよ。あっクリームパスタで』
羽がある感覚が想像出来ないけど、慣れれば意識しなくても畳んでおけるみたいです。
「ふ~ん、意外と邪魔にならいんだ。私はトマトとバジルのパスタで」
『どう、いかにも食堂って感じでしょ?』
「そうね、地球の食堂って感じ。料理をしてるのが天使だけでおばちゃんがいないのが残念だけど」
やっぱり食堂と言えば、おばちゃんが作ってるイメージがあるのでそこだけがちょっと残念です。
『天界には天使と戦乙女しかいないし、維持、管理、運営全て天使がしてるから(中身がおばちゃんは居るけどね)』
そんな私の返事に対して、ロカが説明してくれますが、最後は小声で言いました。
そんなロカの説明を最後まで聞いていたのか、食堂で料理をしていたエルフの女性が話しかけてきました。
『ロカ、聞こえてますよ。はい、クリームパスタ。ところでこちらは?』
そう話しかけられたロカは、クリームパスタを受け取りつつそれぞれを紹介してくれます。
『こっちは地球からの転生者のクエフリーネ。わけありで戦乙女の活動をする事になった。こっちは私と同じ天使長のエリザリーナ。食堂の管理をしている』
『天使長のエリザリーナよ。食堂の事でなにかありましたら私までどうぞ。はい、トマトとバジルのパスタよ』
紹介されたエリザリーナさんは、自己紹介をしつつ注文したパスタを渡してくれたので、お礼を言いつつ自己紹介をします。
「ありがとうございます。・・・クエフリーネです。よろしくお願いします』
今のところロカからはリーネとしか呼ばれてないから、一瞬自分の名前がわからなくなって詰まりましたが、なんとか自己紹介する事が出来ました。
『よろしくね。一番のおばちゃんはロカだから』
『エリザ!』
『本当の事でしょ?』
2人のやり取りを見てたのしくなった私はつい言ってしまいます。
「ふふっ、ロカが一番おばちゃんなんだ」
『リーネまでっ!さっさと食事するよ!』
私の言葉を聞いたロカはふてくされたようにそう言いました。
そんな2人のおかげで私はひさしぶりに楽しく食事が出来ました。