71.1人の活動4
酒場で人気の店員が異世界の魔物であることをつきとめた私は今後の行動を考えます。
理想としては今日のうちに住んでいるところを探し出し、深夜に忍び込んで暗殺出来ればいいのですが、魔物の詳細がわからないので下手なことをすると逃げられる可能性もあります。
私はこれまでの行動からある程度、魔物の種族は予想出来ていますが絶対ではないので不安がありました。
(見た目はともかく仕草や雰囲気、それに男性がまとわりついていることを考えるとサキュバスっぽいのよね)
サキュバスという魔物はいわゆる女夢魔のことで、男性を誘惑し精気を吸うとされています。
異世界の魔物がサキュバスの可能性は結構高いように思えますがもう少し情報が欲しいところです。
『クエフリーネさん、どうかされましたか?』
私がそんなふうに今後のことを考えているとラティナに声をかけられました。
ラティナは考えごとをしている私の様子を見て声をかけてきたようなのでそれっぽい理由を口にします。
「いえ、人気の店員って話だけど、その理由がわからなくてちょっと考えこんでしまったわ」
『クエフリーネさんもそう思いますか?確かに彼女はかわいい顔をしていて色気もあるけど、女の私からするとそれほど人気になる理由がわからないんです』
私がそうこたえるとラティナは意外にも私に同調するように言葉を返してきました。
ラティナは店員のことに僅かな疑問を抱いているようでした。
(ラティナって結構鋭いわね、直感力が高いのかしら?)
私がラティナのことをそう評価しているとレイラが会話に混ざってきます。
『悪いんだけどさ、あたいには2人とも自分のほうが美人だと思ってるようにしかとれないよ』
(あっ、そういう捉え方もあるのか・・・)
私は上から言ったつもりはなかったけど、レイラが言うように捉え方によっては上から言っているように聞こえるようでした。
『私はそのつもりだけど?クエフリーネさんもでしょ?』
私はそんなつもりは無かったがラティナはレイラの言葉を肯定し、さらに私に同意を求めてきました。
私はレイラにどう説明しようかと思っていたところでラティナに同意を求められて焦ります。
というかラティナがレイラの言葉を肯定するとは思っていませんでした。
ラティナに同意するのは自分が自惚れている感じがして嫌だけど、レイラの言葉を否定するのも過剰な謙遜をしているようで返答に困ります。
そこで返答に困った私はロットに振ってみることにしました。
「ロットはどう思ったの?」
『えっ?僕ですか?僕はクエフリーネさんが1番綺麗だと思います』
私がそう聞くとロットは私の意図とは微妙に違う返答をしてくれました。
私は店員のことを聞いたつもりだったのですが、ロットは私達も含めた顔の評価を口にしたのです。
しかも、私を見て照れるでもなく私が1番綺麗だと言ったのです。
『ロットは正直だからそうよね、やっぱりクエフリーネさんが1番綺麗ね。レイラもそう思うでしょ?』
『あたいはあまりわからないけど、ロットが言うならそうなんじゃないか?』
ロットの返答に対してラティナとレイラが反応して言葉を交わしますが、このままでは私の顔の話になりかねないのであらためてロットに店員の印象を聞きます。
「ごめんなさい、ロットには店員のことを聞いたつもりだったの」
私がそう聞き直すとロットは店員のことをこたえてくれます。
『そうですね、かわいい方ですが僕が思っていたのとは違いました。上手く説明出来ないんですけどなんか違うんです』
『へぇ~ロットがそう感じるってことは彼女にはなにかあるのかもね』
ロットがそう言うとラティナが反応してそう言いましたが、私はラティナの言った意味がわからないので質問しました。
「それは、どういうこと?」
『ロットはね、理由はわからないけど女性の善悪を感覚的にわかるみたいなのよ。今回の場合だと、好意的に見たけど違うってことだから悪意があるってことになるわね』
私はラティナの説明を聞いて驚き、そして恐ろしく感じました。
ロットは天然気味でほんわかした雰囲気の男性ですが、目にしただけの女性の内面を感じとれる凄い能力を持っていて、私はそんなロットに初対面でまじまじと見られていたのです。
(最初に私を見て固まっていたのもその能力が原因なのかも)
ロットは私のことを綺麗で見とれていたと言っていましたが、他に感じたことが無いか気になって聞いてみることにしました。
「ロットは私のことを綺麗で見とれていたって言ってくれたけど、他になにか感じなかったの?」
私がそう聞くと今までほんわかした雰囲気をまとっていたロットが真剣な表情になりました。
私はその表情の変化で他に感じたことがあったことを察しますがロットの言葉を待ちます。
『えっと、初めての感覚なんで上手く説明出来ないんですが、なんて言うか、ほわっとする時が大きくなった感じだったんです』
ロットが説明してくれた感覚は抽象的でわかりにくいものでしたがラティナがフォローしてくれます。
『ロットは女神様を強く信仰している女性を見た時にほわっと感じるみたいなんです。神官の方を見た時なんかにそう言っていました』
(えっ?女神様に縁がある女性を見るとほわっと感じるってこと?それで私を見て強く感じたってことは間違ってないけど・・・)
私はラティナのフォローを聞いて嫌な予感がしました。
ロットが私を見て強くほわっと感じたってことは、私が女神様との縁が強いということになるが、そのことにラティナが気づかないはずはなく、ラティナに疑問に思われるのが予想出来るからです。
私がそう思っていると案の定、ラティナが質問してきました。
『クエフリーネさんって何者なんですか?』
ラティナは直球で私が何者か聞いてきましたがそのことには答えようがありません。
会話する内容や行動などに気を配り、私が戦乙女であることや異世界の魔物を探していることは気づかれないようにしていましたが、ロットのような能力を持つ人がいるなんてことは予想外です。
私は納得はしてくれないだろうと思いつつ、過剰な詮索はルール違反になるので建て前の冒険者でとおすことにして、ギルドカードを出して言います。
「ただの冒険者よ」
『まあ、そういう返事が返ってきますよねって!クエフリーネさんってA級なんですか?!』
ラティナは私が正直にはこたえないと思っていたようで、冒険者だと言ったことには予想していたような反応をしましたが、私のギルドカードを見て驚いて聞き返してきました。
「ええ、そうよ」
私が返事をするとラティナは私に近づいてきて耳打ちしてきます。
『(店員さんの情報があるんですけど、情報を買ってもらえませんか?)』
「えっ?」
私はラティナになんの脈絡も無く店員の情報を買って欲しいと言われて驚きました。
私は店員のことを調査していましたが、具体的なことを聞いたわけでもないのにラティナは私に情報を売ると言うのです。
『どうですか?』
「とりあえず店を出てから詳しく聞くわ」
ラティナにどうするか聞かれた私は店の中で聞くのは都合が悪いので外で詳しく聞くことにしました。
私がそう返事をするとラティナは荷物をまとめロットとレイラに声をかけます。
『ロット、レイラ、店を出るわよ』
『えっ?』
『ちょっと、ラティナ?』
『早くして、お金儲けよ』
ラティナはそう言って店を出ていき、ロットとレイラも慌ててついていきます。
私はそんな彼女達を見ながら、自分の立場を隠しながら人と接する難しさを痛感したのでした。
店を出た私達は冒険者ギルドの談話室を借りることにして、冒険者ギルドに向かう間にも私はラティナと話をします。
「それで、ラティナはどうして私に情報を売ろうと思ったの?」
『店員のことはロットが見たいって言った時に少し調べたんです。そうしたらなんだか変なところがあっておかしいなって思ってたんです』
ラティナがそう話すとレイラが疑問の声を上げます。
『えっ?いつそんなことしてたんだ?』
『ロットとレイラが宿でぐうたらしてる時よ』
『僕はぐうたらなんてしてません』
『そ、そうだ、あたいも別にぐうたらしてたわけじゃないぞ』
ロットとレイラはぐうたらしていたと言われて慌てて否定しました。
さきほどの酒場でのやり取りを見ていてもわかりますが、彼女達の力関係はラティナが1番上の立場にあるのは明白です。
『別にぐうたらしてたらダメって言ってないじゃない、いつ調べたか聞かれたからそう言っただけよ』
『それならあたいらにも話してくれたら手伝ったのに』
『そ、そうですよ。僕達は別にぐうたらしたかったわけじゃないです』
『2人ともまともに情報収集出来たことないじゃない』
ラティナがそう言って2人の反論を一蹴したのを聞いて、私はラティナの言ったことは本当なんだろうなと思いました。
レイラは短気で口が悪く、人つきあいが得意とは思えませんし、ロットは要領が悪く、すぐに本音を口にしてしまうことを考えると2人が情報収集を出来るようには思えませんでした。
そんな話をしているうちに冒険者ギルドについたので談話室を借りて詳しい話をすることにします。
冒険者ギルドの談話室は盗聴防止の魔法が施されているので、情報の売り買いをする時などは安心して話を出来るので開いていないこともあるのですが、今回たまたま開いていました。
ちなみに、使用料は1時間で銀貨1枚とわりと高いです。
「あらためて聞くけど、ラティナはどうして私に情報を売ろうと思ったの?」
『さっきも言ったとおりで店員のことでおかしなところがあったんです。それにクエフリーネさんはあの店に1人で入って来られましたけど、女性1人だとあの店は普通なら敬遠すると思うんです。だからクエフリーネさんはなにか調べるためにあの店に来られたと思っていました。クエフリーネさんの素性がわかりませんでしたからあまり関わらないように考えていたんですが、クエフリーネさんがA級冒険者だとわかって店員のことを調べに来られたと思ったんです』
私はラティナの説明を聞いて感心するとともに自分のミスを理解しました。
ラティナの言うとおりで、女性1人だと男性客がほとんどのあの店を見たら敬遠して違う店に行くだろうと思えたのです。
他の店が無くてあの店しか無い状態でもないかぎり、わざわざあの店に入る女性はいないと考えると私は目的があってあの店に入ったと考えられるのです。
「なるほどね、よくわかったわ」
『それじゃあ、いくらで買ってもらえますか?』
ラティナにそう聞かれて悩みます。
ラティナが調べたことはおそらく時間をかければ私でも調べらられることだろうけど、今すぐ情報を聞いて今夜にも行動に移れることを考えると有益な情報と言えるからです。
私は金貨を3枚用意して1枚ずつ出して説明します。
「情報料に金貨1枚」
「口止め料に金貨1枚」
「私のことを詮索しないことに金貨1枚」
「合計、金貨3枚でどうかしら?」
私がそう言うと3人は驚いた表情をして金貨を見ています。
それもそのはずで、金貨1枚は私の感覚だとおよそ1万円にあたり、今回の情報の売買で1人1万円の収入になるのです。
『ちょっとしたお小遣いになればいいなと思って提案したんですが、ほんとにいいんですか?』
「別にお金には困ってないから手間がはぶけるほうがいいのよ」
ラティナはそう聞いてきますが私は正直に手間がはぶけるからいいと説明してラティナから情報を買うことにしました。