72.1人の活動5
ラティナから情報を買った私は冒険者ギルドで彼女達と別れて今夜のことを考えます。
ラティナから得られた情報では店員の名前はマヤといい、およそ2ヶ月前にドレックにやってきてあの酒場で店員をするようになったという。
最初は住み込みで店員をしていたはずのマヤは、いつの間にか商人が使う高級宿に泊まるようになり、今でもその高級宿に宿泊しているそうです。
この時点でおかしな点が出てきます。
そもそも、酒場で店員をしているような女性が商人が使う高級宿に泊まれるはずがないのです。
商人がマヤのパトロンをしている可能性もありますが、それなら酒場などで働かせることはせずに踊りや歌を覚えさすでしょう。
そしておかしな点は酒場側にもありました。
この世界の商売人は基本的にお金を先に受け取り、それから商品を提供するのが普通なのですが、この店は特定の客の代金をつけているというのです。
普通なら後払いもさせてくれないはずなのに客の代金をつけているのは異常といえます。
そして最も重要な情報が深夜に男性を連れ込んでいるということです。
酒場で住み込みをしていた時のことはわかりませんでしたが、高級宿に宿泊するようになってからは毎晩男性を連れ込んでいるそうです。
酒場で働いているマヤは酒場の男性客を毎日1人物色して仕事終わりにお持ち帰りしているということです。
これだけの情報から異世界の魔物はサキュバスであるのはほぼ間違いないと思われるが、ここで1つ問題がありました。
それは、毎晩男性を連れ込んでいるということです。
毎晩男性を連れ込んでいるということは深夜に1人でいる可能性が低く、マヤを暗殺するにしても人々に気づかれてしまう可能性が高くなります。
「はぁ、どうしたらいいかしら?」
私はつい、ため息混じりに独り言を口にしました。
実際のところ、どうすればいいのかはわかっているのですが、それを実行するのが躊躇われるのです。
サキュバスは男性から精気を吸い取る時、性行為をおこない精気を吸い取ります。
精気を吸い取られた男性は一時的に意識を失うことが多いため、性行為の直後が暗殺するチャンスと言えるのですが、そのタイミングで暗殺するためには性行為を見ていないといけないのです。
正直なところ、経験の無い私は他人がしているところを見たことも無いのでいろいろと思うことはありますが、どう考えてもそのタイミングが最善だと思えるのです。
「もうっ、これも祐也のせいよ」
なぜかそんな言葉が口から出て私は自分で驚きました。
なぜ私は祐也のせいだと思ったのでしょう?
私に経験が無いことがどう考えても祐也に結びつかないのです。
いくら考えても祐也に結びつかないので私は考えることを放棄しましたがもやもやした気持ちになります。
私はもやもやした気持ちを紛らわすために町中をぶらつくことにしました。
今の時間はお昼過ぎで行動する深夜まではまだまだ時間があるので、今のうちに人々と接することに慣れておこうと思ったのです。
さきほど町中を移動した時は目的の場所があったためあまりお店を見ていませんでしたが、今はぶらついているだけなのでどこかのお店に入ってみるつもりです。
なんとなく町中をぶらついていた私は1軒のお店が気になりました。
そのお店は薬屋です。
私は現世に降りる時のために薬師として生活していけるように技術を磨いていましたが、薬屋がどんな感じかは知識として知っているだけで見たことはありませんでした。
私は薬屋に用事は無いですがとりあえず入ってみることにしました。
薬屋の中はおよそ二畳ほどのスペースしか無く、カウンターに仕切られた奥にはお店の主人らしき女性が座っていました。
『いらっしゃい、どんな薬をお探しですか?』
私に気づいた女性はそう声をかけてきましたが、特に薬を探しているわけでは無いので扱っている薬を聞いてみることにします。
「どんな薬を置いているか聞いてもいいですか?」
『ええ、いいですよ。うちで扱っているのは切り傷に使う傷薬に打撲傷を抑える塗り薬、マコモダケの毒を中和する毒消しを扱っています』
(ん?マコモダケの毒?)
私は前世の知識でマコモダケのこと知っていましたが、マコモダケに毒があるということは聞いたことがありません。
私が思っているマコモダケとは違う可能性があるのでマコモダケのことを聞いてみます。
「マコモダケってなんですか?」
『マコモダケはヒメタケに似たキノコの1種で、食べると激しい下痢を起こす毒キノコです。ヒメタケと間違えてマコモダケを食べてしまう人がいるのでマコモダケの毒消しを常備しています』
どうやらマコモダケとは毒キノコのことでヒメタケというキノコに似ているらしいですが、マコモダケもヒメタケも前世の知識にあるため大変ややこしいです。
「へぇ~毒キノコですか」
『ヒメタケがおいしいからよく確認せずにマコモダケを食べてしまう人が多いんですよ』
私は一瞬、鑑定すればいいのでは?と思いましたが、鑑定スキルを持っている人が少ないことを思い出します。
ただでさえ鑑定スキル持ちは少ないのに、こんな辺境の町に鑑定スキル持ちがいるようには思えませんでした。
とりあえずマコモダケのことはわかったので、傷薬と塗り薬を見せてもらえるようにお願いしてみます。
私が天界で作っていた薬は一般的な薬草を使った作り方だと教えてもらっていますが、実際に人々が作っている薬がどのような物か気になったのです。
「傷薬と塗り薬を見せてもらうことは出来ますか?」
『出来れば買ってからにして欲しいんだけど・・・』
私が見せてもらえないか聞いてみると店主は少し悩んでからそう言いました。
この世界の薬は薬草を使って作られているのである程度の劣化は防げません。
ですから作った薬は木製の器いっぱいに入れて蓋をし、空気に触れないようにしてあるのです。
その薬を見せるということは商品を1つダメにしてしまうということになるので店主が嫌がるのは当然なのです。
ダメもとで聞いてみましたがやはり見せてはもらえないようなので、私は傷薬と塗り薬を買って確認することにしました。
「じゃあ、傷薬と塗り薬1つずつもらうわ」
『ごめんね、どちらも銅貨5枚だから銀貨1枚になるわ』
私は銀貨1枚を払い傷薬と塗り薬を受け取ると傷薬の中身を確認して驚きました。
私が普段作っていた傷薬は、シソの葉によく似た緑色のヒラリ草を使った傷薬だったのですが、この傷薬は赤い色をしていたのです。
「この傷薬はどの薬草を使っていますか?」
『あっ、もしかして帝国は初めてですか?この傷薬は赤ヒラリ草という薬草を使っているんですが、帝国以外では使ってないそうですね』
私は店主の説明を聞いてなんとなく赤シソのことかと納得します。
多少成分の違いはあるだろうけど、傷薬として普及していることを考えるとあまり差は無いのだろうと思いました。
「ええ、帝国は初めてなのでこの傷薬も初めて見ました」
『傷薬の効果は普通のヒラリ草より僅かに劣るんですが、赤ヒラリ草は色が特徴的なので採取が容易なんですよ』
(確かに赤ヒラリ草なら素人でも見つけられるわね)
ヒラリ草は特徴的な薬草ですがそれでも間違えて採ってくる新人冒険者はいますが、赤ヒラリ草ならまず間違えることはないだろうと思えました。
私はこの後、塗り薬も確認しましたがこちらは緑色でした。
打撲傷の塗り薬はテペ草というヨモギに似た薬草を使って作るのですが、こちらは私が作っていた薬と同じようにテペ草を使っているそうです。
私が購入した薬を開けて確認したり薬の材料を聞いたりしていたので、店主は私が薬師であることに気づいたようである提案をしてきます。
『ねぇ、あなたも薬を作ってるんでしょ?持ち合わせがあるなら1つ譲ってくれない?』
店主はそう言って私が作った薬を譲ってくれるようにお願いしてきました。
私が作った薬は全てストレージにしまってあるので数種類の薬を出すことが出来ますが、一般的に持ち運ぶのは傷薬ぐらいなので傷薬を1つ譲ることにしてストレージから出します。
もちろんストレージから出しているのがわからないように肩掛け袋から出すふりは忘れません。
「傷薬しかないけどいいかしら?」
私がそう言って傷薬を出すと店主は嬉しそうに手を叩いて言います。
『ええ、帝国以外の薬って見たことが無いから傷薬でも大丈夫、銀貨1枚で買わせてもらうね』
店主はそう言うと私が出した傷薬を受け取り銀貨1枚を出しましたが、傷薬に銀貨1枚は出し過ぎです。
私は購入した薬のことを聞いたりしていたこともあって、タダで譲るつもりでいたのでそのむねを伝えます。
「いろいろと聞かせてもらったのでそれは差し上げます」
『ほんと?じゃあ、遠慮なくもらいますね』
私の言葉を聞いた店主は嬉しそうにそうこたえました。
その後は私の作った傷薬の感想を聞いたり薬草の葉脈の処理のし方を聞き合ったりと、店主と薬談議に花を咲かせました。
私は天界で薬の作り方を教えてもらいましたが、基本的に1人で作業をしていて他人と薬のことについて話し合ったことはありませんでした。
しかし、今回たまたま店主と話す機会があって薬のことをいろいろと話してみると、思った以上に楽しくて自分でも思っていないぐらい長く話しこんでしまいました。
『ありがとう、今日はひさしぶりに薬の話が出来て凄くたのしかったです』
「いえ、私も普段は1人で作業をしていて薬の話をする機会が無かったからいい勉強になりました」
店主とそう挨拶を交わして薬屋を出ると、だいぶ日が傾いてきていて、もう少しで夕方と言える時間帯でした。
私はこの後どうするか少し悩みましたが宿を取ってしまうことにしました。
宿を取る時間としては少し早いですが、マヤが宿泊している高級宿の間取りなどを把握しておきたかったのです。
そうして私はラティナから聞いた高級宿の金の草原亭に向かうことにしました。