89.面倒事10
訓練場を後にした私達はいろいろと話をしながら食堂に向かいます。
その話のなかで最初にサリアティリエルにお願いしたことがありました。
「サリアティリエル、あなたにお願いがあります」
『えっ?クエフリーネさん、一体なんですか?』
「話し方を普段どおりにさせてもらいたいのです」
テラ様の眷属になり、戦乙女となるであろうサリアティリエルとは普段どおりに話せるようにしたかったのです。
奇しくもロカと私の時のような状況になって、話し方を戻すと言ったロカの気持ちがよくわかります。
『クエフリーネさんって普段は今と違う話し方なんですか?最初に会った時のイメージが強いせいか、結構固い人だと思ってました』
サリアティリエルと初めて会った時は敵として対峙していたし、話を振られても女神様の眷属として対応したのでちゃんとした話し方をしていたのは当然です。
「私は全然固い性格じゃないし、丁寧に話すのも苦手なのよ」
『へぇ~意外です。あっ、じゃあお互いに普段どおりってことで。名前も愛称でいいよね?』
どうやらサリアティリエルも話し方を戻して気楽に話せるほうがいいようで、そう提案してきました。
「ええ、それでいいわ。じゃあ私はリーネって呼んでくれたらいいから。えっと、サリアでいいかしら?」
『サリアでもいいんだけど、せっかくだからエルって呼んでもらおうかな』
サリアティリエルのことを名前の前半を愛称として呼ぶと、名前の最後を愛称にするように言いました。
「エルでいいの?」
『せっかく新しい世界に来たんだから愛称ぐらいは違うほうがいいかなって』
サリアティリエル改めエルはこちらの世界に来たので、前と同じではなくこちらの世界だけの愛称に変えたかったようです。
「わかったわ、これからはエルって呼ぶわね」
『うん、よろしくリーネ』
そんなわけでそれぞれ愛称で呼びあうことになりました。
訓練場から食堂に向かって歩いている間にエルがいろいろと質問してきます。
『最初に気になったことを聞いてもいい?リーネってダークエルフだけど、こっちのダークエルフってどんな扱い?』
最初に気になったことと聞いて、私が女神様の眷属とわかった時のことかと思っていると、やはりダークエルフのことのようです。
「こちらの世界のダークエルフは邪悪な種族として一部で迫害を受けているけど、そんな事実はないただの一種族で、迫害を受けているのは肌の色からくるイメージのせいね」
『ふ~ん。邪悪な種族じゃないダークエルフって変な感じ~あっ、ごめん、向こうじゃダークエルフは邪悪な種族で間違いなかったからつい』
こちらの世界でもイメージだけで迫害を受けているダークエルフですが、実際に邪悪な種族であるダークエルフを知っているエルにとっては違和感が大きいのでしょう。
「別に気にしないから大丈夫よ」
『そう?じゃあ、ダークエルフの眷属ってどれくらいいるの?』
当然そこも気になると思っていましたが、ダークエルフで女神様の眷属なのは私しか居ないので答えづらいです。
「ダークエルフで女神様の眷属なのは私だけよ」
『えっ?もしかしてリーネって凄い人?』
ダークエルフの眷属が私だけと答えるとエルはそんなことを聞いてきました。
ダークエルフの眷属が私だけなのは、私だけが特別ななにかをして眷属になったと勘違いをしているようです。
「前の私、この世界に来る前の私は人族だったわ。今の私がダークエルフなのはテラ様に身体をいただいた時にこの身体を選んだからよ」
私がそう答えるとエルは複雑な表情になって聞いてきます。
『もともとは人族だったのにダークエルフを身体をもらったの?確かにダークエルフは身体能力が高いけど、違う種族になるって違和感ない?』
エルは聞きにくいことも気にしないようでそんなふうに聞いてきました。
確かにもともとの種族と違う身体をもらうのは変わっていると思いますが、今となってはこの身体でいることに違和感はありませんし、間違った選択ではなかったと思っています。
「私は戦乙女になることが決まっていたので、戦乙女のイメージで身体を選んだのがこの身体だったのよ。確かに最初は違和感があったけど、今は完全に自分の身体と認識しているわ」
『ふ~ん。ダークエルフの身体には興味があるけど、違う種族になるのは今のところ考えられないかな』
まあ、普通に考えたら違う種族になる選択なんてしないだろうし、真祖のエルにはダークエルフになる利点はないでしょう。
「真祖のエルはそうでしょうね」
私がそう言うとエルは怪訝な表情になって言います。
『真祖ってリーネが思ってるほど万能じゃないよ?吸血衝動はどう足掻いても克服出来ないし、変化や霧化は無防備になる時間があるからむやみに使えないし、真祖なんて寿命がなくて身体能力と魔力が高いってだけでしかないよ』
もともと人族だった私からすると凄く贅沢を言っているように聞こえますが、変化や霧化が意外と使いづらいことや吸血衝動がマイナスになることを考えると、実際にはマイナスなところがないダークエルフのほうが優れているように感じます。
「吸血衝動は本当にどうすることも出来ないの?」
『吸血衝動は吸血鬼としての特性だから真祖でも克服出来ないし出来ると聞いたこともないかな。私は年に一度しか吸血衝動はこないけど、吸血衝動がくると自我を保てなくなって人1人分の血を吸わないと自我が戻らないよ』
吸血鬼なので血を吸うのは当然ですが、吸血衝動がくると自我が保てなくなるなんて知りませんでした。
そういえば吸血鬼には魅了もあったと思うけどエルは使っていないのでしょうか?
「吸血衝動ってたいへんなのね。そういえば魅了は使えないの?」
『魅了は異性にしか効かないし、耐性持ちも多いうえ、耐性を持ってなくても精神力が強い相手には効きづらいしで使いどころが限られるかな』
前世のイメージで魅了って簡単に虜に出来ると思っていたけど、そうではないようです。
いろいろと吸血鬼の特性のことを聞いていると、意外と万能ではないようで、吸血衝動で帳消しにされているように感じます。
「エルには悪いけど、私はダークエルフで良かったって思ってしまったわ」
『そんなつもりはないだろうけど、身体のスタイルはダークエルフが1番だと思ってるからリーネがそう言うと嫌みに聞こえるって』
身体のスタイルに関しては私もダークエルフが1番だと思っているのでエルの言うことはもっともです。
本当に自分の身体ながら、体型も崩れないし、力はあるのに筋肉質にもならないしでダークエルフの身体は不思議です。
「身体のスタイルは自分でも不思議よ」
『不思議って、多少は意識して維持してるんでしょ?』
普段からストレッチと合気道の型はしていますが、残念ながらスタイルを維持する意識なんてしていません。
偏った食事をしてろくに運動していなくてもなぜか身体のスタイルは崩れないのです。
「7日ほど引きこもったことがあるけど、スタイルはまったく崩れなかったわ」
『えっ?嘘でしょ?ほんとならズルくない?』
ズルいと言われても、エルフの特性にスタイルが変わらないってあるから、おそらくダークエルフもその特性を持っているためでしょう。
それにしても、身体のスタイルが変わらないのは真祖も同じだと思うのですが、なぜ真祖のエルがズルいと言うのでしょう?
「真祖のエルも身体のスタイルは変わらないでしょ?」
『身体の成長が止まったらスタイルは変わらないけど、吸血鬼は人族に近い身体つきだからリーネみたいなスタイルにはなりようがないの!』
エルは、ダークエルフが身体のスタイルが1番良いと思っているのに、スタイルを維持する必要もないってことに怒っているようでした。
「でもダークエルフの身体になるつもりはないのでしょ?」
『今の話を聞いたらちょっと気持ちが揺らぐかな。テラ様の眷属にしてもらったら寿命もなくなるでしょ?』
「不老になるから寿命は確かになくなるわね」
『やっぱりか~吸血衝動がどうにもならないならダークエルフになるのもありかなって思ってきた』
エルとしては、吸血衝動を克服出来ることが最優先のようですが、テラ様の張り切り様を見ていると、なんとかなされるのではないかと思います。
「吸血衝動はテラ様がなんとかしてくださると思うわ」
『それなら嬉しいんだけど』
そうこうしていると食堂が見えてきました。
「まあ、身体のことは今すぐに決めないといけないわけじゃないから、よく考えるといいわ」
『うん、そうするよ』
そんな話をしつつ食堂に着くと入り口でロカが待っていました。
『リーネ、魔法の練習は終わった?』
「ひとまずキリのいいところで終わったわ」
『じゃあ、サリアティリエルに紹介するって言われてたけど、時間がないから食事をしながらでもいい?』
テラ様は後ほどロカを紹介すると言われていましたが、ロカは時間が取れないので食事の時間で自己紹介することにしたようです。
『私はいいですよ』
ロカがそう言うのでエルの方を見ると私の意図に気づいたエルはそう答えました。
『本当ならちゃんと時間を取るつもりだったけど、ちょっと時間がないから食事を取る時間で自己紹介させてもらうよ』
「わかったわ、ロカ」
そんなわけで食事をしながらロカの紹介をすることになりました。