運命、それは可能性
「サダメ……サダメさん、ですか」
すると彼女は、もう1度あの言葉を言った。
「そう。……それで、私に運命をくれるのか?」
運命。
僕は、運命というものはよくわからない。
今までの人生は、なんとなくやりたいことをして、なんとなくそれが成功してきた、という感じで運命を感じた瞬間はない。
しかし、そんな僕にもわかることはあった。
彼女の目がとても真剣であることだ。
彼女は、どういうわけか運命というものを欲している。
「その……運命って……」
「……そうか、人間界の人間は運命が見えないのだったな」
彼女は、何かを理解した様子で頷きながらそう言った。
「……自己紹介をしておこう、私は運命界を統べる運命王『フチ』が娘、サダメだ」
僕にとってなんの紹介にもならない自己紹介だった。
聞いたことのない単語の羅列で理解が追いつかなかった。
「あ、あの……運命界って……なんですか?」
彼女はまた、何かに気づいたような表情を浮かべた。
「あ……す、すまない。そうだな……人間界には運命界の存在が知られていないのだった……」
彼女は、焦った様子で続ける。
「運命界というのは……この人間界の隣にある人間界とは別の世界だ。
そして……私はその世界の王の娘……『姫』ということだな」
僕は、この時ほど自分がファンタジー小説家であったことに感謝したことは無い。
彼女の言うことは、おおよそ子供の空想、あるいは物語の中のお話のようだが、その言葉には不思議な説得力があった。
なぜだか、彼女のことを信じずにはいられなかった。
「つまり君は……異世界からやってきたお姫様ということ!?」
「人間のあなたからすれば、そうだ」
どうやら僕の理解したことは正しかったようだ。
しかし、彼女の言葉には、まだわからないことがある。
「それで……『運命をくれ』っていうのはどういうことです?」
彼女は、やや落ち着いたようで、真剣な顔で僕の疑問に答えてくれた。
「……運命というのは、生命体がもつ未来の可能性だ。
可能性は無限に広がるが、それは運命量があっての話。
私達、運命界の住人は他者の運命を奪い取ることができる」
未来の可能性……というのは、言葉通り未来に起こりうる事柄だろう。
可能性、つまり起こりうる事柄を増やすために、『運命』を他者からもらう……ということだろうか。
「あの……奪い取るっていうのは……」
少しの沈黙すら惜しくて、僕はつい言葉を発した。
小説家として、次回作のネタになりそうなことに飛びついてしまったのだ。
「ん……あぁ、運命界の知的生命体、『運命獣』は、他の知的生命体の運命を奪うことができる。
つまりは、他者の未来を強引に奪い、自身の未来の糧とできる、という事だ。
もっとも、そんなことをする必要はほぼ無いのだがな」
運命獣……こっちでいう『人間』に当たるのだろう。
それはいいとして、運命を奪うことができるのに、『必要が無い』とはどういうことだろう。
「必要が無いというのは、なぜです?」
彼女は、表情をあまり動かさず答える。
「私達、運命獣は自身の運命を受け入れている……だから、無理に運命を増幅させることはない」
運命界の住人、運命獣は自身の運命を知ることができ、そしてそれを受け入れている。
ならば、なぜ彼女は他者の運命をもらう必要があるのだろう。
「それでは……なぜあなたは運命を奪う必要があるのですか?」
彼女の表情が、少し歪んだ。
一瞬の沈黙の後、彼女は口を開いた。
「実は……運命界は滅びの運命の中にあるのだ。
私は、それを救うという宿命を背負って生まれてきた」
彼女の表情が険しくなっていく。
「私は、他者の承諾を得ることで平和的に運命を『もらう』ことができる能力を持っている。
それを使うことで運命を集め、運命界に滅びの道以外の運命を用意することになったのだ」
なんということだろうか。
私の目の前にいるこの十代後半程にしか見えない少女は、己の住む世界の命運を背負ってこの世界にやってきたのだ。
そして、運命界のルールが1つ見えてきた。
恐らく、運命獣は、他者の運命を奪い取るのに、他者の生命を脅かすことをしてはいけないのだ。
だから特異な能力を持つ彼女にだけ、このような過酷な運命が背負わされたのだ。
僕が黙り込んでしまったので、彼女は言葉を続ける。
「だから……だから、私に運命をくれ。
世界を救うだけの、運命を——」
僕は、同情ではない気持ちでこう言った。
「わかりました、君に僕の未来をあげます」
彼女はみるみるうちに、可愛らしいその顔を綻ばせる。
「ほ、本当か!あ、ありがとう!」
僕の方こそお礼を言いたかった。
僕は、僕の好奇心を満たすために、彼女に付いていくことにしたのだ。
こうして、彼女に運命を渡す約束をすれば、僕は彼女をもっと知ることが出来ると、そう考えたのだ。
「もちろんです。
それと……もし人間界で住む所がないのであれば、僕の家を拠点として使ってください」
「ほ、本当にいいのか!?
あなたは、優しい人間なのだな!」
僕の不必要に広い家が、初めて役に立つ時が来た。
こうすれば、彼女は僕の近くにしばらくはいてくれる。
僕は、次回作のために彼女をもっと知らなければならない。
「ええ、これからよろしくお願いします」
喜色満面だった彼女が、少し困った表情になり、こう言った。
「あ、あの……すまないが、私にはもっと砕けた言葉遣いで話してくれ。
これでは、向こうにいる時のようで肩がこる」
今まで、彼女がお姫様だということで丁寧な言葉遣いを心がけていたが、それが彼女には堅苦しいようだった。
「そ、それじゃあ……これからよろしく。サダメちゃん」
「ちゃ、ちゃん!?
あ、えと……ああ!よろしく頼む!」
彼女は、なぜか少し戸惑っていたが、すぐに笑顔になったのでやはりこちらの方がいいらしかった。
そういうわけで、僕と異世界のお姫様との共同生活が始まるのだった。