依頼書No.8 冒険者の試練
街を発ってから数時間が経過した。出発が月の中刻で、つい幾時か前に昼食を摂ったから火の刻は過ぎているだろうな。そうなると、木の始刻か中刻ってところか。
そこでイオ達五人は休憩に入っていた。
別に必要があったわけではないだろうが、無理は禁物って奴だ。冒険者にしてみりゃ、素人でもない限りこれぐらいピクニック感覚だからな。と言いたいところだけどよ。
「ごめんね、何度も休憩入れてくれて」
「こんな気遣いですと、逆に申し訳なくなりますわ」
モォちゃんとコレーが口々に言う。
「なんの、なんの、これぐらい問題ないぜ」
「そうでやんす。時間もあるからゆっくり行くでやんすよ」
そう、博士とハリベーが女二人を気遣って、というか気遣い過ぎていつもより小まめに休憩を入れちまう所為なのよね。了承しちまうイオもイオだ。
確かに緊急依頼ほど急ぎじゃないし、ミュータントさえなんとかできれば薬草採取そのものは楽に終わる内容だけどよ。それでも、イオはギルドの仕事もあるからのんびりやってられねぇんだぞ。
コレーはどれぐらい時間に追われているかしらねぇが、他の三人は確か専業冒険者だ。冒険者だけでやっていけねぇ部分は副業に日雇いの仕事をしているか、イオをほったらかして細かな依頼をこなしているらしい。
ロバも少しぐらいは休ませていかないとダメだが、流石に休みすぎだ。一度に十分くらいの休憩でも、それが三半刻ごとにやっていたら目的地到着までに始中刻はかかっちまう。
「次からは一気に村の近くまで行こうよ」
「私とて、素人の冒険者じゃありませんわ。二刻ぐらい歩き続けられますのよ」
「そ、そうかな……。じゃあ、一刻くらいごとにしようか」
「そうでやんすね。流石に、日が暮れる前にはキャンプ地を確保しておきたいでやんす」
流石にモォちゃんやコレーも時間がかかりすぎると思ってか、阿呆どもに進言してくれたよ。イオが言っても聞きゃぁしねぇからな。リーダーとはいったい何なんだろね、と言うかイオはもっと威厳って物を身に付けないと、だな。
「えーと、あの丘を超えた先の森だから、もう一刻と三半刻ぐらいじゃないでしょうかね? 一気に抜けた方が危険は少ないと思いますよ」
おッ、漸くイオが意見を言った。
さてさて、この判断が吉と出るか凶と出るか。明日の朝から薬草採取にかかれると考えれば、昼ぐらいに依頼の分を納品するのは難しくないだろうさ。だから、今夜は慌ててキャンプ地を見つけなくても良いことになる。
とは言え、イオの予想が正しいって保障もないんだよな。地図なんて、依頼人のいる村からバシュキルシェまでの道のりを大雑把に描いた物だぜ。街道も村まで整備されていないことが多いんで、もし依頼人が間違えていた場合は無駄な疲労を溜めることになる。
これは冒険者にとっての試練みたいなものよ。
運と勘、どちらかが欠けても冒険は困難になってくるわけだ。運を引き寄せられるぐらいの実力を身につけるのと、経験や観察力に裏打ちされた勘を磨くの、どっちも冒険者には必須項目だ。
「もしそれで地図が間違ってたら、明日に差し支えるかもしれないぜ?」
「あんまり冒険はしない方が良いでやんす」
博士とハリベーが反論するのも無理はないな。
一つの試練に失敗すると、続く試練にシワ寄せがくる。そのシワクチャをどれぐらいマシにできるかってことも考えなくちゃならない。
俺が空から様子を見てやるぐらいのことはできるが、お気づきだろうが生憎とイオは眼鏡も掛けていないんだ。俺は話し相手がいない所為で寂しくて、死んじゃうかもしれない。
「大丈夫。休憩中に太陽や雲の動きを観察したから、向かってる方角に間違いはないよ。道筋も、村の人が描いてくれたいくらかの目印と照らし合わせたし、ほぼ同じ道をたどってきてるはず」
イオの奴、休憩中にそんなことを観ていたらしい。俺はというと、モォちゃんの揺れる、じゃなくて遥か遠い丘を眺めていただけだ。
「わかった。イオがそこまで言うなら信じる」
「うーむ……分かったでやんす。お二人もそれで構わないでやんすね?」
「えぇ、それで構いませんわ」
「良いよ、少しぐらい歩くのは問題ないからね」
なんとか全員を説得することができたみたいだ。
俺も感心しているところだが、コレーも意外とイオのことを見直しているみたいだ。
「イオ君は、思ったよりもリーダーをやっていらっしゃるのね。最初は頼りなさそうに見えましたけれど」
これに戦闘能力さえ伴えば良いんだが、さすがに俺がいないとダメだろうよ。ビアンカちゃんやアーティみたいなのが特別なんだよな。
「ボーッとしてたらなんとなくわかっちゃいまして。大工の父が家を建てる方角を決めたりする方法を聞いてたからかな」
そこは少しぐらい自慢するところだ。イオよ、お前はやっぱりズレてるよ。
こうして俺達はまた歩き出し、イオの予想通り数刻後には目的の森へ到着していた。村があるのは、森へ近づいている時に、俺が空から確認しておいたから大丈夫だ。
時間は土の終刻ごろ、すでに日が暮れ始めてるから今日はここでキャンプをする。キャンプなどと呼べるほど立派なものじゃねぇから、野営とか言った方が正しいけどな。
「それでは、ハリメデさんとイオで薪拾いだな。モウポリエちゃん、コレリーウスちゃんの二人は俺とテントを用意しよう」
博士がテキパキと指示を出す。
女が絡むと、男ってぇのはホント出しゃばりになるよな。最初のリーダー決めの時は、イオに押しつけたって話じゃねぇか。
しかし、この采配には問題があるというもんだ。
「待つでやんすッ。テントは俺が建てておくからニクスとイオで薪拾いにいくでやんす」
「おいおい、こういう作業はいつも俺だっただろ。いきなり役割分担を変えるなよ」
「たまには別の作業ができるようにしておかないといけないと思うでやんす。少しぐらい年長者の言うことを聞くでやんす」
「そういう上だの下だのってぇのはなしにしようって話だろ? こうなったら、イオに決めてもらおうじゃないか」
ありゃりゃ、二人が獲物の取り合いをしていたかと思えば、かなり難しい采配をイオがしなけりゃならなくなった。もしイオが自分と女子二人でテント作りを宣言したらもっと揉めるんだろうよ。
まぁ、イオがそんなことを言い出すとは思えないけどな。
「えー……そんなこと言われても」
イオは小一時間ぐらい悩みそうな顔をしてやがる。俺はそれを愉快に眺めてるわけだが、仲間同士の関係にヒビが入る危険性もあるな。
「僕一人が薪拾いで良いんじゃないでしょうかね?」
イオがそう提案した瞬間、コレーが間髪入れずに口を挟んで行った。
「それは危険ですわ。昨日の一件に加え、イオさんは防具がございませんのよ。単独行動なんて危ないですから、私も付いて行きますわ」
流石にコレーも後悔してるみたいだな。とは言え、本当にいざというときはコレーにいて欲しくないんだが。
それに、阿呆二人も意表を突かれているって様子だぜ。
「それなら、私も薪拾いで良いかな?
さらにさらに、コレーだけなら二人もまだ諦めたかもしれんが、俺の心配が現実のものになろうとしているぞ。モォちゃん、もう少し空気の読める子だと思ってたよ。
「えぇ~ッ。女性を夜の森に入れるのは気が進まないんですけど……」
「モウポリエさんまでついてくる必要はありませんのよ?」
「そ、そうだよ。ここはコレリーウスさんとイオに任せればッ……」
「いやいや、それならモウポリエちゃんとイオに任せるべきでやんす!」
また無駄に意見が割れた。
早く準備を進めないと寝床も危うくなるぞ。完全に日が落ちたら薪拾いどころでもなくなるんだからよ。
「えっと……」
言い争っている四人を眺めながら、モォちゃんが何やら七分丈のチュニックに包まれたフトモモをくっつけながら、腰を揺らしているじゃないか。誘ってるんじゃねぇの、イオ君よ。
『?』
言い争っていた四人とも察しが悪いな、おい。いや、さっきのは冗談だが、こういう態度は俺も存じてますよ。
そう、女って奴は冒険の途中でもこういうことをはっきり伝えないから面倒くさい。別にそれを口にしたからって何が変わるわけでもあるまいに。だいたい、察してくれって風潮が俺は嫌いだね。言いたいことがあるなら口に出せってぇもんだ。
「だから、その、コレリーウスさんも一緒に行っておいた方がいいんじゃないかって……」
「あぁ……。そういうことですわね。分かりましたわ」
コレーが漸く気づいた。
「そ、そう言うことですか……。じゃあ、しばらく待っていますね……」
続いてイオが。
惜しいな。コレーより早く気づいていれば合格だったぜ。しかし、俺が一番ってお前らの女子の扱いってなってねぇよな。特にコレー、お前がそんなに時間をくっちゃいかんだろ。
「終わったら知らせますわ。あちらの茂みの方でやってきますので」
「少しだけ待っててね……」
モォちゃんとコレーが早足で男どもから離れて行く。
『?』
阿呆二人はまだ気づいていないようだ。
「えっと、お手洗いだよ」
イオもわざわざ教えてやる必要ないぜ。だいたい、そんなことを教えたらこいつらがケダモノになるだけじゃねぇか。
「そ、そう言うことかッ。イオ、何でもっと早く言わないッ?」
「そうでやんす! こんなチャンスはそうそう拝めないでやんすよ!」
ほら、言わんこっちゃない。
「何を言ってるのかわからないけど、おかしなことは考えない方が良いと思いますよ? イザベラさんは、僕らのことを信じてモウポリエさんを任せてくれたんですから。コレリーウスさんにしたって、僕らより上ですからね?
コレリーウスさんとモウポリエさんが二人同時なら、仮に僕ら三人で掛かっても勝てないはずですよ。僕は絶対にイザベラさんを怒らせるようなことはしたくありませんので、そんなことはしませんけど」
流石の阿呆二人も、イザベラの名前を出されたら諦めざるを得ないみたいだな。俺だって、イザベラに説教されるぐらいなら一週間くらいの無償労働の方が良いぜ。排泄物の回収って辛いんだよな、あれ。
おっとイオ君、どうして眼鏡をかけたのかな。
――おいおい、まさか俺がやるとでも思ってたのか? そいつは酷いぜ、イオ――
あ、僅かに茂み寄りの位置にいるのは単なる偶然だよ。本当だよ。
「イオ、急に眼鏡をかけてどうした?」
「何か怪しいものでもあったでやんすか?」
ほら、二人も心配になってるみたいだぜ。ウォーラント級ミュータントの正体がわからないんだもんな。イオが警戒したら、他の二人も警戒するから楽っちゃらくか。
「うぅん、何でもないよ。一応、変な策を講じてないか確かめただけだよ」
上手いこと誤魔化すね。
「ハハハッ。俺は紳士だぜ」
「そうでやんす。女性の排泄を覗き見るような変態じゃないでやんす」
そうだ、そうだ。まぁ、この排泄行為って奴は冒険者を含めて旅する者の試練の一つだな。
ほら、耳を澄ませば、土を頑張って掘り返している音が聞こえてくるだろ。女性だとどっちが先にやるかどうか譲り合った後、片方が見張りをするんだよな。俺ら『ジュピターズ』も同じだったぜ。
おっと、虫でもいらっしゃったかな。これはモォちゃんが、がんばって何かを追い払おうとしている声だ。迂闊に動くと服が汚れちまう所為で、虫が体のどこかに止まるとホント男でもビビるわ。コレーが物怖じずに追い払ってくれて事なきを得たか。
俺は聞こえてくる声を頼りに、女性二人の状況を把握する。
――決してやましい気持ちがあるわけではなく、二人に危険が及んでいないかを確かめているだけだ――
「……」
あぁん、そんな冷たい目で僕を睨まないで。
そうこうしているうちに、女子どもが排泄を終えてイオを呼ぶ声がする。
「イオさん、もう大丈夫ですわよー」
「はい、行きます」
イオも呼び掛けに応じて走って行った。取り残された阿呆どもは、仲良くテント作りを頼むぜ。男女で一つずつ作らないといけないから、簡易テントとは言え苦労するな。
イオは申し訳なさそうにしなくても良いんだぜ、こういうのは役得って奴だ。頑張っている君への、な。
「お待たせしましたわ。森は色々といますので、怪我に気をつけてくださいな」
「うぅ~……。芋虫ぐらいなら良いけど、足が多いのはダメなのぉ……」
「ハハッ……。確かにあぁいう奴はダメだね。ハチみたいな毒のあるのもキツいけど」
そんなやりとりをしつつ、三人で薪を拾い始めた。
「うーん、この辺りはあんまり乾いたのがないですね」
「そうだね。生木は結構落ちてるんだけど、どれもこれも最近折れたって感じだね」
「村の人が剪定でもしたのかしらね。それでも、今晩分くらいの薪はありますし、無理せず戻りませんこと?」
選定をしたにしては、ちょっと荒っぽくないかね。枝を払った場所にしたって不規則で、森を整備するために入ったって感じじゃないな。
――ミュータントがいるかもしれん。油断するなよ、イオ――
「うん……」
薪拾いで三人が少し距離を開けているおかげで、俺はイオと久しく会話をする。まぁ、冒険の途中はほぼ無視されるか独り言という形になるんだが。
さて、もしミュータントだとしたらズイズイと奥へ入り込んで行ってるモォちゃんが危険だな。コレーが近くにいるとは言え、こちらは遠距離攻撃の手段がないんだぜ。
そう思ってたら、モォちゃん付近の茂みが【カザッサラサラサラッ】って揺れるじゃねぇか。
「モウポリエさんッ?」
コレーが腰から抜いたナイフ、というか骨断ち用の包丁を上手い具合に投擲する。
「ギャンッ!」
飛翔した包丁は見事に茂みから飛び出そうとしていた野兎に刺さった。お見事。こういう技術は個人技なしの俺よりも上かもしれんな。
「大丈夫でしたかしら? ミュータントではなくて良かったですわね」
「う、うん……。ちょっと、申し訳ないことをしちゃったね……」
「仕方ないですよ。僕らで食べれば問題ないです。といっても、いつも保存食だからウサギの捌き方なんて分かりませんしねぇ……」
「それなら私にお任せくださいな」
「コレリーウスさんって、動物が捌けるんですか?」
おっと、まさかのコレーの料理を食べられる日がこようとは、良かったなイオ。
俺は食べることができなかったから、他の誰かが食べてるところを観察するしかできなかったんだよ。だからさ、周りの感想は聞こえるけどそれが事実なのかどうなのかがわからん。
絶対に、コレーの料理が絶賛されるわけないじゃないか。
ご意見、ご感想、アドバイスほか色々諸々お待ちしております。