第三話 洗われたお風呂の中で二人を包む泡を覗き覗かれて(後)
体の汚れを洗い落として浴衣を羽織ったぼくを、部屋に連れていってくれたのは、和服姿の見目麗しい豊麗美女だった。
ぼくがなにか尋ねても「お二人は大丈夫ですから」としか言わない、ちょっと冷たい声の人の後ろ姿を追いながら、長い廊下を歩いて辿り着いたのは、ふすまにしきられた広い部屋。
この人もどこかロボットのような動きの正確さを持っていた。
ここに来た時の運転手さんと似たもの夫婦な気がするが、多分それは余計な思考だろう。
本来忍や戦士の持つ雰囲気というのは、こういうものなのかも知れない。
そして部屋にぽつりと取り残されて十数分。
そっとふすまを開いて顔を見せたのは、真新しいメイド服に身を包んだチヒカさんの姿だった。
「チヒカさん、無事だったの?」
「はい、お陰様で……怪我は大したことはありません。少し痛む程度ですから。お館様も治療を終えて、すぐこちらに参られるそうです」
その言葉を聞いて、生きた心地のしなかった戦いがやっと終わった気がして、ぼくは安堵の吐息を思い切り吐き出した。
金髪の少女との戦いの時はまるで感じなかった、恐怖という感情。
本当にぼくは狙われているのか。それもあんなとんでもない奴に……。
あの瞬間のことを思うと、喉がからからになってしまいそうな恐ろしさが蘇ってくる。
あの時感じたビリビリと電気が走ったような鈍い不快感にも似た感覚は、できればもう味わいたくない。
でもとにかくみんな無事でよかった、ほっと安堵したのも束の間。
チヒカさんが、突然ぼくの前に背中を折って這いつくばる。
「こんなことに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。全ては私の至らぬせい、始様にはなんとお詫びしていいか、言葉もございません……」
ぼくは慌てふためいてその肩に手をかけ、チヒカさんの体を無理矢理に抱き起こした。
とてもあれだけの戦いを繰り広げたとは思えない、華奢な体つき。
しかしその体からは甘い香りではなく、確かに血の匂いを感じた。
「チヒカさんのせいじゃないじゃないか。それに……あいつはぼくを狙っていたんだ。ならどこに居たって結局は同じことだったんじゃないの?あいつから守るために、チヒカさんはぼくのところに来てくれた……それで十分さ」
その時チヒカさんが見せた泣き出しそうな表情に、ぼくは真実を知らされた気がした。
ぼくは何故かあいつに狙われている。何故。
「それはお前の血が持つ可能性のせいじゃよ。黒塔始。お前には母から受け継いだ優秀な能力者の血が流れておる」
チヒカさんの後ろから、気配も感じさせずに近づいてきたお館様は、説明するのも難しい奇抜な衣装を身に纏っていた。
十二単……ではないな。
和装ではあるんだろうけど。なんかちょっとメイド服っぽい要素も入っているような気もする。
裸の姿しか知らなかったので、それはちょっと新鮮な光景かも知れない。
いやそんなことを考えている場合じゃなかった。
要約するとこういうことらしい。
この里には代々能力を持つものが集まり、あのオーロラの向こうからやってくる外敵の侵入を防いでいた。
その中でも鍵を作り封印を施す能力を持つものは非常に貴重で、その能力をもつものを見つけることができれば、外敵の侵攻を直接防ぐことが可能になるため、里にとってもそれは至上命題になっている。
そしてぼくの母さんは、その能力者として見出され、二十年前に封印を施したのだ。
そして任務を終えた母さんは戦いの場から退き、父さんと結ばれてぼくが生まれた。
しかし封印の張り替えは僅かに間に合わなかった。
古い封印が崩れ門が開かれている間に、外から送り込まれた外敵はこちらの世界に侵入し、里を攻撃し、そのためにこの里は劣勢に追い込まれているらしい。
母さんが死んだのもそんな外敵のしわざだった、と。
「時を経て、封印は既に解けようとしておる。そこで、我らは次の封印を施せるものを探すことになった」
「それがぼくだっていうの……?」
「あるいは……の。当然奴らもお前に目をつけておる。そこでチヒカを派遣し、お前の身辺を守らせることにしたのじゃ」
「申し訳ありません始様。貴方をこんなことに巻き込みたくはなかったのですが……」
参った。
色々と頭の中をぐるぐる駆けめぐる感情に収まりがつかない。
本当のことを言えば、ぼくの母さんが忍だと聞かされた時、ほんの少しだけぼくにも不思議な能力があるんじゃないだろうかと、不謹慎ながらも淡い期待を想像してみたことはあったのだ。
しかしそれがこんな形で現実になるとは、思いもしていなかった。
ぼくはもう普通の生活には戻れないっていうのか。
ずっとあいつの影に怯えて暮らさなければいけないのか。
「そうとは限らぬ。封印を施す任務さえ終われば、一人の人間として生を全うすることも出来よう。力を使ってしまえば、奴らも無理をしてお前を追おうとはすまい。その間に我らがあやつらを始末出来れば、ことを収めることも出来る」
そんなこと、出来るの……?
「うむ、全ては時間との戦いじゃ。今は持ちこたえることしか出来ぬが、必ず反撃の機はある。今はそれを信じるだけじゃ。じゃから始よ、今しばらく、お前の運命をわしらに預けてくれぬか。この通りお館の名においてお願い申し上げる」
「私からもお願いします。身命を賭して始様をお守りいたします。ですからどうか……」
二人に土下座されると、ぼくもどうにも出来ない。
そもそも断ったところで、あいつが許してくれるとも思えないし。
あの男のいやらしくにやついた笑いを思い出すと、心の底がぞっと冷え込んでいく。
それならこの二人を信じて、今はじっとしているしかないだろう。
「うむ、そう長いことではない。わしらを信じてくれ。それにこの里に逗留しておる間は、わしが風呂の世話、チヒカには床の世話をさせると約束しよう。待遇としてはこれ以上望めぬぞ」
「え、ええー!!」
慎んでお断りします。
「なんじゃ遠慮せんでもよいのに。チヒカも残念がっておるぞ」
「そ、そんな……」
この人のシリアスは長く続かないらしい。
というかチヒカさんは一体なにを赤くなっているんだ。本気にしないで欲しいな。
ほんとに信じてよかったのか、早くも疑問を感じてしまう。
波乱の一日が過ぎて、次の日がきた。
朝、あまりにも広すぎて落ち着かなかった部屋の真ん中に置かれた布団から這い出すと、ぼくは改めて、時間が止まったような外の様子をぼんやりと眺めていた。
障子戸を開けると広がる山の景色、澄んだ空気。オーロラが広がるのは屋敷の反対側で、こちらから見えるのは割合普通の情景、普通の空だった。
それでもオレンジがかった大地の色合いだけはやはり特異だ。
動物の鳴き声一つ聞こえない寂しすぎるその風景に、少し寒気を覚えながら、ぼくは意味もなく浴衣の前をぎゅっと引き締めた。
反対側のふすまが開いて、チヒカさんが姿を見せる。やっぱりこの屋敷にメイド服は似合わないな。
「おはようございます始様。昨夜はよく眠れましたか?」
眠れるわけないよね……と心の中では昨夜のことを思い浮かべながら、実際は結構ぐっすり眠っていたぼくは、薄ら笑いを浮かべた。
なんの役にも立たないとはいえ、のん気な身分だと自分でも思う。
チヒカさんたちは傷だらけになったというのに。
そんなチヒカさんが運んできてくれた朝食を、だだっ広い部屋で二人向かいあって食べる。
綺麗な食器に盛られた少しずつの料理は、まるで牛丼屋の朝食メニューのように豪華だった。え、これ褒め言葉としてはおかしい?
「おいしいね、これ……」
「屋敷の食事番が作った、自然の幸を使ったお料理ですから」
道理でと言いかけた口をつぐんで、ぼくは手近な料理をかきこんだ。
ここにいる間は、どうやら食事の心配はしなくてよさそうだ。
にへ、と笑った顔に笑みを返してくれたチヒカさん。どうか裏の意図を読まれませんように。
それから何日が過ぎただろうか。
このやけに広い屋敷で人と出会うことは滅多になく、もうあいつが襲撃してくることもない。ただのんびりとした時間だけが過ぎていく。
あの夜の戦いが、ただの悪夢だったような気がしてくるほどに、平和すぎる時間だ。
朝食を取ったら、散歩と称して山道を散策したり、ただぼんやりと小川の流れを見ていたりした。
時にはチヒカさんと将棋を向かいあって指したりした。
自分から誘っておきながら、チヒカさんはあまりゲームは得意ではないらしい。
ぼくだってちょっと遊んだ程度の腕だが、面白いように駒を取らせてくれる。
むむ、と真剣に考え込んでいる姿から、戦っている時の毅然とした態度はまるで想像出来ない。
そして考え抜いた末に打つ一手が、あまり賢明とは言えない手なのだ。
料理もこの調子なんだろうか、この人は……。
チヒカさんに誘われて、一度だけ行ったのは、向かいの裏山にある小さなお堂だった。
そこにはしめ縄がくくられた大きな岩が鎮座している。
「この場所が封印を施すための洞穴なのです……」
彼女はいつになく重苦しい空気をまとって、押し殺したような声をやっとのことで吐き出した。
その肩が微妙に震えている。
ここには一体なにがあるのだろう。その答えはチヒカさんが震えている理由と一緒に、ずいぶん後になってわかるのだが、この時のぼくはなにも知らされることはなかった。
お風呂では度々お館様の襲撃を受けた。あれだけ深く切られていたように見えたお館様の傷口は、翌日にはすっかり綺麗になっていた。
いや、見てない、見てないから……中身だけ羞恥心ゼロのお年寄りがどれだけ過激な誘惑をしかけてきたかは、想像の中だけに留めてもらって、叙述するのはやめようと思う。
チヒカさんの入浴を覗き見しに行こうと誘われたこともある。
すんでのところで、あの豊麗美女とニアミスしたこともある。
しかしまるで気にも留めない、あの冷たい瞳で睨まれた(あるいはただ見られただけかも知れない)だけで、本人はお館様と同じくらいの無関心ぶりだった。
その無表情に、逆にこちらが凹んでしまったくらいだ。
時々携帯を弄ることもあったけど、電波は届いていないし、ネットも繋がっていない。
おまけに電気もないので、すぐに電池が切れて使えなくなってしまった。
「この里でそんなものを使うのは無粋じゃ」とお館様は言ったけど、学校のこととかどうなるんだろうな。
あの三人、連絡もしないで学校を休み続けたらきっと怒るだろうなあ……。
「余計な心配はせんでもいい。ここでは自然と一体化して自然に過ごすがよい」
そう言われても、さすがにそろそろ飽きてきたよ。
骨の髄までぼくは現代文明人なのだと、改めて思い知らされた気がする。
しかしそんな生活も、実は苦にならなくなってきたような気もする。
本当に辛かったのは、慣れない最初の一週間くらいだけだ。
健康的な生活、健康的な食事、ほんの少しだけ(ほぼお館様だけが)騒がしくて、しかしなにもない日々。
怠惰だ……こうして時間を過ごしていれば、問題が解決するのだろうか。
ぼくはチヒカさんにおかわりの茶碗を差し出しながら、やっとのことで疑問を口にした。
「ぼくいつ頃帰れるかな」
その声を聞いた途端、彼女の顔がまた暗い色に染まった。
唇を真一文字に結んで、なにかに耐えているような思いつめた顔つき。
ここがチヒカさんにどうしてものめりこみきれない、拒絶されてしまう最後の一線なのかも知れない。
「もうしわけ……」
「この辺りが潮時なようじゃのう」
チヒカさんから出かけた謝罪の言葉を遮るように、音もなく現れたお館様が、チヒカさんの背後からにゅっと顔を出す。
この人はいつも心臓に悪い。ほんとに偉い人に全然見えない。
「実はの、こうしてこの里に呼んだのは、他でもないおぬしの適性を見ておったからじゃよ」
「ぼくの適性?」
「そう、おぬしは堪え性がない。それでは暗黒面にとらわれるだけじゃ」
いやそれ別のやつだから。
「んむ、まあそうじゃの。結論から言おう、次の鍵をかける巫女はもう見つかった」
巫女……?
「では始様は……」
「んむ、わしの見立て違いだったようじゃ。この子に母親と同じ力はない」
その時暗かったチヒカさんの顔色がぱっと明るくなった。
ということは、ぼく別にここにいなくても大丈夫になったのか?
「まあそういうことになるの。じゃがここも悪い場所ではない。どうじゃ、チヒカを嫁にもらって静かに暮らさぬか」
え、えええっ!?
「お館様……それは」
「外に想うものがおるなら留めはせんがの。しかしこの里なら若いおなごも若くないおなごもよりどりみどりじゃぞ。どうじゃ、わしも妾の一人になってもよいのだぞ。真面目に考えてみぬか」
いやそれはちょっと……うーん。
「やっぱり帰ります」
考えてみたけれど、やっぱりここにずっといる気にはなれなかった。
本当はそれも悪くないのかも知れない。
だけど、どうしても思い浮かぶのは、ぼくが生まれ育ったあの家と、ハルカとアキミとトウカの顔。
ついでに田中もいたが……まあそれはどうでもいいだろう。
見慣れた町のなんでもない風景、この里ほど田舎ではないけど、特別都会というわけでもないあの普通の住宅街の風景が、今は無性に懐かしい気がする。
だけど……その対岸に映るのがこの里で、そしてチヒカさんだとしたら……。
はっきり答えてから、ぼくはチヒカさんの顔をじっと見つめてそのまま止まってしまった。
これでチヒカさんとはお別れなのか。
そう思うと少し切なくなる。なんだろう、この感情は。
「ふむ、脈がないわけでもないのか……? のうチヒカ」
「お館様!」
そんな二人のやりとりの意味を考える余裕もなく、ただ耳から耳に素通りさせていたぼくは、やっぱりと再び否定の言葉を口にしようとする。
しかしそれよりも早く、その言葉はあっさりとお館様の口から出ていた。
「まあよかろう。ではチヒカよ、今後も始の警護をよろしく頼むぞ」
すっくと立ち上がっても思ったほど高くならないお館様の視線が、部屋を出ていく瞬間、ぼくの顔を見下ろしてにやりと笑った。
ぼくの心の動きを全て読んでいるのかこの人は……いや間違いないだろうな。
ぼくはへなへなと空のお茶碗を持ったままだった手を床に落として、チヒカさんが心配するほど脱力してその場に崩れ落ちていた。
大丈夫、なんでもないよ……口元を歪めながらそう言うのがやっとである。
威厳もなんにもない人だけど、やっぱりお年寄りなんだなあの人は。完全に位負けしている。
結局ぼくに封印を司る能力はなかったらしい。
その後新しい巫女を迎えるための準備だとかで、ほとんど無人だと思っていた屋敷がにわかに騒ぎ出していた。
一体どこにこんなに人がいたのだろうか。
そんな喧噪の中、ぼくとチヒカさんは静かに屋敷を後にすることになった。
特に荷物があったわけではないので、準備はなにも必要ない。
ぼくがここに来る時着ていた服は、きちんと洗濯されていた。
それに着替えて、ただ行きと同じ車に乗り込むだけだ。
そういえばチヒカさんは着替えとかどうしているんだろうな。
きゅーちゃん並にクローゼットに同じ服が並んでいるのだろうか。今度見せてもらおうかな。
今回もあの運転手さんがやってきた。
威圧感たっぷりなサングラスはそのまんまだ。
その時不意に、ぼくはここで時間なんて一秒も過ぎていないような感覚を覚えた。
何故そう思ったのかはよくわからない。
だけどここは異次元で、ぼくが今までいた世界とは全く別の世界な気がする。
それは決して間違いではないのだろう。
世界を侵略する外敵の存在なんて、ぼくは今まで全く知りもしなかった。
もし家に帰ってそれを誰かに話しても、誰も信じてくれないどころか、おかしくなったとしか思われないだろう。
本当に不思議な場所だ。この世界は、
全てが実在していないように感じさせるのだ。
相も変わらず空一面を覆う、オレンジのオーロラを見上げる。多分ぼくは一生この光景を忘れないだろう。もう二度と来ることもない。
その感慨深い想いは、この後やけにあっさりと裏切られることになるのだけど、それはもうちょっとだけ先の話になる。
乗り込んだリムジンの窓を開けると、
「油断はせぬがよいぞ。もしその気になったら、またここに来るがよい。いつでも待っておる」
外に立っていたお館様が優しい顔で言う。
その顔はこの屋敷にずっといて、やっと今日という別れの日になって、初めて見た表情かも知れない。
やっぱりこの人はお館様なんだな……と思ったけど、よく考えたら「その気」の内容って、この間言っていた嫁とか妾の話だよね。ならそれはないない。
結局この人は、どんな風に振る舞っても威厳なんて出せないんだろうな。
「ぬしは少々年上に対する礼儀がなっておらんようじゃな。チヒカ、もっときちんとしつけんといかんぞ」
「は、はい……」
おばあちゃんじゃないんだから。と思ったけど、おばあちゃんだったなこの人。
「今失礼なことを考えんかったか?」
いいえなにも。この反応はどこかの誰かを思わせなくもない。
こうしてぼくはお館様に見送られて、この不思議な里を後にした。
結局わかったことは少ない。
母さんがとても重要な役目を果たしていたということ。
そしてぼくにもなにか力があるらしいということ。
……ん? あれ、ぼくの力ってなんだ?
なにができるのかな……そんなことを考えているうちに、どっと疲れが押し寄せてきて、ぼくは自然と目を閉じて眠りに落ちていた。意識を失う瞬間、誰かの手がそっと髪に触れた気がする。
「申し訳ありません……」
そう呟く声が、何故か母さんの声で再生された。
それがどういうことなのか、眠りに落ちていくぼくに考えるだけの余力はもうなかった。
それからどれくらい眠っていたのだろう。
チヒカさんの細い手が肩にかかってぼくを揺り起こす。
うん、と声を発してやっと目覚めていく感覚。
「お疲れさまでした始様。到着しましたよ」
はっと顔を上げて口元に垂れていたよだれを拭くと、黒服の運転手がドアを開けて外に立っていた。ぼくは半分よろけながら地面に足を着ける。
見上げればそこは元の町。ぼくの家の前だ。
空は黒く澄み渡る星空で、遠くを車が通り過ぎる音や、犬の遠吠えといった雑音が聞こえる。
かなり遠くに光るコンビニの看板も、何故か今となってはみな懐かしい。
「では私はこれで……」
静かにすごみのある声を発する運転手が車を出して去っていく中、ぼくはしばらくこの空気の中に自分を浸していた。
帰ってきたんだな。
「メイドの里は、別の次元に存在する異空間のようなものです。時間の流れ方も違いますから、初めての方には肉体的な負担もかなり大きいでしょう。今夜はゆっくりとお休みください。明日から学校ですから」
ぼくは頷いて、家の門を開けてアーチをくぐった。
何週間ぶりだろう、この家に帰ってくるのは。
見慣れた風景のはずなのに、何故かやけに懐かしくて、くすぐったい気持ちが強くなる。
ただ……そんな感慨も、どうせほんの一瞬のことでしかない。
すぐまたこれがいつもの風景に戻ってしまうのだろう。
車の中でたっぷり眠っていたはずなのに、その夜ぼくはベッドに辿り着くのもやっとで、着替えもしないままベッドに転がりこんだ。
その後夢も見ずに眠った。眠ってばっかりだな本当に……我ながら楽な生活だよ全く。