依頼書No.4 メイジャー級ミュータントを討て!
俺とイオの目の前に見えるのは、一個の巨大な風船だった。10メートルはあるだろう楕円か卵型かの塊が、草木の見当たらない岩石地帯に置かれている。あれこそが、今回の緊急依頼で討伐すべきメイジャー級ミュータントである。
出発前にコレーから話を聞いていたが、確かにこれはメイジャー級と断定してもよさそうだ。
何せ、体長だけに限らず胴と思しき風船部の直径だけでも推定5メートルを超えてくるんだから、発生から20年に及んでいると見て間違いないな。『発生暦』と呼称する、ミュータントが発生してから何年が経過しているかを示す指標は曖昧なものだが、この辺りはもはや経験でカバーするしかない。
そして、この巨大風船ミュータントを俺達討伐隊は、その微動だにしない様相から名前を付けた。動かない風の玉、という意味をもって“フィクスバルム”と呼ぶことになった。親しみを込めてフィムちゃんとか呼んで上げて欲しい。
――“動かない風の玉”とはよく言ったものだな。あの風船の中にたっぷりコアが詰まってんだろうけど、天辺のアレに届かせるのは至難の技だぜ――
10メートル近い巨大の頂上に、一個のコアを中心に円陣を組むみたいに五つも並んでいるのが俺達からは見えてる。けど、普通にあの高さへ上るには空を飛ぶでもしないと無理ってもんだ。“フィクスバルム”が反撃せずに俺達を登らせてくれるとも思わないから、どうしたものかと頭を悩ませる。
あまりウダウダやっていると、他の偵察担当がこっちへやってきちまうからな。
「今いるここからジャンプしても、流石に届かないよね……?」
俺とイオは今、バシュキルシェから北西に三日ほど進んだところの渓谷にいる。詳しい地質学の理屈はしらないが、地殻の動きや水の流れでできた渓谷じゃなくて、これは昔の戦いの古傷だ。
なんとか高台から“フィクスバルム”の頂点を眺めることができるわけだが、いくら俺でもイオの体がぶっ壊れないようにあそこへ飛び乗るのは、無事にできるかの確証が持てんな。“狂える王”で根本をへし折れば倒れてくれるかもしれないが、俺も巻き込まれないようにするなら確実な方法じゃない。
平たい言い方をすれば、普通なら単騎で狩るなんざ至難な化け物だよ。あの“フィクスバルム”ってミュータントは。
――流石に難しいな。そこで、一つ良い案がある――
「カリストの作戦って、これまで力任せ以外に何かあったっけ?」
――ないッ――
イオの厭味なセリフにキッパリと答えてやる。
しかし、力任せには違いないが、やりようがないと言っているわけじゃない。
「……まぁ、それで、どうするつもりさ?」
イオの歯切れの悪い質問を聞きながら、俺は手頃なものがないか周囲を見渡す。丁度、直径1メートルくらいの岩石が転がっているのを見つけた。
――じゃあ、まずこの岩を適当に……そうだな、拳大ぐらいの大きさに砕け――
「無茶言わないでよ! こんなの、でっかい鉄鎚でも持ってこないと無理だって!」
――冗談だよ、冗談。一応、ただあそこに突っ立ってるだけって話だが、接近したり刺激したらどう反応するかわからねぇんだからよ。あんまり大声を出すな――
「おっと……。それで、要するに手頃な石があれば良いんだね?」
――岩を砕く音の方が大きいよ、って言いかえすとこだと思うが。まぁ、そういうこった――
イオも俺の考えを読み取ったのか、やるべきことを始める。
殴りに行けない距離なら、そこへ届く武器を使えば良いだけのことだ。投げる武器、飛ばす武器、長距離攻撃が可能な個人技、と何でも考え付く。ただし、そういう武器が通用するのは物によりけりだがサージェント(曹兵)級ミュータントまでだ。
それ以上のミュータントになるとこちらが中~長距離の武器を使うってことを理解しやがるし、仮に当てることが出来てもコアを破壊するに足るだけの直撃は避けてくる。外殻よりも弱いコアですら鉄の矢尻じゃ貫通させるのは難しいんだよ。
そうなりゃ、もはや個人技に頼るしかなくなるわけだ。
そこで気になっているかもしれんが、俺がやろうとしているのは原始的な狩猟の方法。そう、投石だ。
硬い外殻に対抗して、コアを破壊できるのは刃物よりも鈍器、ってことぐらいは石の一つでも割ろうとしたことのある奴なら明白でございましょう。
さて、そこで疑問が浮かび上がってくる。鉄鋼並のコアを投石でどうやって割るか、ということだ。そこで役立つのが俺の個人技ってわけなのさ。
「集めたよー! これぐらいあれば十分かな?」
――おー、御苦労さま。二十個くらいか。まぁ、半分くらいでもよかったけど、相手がどう動くか分からないしそんなもんか――
イオが拳よりも少し大きいぐらいの石を集め終わったみたいなんで、俺も戦闘準備を開始する。
まずは、イオと俺の体にぴったりと重なるようにします。続いて、俺がイオの体に溶け込むようなイメージを頭に浮かべる。イオの許可が降りれば、憑依完了。
目を見開いて、イオの体が俺の意思でちゃんと動いていることを確認しておく。
「さぁ、行くぜ。“狂える王”! “武を司る者”!」
個人技の発動に合わせて、俺の身体能力は常人の三倍ぐらいまで跳ね上がる。身体強化系の個人技の究極系みたいなもんだな、これは。ちなみに、使用者のみならず周囲にいる任意の相手にも力を分け与えられるってんだから、恐ろしい個人技だと思うぜ。
当然、ただ身体能力を上げただけじゃ投石でコアを破壊するのは手数が足りな過ぎる。そこに、俺自身の個人技“武を司る者”が加わることで、超絶の破壊力を生みだすことができるわけだ。
「アディス、てめぇとは一度、ちゃんと決着をつけたかったよ」
俺と肩を並べて戦ってくれた、心優しき守り手アドラステス=エゥロパのことを思い出す。無骨な男だったけど、物の考え方がイオに良く似た奴だった。敵味方関係なく相手を傷つけられず、自分が傷つくことの方が平気なところとか、な。ミスリル鋼の大盾とフルアーマーに身を包んだ、守護の王に与えられた個人技が“狂える王”ってぇのは笑えるよ。
その反面で、俺の個人技はあらゆる武器の扱いを瞬時に身に着け、それに使われている材質のポテンシャルを限界まで引き上げる。敵を破壊するための個人技だ。
理屈だの理論だのは頭の中では分かっているが、言葉にできるほど俺は学がないんで省くが。要するに、石を鉄並に硬く、鉄の剣を鉄鋼の刃ほど鋭く、鋼鉄の棍はミスリル鋼に劣らない鈍器と化す。
「まず一投目!」
【ゴォドガッ】と、硬質化した石という名の鉄球が、“フィクスバルム”の上を通過して向かい側の岩壁にめり込む。いくら“狂える王”と“武を司る者”で戦いへ特化しても、長年の特訓で培う技術を肉体に慣れさせるには難しいというわけか。風の影響を受けたりもするし、ホンの僅かなタイミング一つでズレが生じるんだよ、投擲って技は。
「チッ。角度修正、二投目だ!」
“狂える王”を使っていられる時間は一分程度だ。懐中時計なんぞなく、体感でしか数えていられない俺にとっては、この作業にはあまり時間をかけられない。
すぐさま二個目の石鉄球を投げつけ、見事に“フィクスバルム”の頂点にあるコアを打ち砕く。
「……――!」
声帯がないのか、こいつ。以前のトカゲモドキのようには悲鳴を上げねぇのな。けど、ここまで空気が震えるのが伝わってくる程度には、ダメージが入ってるみたいだな。
「もう一発! さらに、もう一発! どんどん、行くぜ!」
一気に数個の玉を、残る五つのコアにぶつけてやった。ここまで来れば、もう百発百中だぜ。
後は高台から坂を駆け降り、ホルスターから抜いた二本のトンファーに回転力を貯めながら風船に肉薄するだけだ。が、ここで俺は一つ、保険を掛けておく。
「“来るべき未来のために”」
口うるさいジュピテル神教の修道女が残してくれた、三つ目の個人技を発動させた。俺の神様嫌いに拍車をかけたのはあいつ、エララ=ヒマリアンなんだよな。無理やり教義や勉強を叩きこんでくるうっとうしい女だったが、こうやって何かを残して行ってくれたことには感謝してる。できれば、またお前の小言が聞いてみたいぜ。
俺に力を貸してくれる仲間達に思いを馳せ、“フィクスバルム”に接近していく。
その時、俺の接近に気づいたのかそいつはわざと体を横たわらせる。勢いよく風船が倒れてきやがるから、俺は“狂える王”の発動時間を忘れて立ち止まる。
砂埃が舞い上がるんで、俺も思わず顔を腕で覆って防がなきゃならなくなっちまった。
「ちとダサイが、眼鏡借りるぞ。イオ」
我がままなんて言ってられず、目を保護するために伊達眼鏡を取り出して顔にかける。割れたりしたら、どうやって弁償しようかね。
砂埃が収まっていく中、俺は“フィクスバルム”の意図に気づく。そして、考え違いをしていたってことにも、だ。
“フィクスバルム”は俺の接近に気付いて、砂を巻き上げることで姿を隠したんだ。
ミュータントって奴は発生暦が長くなればなるほど、様々な生物を食って大きくなる。さらに、ある程度まで捕食してきた動植物の性質を手に入れることができるんだが。“フィクスバルム”も例外に漏れず、何らかの生物同様に獲物を狩るための性質を習得していた。
「おや、姿が消えちまった……? どこ行ったんだ?」
トンファーを回転させることを忘れず、俺は周囲を見渡して“フィクスバルム”を探す。最初にいた場所から移動していることは確かだ。ミュータントって奴は、巨体に関わらず予想以上に素早いこともあるんで、気づいたら背後に回られていたなんて話も良く聞くんだよな。
ただな、動物が武器を持った人間に劣るのは、例え強力な爪や牙、毒とかの武器を持っていたところで頭が足りないからだ。
発生暦の長いミュータントは、武器や性質を上手く使うことを覚えて行くから、人間の冒険者も狩られる時は狩られる。そして、またさらに冒険者の狩り方を覚えていくってわけだ。
「なんて言うと思ったか、バーカ!」
そんでも俺は、そんじゃそこらの冒険者とは違う。英雄とまで言われた『ジュピターズ』のリーダーだぞ。
岩壁の色に擬態して俺が目を背けるのを待っていた姿は、ちゃんとイオの“窓見”で捉えていたのさ。体表の色を変える性質があるらしく、はっきりとはしないまでも岩壁に巨体が張り付いていることはわかっていた。
「……!?」
不意打ちを読まれた“フィクスバルム”が震え、動揺みたいなものが空気を震えさせて伝わってくる。自由自在に動く柔らかい尻尾みたいなのを、俺がトンファーで弾き飛ばしてやったからだ。
「舐めんな、タコミュータント! てめぇらを狩る奴の狩り方を知っている奴の、狩り方ぐらい俺が知らねぇと思ったかッ?」
どうも、この“フィクスバルム”はタコって海の生物の性質を持っているみたいだな。カメレオンとかじゃ駄目だったんですかね。
この気持ち悪い動きをするたくさんの触手は、植物の根っこみたいに地面の中に埋まってたんだろうよ。
水生生物の性質をもったミュータントが何で陸に上がってるのかはしらんけど、とりあえずは数本ほどあるこの足をなんとかせなならんなわけだ。何せ、“フィクスバルム”のコアは風船部分に十個もなく、残りは全部そっちについてやがるの。
「さて、こいつは拙ったなぁ。というか、それはさすがに騙し討ちばっかでズルくねぇか?」
“狂える王”も時間制限を迎えて力が抜けて行き、次に使用できるまでの五分間、俺はトンファー二本で八本くらいの触手から身を守らなくちゃならなくなった。どんなに攻防に優れた武器を“武を司る者”で扱おうとも、怯むことのない攻撃が四方八方から襲いかかってきたんじゃ俺だって対処しきれねぇさ。
一本目をなんとか掻い潜って、コアを叩き割る。
二本目もトンファーで受け流しながら、ギリギリのところでコアを砕くのに成功した。
三本目、四本目にもなるともはや防戦一方だ。
それでも、五本目、六本目と背後から襲いかかってくる触手を凌げたのも、テーベ=ヘゲモーネっていう『ジュピターズ』の仲間から受け継いだ個人技“釣り合わぬ天秤”のおかげだ。
この個人技は使用者であるテーベの、と言うか今は俺なんだけど。その俺に害を与えるであろう何かが近づいてくることに対して、直感的にそれを感知することができる。
「ったく、個人技なしで戦ったら俺より良い腕してもんなぁ」
元は一匹狼だったテーベに勝って仲間へ引き込んだとき以来、俺はあいつと引き分けの勝負を繰り返してたっけ。なんせ、個人技を使わないって決まりにしても、テーベの“釣り合わぬ天秤”は使用者の意思に関わらず発動しちまう。
その力を引き継いでみて、実際に体感した俺の気持ちを汲んでくれるかね。
否応なく頭の中に像が見えて、攻撃してくる触手が頭上にあるのか背後にあるのか、はたまた地中を貫いているのかが分かる。それに対して、俺の体はこれまでの戦いの勘と“武を司る者”の性能で無意識に動く。
あまり気持ちの良いもんじゃねぇなこれは。
終わらない防戦が続くに思えたが、やっぱりそれでも限界ってぇのはやってくるもんだ。
どれぐらいの時間、そうやって“フィクスバルム”の攻撃を凌いでいたか分からないが、最後の力を振り絞って三本目の触手からコアを奪い取ったところで背中に衝撃が走ったのを覚えている。
ほとんど意識を刈り取られながらも、ゴム球みたいに俺の体は地面を跳ねて、跳ねて、転がる。
「……あぁ、クソ。イオの……体が、ボロボロじゃねぇ、か……」
もはやそんなことを気にしている場合でもないというのに、俺はこの後、どうやって服や眼鏡、ソフトレザーアーマーの弁償をしようかなんて考えていた。
そしてついに、コアを失って溶け始めた触手が俺、というかイオの腹部を貫いた。
最期のトドメまで、俺の反撃を警戒して捨てる触手を使ったことは褒めてやるよ。
遅くなって申し訳ありません。
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