86.面倒事7
『それでは次からは身体の使い方や魔力の使い方を調査したいと思いますのでリーネと模擬戦をしてもらいます』
ここにきてようやく私が調査に同行した本来の役割になったようです。
『クエフリーネさんと模擬戦をするのはいいですけど武器は普通のにして欲しいです。正直に言って、見えない武器を凌げたのは偶然なんですよ』
そう言われて自分が黒の装備のままなのに気がつきました。
カラートから直接異空間に移動して、そのままの流れで天界に戻って来たので装備を変更している余裕がありませんでした。
「確かにこのままじゃ模擬戦って感じじゃないですね」
私はそう答えると、いつもの衣装と愛用のバスタードソードに換装しました。
『えっ?今のなんですか?』
するとサリアティリエルは驚きの声をあげました。
もしかして換装で装備を変更したことに驚いているのでしょうか?
「今のって、装備を変更したこと?」
『そうですよ!なんで一瞬で変わってるんですか!?』
そういえば私が初めて換装した時も凄く驚いて興奮した覚えがあります。
サリアティリエルが換装スキルを知らないのか、こちらの世界にしか換装スキルがないのかはわかりませんが、初めて換装するのを見て驚いたようです。
「換装っていう女神様の眷属だけが使えるスキルがあって、そのスキルで一瞬で装備を変更出来るのです」
『そんなスキルは知らないし初めて聞いた・・・』
『ハーティはどうしていたかはわかりませんが、こちらの世界では女神の眷属はストレージ、特殊な倉庫のようなものを持っていて、そのストレージを利用するスキルとして換装スキルがあります。換装スキルを使えばストレージに入っている装備をいつでも好きなように変更出来るのです』
私のおおざっぱな説明をフォローするようにテラ様が詳しい説明をされました。
どうしてもこちらの世界、特に眷属の基準で考えがちな私は、ストレージが特殊なスキルであることを忘れていました。
『ストレージっていうのは収納魔法みたいなものですか?』
『収納魔法にあたる魔法は時空庫と呼ばれる魔法がありますが、ストレージは収納魔法に近いものと思ってもらって問題ありません』
ハーティ様の世界には収納魔法という魔法があるようで、名前こそ違いますがこちらの世界の時空庫と同じ魔法のようです。
ストレージは時空庫の上位互換と言えるスキルですので、サリアティリエルには収納魔法に近いと説明するとわかりやすいのでしょう。
『私もそのストレージを使えるようにしてもらえるってことですよね?』
『正式に私の眷属になっていただいた時にストレージを使えるようにさせていただきます』
『そうですか・・・』
テラ様の返答を聞いたサリアティリエルは少し残念そうにそう答えました。
『なにか問題でもありましたか?』
そんなサリアティリエルを見たテラ様はそう質問されました。
『こちらの世界に来てから収納魔法が上手く発動しないんです』
どうやらサリアティリエルはもともと収納魔法を使えたみたいですが、こちらの世界に来て収納魔法が使えなくなったようです。
収納魔法が時空庫と同じ魔法だとするとそれは当然で、時空庫に利用している時空の狭間とはこの世界に存在しており、それは収納魔法でも同じでしょう。
ですから、違う世界に移動した場合、魔法による時空の狭間との繋がりは絶たれてしまいます。
そうなると今までのように魔法を発動しようとしても、時空の狭間との繋がりがないため必然的に発動しないということです。
『ハーティの世界での収納魔法は繋がりが絶たれていますからこちらの世界では使用出来ません。ですから収納魔法の中身はあきらめてもらうしかありませんね』
『そうだったんですか・・・』
テラ様の返答を聞いたサリアティリエルは残念そうにそう言いました。
もしかすると収納魔法に大切な物を収納していたのかもしれません。
『収納魔法が使えないと不便でしょうから、サリアティリエルさんにはストレージを使えるようになるまで収納バッグをお渡ししますので、しばらくはそれで我慢してください』
『わかりました』
サリアティリエルは収納魔法を使えなくなっていますが、テラ様が収納バッグを渡すということでとりあえずは納得したようです。
しかし、模擬戦をするにしても収納魔法に入れていた物は使えないので仮の武器が必要でしょう。
「一般的な武器ならすぐに準備出来ますが武器はどうしますか?」
『私は魔力で構築した爪を武器にしてるので武器は必要ありません』
サリアティリエルはそう言うと武器となる爪を構築してみせました。
(なるほど、爪を武器にしているから近接戦闘に特化しているわけね)
『準備がよろしければ始めてください』
テラ様の言葉に頷くとサリアティリエルと対峙するように距離を空けました。
今からおこなうのは模擬戦ですが、使っているのが普通の武器なので、多少攻撃を受けても真祖のサリアティリエルには問題ないでしょうし全力で攻撃してみることにします。
爪を出した状態のまま自然体で立っているサリアティリエルに対して正面から袈裟切りに切りかかります。
私の袈裟切りを左手の爪で外にいなしたサリアティリエルは爪の届く距離まで接近するつもりで踏み込んで来ますが、袈裟切りをいなされるつもりでいた私は体勢を崩すことなくそのまま横薙ぎに剣を振るいます。
私が横薙ぎに振るった剣をサリアティリエルはかなり低い体勢になりながらくぐるようにかわし、私に接近したサリアティリエルは右手の爪で上から、左手の爪で横から攻撃してきます。
間合い的に剣を振るスペースは無いので、私は剣を縦にして左手の攻撃を受けると同時に右後方に回避しつつ牽制の意味で剣を横薙ぎに振るいました。
サリアティリエルの攻撃はリーチの短い爪が武器なこともあり、剣の間合いよりも内側に入ってくるので少々やりずらいです。
感覚的に短剣持ちと対峙している感じでしょうか。
『さすがに上手くかわされちゃったけど次は逃がさないよ』
サリアティリエルは得意げにそう言いますが、懐に入って来るとわかっているならいくらでもやりようはあります。
「そう上手くいくかしら?」
『ふふんっ、それは次もかわしてから言ってよね!』
サリアティリエルもやる気になったようですので、先ほどと同じように袈裟切りから仕掛けることにしました。
先ほどと同じように袈裟切りをいなしたサリアティリエルが踏み込んで来たので剣を横薙ぎに振るいます。
この時に左手でショットガンを発動して、くぐってくるであろうサリアティリエルを迎え撃ちました。
すると、先ほどと同じように剣の下をくぐろうとしていたサリアティリエルは左手で発動したショットガンをまともに受けたのです。
『痛っ!』
ショットガンをまとも受けたサリアティリエルは声を上げながら後ろに下がりました。
真祖のサリアティリエルにはショットガンはたいしたダメージにはなっていませんが、痛いものは痛いみたいです。
それにしても、戦闘中に痛いとか言ってる場合ではないでしょう。
サリアティリエルが下がったことで開いた間合いを詰めるように踏み込み、攻撃しようとしたところでサリアティリエルが声を上げました。
『ちょ、ちょっと待って!』
相手がなにか言ってようが本当の戦闘なら待つ必要はありませんが、今は模擬戦です。
ですからサリアティリエルがなぜ待ったをかけたのかを聞きます。
「なにか問題でもありましたか?」
『おおありよ!なんでキーワードも言わずに魔法が撃てるのよ!』
どうやらコッソリ放ったショットガンが不服のようですが、サリアティリエルの認識だと魔法の発動にはキーワードが必須のようです。
「魔法はイメージで発動させるのでキーワードを言う必要はありませんよ」
『なにそれ・・・それってズルくない?』
ズルいと言われても、魔法はイメージで発動させると教えてもらったし、それが当然の認識なのでズルをしているつもりはありません。
『こちらの世界でも一般的には詠唱とキーワードは必要とされています。しかし、それはイメージを伴わないで魔法を発動するのに必要なだけで、魔法のイメージがしっかり出来ている場合は詠唱やキーワードは必要ありません』
『それって女神様の眷属だけってわけじゃないんですよね?』
サリアティリエルはイメージで発動するというのが信じられないのか、そんな質問をしました。
そう言われると、女神様の眷属以外でイメージで魔法を使っているのを見たことはありません。
『まだ私の眷属になっていないサリアティリエルさんにももちろん出来ます』
『じゃあ、ちょっと試してみてもいいですか?』
テラ様の返答を聞いたサリアティリエルは嬉しそうにそう言いました。
キーワードを言わずにイメージで魔法を発動させられるのが嬉しいのでしょう。
『魔力の使い方も調査したいので初めは普段通りに魔法を使ってもらえますか?』
『わかりました。では最初は普段通りに発動させます』
サリアティリエルはそう答えるとキーワードを発して魔法を発動させます。
『ダークネスアロー』
サリアティリエルが発動させた魔法は属性魔法・闇にあたる攻撃魔法のようで、闇の魔力が矢の形をして飛んでいきました。
『えっと・・・』
普段通りに魔法を発動させたサリアティリエルは、次はイメージで発動させようとしているようです。
私はサリアティリエルが放ったダークネスアローを見て、闇属性の攻撃魔法って思いつかなかったなと思い、ダークネスアローを試してみます。
私が発動したダークネスアローは、サリアティリエルが放ったダークネスアローと同じような感じにはなりましたが攻撃力は低くそうです。
かといって攻撃力が高そうな闇属性の攻撃魔法は思いつきません。
そんな感じでダークネスアローを試しているとサリアティリエルに文句を言われます。
『なんで先に撃ってるんですか!?』
「ごめんなさい、闇属性の攻撃魔法って知らなかったからつい試してみたくなったの」
さすがに今のは空気を読んでない私が悪いと思いますが好奇心には勝てませんでした。
『もうっ!人の気もしらないで。でもクエフリーネさんが撃ってるのを見てたらなんとなくイメージ出来そう』
そう言ったサリアティリエルはダークネスアローをキーワード無しで発動してみせました。
『イメージで発動出来ました!でも慣れるまで混乱しそうです』
そう言いつつもサリアティリエルは嬉しそうです。
魔法の使い方も違うことがわかり、そんな感じでまだまだ調査は続くのでした。