事件、そして運命獣
僕の家は少し広いので、サダメの寝室の1つや2つ用意はできる。
そのため僕はいつものように1人で次回作を考えながら眠りについたわけである。
しかし真夜中、僕は目が覚めた。
悲鳴、のような声を聞いた気がしたからだ。
ひょっとしたら夢だったかもしれないが、胸騒ぎがして外の様子をうかがった。
窓から2人の人影が見えた。
こんな真夜中に出歩く人、それだけでも僕は少し違和感を覚えるだろう。
だが、それ以上に何かただならぬ感じがしたのでつい見に行ってしまったのだ。
そこに『あった』のは1人だった。
「うわあっあっ……」
僕は情けない声をあげたがそれは仕方が無いことだ。
遺体だった。
それも、どう考えても殺されている。
僕はポケットからスマホを取り出し慌てながらも通報する。
殺人事件。
一言で言えばそうであろう。
しかし、被害者の様子はどう考えても異常だった。
噛み殺されていたのだ。
喉のあたりに、人間の口くらいの大きさで抉られた痕があった。
すぐに警察がやってくる。
僕は第一発見者であったし、その前に現場を見たこともあって長く話を聞かれたが、大したことは答えられなかった。
僕が解放されたのは、結局夜が明けてからだった。
「ただいま……」
僕は一人暮らしだが、いつも家に帰るとただいまを言うようにしている。
いつもは返事なんてないのだが、今日は違った。
「おかえりなさい、どこに行ってたんだ?」
サダメが出迎えてくれた。
僕は隠すこともないの普通に答える。
「警察だよ」
帰ってきたのは意外な言葉だった。
「警察……?警察とは何だ?」
うっかりしていたが、彼女は異世界人なのだ。
ともすれば、人間界のことで知らないこともあるだろう。
とりあえず、警察のことを僕の拙い認識で説明すると、どうやら彼女の世界に似たようなものがあるらしく理解してもらえた。
「なるほど、松竹は殺しの現場を目撃したのか」
「ああ、ほんとに参っちゃったよ……」
人の遺体は見るし警察にずっと拘束されるしで、僕はげんなりしていた。
それでも朝ごはんを作って、サダメと2人で食べていると、彼女が急に妙なことを言い出した。
「松竹、今日はどこかに出かける予定はあるのか?」
「えっ?えーと……ああ、そういえば」
今日は、僕の小説のアニメが最終話を放送した記念でお祝いをすることになってたのだ。
「うん、夜に出掛けることになってるけど……どうかしたのかい?」
彼女の顔が、少しこわばった。
「私たち運命獣は、他の知的生命体の運命を見ることができる」
「うん、そうだったね」
「それで、今松竹の運命が見えたんだ」
彼女は僕の胸のあたりを鋭く睨んだ。
「あなたに……死の運命がぼんやりと見えてる……病気とかじゃなく」
「えっ……」
「他殺、誰かに殺される……今日は外に出ない方がいい」
僕はひどく動揺した。
死ぬ?誰かに殺されて……?
「ま、待ってくれ!君は運命を奪えるんだろ?その死の運命を奪って……」
「それは……できない。その運命があなたを強く縛り、そして縛られている」
「縛られている?それじゃあ……」
「でも!」
彼女は言葉を遮ってこう言った。
「まだ、変えられる……今日は外に出ないで」
僕はアニメ化に際して監督をしてくれた方に電話をした。
今日は行けなくなった、と伝えるために。
しかし、「原作者のあなたがいないと盛り上がりませんよ」、なんて言われて気を大きくしてしまい、やっぱり行くと言い切ってしまった。
死ぬかもしれないってのに、僕はなんてバカなことをしているのだろう……。
「……それなら、私も行く。私があなたを守る」
サダメは、キッパリと言った。
僕を守る……僕より細身で若いであろうこの女性が……。
僕は自分を情けなく思ったが、僕の運命を見ることができる彼女がいれば確かに安全だとも思った。
「それじゃあ……よろしくお願いします」
午後6時、僕は宴会をする予定の店にサダメと共に入店する。
そこには、もうアニメ制作のメンバーがみんな来ていた。
「お、梅田さん待ってましたよ!さ、主役はどうぞ真ん中へ……っと、この方は?」
監督さんが僕を席に案内しようとするが、やはりサダメが気になるようだ。
「あ、えーと……い、妹です。その……今家に泊まりに来ていて……それで」
「あーなるほど!妹さんがいらっしゃったとは……さ、妹さんもどーぞどーぞ」
サダメが不思議そうな目でこちらを見るので、小声で今は合わせてくれと言っておいた。
宴会は無事に終了した。
僕は、殺されることもなくひとまずは安心した。
帰りのことを考えてお酒を少なめにしとておくくらい、内心まだビビっているのだが。
みんなと別れ、サダメと2人、帰路につく。
「あの……僕の運命は、どうかな?」
とりあえず、聞いておくことにした。
「……まだ、消えてない。まだ安心できない」
ひえ〜、勘弁してくれ……と、僕はトボトボ歩き出した。
住宅街に入ると街灯は減り僕の恐怖心が刺激される。
幸いなことに家まで近いので、サダメと2人、少し早足になった。
「助けてっ……!!」
家の近くまで来た時、確かに聞こえた。
助けを求める誰かの声。
僕は今朝の事件を思い出し、声の方へ駆け出した。
「待って!」
サダメが呼び止める。
「で、でも、今声が」
「あなたの死の運命の色が濃くなった、行かないで」
僕は恐ろしくなったが、それでもまた犠牲者が出てしまうことも恐ろしかった。
「ひょっとしたら、朝の事件と関係あるかもしれない……それに、今危ない状況にある人がいるなら……助けなきゃ」
「でも……自分を犠牲にすることは……」
「やってみなきゃ、わからないさ」
僕は再び声の方へ走り出す。
「はぁっはぁっ……く、来るなっ!来ないでくれっ!」
男は叫んだ。
自分を追い回す何者かに向かって、声の限り叫んだ。
「……近づかなきゃ……君の運命をいただけないんだよな……」
何者かは冷たい声でそう答えた。
「待てっ!」
僕は今にもサラリーマン風の男に襲いかかろうとしている若い男に向かって叫んだ。
「……誰だ?」
若い男がこちらへ振り向いた。
すると、その隙をついてサラリーマンは逃げ出した。
「……おいおいおい。お前のせいであの男に逃げられたぞ」
どうしてくれるんだ、という目で若い男が僕を睨みつける。
「あんた……今日の日の出前にこの辺りで人を殺したか?」
僕は恐怖しながらも、それに負けないように強気で言った。
「……見られていたのか」
若い男は慌てもせずにそう言った。
やはり、この男が犯人なのだ。
ちょうどその当たりでサダメも僕に追いついた。
「はぁっ……はぁっ……」
すると若い男の顔色が急に変わる。
まるでいたずらが親に見つかった子供のような、ばつが悪いといった表情に。
「あ、あなたはっ……」
すると、サダメも驚いたようで、目を見開いた。
「お前っ……こんな所で何をっ……」
しばらく沈黙が続いている。
僕が推察するに、恐らく2人は知り合いなのだろう。
そしてそれは、あの若い男が運命界の住人、運命獣であることを示している。
沈黙を破ったのは、サダメだった。
「貴様……なぜ運命獣であるお前が、『ここ』にいる!?」
どうやら、僕の想像通りだったらしい。
僕の住む街で殺人を行っていた犯人は、運命獣だった。
そしてこの出会いを皮切りに、大いなる運命の歯車が音を立てて回り始めるのだ。