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依頼書No.3 ようこそ冒険の家へ

 イオの後をついていく傍ら、俺はとある計算をしていた。

 不謹慎だが、イオがもし冒険者ギルドをクビになったときについて、冒険者一筋でやっていけるかというのを考えてやっているんだよ。

 まず、サージェント(曹兵)級の依頼で得られる報酬は一回の成功につき一万五千Ye(イェーナ)と言ったところだ。イオの実力だと、二人くらいで組まないと生き残るのは難しくなるんで7500Yeってわけだな。


 俺が憑依すりゃ危険はほとんどなくなるから一人で十分と思われるだろうが、世の中そんなに簡単じゃない。街中での仕事もあるんだし、人目がない時って実は結構少ないんだよ。依頼人が案内についてくることだって可能性としてある。

 冒険者の仕事は今や多岐に渡るようになって、選り好み出来るんだが。それをやると今度は仕事が少なくなっちまう。同じ等級の依頼にしても、等級を下げるにしても、安全そうな依頼はやっぱり依頼料が少ないから数をこなさないといけねぇのさ。でも、イオの体は一つなわけだろ。


 疲労が溜まれば成功できる仕事も成功できなくなることもある。

 ギルド職員は一日十時間の激務なんて言ってるけどよ、安全性を比べたら何倍もマシですぜ。周に一回はほぼ確実に休めるし、ひと月に25日お仕事したら三十万Yeのお給金ですよ、三十万。支部長殿がどれだけいただいているが存じませんけどね、二倍、三倍は余裕に決まってる。そこらの庶民のお店で八時間くらい働いて、平の店員なら最低賃金としても4000Yeくらいなんだから、損徳なんてイオでもおわかりになるだろ。


 あっと、いつの間にか話がそれてたな。というか、道もそれてる気がするんだが。

 ――イオ、そっちに行くより大通りを向かった方が良いだろ。これぐらいの時間だと、買い物客も少ないんじゃね?――

 道具屋の老夫婦の居住部から昼飯の匂いがしてなかったから、遅くとも『()(こく)』前ってところだろう。


「……うん。でも、急ぎたいけど、たぶん今の僕は酷い顔をしているよ」

 路地裏を通り出したイオが、急に立ち止まってそんなことを言いやがる。

 どれどれ。

 確かに、抽象的な絵画を少しまともにしたレベルの酷い顔をしてるな。

 ――なんだよ。首は繋がったんだから気にするこったねぇだろ? それとも、ビビってんのか?――

「違うんだッ。あの時、僕は自分のことじゃなくてビアンカさんのことを危険にさらしたんだよ……!」

 あの時って言うのは、緊急用文書に印を押したことか。


 ――なんでビアンカちゃんが関係してくんのよ?――

「カリストと話すようになってから緊急依頼なんて初めてだから知らないだろうけど、ビアンカさんの許可がないと僕は緊急依頼に印を押すことはできないんだ!」

 勉強はできないが察しの良い俺だ。イオの言わんとすることは理解できた。

 組織が公式に発表するものって、大概は位の高い奴とか資格を持ってる奴しか扱えなかったりするんだよな。条件を満たしてねぇ奴は、満たしてる奴の補佐として権利を分けて貰うしかないわけ。

 ――あぁ、あん時ホントに首が飛んだかもしれないのは許可を出したビアンカちゃんなわけね。いや、もしかしたらこの依頼が失敗して首が飛ぶか、物理的に首がもがれるかする可能性もあるか――

 あ、ごめん。すっごい失言だね、今の。


 イオが引きつけ起こして倒れそうな顔しちゃってるよ。

「そ、そそ、そんなの……」

 ――落ち付け、イオ。だからこそ、俺達が少しでも力になれるよう動いてやろうぜ、って話をしたんだろ? そうするためにも、まずはちゃんと緊急の依頼を告知しに行かないとさぁ――

「そ、そうだね……。ごめん、取り乱して……」

 ――おう、さっさと走れ! 道が混んだらお前のことだ。どうせ買い物中の奥さま方に愛想振りまいていくんだからよ――

 俺はそうやって、いつもイオの背中を押してやるんだよ。


 こいつの童顔は割とマダムキラーだけどさ、この際もう年上でも良いんじゃねぇか。ビアンカちゃんみたいな貞淑な子より、背中押して上げやすいのよ。俺の手腕を見せちゃうぜ。

 あ、人のこと無視して先に走っていかないでくれますかね。

 一人で大通りに戻って行っちまったイオを追って、俺も生前の癖で地面数センチ上を駆け足で進む。俺達の向かう先は、南区にある小さな酒場っぽい店だ。大通りの賑やかな市場を抜けたら、弧を描く外縁の通りを東に少し進んだところにあるソコ。


 木造の段差をワンステップ上るとテラスが広がっていて、通りを眺めながらお酒もたしなめそうな造りになっている。古びた木の壁になかなか味がある。周りの建物から少し浮いた雰囲気だが、店主が夢に見た造形をイオのとーちゃんが作ってやったんだってさ。

 『冒険の家:イザベリア』に御到着というわけだ。


「いらっしゃい。『冒険の家:イザベリア』へようこそ~。って、イオちゃんったら、そんな息切らせてそんなに私に会いたかったのぉ?」

 イオがお店の二枚扉を潜ると、直ぐにそんな野太い奇声が聞こえてくる。

 店主のイザベラの声だと直ぐにわかる。

 ――何度来ても、このイザベラのインパクトには反応できなんだよなぁ――

 一人呟いて、俺も二枚扉をすり抜けてイオの後に隠れる。息を整えようとしているイオと、カウンターの向こうで腰を揺らすシンプルな赤のロングドレス姿をしたイザベラが、相も変わらないやりとりをしていたよ。


「その……今日は、大事な……ふぅ」

「大事な話って、やっだぁ~。もしかして、告白ぅ~? ちょっと、イザベラちゃん心の準備ができてないわぁ~」

 イザベラを除けば、隅っこで昼間っから酒をたしなんでらっしゃるお爺ちゃん冒険者と、惰眠を貪ってる一匹オオカミきどりの男しかいない。今どき、カウンター席がある酒場も珍しいし、ちょっと大人な雰囲気が嫌いじゃない奴って多いんだよ。見ての通り、『冒険の店』としてはバシュキルシェでも落ち目だけどな。


「イザベラ、さん……ハァ。よしッ」

「なんて冗談言ってる場合じゃなさそうね」

 イザベラだって、男なのに女性的な言動や衣装を好むフザケタ野郎に見えて、熟練の冒険者に劣らない老獪さをもってやがる。イオの異様さに気づいて、直ぐに表情が(おとこ)のそれに代わる。

 筋骨隆々のボディーに角ばった顔。今はウェーブが掛かった金髪のロングヘアーになっちまってるけど、昔は角刈りの男前だったってさ。男衆を率いていて、イオのとーちゃんと一緒に冒険者やってた腹心の友らしいな。

 ――なんで、こうなっちまったんだか……――


 緊迫した状況にも関わらず、俺は一人で残念がっている。

「緊急依頼です! 文書の掲示と冒険者の召集をお願いします!」

「緊急依頼ですって!?」

『……!?』

 イオの言葉にイザベラが反応して、それを聞いた店内の冒険者二人も顔をしかめさせる。

 俺がイオと会ったのがひと月くらい前だから、その間に緊急依頼がなかったことから割りと久しぶりになるんだろうか。まぁ、俺が生きてた頃だって緊急依頼なんざ二か月に一度あるかないかぐらいだったもんな。


 イオが緊急依頼について掻い摘んだ説明をしている間、俺は店の名簿に目を通しておく。

 本来は名簿なんて店主が仕舞いこんでるものだが、たまに独自で冒険者達にわかりやすく名簿を作る奴もいるんだよ。

この『冒険の家:イザベリア』は、元が酒場だったから酒のボトルを|カウンターの後にあるバックバーに並べている。どのボトルにも、店に所属している冒険者達の顔と名前が精巧な絵画のように描かれている。イザベラの個人技(スキル)らしく、自分の描いた絵や文字を別の物体に彫り込むことができるんだとよ。


 棚は下段左からソルジャー(兵士)級、コーポラル(兵長)級、サージェント、ウォーラント(二尉)、ルーテネント、そしてメジャー級だ。次に上段の左に戻ってカーネル(一佐)級、メイジャー、ブリガディア(少将)ヴァイス(中将)ジェネラル(大将)マーシャル(元帥)級と並んでいる。メイジャー以上からは空席だ。この店で最高位はカーネル級のビアンカちゃんというわけ。

 以下だとメジャー級からウォーラントまでが一人ずつ、イオを含めたサージェント級が三人、コーポラル級とソルジャー級が合わせて五人で合計12人が所属していることになる。


 街の人口7000人に対して冒険者の数が70人いるかいないかで、12人って数は少なく感じるよな。計算は苦手だからイオに任せるとして、そろそろ終わったころだろうか。

「では、よろしくお願いします」

「えぇ、どれだけ集められるか分からないけど、なんとかやってみるわ」

 互いに儀礼的な言葉を交わした後、立ち去り際にサムズアップし合う。何と言うか、イザベラ流の激励だよな。


 すれ違いに、『冒険の家:イザベリア』では見ない顔の少女が一人、店内へと入っていく。薄桃のボブカットを揺らして、加えて割と大きな実を胸の前でバウンドさせる、そこそこの美少女だぞ。ゆったりとした鉄鋼の胸当てと肘膝のプロテクターを見る限り、新たにここへ所属しにきた冒険者という風体だな。

 イオが何やら立ち止まって視線を送っているので、ついついからかいたくなる。

「……」

 ――ほほぉ、イオ君も目移りすることがあるのですねぇ――

「え? 何を言ってるのさ。新しく所属する子なら、挨拶しておくべきじゃないか」

 ――それだけか?――

「それ以外に何があるのさ。ギルド職員として、僕は公正な目で彼らを見なくちゃいけない」

 怒らせてしまったかな。

 それでも、ここまで一途だと俺はホント残念でならないぞ。考え方もズレた方向に一途だけどな。たぶん、道をずれて東に向かって路地を進んでるのは、ビアンカちゃんと合流するためだろ。


 ――まぁ、お前の頑張りはわかった。今は、目の前のことしか見えてないってぇのもな――

「とりあえず、これで冒険者として緊急依頼を受ける名目ができたからね。特別休暇を申請してこないと。たぶん、二日も時間はないはずだから……」

 そうなんだよな。六日の内に一回しか休日がないと、冒険者をやっていくための時間がほとんど取れないんだよな。どうしても数日が必要な依頼になると、無給休暇を取って出向かないといけなくなるわけだ。そうすると今度は、他の職員にお鉢が回ってきちまうという寸法。


 イオの場合だと、窓際だからロクな仕事ももらえてないけどさ。でも、こいつは他人に自分の分まで仕事を押しつけたくないなんて思う優しい奴なんだよ。人の面倒な仕事は引き受けて、それで首が回らなくなるタイプだったんだろうな。

 その上で、今はギルドの仕事こそ少なくなっても俺と一緒に秘密の依頼を受けてるんだからよ。

 ――緊急には違いないけど、公式に依頼を受けるのって何日ぶりだっけ?――

「えーと、カリストと会った時ぐらいに一回やってるから、20日ぶりかな? 後はずっと仕事終わりに大急ぎで出掛けて、一晩で帰ってこれる範囲の依頼を片づけてたね」

 ――お前、良くこれまで過労で死ななかったな。ミュータントにやられるか、過労でダメになるかだったんじゃね?――

「イザベラさんがその辺りを面倒見てくれてたから……。一日でできる仕事を回してもらってさ。ホント、イザベラさんには頭が上がらないよ」

 苦笑を浮かべるイオ。


 この緊急依頼が終わったら、少し冒険者としての仕事もしていかないとな。このまま何十日も手をつけずにいたら、流石に冒険証(ぼうけんしょう)の剥奪はないにしても、いずれ他のサージェント級の奴らにも追い抜かされかねないもんな。

 肝っ玉かーちゃんみたいなイザベラだから、他の奴らに強権を発動して問題になっても困るだろうよ。イザベラは少しばかり人情が過ぎる性格だが、『冒険の家』って言うのはそうあるべきなのかもしれねぇな。


 ――良いところに、所属してるよな――

「何なの、急に? イザベラさんも、ビアンカさんも、他の皆もとても良い人達だよ。僕みたいな才能のない冒険者でも、ちゃんと仲間として見てくれるんだもん」

 ――そうだな。イザベラの店がなかったら、今頃イオはそこら辺をタライ回しにされてたかもしれないな。『冒険の家』同士で冒険者の取り合いが常のご時世、こういう巡り合わせは大事にしろよ?――

「そりゃ、『冒険の家』も冒険者が増えればギルドから回してもらえる依頼が増えるし、専門性も上がれば評価も上がるからね。でも、僕はそういう剣呑な感じが好きじゃなかったから……」

 ――あー、イオは人と競うようなのは嫌いか。それじゃ、ビアンカちゃんは他の男に取られちまうわけだ――

「ッ!?」

 あっと、ここでイオの歩く速度が上がったな。


 さて、そろそろ路地を抜けたところでビアンカちゃんが通達に向かった『冒険の家:ラオメディア』が見えてくるぞ。バシュキルシェで一番の『冒険の家』で、ギルドから見ても有望株なんだよな。

 しかも、イオやビアンカちゃんの上司も所属してやがるからなお性質(たち)が悪い。それがまた、バシュキルシェ二人目のカーネル級だから三倍どころか十倍ぐらい酷いんだ。もしビアンカちゃんがまだここにいるとしたら。

「ふぅ……。通達に来ただけなのに、三十分も引きとめられてしまいました……」

 高級な懐中時計を片手に、疲れた顔をして独りごちているなら、『冒険の家』の主人にヘッドハンティングを掛けられていたってことだろうな。


「あ、ビアンカさん、問題なかったらしいですね」

 ――おいおい、それじゃあ心配して駆けつけましたよ、と言わんばかりじゃないか――

『あッ』

 イオとビアンカちゃんが同時に声を上げる。どちらも、その理由は違ったのだろうが、二人とも何がおかしいのか苦笑を浮かべ合うの。俺、もう帰って良いかな。

「イオさんは、南区に向かったのでは?」

「う、うん、そんなに掛からなかったけど、(もく)の刻の混雑を避けてきたらここに出ちゃって……」

 下手くそな言い訳だな。


「もう、そんな時間なのですね。私も今戻るところです」

「うん……早く戻って、特別休暇を申請しないとね」

 もはやせっかくなので、というぐらいに二人でギルドのある中央区に向かう二人。俺はその背中を眺めながら、「やれやれ」と肩を竦めて見せるのさ。

 その二日と半日になる十刻後、俺達はメジャー級ミュータントとぶつかり合うことになる。


面倒な設定を考える奴め、と思われているんでしょうねぇ……。

軽い読み口がどこへ行ったのかはわかりませんが、ご意見、ご感想、アドバイス等を待ちしております。

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