100.新たな日常2
昨日、アティと2人でポーションの作成をしていたおかげか、私の錬金術のレベルが上がって上級の回復ポーションの作成に失敗することが減りました。
私が「アティのおかげで錬金術のレベルが上がったわ」と伝えると『リーネに並ばれたー!』って騒いでいましたが、笑顔でそう言っていたので、嫌というわけではなく照れ隠しで言ったようです。
この調子で上級の回復ポーションが安定して作れるようにしたいところですが、昨日、上級の回復ポーションの素材をかなり使ったのでササリウムの花が無くなってしまいました。
そんなわけで今日はアティと2人で魔の森へと素材の採取に来たのです。
今回は上級の回復ポーションに使うササリウムの花と、あらたに作成する予定の中級のマジックポーションに使うリンカ草を採取するつもりでしたが、以前に素材を採取したところまで来ても探しているササリウムの花やリンカ草が全然見つかりません。
『う~ん、この辺にはもうササリウムもリンカ草も無いかな?リーネ、どうするかな?』
しばらく探してみましたが目的のササリウムの花やリンカ草が見つからないのでアティがそう声をかけてきました。
前回、素材の採取に来た時にはササリウムの花やリンカ草はまだありましたし、私達で取りつくしてしまうようなことはしていないのですが思いのほか見つかりません。
まだ残っていたはずのササリウムの花やリンカ草が無くなったのは魔物が食べたのか、冒険者に採取されてしまったのかはわかりませんがこの辺にはもう無いようです。
「冒険者が採取していったと考えるといろいろと面倒事が起こる前に移動したほうがいいかもしれないわね」
私は冒険者と鉢合わせた時の事を考えながらそう答えました。
この辺は魔の森の深さでいうと比較的浅い場所になりますが、それでも相応の実力が無いと入ってこれないところです。
そんなところに入って来てポーションの素材を採取出来る冒険者となると、それなりに実力があるのは当然ですが実力がある程度あるために自己顕示欲が強い者が多いのです。
そんな冒険者の前にダークエルフの私とパッと見で人族の若い女性に見えるアティが現れれば問題が起きないはずがないのです。
『あ~それは確かにめんどくさいかな』
私の返答を聞いたアティは嫌そうな顔をしてそう答えました。
アティはこの世界に来てから冒険者には会っていないはずですが、ハーティ様の世界にいた時に冒険者に会ったことがあるようで、本当に嫌そうな顔をしています。
それならばさっさと移動しようと思っていると、人が近づいてくる気配がしました。
距離的にはまだ目視出来るような距離ではありませんが、私達は場違いな格好、ようするにいつもの衣装のまま魔の森に来ているので僅かでも見られるといろいろと面倒です。
かといって目的の素材を採取せずに戻るのもスッキリしないので、私達はとりあえず木の上に移動してミラージュで隠れることにしました。
しばらくすると森の浅い方から3人の冒険者らしき人影が見えて来ましたが、私には5人の気配が感じられます。
見えていない2人の気配は3人の少し後方にあるようですが、状況がわからないので少し様子を見ることにしました。
『あ~やっぱなさげだぞ』
『まあ、こないだかなり採ったからな~グレド、どうする?』
『奥に進めばまだあるんじゃないか?魔物もオークぐらいしか出てこねぇし大丈夫だろ』
(あ~ここがグレイルベアの縄張りだったって気づいてないわ)
ここはもともとグレイルベアの縄張りだったのですが、私達が最初に採取しに来た時にグレイルベアを倒しているから一時的に縄張りの主がいないだけで、ここの縄張りから外れて奥に進むと他のグレイルベアの縄張りに入ることになります。
しかし、彼らを見た感じではグレイルベアを倒せる実力はなさそうなので、ここよりも奥に進むとグレイルベアに襲われて残念な結果になるのが目に見えています。
おそらく、最初に私達が採取に来た後でたまたまここに入って来て、ササリウムの花やリンカ草を根こそぎ採取して帰ったのでしょう。
ササリウムの花やリンカ草は人族にとってはそれなりに入手し難い素材ですから、根こそぎ採取して帰った彼らはちょっとした大金を手に入れたことが想像出来ます。
そして、前回の採取で味をしめた彼らはグレイルベアの縄張りであることを理解せずに再びここに足を運んだということでしょう。
彼らが生き残るか死んでしまうかはわかりませんが、どちらにしても冒険者の行動は自己責任なので私達が手助けする理由もありません。
そんな彼らが奥へと進んでしばらくすると男女2人のダークエルフが現れました。
どうやら人族の冒険者の後をつけて様子を見ていたようです。
『ここの薬草を根こそぎ取ったのはどうやら先ほどの人族のようだ、どうする?』
『どうもしないわよ、私達の集落が見つからないかぎり人族とは関わらないわ。それにしても、ここは貴重な薬草の採取に向いていたのに、どうして人族は根こそぎ取ってしまうのかしら?』
『人族の考えなどわからん。そもそも、ここはグレイルベアの縄張りだったはずだが、縄張りの主はどこに行った?』
『そうね、争ったあともないし、縄張りにいる様子もないわ。いったいどうしてかしら?』
ダークエルフ達はここがグレイルベアの縄張りだと理解しつつも、ここで薬草を採取していたようです。
(まさかここの近くにダークエルフの集落があるなんて思ってもいなかったし、なんだか悪いことをしてしまったわ)
ここは魔の森の中でも西よりなので、ここに入ってくるような冒険者はテルヴィラから入って来るのですが、魔の森の西側にある国は基本的にダークエルフを迫害しているため、ダークエルフの集落のほとんどは魔の森の東側にあるとされています。
そんなこともあって私も西よりのここにダークエルフの集落があるとは思ってもいませんでした。
(それにしても、ちゃんとしたダークエルフは初めて見たかも?レイドック帝国で見たのはほとんどハーフやクオーターだったはずだし・・・)
今までレイドック帝国でダークエルフを見たことはありますが、レイドック帝国で見られるダークエルフはハーフやクオーターがほとんどで純粋なダークエルフはまず見かけないという話でした。
ですから自分以外の純粋なダークエルフを見たのはおそらく初めてです。
(ダークエルフはそれだけ数が少ないってことなんでしょうけど・・・)
今現在、ダークエルフの数が少ない理由はわかっています。
およそ500年前に現れた魔王がダークエルフであり、この世界のダークエルフを従えて人族との戦争を起こしました。
人族との戦争は1年にも及びましたが、人族が勇者を召喚し、また、聖女が戦乙女の召喚に成功したことで人族が優勢になり、最終的に魔王と多くのダークエルフの討伐を成功させて戦争は人族の勝利となったのです。
その戦争によって、もともと数の多くないダークエルフはさらに数を減らし、魔の森の西側の国々はダークエルフにたいする迫害を強めたのです。
そんなダークエルフの集落がここの近くにあるのは意外でしたが、彼らは人族と関わらないように生活しているようなのでひとまず問題はないでしょう。
『??』
そんなことを考えているとダークエルフの女性がこちらに振り向きました。
(気づかれた?)
『どうした?』
『いいえ、なんでもないわ』
ダークエルフの男性がダークエルフの女性の様子を見てそう声をかけましたが、ダークエルフの女性は特に気にした様子はありません。
(なんとなく違和感を感じたのかも・・・)
2人がそんなやり取りをしていると、森の奥から先ほどの冒険者の1人がグレイルベアに追われて東へ逃げていくのが見えました。
どうやら他のグレイルベアの縄張りに入ってしまい、グレイルベアに襲われて逃げて来たようですが、逃げて来た冒険者は1人だけで他の2人の冒険者は見当たりません。
他の2人の冒険者がどうなったのかが少し気がかりではありますが、逃げて来た冒険者はグレイルベアに襲われてパニックになったようで、森の外に向かう西側ではなく、東側に逃げていきました。
『くそっ!あいつ、集落のほうに逃げやがった!』
『このまま集落に向かわれたらたいへんだわ!追うわよ!』
逃げていった冒険者を見た男女2人のダークエルフはそう言って冒険者とグレイルベアを追いかけていきました。
そんな2人を見届けたアティが声をかけてきます。
『リーネ、どうするかな?』
アティはそう聞いてきましたが、どちらかというと、私がどうするつもりかわかっていて確認のために聞いたという感じです。
私としては人族には関わらないつもりでいますが、数の少ないダークエルフの集落がグレイルベアに襲われるのを黙って見ているのも躊躇われます。
「ちょっと様子を見にいくわ。状況次第で介入するかもしれないけど、アティはどうする?」
私がそう答えると、アティは納得したように頷いて言います。
『だと思ったかな。リーネならダークエルフ達に見られても問題ないだろうけど、私が関わるとややこしいだろうし適当に素材を採取しとくよ』
私がダークエルフの集落に向かうのは特に問題はありませんが、人族に見えるアティがいるといろいろとややこしくなるのでアティは関わらないようです。
「わかったわ。じゃあ、ちょっと行ってくるから、素材の採取をお願いするわね」
私はそう言うと、衣装のまま集落に向かうわけにはいかないので冒険者として活動する時の装備に換装しました。
『リーネ、介入する時はほどほどにしないとめんどくさいかな』
私がダークエルフ達に姿を見せるのはいいとしても、アティの言うように過剰な力は見せないほうが無難でしょう。
私はアティの言葉に頷くと静かにダークエルフ達の後を追いかけました。