なんでもやってみるもんだね。
☆ ☆ ☆
というわけでー、私はサッカー日本代表候補である浅見選手の身体をジャックしてしまった関係上、プロの試合に出場しているのでありました。
しっかし、盛り上がってるねー。
ナントカ東京と東京ナントカが戦うあれなんだもんね。
たしかダーティーマッチだかダンディーマッチとかのどっちかで、今日のは特に熱いバトルがすげえんだってトモちゃんが力説してたしなあ。
こんなまわりを、もっのすごい人間たちにかこまれてスポーツするなんて初めてだわ。
めっちゃ人、人、人だらけ……。
当たり前だけど、みんな見てるし。
意外に緊張しないのは他人の身体だからかな?
まあたしかに私のようでいて、まったく私じゃないもんな。
わー。ちっちゃい子が私と同じ番号のユニフォーム着て手を振ってるよ。かわいー。
これはいいところ見せなきゃだよね。
いやしかし、スポーツ選手の身体って、やっぱすごいねー。
走りが違う。走りが。
こんな軽々と走り回れる感覚って小学生以来かもしんない。たのしー。
あと、靴がちがうね。スパイクっていうんだっけ、これ。
このトゲトゲがついてるのがすごいわ。
ちゃんと賢いひとたちが考えまくって編み出したテクノロジーの結晶だね。
『トゲトゲ……』
頭の中で声がした。
いくらイケボイスとはいえ、頭蓋骨のなかに音源があって耳の内側で鳴り響く感じは、ちょっと気持ち悪さがある。
もーぅ、あさみん!
さっきから黙るから居ないのかと思っちゃったよ。
こっちはビギナーなんだから、もっとフォローしてよねっ。
『おう、悪い。始まったとこだからな、あっちのポジションをチェックしてたんだ』
ほう、ポジションとな。
いいね、なんかプロみたい。
『プロだよ。監督の予想したとおり、あっちは4ー5ー1を採用してるみたいだ。こっちの4ー3ー3と似てるけど、よりディフェンシブになるな。対面の右サイドバック、輪田さんのオーバーラップは俺がケアしないと駄目だから気を付けろよ。あと、センターハーフの荒城さんからガンガン裏狙って出てくるから、そのつもりでな』
……。
『どうした?』
いや、わかんないから専門用語はやめようよ。
まじで。
4とか3とか何のことやら、あれかい、大きいと強いわけなの?
『んぬう。わかんないかー……お、おい、オフサイドポジションだぞ、戻れ!』
んー何が? また業界語ですか……。
なにそれ、おいしいやつ?
『うおお……オフサイドわからんやつに身体を預けることになろうとは。とにかく、ちょっと下がれ。相手チームのゴールキーパー以外の選手よりゴールに近いところにいたら、ボールを受けたときに反則になる』
なんその、ルール。
『いいから早く』
はいはい。
よくわからない謎ルールなんて却下したいところだけど、私は従うことにした。
あさみんが言ったとおりに少し戻る。
そしたら、敵?の人がついてきてしまった。
私がちょっと走ると、その人もちょっと走ってついてくる。
どっちに行っても距離感近すぎるストーカー状態で追ってくる。
目付きがなんか粘着質な感じで恐い。もとの身体で同じことをされたら、すぐさまポリスメンを呼ぶところだ。
あと悔しいのは、あっちのほうがユニフォームの色使いがセンスあってオシャレなんだよね。許すまじ。
『あっちのラインの外に旗をもった審判がいるだろ。あの人が、オフサイドポジションを見てるから』
あさみんはとりあえず私に謎ルールのことを教えたいらしい。
へー。あれは遊んでるんじゃないんだね。
ということは、あのおっちゃんよりもこっち側でボールをもらわないといけないんだね?
『いや、正確にはパスを出した瞬間にパスの貰い手がオフサイドポジションにいたまま、そのパスに関わったときに初めて反則になる。出し手がパスを蹴ったあとからなら、オフサイドラインを飛び出してボールを受けても反則にはならない』
……?
とりあえず、サッカーめんどくさいのは理解した。
でもさ、さっきからボールこないんですけど。
ずっと真ん中らへんの人らでバシバシやって、ボールとったり、ボールとられたりしてるだけだし。
それにアゴ髭の人がずっとついてくるんですけど。
『そう簡単にフリーにはしてくれないさ……でも今日は、代表監督のカーロス・アインツも観に来てるからな。絶対に活躍すんだぞ!』
ああ、アインツ・ジャパン。
それは知ってるなあ。有名だよね!
なんだっけ、あの「銀色、かなしい」の人でしょ?
『なんだその、雑な知識……。たしかにアインツ監督は、各国の代表を歴任しながらも大きな大会で何度も準優勝した経歴から、シルバーコレクターなんて呼ばれてたりする』
そうそう、それそれ。
『そのことについて日本代表監督の就任会見で記者から質問されたときに言ったのが「銀色は美しいが悲しい色だ。それは最後の敗者に贈られる色だからね」だろ』
そうだよ、そう。
よく覚えてるねー。
『忘れないさ。監督はこうも言った。「だが私は、日本代表で銀色のコレクションを増やすつもりはない」ってな。マスコミは日本は世界で準優勝できるレベルにないって意味だって書きやがったけど、監督は本気で金色を狙ってるんだ。俺もな!』
あさみんは何か気合い入ってるみたい。
着替えるときも、ワールドナントカに出てゴールして、何かのトリックを見せるのが夢だ、マイドリームだって言ってたもんね。
『くるぞ!』
頭の中であさみんが叫ぶ。ちょっと、うるさい。
遠くの方から、渋い感じの仲間の人が私にむかってパスするつもりでボールを蹴ったのが見えた。
凄い勢いでボールが迫る。
というか速すぎた。
もとの身体の感覚だと、完全に私のことをコロス気で攻撃してくる感じのやつだ。
あさみんのボデーならたぶん大丈夫なんだろうけど、これが私のままだったらサッカーボールに吹き飛ばされてどうにかなっていたに違いない。
プロのサッカーって、こういうノリですか。
──無理だね。
私は諦めた。
『って、諦めんな!』
あさみんがまた叫ぶ。やっぱり、うるさい。
頭の中で反響する声を聞いて私は、あさみんボイスのボリュームを調整する機能を欲しがった。
「あれっ?」
いつのまにか不思議現象が起きていた。
気がつくと私の足元にサッカーボールが転がっている。
なんか無意識のうちに、あのわけわからん速さのボールを足で受け止めちゃってたみたい。
たぶん変に私の意志で何とかしようとはせずに、すっぱり諦めた結果、あさみんのボデーがうまいこと反応してくれたんだろう。
『なんじゃそりゃ!』
実際、サッカーボールが足を出せば届く、すぐそこにあると身体が自然と蹴りたがる感じがしてきた。
子犬がボールを追いかけたくなる本能みたいなのが、このボデーには宿っているんだろう。
これはつまり、身体が求めている欲望に身を委ねてしまえば私にもサッカーができてしまうということじゃないだろうか。
きっとそうに違いない。
「サッカーボールはオトモダチ!」
アゴ髭の野郎が私のものにしたばかりのボールに足を伸ばしてきたので、私は身体がやりたがるとおりにチョイっとボールを引き寄せて奪われないようにした。
「オトモダチをとろうなんてワルイコデスネー!」
やばい。なんか楽しくなってきた。
やっぱこの身体、サッカーのことが大好きなんだろう。
DNAレベルで馴染んでしまっていると言って過言ではないのかも。
『ひとの身体で変なこと叫ぶなよ! しかも、なんで片言なんだ?』
なんとなく恥ずかしそうに、なにかを言っている声がする気がするけど関係ない。
私は、オトモダチを連れていかねばならないのだ。
どこに?
──それはもちろん、ゴールに!
「っかせるかよ!」
アゴ髭が私とボールの進むべき道を塞ぐように立った。
しつこい系の人なんだろう。
「そういうの、モテないよ!」
私はボールを蹴りながら、めっちゃ走った。
非モテのアゴ髭の真横を抜けて、ゴールのほうに。
すごい速さでドーンと走ったら、一瞬だけ、視界の隅に口を開けて驚いているエネミーアゴ髭の姿が見えた。
『お、おい、フェイントもなしに抜きにかかるやつがあるかよ!』
んーでも、置いてきぼりにできたよー?
『たまたま意表をついただけだ!』
じゃあ、ま、結果オッケーってことで。
私はボールをちょいちょい蹴りながら、まっすぐゴールに走る。
このあたりの動きは身体に任せればそれとなくできてしまう。
なんか流れに身を委ねるというのか、そんなノリでいけるみたい。
当たり前なんだけど走れば走るほどゴールが近づく。
大丈夫。あれは味方のじゃなくて、敵のほうのゴール。間違ってないはず!
ゴールの向こうのスタンドにいる人たちが騒いでいるのが見える。
そこだけじゃなくて、スタジアム全体のテンションが天井知らずに上がるのが感じられた。
たぶんみんな私を見てるんだろう。
でもプレッシャーは感じない。
今はもう、それどころじゃない。
ねえ、あさみん。
『──ん?』
サッカーのゴールってさ、あんなに大きいんだね。
なんか私、決められる気がする。
この身体がやりたいとおりに、思いっきり蹴ったら、たぶん決まってしまうと思う。
……いいのかな?
『んなの、いいに決まってるだろ! 迷わずにやれ!』
うん。
右からも左からも、敵の人たちが必死になって襲いかかってくる。
たぶん後ろからも。
これ以上を前に進むのは、たぶんやばい。
何かの白い線を踏み越えたあたりで、私はオトモダチを蹴り飛ばすことにした。
大丈夫。サッカーボールはオトモダチだけど、足蹴にされて喜ぶ系のオトモダチだ。真性のマゾなのかもしれない。
だから強く蹴るのは強さが強いほどに、きっとご褒美になるだろう。
『んなわけ、あるかよ……』
「いっくよ~あさみんキッーーク!」
『変なことを俺の身体で、しかも大きな声で口走るなー!』
あさみんの声は、あんまり役に立つことを教えてくれなかった。
だけど身体は、力一杯ボールに足を叩きつけようとした私に──力むな──と教えてくれた。
だから私は、なるべくナチュラルな動きを心がけて蹴った。
固くならないよう、しなやかなアクションで。
「いっけーーぇーーっ!」
手応え、じゃなくて足応えがあって、あさみんキックでボールがいい感じに飛んだ。
ボールは、グローブをつけてる手え使ってもいい人──たしかキーパー?──の伸ばした手の先を抜けて、ゴールの中に吸い込まれていった。
うん、入った。
『……おぉう』
頭の中で唸る人がいる。
次の瞬間、やべえ地震が起きたのかと思った。
でもそうじゃなくて、ものすごいたくさん人が「わーっ」ってなったせいで、スタジアム自体が揺れていたのが事の真相だった。
私のしたことで、こんなにも大勢の人が興奮するなんて。
「なにこれー! 快感がやばいんですけど!」
私は、腕を振り上げて走り回る。
仲間の人たちがめっちゃ笑顔で私に抱きついてこようと迫ってくるので逃げた。
知らん男に抱きつかれるなんて恐怖だ。
でも、パスをくれた渋い人ならいいかも、って思ったんだけど、その人は普通にハイタッチをしただけだった。ちぇ。
渋い人は目付きがなんか涼しくて、どことなく雰囲気がやや枯れた感じがいい。今からは彼をダンディー先輩と呼ぶことにしよう。
浅見コールが聞こえる。
まさかこのあさみんの中身に一般人JKが入ってるとは誰も思っていないだろう。
「あはは、ほんとにゴールとか決めちゃったよ~ウケるー!」
『ウケるのかよ!』
あさみんはツッコミを入れたけれど、その声はあからさまに弾んでいて、喜んでいることが私にはわかったのだった。




