32.解体作業と不安
私達はある程度木の実を採ると、空間跳躍でモニュメントの前まで戻って来ました。
「いや~思ったよりも木の実ってあるもんだね」
私達が採った木の実は、地球でも見られるラズベリーやブルーベリーなどを含め10種類ほどになりました。
『木の実を採った感想はそれだけ?』
「えっ?他に何かある?」
『リーネって木登りしたことあるの?』
「あっ!そういえばしたことないや」
『リーネが何の疑問も持たずに木に登るから、前に経験があるのかと思ったけど違うみたいね』
「まったく意識してなかったし自然な感じで木に登ってたわ」
『だいぶ前世の感覚がなくなってきたんじゃない?』
「かもしんない・・・」
『どうしたの?』
「いや、なんか自分じゃなくなってる気がして・・・」
『あなたはもう『りんね』じゃなくて『クエフリーネ』だからそれで良いのよ』
「そっか。名前も身体も違うし前世の記憶はあるけど私は「クエフリーネ」なんだね」
『そうよ。あなたは私の親友のリーネなんだから、心を強く持って』
「心を強くか・・・」
『リーネが現世に降りるまでは私が責任を持つから、何かあったら相談するのよ?』
「ロカ、ありがとう」
身体のことなどいろんな不安が込み上げてきた私を、ロカが優しく諭してくれます。
(いろいろ不安はあるけどロカがいてくれるから私は1人じゃないんだ)
『リーネ、大丈夫?』
「うん、まだ不安はあるけどロカがいてくれるから頑張れるよ」
『いくらでも私を頼って良いからね』
「ほんとに、ありがとう」
『リーネも復活したしさっそく解体していくよ』
「あぁ、イノシシを解体するんだった。さっそく不安だよ~」
『解体なんてしれてるって。別に失敗したらダメってわけじゃないし失敗しても価値が下がる程度だから気にせずやってみて』
「手順ぐらいは教えてくれるんでしょ?」
『手順って言っても皮を1枚になるように剥いで部位ごとに切り分けるだけよ?』
「皮って1枚に剥ぐんだ」
『そうよ、そのほうが使える面積が多くなるから綺麗に1枚に剥ぐのが1番価値が高くなるの』
(1枚に剥ぐって、虎の毛皮とかそんな感じかな?)
私は1枚の毛皮の敷物を思い出した。
「頭もつけて剥ぐのかな?」
『首から上は落としてることがほとんどだから頭はつけなくていいよ』
「じゃあ、ちょっとやってみるよ」
私は短剣を取り出しイノシシの前足に切り込みを入れると少しずつ皮を剥いでいく。
(思ったよりも皮と筋肉の間に脂肪があるから分かりやすい。肉の下処理とあまり変わらないからこれなら私でも出来そう)
私は前足の皮を剥ぐとそのまま胴体を剥ぎ進めていく。
ロカが処理した腹周りにくると血がドバッと私にかかります。
「うへぇ~血でベトベトする~」
『血が皮についてもいいから気にせずに続けて』
「あっ、そういえばこのイノシシって血抜きしてないよね?」
『イノシシの血は使わないから血抜きはしないよ?』
「えっ?血抜きしないの?」
『皮剥ぎを続けて。基本的に血を必要とする魔獣などしか血抜きはしないよ。血抜きなんてしてたら魔物をおびき寄せてるようなものよ』
「あっ、血抜きをしてたら血をふりまいてるようなものか」
『そうよ、だから解体は多少雑になってもいいから素早く終わらす必要があるの』
「血塗れになって解体するのか~思ったより大変だ~」
『慣れればそうでもないよ。そもそも戦闘中に返り血なんて気にしてられないしね』
「あ~そっか、そうだよね。あっ、半分終わったけど、どうしたらいい?」
『剥いた皮ごとひっくり返して反対側も同じように皮を剥いで』
「わかった」
私はイノシシをひっくり返して反対側の皮も剥いでいく。
しばらく皮を剥いでいると頭付きの綺麗な1枚の皮が取れました。
「終わったよ」
『いや、頭がついてるけど?』
「あっ、頭は落とすんだっけ?首周りの肉とかは使わないの?」
『首周りの肉を取るとなると結構手間が掛かるから基本的に使わないよ』
「じゃあ、落とすね」
そう言って、私が短剣で首周りを切ろうとしてるとロカが言ってきます。
『剣でズバッといったほうが早いよ』
私はロカに言われた通りに剣で勢い良くイノシシの首を落としました。
「これで皮剥ぎは終わったよ」
『うん、見てたけど問題なさそうね。血塗れになっても嫌悪感とかもなさそうだし』
「ベトベトして気持ち悪かったよ~?」
『それは後で説明するから。で、肉の切り分けだけど、これは筋肉の形にそって切り分けるのよ。足は関節部で切り落として胴体は筋や膜にそって切り分ければいいから』
「筋肉にそって切り分けるんだね」
そう言って私はイノシシを切り分けていきます。
「切り分けた肉はどうしておいたらいい?」
『ひとまずストレージにしまって』
「わかった」
私はイノシシを切り分けてストレージにしまっていきます。
ひととおり切り分けが終わると、そこにはイノシシの頭、肋骨、背骨、皮が残りました。
『じゃあ、剥いた皮にクリーンをかけてしまって』
「皮にもクリーンをかけるんだね」
『クリーンが使えないと川で洗うことになるからね』
「それは面倒そう。クリーン」
そう言って私は剥いだ皮にクリーンを掛けストレージに入れました。
「後は?」
『要らない骨や頭を穴を掘って埋めたら終わりよ』
「肋骨周りの肉は食べないの?」
『手間が掛かる所は基本的に捨てるからね』
「もったいない気がするけどそうなんだ。穴は魔法で開けてもいい?」
『そのほうが早いし魔法で開けたらいいよ。アースウォールの要領で空けられるはずだから』
「アースウォールの要領?」
(アースウォールの要領って言うけど、穴を掘るっていったら落とし穴じゃないの?落とし穴って英語で何だったっけ?・・・ピット!)
私が落とし穴を想像して英語の呼びかたを思い出すと直径1.5m、深さ2mの穴が出来ました。
『リーネ、穴が大き過ぎるよ。1mもあればじゅうぶんだったのに』
「いや、穴って言ったら落とし穴が思い浮かんでさ・・・」
『で、この穴になったわけ?』
「・・・うん」
『アースウォールの要領で出来るって言ったでしょ?』
「それがよくわからなかったの!」
『リーネだし、しょうがないか。とりあえずその穴に捨てて、埋めるのは私がやるから』
「あ~なんか扱いが雑だよ~」
そんな愚痴を言いながら要らない部分を穴に捨てると、ロカが穴を埋めてくれました。
私達は血で汚れた身体をクリーンで綺麗にします。
『これで解体作業はひととおりやったけど、どうだった?』
「ロカが言ってたとおり思ったよりも簡単だった。これなら私でも出来るよ」
『でしょ、解体は難しくはないのよ。問題になるのはさっきも言った嫌悪感なのよ』
「あっ、それさっき聞いたよね?」
『リーネは血でベトベトするから気持ち悪いって言ったでしょ?』
「うん、そう言ったよ?」
『私が言っていたのは、血を見たり、血を浴びたりすることに対しての嫌悪感よ。慣れてないかぎり大量の血を見たり、浴びたりすると嫌悪感があるものなのよ』
「あっ・・・」
『リーネがそういった感覚の差異に不安を持っていたから説明するか迷ったけど、今のうちに克服しておくほうが良いから説明したのよ』
「私って、どんどん前世の感覚がなくなってるんだ・・・」
『血を見て嫌悪感を持つのは何も地球での話だけじゃないよ。この世界でも普通に嫌悪感を持つものよ』
「じゃあ、何で?」
『女神様の眷属として、戦乙女として適応しているってことだと思うの』
「そっか、私の心が、ついていけてない・・・んだね」
『私はこの世界の生まれだし身体も自分の物だから、リーネみたいに身体や感覚が変わることに対してどうしてあげればいいのかわからないの。だから『心を強く持って』としか言えないのよ』
「言われるまで気がつかなくて、言われたら言われたでヘコむって、私、ぐずっ・・面倒くさい・・ぐずっ・・・よね・・・」
『そんな事はないよ。だだ、リーネを慰める事しか出来ない自分が不甲斐ないの』
「うわぁぁぁ~ん!」
私はロカの胸で盛大に泣き崩れました。