101.新たな日常3
ダークエルフ達を静かに追いかけてしばらく進むと、その先にビトックの木が生い茂っていました。
ビトックの木は高さが2mぐらいまでしか育たない低木ですが、細い幹を四方に伸ばして成長します。
その幹には多数のトゲが生えており、そのトゲに刺されると強い痒みを伴って赤く腫れるので、魔物でさえ腫れや痒みを嫌がってビトックの木があるところを分け入ろうとはしません。
(ビトックの木が集落の防壁代わりになっているわ)
通常、ビトックの木は同じところにそれほど多く繁殖しないのですが、ダークエルフ達はビトックの木を上手く育てて魔物除けにしているようです。
しかし、グレイルベアに追われてパニックなっている冒険者はビトックの木を気にする余裕も無かったのか、ビトックの木を分け入って集落に入ってしまったようで、ダークエルフの集落では突然乱入してきた人族の冒険者とグレイルベアを見て騒然としています。
集落に入った冒険者はダークエルフを見てパニックに拍車がかかったようで、集落内を右往左往しており、その冒険者に釣られてグレイルベアも暴れていました。
また、冒険者を追って来たグレイルベアが通常の個体よりもやや大きくて3mほどあるので、身体能力の高いダークエルフ達でも思うように対処出来ないようです。
冒険者とグレイルベアが集落内に乱入したため魔法で対処するのが難しくなっていて、ダークエルフ達は冒険者とグレイルベアを囲むように動いて対処しようとしていますが、戦える人数が少ないようでそれも上手くいっていません。
今のところ、大きなケガをした者はいないようですが、このままだとダークエルフ達の被害が大きくなりそうです。
(介入しないと厳しいかも・・・)
グレイルベアの対処が上手くいっていない状況を見て私は介入することを考えます。
通常の攻撃魔法だと誤射する可能性があるので現状では使えませんが、ショットガンなら射程が短く広範囲に攻撃出来るので、一時的に冒険者とグレイルベアの動きを止めることは出来そうです。
仮に流れ弾が当たったとしてもショットガンの威力は高くないので致命傷にはならないでしょう。
冒険者とグレイルベアが動きを止めたタイミングでダークエルフ達に槍で攻撃してもらえばそれなりにダメージを与えられるでしょうし、その後はなんとかなると思います。
冒険者には悪いけど、ダークエルフの集落を知った人族の冒険者をダークエルフ達がそのまま逃がすとは思いませんので冒険者のことはダークエルフ達に委ねましょう。
介入すると決めた私は姿を現して集落に走り寄りながら声を大にしてダークエルフ達に伝えます。
「私が動きを止めるからタイミングを見て槍で攻撃して!」
私はそう言うと、ダークエルフ達の反応を確認もせずに冒険者とグレイルベアに併走するように近づき、冒険者とグレイルベアを巻き込むようにショットガンを発動します。
ショットガンの攻撃を受けた冒険者は足をもつれさせてグレイルベアの前で転倒しましたが、冒険者と同じようにショットガンの攻撃を受けたグレイルベアは攻撃した私を気にすることもなく、目の前で転倒した獲物のことしか意識していないようです。
このグレイルベアが大きい個体だったためか、ショットガン程度の威力では意識をこちらに向けさせることが出来ませんでしたが、追っている冒険者が転倒したことでグレイルベアは動きを止めました。
そのタイミングを見逃さずにダークエルフ達はグレイルベアを攻撃しましたが大きなダメージを与えることは出来ず、グレイルベアの意識がダークエルフ達に向いてしまいます。
(出来れば動きが止まった隙にダークエルフ達で倒して欲しかったんだけど・・・)
私がグレイルベアの動きを止めればダークエルフ達の攻撃で倒せるか、もしくはそれなりにダメージを与えることが出来ると考えていたのですが、このグレイルベアが通常よりも大きいことと、攻撃したダークエルフ達の技量が私の想定よりも低かったため、グレイルベアにたいして有効打とはなりませんでした。
グレイルベアの意識が冒険者からダークエルフ達に移ったことで、集落内を暴れまわるということはなくなりましたが、これで真正面からグレイルベアと戦わなくてはなりません。
今現在、グレイルベアと対峙しているダークエルフは、先ほどの男女2人と槍を持った男性4人の6人+私になりますが、連携のことなどを考えると私が積極的に攻撃するわけにもいきません。
もちろん私1人でもグレイルベアは倒せるのですが、ダークエルフ達に見せる力をほどほどにすることを考えると、ダークエルフ達のフォローをするように動くのが無難でしょうか。
そう考えていると、先ほどの男女2人が積極的にグレイルベアと対峙して残りの4人が周りを囲んで牽制するという状況になりました。
しかし、グレイルベアの攻撃範囲が広いため、ダークエルフ達はグレイルベアに攻撃出来る距離まで近づけず、上手く攻撃することが出来ていません。
ダークエルフ達がグレイルベアを囲んだので魔法でフォローしようかと考えますが、今の状況に適した魔法がありません。
今の状況でフォロー出来そうな魔法はピットか影縛りあたりですが、ピットはタイミングを誤るとグレイルベアの攻撃を加速させてしまいます。
また、影縛りは影を縫い付けて移動出来なくする魔法なので、グレイルベアがほとんど移動していない状況ではあまり効果的ではないでしょう。
(振り下ろす腕をなんとかすればダークエルフ達も攻撃するチャンスが出来ると思うけど・・・)
ほどほどに介入するというのが意外と難しく、適当な魔法が無いかと考えていて、1つ思いつきました。
それは、ある程度圧縮した空気の弾を振り下ろす腕に当てて跳ね返すという方法です。
魔法名としてはエアバレットといったところでしょうか。
とりあえず適していそうな魔法を思いついたので、エアウォールの要領で30cm大の圧縮した空気を作り出し、ウインドカッターを飛ばす要領でその圧縮した空気を振り上げられたグレイルベアの腕に向けて飛ばしました。
すると、私が飛ばしたエアバレットが振り下ろそうとしていたグレイルベアの腕に当たり、グレイルベアの腕が爆発するように弾け飛びました。
(圧縮し過ぎたみたい・・・)
私が想定していたよりもエアバレットが高威力になってしまい、グレイルベアの腕を弾け飛ばしてしまいましたが、ダークエルフ達はそのチャンスを見逃さずにグレイルベアを攻撃してなんとか倒しました。
(まあ、結果オーライってことで・・・)
ちょっと私の想定とは違いましたが、結果的に私がたいした力を見せずにグレイルベアを倒せたので問題はないでしょう。
そんなことを考えていると、グレイルベアと戦っていたダークエルフの女性が話しかけてきます。
『どこの集落の方かは知りませんが協力してくれてありがとう。あなたのおかげで大きなケガをする者も出さずにグレイルベアを倒せたわ』
彼女がそうお礼を言ってきたので、たまたま現場に居合わせたことを伝えます。
「薬草の採集に来てたまたま現場に居合わせたけど、同族を助けるのは当然だからお礼なんて必要ないわ」
私がそう答えると、彼女は軽く首を振り、私が言ったことを否定するように言ってきます。
『そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりお礼は必要よ。同族のよしみを当然と考えているといつか痛い目に合ってしまうわ』
そう彼女が言った理由もわかります。
例え同族であっても考え方には違いがあり、同族というだけで同じ考え方と思うのは危険ということです。
「わかったわ。じゃあ、今回のお礼は受け入れるけど、今後、私に会っても今回のことで気遣いはしないでほしいわ」
『ありがとう、そうさせてもらうわ。私はリスティーニア、この集落の長をしているわ』
私の返答にたいしてそう答え、彼女、リスティーニアは自己紹介してくれました。
最初にリスティーニアに話しかけられた時からなんとなく感じていましたが、私の想像通り、リスティーニアがこの集落の長のようです。
「クエフリーネよ、冒険者をしているわ」
私がそう自己紹介すると、リスティーニアは少し声を落として言います。
『薬草採集場所のグレイルベアを倒したのはあなたね。このグレイルベアもあなた1人で倒せたんじゃないかしら?』
リスティーニアは集落の長をしているだけあり、なにかと察しがいいようですが、今後もこの周辺で薬草採集することを考えると、この集落のダークエルフ達と遭遇する可能性があるのでどう返答するのが適当か悩みます。
「私が1人でいるってことが答えになるかしら?」
私は少し考えてから、リスティーニアの察しの良さに期待して肯定も否定もせずにそう答えました。
私の返答を聞いたリスティーニアは少しため息をついてから言います。
『わかったわ。一応確認させてもらうけど、集落のことは見なかったってことにしてもらえるのよね?』
この質問は、私が『集落のことを誰にも話さない』ということと『人族の冒険者のことはダークエルフ達に委ねる』という2つのことを確認しているのでしょう。
「ええ、私は薬草採集をしていて何も見ていないわ」
『ありがとう、ここにいたのがあなたで良かったわ』
私の返答を聞いたリスティーニアはそう答え、続けて言います。
『それと、ケガ人が多いから傷薬を持っていたら譲ってほしいんだけど、持ってないかしら?』
そういえば、大きなケガをした人はいないけど、小さなケガをしている人はそれなりにいるようです。
それに、人族の冒険者が薬草を根こそぎ取っていったので傷薬が足りないのかも知れません。
ここで持っている傷薬を渡すことは可能ですが、人族の冒険者がこの集落にグレイルベアを引き連れてやってきた要因の1つとして、私がグレイルベアを倒していることが関係していると考えると少し申し訳ないと思ってしまいます。
今回のことは私は関与していないという体を取りますが、同族の私がこの集落を多少優遇しても問題はないでしょうし少し協力することにしましょう。