33.天使長ロカ
ロカの胸で泣いていた私が少しずつ落ち着きを取り戻したのは、1時間ほど経ってからでした。
『どう、少しは落ち着いた?』
「ごめんなさい、泣いたら少し落ち着きました」
『そう、じゃあ、昼食にする?食事をしたら気分も良くなるかもしれないし』
ロカはそう言ってストレージからピラフのような物が乗った皿を取り出します。
「あれ?食事は現地調達でって言ってたよね?」
『ええ、そうなんだけどリーネに何かあったら出そうと思って作ってもらってたのよ。今から食事の準備をしてって気分でもないでしょ?』
「・・・ごめんなさい」
『いいのよ。リーネの好きなお米料理だから、これを食べて』
「ありがとう」
私はロカからピラフを受け取りモソモソと食べ始めます。
ピラフは塩、胡椒で味付けされたシンプルな物でしたが凄く美味しく感じます。
『リーネ、食べながらで良いから聞いて』
私は小さくうなずく。
『リーネが置かれている状況は私が戦乙女に成った時とは違うから私にはわからないの。だからと言って何もしないのは嫌だから、参考になるかわからないけど私が戦乙女になった時のことを教えてあげるよ』
「ロカが戦乙女に成った時のこと?」
ロカは私の疑問には答えず話を続けます。
『私の最も古い記憶は孤児院での記憶だけ。私が生まれた国は今はもうないけど、この魔の森の隣にあった王国で、その王国の孤児院で育ち、成人すると孤児院を助けるために冒険者になったの』
ロカは人族だった頃のことから話してくれます。
『冒険者になった私はこの魔の森を中心に魔物を狩り、お金を稼ぎ、孤児院に寄付をしたり教会を回ったりして私と同じ境遇の子供達が少しでも裕福に生活出来るようにと活動してたの』
『それから何年か経ち、私は上級冒険者と呼ばれるようになり、恋人も出来て人生が上手くいってると思っていた時に異変が起きたのよ』
ロカは私を見ながら話を続けます。
『それまで魔の森から出ることのなかった魔物達が森から出て王国を襲うようになったの。初めは王国も騎士を派遣して森から魔物が出て来るのを防ごうとしたけど、魔物の数が増えていくと次第に騎士の数も足りなくなって王国は魔物で溢れていったの』
『もちろん、私達冒険者も協力して魔物を退治してたけど魔物が減ることはなかった。そうすると王国に見切りをつけて逃げ出す人々が増え、王国は国の体をなさなくなっていったのよ』
私は静かにロカの話を聞き続けます。
『王国が国の体をなさなくなったことで、孤児はさらに増えて孤児院は逃げ場のない孤児でいっぱいになったの。私達はこの状況をなんとかするために魔の森へ威力偵察をおこない、森の中心部に魔物を操っている者がいることをつきとめたのよ』
『そして私達は魔物を操っている者を退治することにしたの。当時、上級冒険者と言われていた私を含めた10人の少数精鋭で雑魚にわき目もふれずにここまで来たのよ』
「えっ、ここに?」
『そう、そして、ここで私は見たことのない魔物に出くわしたの。その魔物は鑑定がきかず詳細もわからない未知の魔物だったの』
「まさか、それって・・・」
『そのまさかよ。ここにいた魔物は異世界から送り込まれた魔物だったの。そして、私達はここで全滅したのよ』
「えっ?全滅って・・・」
『私はここで死んだの。その後、異変に気づかれた女神様達が魔物を退治されて、この場にあった時空の穴をふさぎ結界をされたってわけ』
「ここでいろいろあったって言ってたのはそのことだったの?」
『そうよ。それで、ここで起きたことは女神様達が処理されて解決したワケだけど、異世界から送り込まれた魔物をどうするかで女神様達は悩まれたの。私達がここで全滅したように人々では対処仕切れない。けど、女神様達が対処するには案件が多すぎるの』
「そんなに送り込まれた魔物は多かったの?」
『この頃は特に多かったと聞いてるよ。そこで、テラ様が戦乙女のことを思いつかれ、戦乙女に対処させようってことで、さっそくこの場で戦乙女を作られることになったの。この場にいた女性は私だけだったし、孤児院のことをいろいろとやっていた私は女神様の眷属足り得るってことで、戦乙女として魔物を退治してくださいってテラ様に言われたのよ』
「そんな状況じゃ拒否出来ないか」
『私はその時、テラ様にこう言ったのよ。『何故もっと早く対処してくれなかったのか、女神様は人々を導く存在じゃないのか』ってね』
「うわ~ロカって怖いもの知らずだったの?」
『私は死んでしまったし、王国に溢れた魔物はそのままだったから、王国に居た人々もほとんど殺されてしまったからね。私の言葉にテラ様は『女神と言えど全能ではありません。だからあなたの力をお借りしたいのです』って言われたの。もう、そうなったら戦乙女になるしかないでしょ?』
「うん、そうだね」
『それで、死んでしまっている私の身体を再構築されて、眷属としての能力を上乗せされたのが今の私の身体ってわけよ』
「そんな理由があったんだ」
『それからは大変だったよ。私はそんなに賢くなかったから必要な魔法をひととおり使えるようになるまで何度も魔力枯渇を経験したり、上乗せされた能力になかなか適応出来なくて戦い方が一辺倒になったり』
「それって、自分の身体なのに自分の身体じゃないみたいな感じ?」
『そんな感じかな。1番困ったのはテラ様が戦乙女に持たれているイメージが全く分からなかったこと。戦乙女の槍を言葉で説明されたんだけど、全く理解出来なくてイメージを疑似映像で見せてもらったりしてね』
「戦乙女の槍は苦労したって言ってたもんね」
『テラ様もいろいろと試行錯誤されてたし、そんな感じで戦乙女になるのに10年掛かったのよ』
「ロカの話を聞いてたら、私のことってたいしたことじゃないよね。私の状況は特殊だけどロカがいてくれてるし、女神様達も協力してくれてるのに・・・」
『私とリーネの状況が違うのはあるけど、意志をしっかり持つのが大切じゃないかな。戦乙女として世界を守るって意志があれば多少の事は受け止められるよ』
「戦乙女として世界を守る意志か・・・私って状況に流されて自分の意志で行動ってしてないんだね」
『この世界では自分の意志を持つことは大切なことよ』
「うん、ありがとう、ロカ。私、ちょっとだけわかったような気がするよ」
『リーネにそう言ってもらえると自分のことを話した甲斐があるよ』
私はロカの話を聞き、自分の置かれている状況を再認識しました。
状況に流されていた自分を見つめ直し、少しずつ自分の意志で行動するように心がけます。
「でも、今の話だとここって嫌な場所じゃないの?ロカが死んだ場所なんでしょ?」
『『今はなんとも思わない』って言ったら嘘になるけど、ずいぶん昔の話だし当時のことを知っているのは私と女神様達だけだからね』
「ロカって、凄いよね。私って前世で自殺しちゃってるから申し訳ないよ」
『過去は変えようがないからこれからをどうするかが重要なのよ。リーネはもう少し前向きに考えるようにしなさい』
「前向きに考えるようにか・・・ロカには教えてもらってばっかりだね」
『それなりに長く生きてるからね。どう、この後の訓練は続けられそう?』
「うん、これから必要なことだし、頑張るよ」
私は、この時初めて、戦乙女になることを心に刻み込むのでした。