依頼書No.33 雨のち雷、時々、雪
雲ミュータントが酸を流し始めても、やることは変わらない。
俺が脚を攻撃して動きが鈍ったところを、コロナがミスリル鋼を落とす。
コアが節足の表面にもあるのだが、外殻の中にも詰まっているって感じよ。海の生物にそんなのが居たっけか。
「なるほど、カニって奴か」
「ふーん……じゃあ、あの底に見えている奴はクラゲか」
「タコと何が違うんだ?」
「クラゲの触手には毒がある。特に、あの蔦が巻いたような触手はカツオノエボシという種だ。他所では俗にデンキクラゲと呼ばれている」
コロナが、わかりやすく説明してくれるので助かる。
しかし、だ。なるほど、良くわからん。
「デンキ……デンキと、雲。雷ってことで良いか?」
「うーん。そういうことで大丈夫だ。後でちゃんと説明してやろう」
コロナよ、ちょっと俺に甘くないかね。
さておき、強がるのもそろそろ終わりだ。
「“来るべき未来のために”!」
「……ごめんな」
「どうってことねぇよ。まだ潰れてもらっちゃ困るし、な」
しおらしいコロナにも慣れてきた頃だな。
気も使うさ。そういう、俺の前だと無理をするところは、知り合いの女性達に共通する部分だから。
手をかばうことなく、酸まみれの棒を“浮遊”させ続けたら酷いことになるのは目に見えている。
「発動まで少し休んでろ」
俺一人でも、“狂える王”と“武を司る者”があれば戦えるってところを見せつけてやる。
疾走して前方の脚へ。トンファーの回転を溜めに溜め、後ろから一発【ガキギャギャガガッ】とバランスを奪う。
踏ん張ったところで前から飛びかかるように、もう一本のトンファーを叩きつける。
身体が浮き上がったものの、脚が良い感じに傾斜している。そこを、横回転しながら上っていく。
「ウラァァァァァァァァッ!」
これこそ、必殺技“大車輪”だ。もちろん今名付けた。
ミュータントの脚はそれほどかからず再生するだろう。
内部のコアへダメージを与え辛い状況で、いつまでもそっちへ掛り切りになればジリ貧だ。
「馬鹿ッ! “来るべき未来のために”があるからって、真上に乗り込むなんて自殺行為だ!」
コロナの叫ぶ通りかもしれない。
体側にどんな仕掛けがあるのか分かっていない上、振り落とされようものなら即死もあり得る高さだ。
如何に危険な作戦なのか、くらいは俺だって分かっているさ。
「安心しろ、俺は……俺は二度も死なねぇよ!」
走る。奔る。疾走る。
砕く。壊す。碎く。毀す。
「早くぶっ倒れろぉッ!」
“狂える王”の続く限り、俺はコアを破壊し続ける。
外殻から染み出してくる酸が、靴を溶かしていくのがわかった。それでも、止まれなかったんだ。
俺自身に時間が無いのも分かっていて、この戦いも長引かせられないとわかったから。
「コロナ! お前は体力を温存しておけ! そこからでも、あの青白い雷は良く見えるだろッ?」
「……クッ。あぁ、見えるよッ! 良い予感はしない!」
ここで手を出さないのは、俺の言いつけだとしても悔しいだろう。
しかし、第一首都の辺りから上った青白い光を、ただの自然現象だと思えるわけもない。
「浮かしているのは残り五本だ! これで可能な限り潰そう!」
“来るべき未来のために”のタイミングを考えるなら、発動前に雲ミュータントを倒しておきたいところだ。
それが叶わないなら、酸の負荷を可能な限り減らすべきのはず。
ここで、“浮遊”したミスリル棒を使い切ってしまうのは悪手か否か。
「……やるっきゃねぇか」
後一分くらい“狂える王”の時間が残っている。
それを最大限に活かす方法を考え、俺は一つの結論に至った。
「棒を傾かせて落とせ!」
「? あぁッ、わかった!」
コロナはそれだけで俺の意図を察し、角度を調整しながら“浮遊”を解除する。
飛ぶ。
斜めに落ちてきた棒を、撃つ。打つ。討つ。
「ウララララララァッ!」
【ギガギガギガガガギャッ】と高速の銀線がコアを撃ち抜いていく。
時に真横を向いた棒があれば、それを垂直に飛ばして貫通させる。
当てずっぽうで落とすよりも、高確率で多くのコアを狙うことができる。
赤い欠片が火花のように散り、ある種のスペクトラムを生み出す。
「どんなもんだッ! が、こりゃ、良いダメージ貰うなぁ……」
当然、棒を殴っている間に俺の身体は足場を超えていく。
もちろんのこと自由落下だ。
「カリストォォォォォォォォォォ――ッ!」
馬鹿な。
なんと、コロナの奴が墜ちる俺を助けようとしているのだ。
ミュータントの脚に“浮遊”させた棒をぶつけ、傾いたところを脚力だけで上ってくる。
いくら“来るべき未来のために”が残っているからと言っても、無茶しすぎだ。
「コロナ……!」
「ごめんッ。でも、私にはもう、耐えられそうにない」
あぁ、そうだった。
あの時も、俺はただ言われるままに戦った。皆のためと言いつつ、本当に大事な誰かのことなんて考えず。
無謀にも死んで逝った仲間達にも守りたいもの、一緒に居たい奴ら、そういうのがあって当然だったんだ。
「カリストの居ない世界なんて」
俺を空中でキャッチして、抱き合いながら落下していく。
俺も応えたいところだが、まずはこの状況を乗り越えてからだ。
空中でトンファーの回転を溜めた。
「まだ、切れてくれるなよ!」
遠退くような感覚さえ覚えながらも、地面を殴り飛ばした衝撃で俺達の身体が僅かに浮き上がる。
すかさずもう一発。
ほぼ落下の速度を殺せたところで転がるように着陸だ。
「ハァ……ハァ……な、なに?」
――ギリギリで間に合ったかぁッ――
「イオか? やっぱり、少しずつ短くなってるか……?」
「う、うん。あぁ、もうカリストのこと完全バレちゃってるもんね……」
返事のタイミングとかを無理に考えることが無くなって、イオも少し肩の荷が降りた感じか。
苦労を掛けたな。
――お疲れ様。だが、色々と問題は残ってるぜ?――
「まだ半分って感じかぁ……。この調子だと、後一日くらい掛かる?」
「どうやってカリストと会話をしているのかわからんな。まぁ、こうも頻繁に入れ替わられたのでは追いかけるだけでも時間がかかる」
――難しいことを聞くよな。コロナでも、さすがに英霊とか憑依なんて考えは最後の最後か――
「証明する必要とか、方法なんて、ねぇ?」
「イオだけズルいぞ。まぁ、どうしようもないことで悩んでも仕方あるまい。今は眼の前ことを片付ける!」
しかし、これが終わったらしっかり付き合ってもらうぞ、と言外に聞こえますね。
話している間に“来るべき未来のために”も発動し、傷やスタミナも回復できた。が、ここで一つ問題が発生した。
クラゲの触手が、ミスリル鋼に嫌というほど巻き付いているってことだ。
「……」
コロナにとっては、迷惑を通り越して屈辱だろう。
ボロボロに溶けたドレスの裾を引きちぎり、肌を多く晒さざるを得なかったのも原因だ。
手に布を巻いて、刺胞付きの触手を払い落として行く。
――気をつけろよ? デンキクラゲって言うくらいだから、ビリッと来るんだろ?――
「えっと……」
ついつい、さっきまでの調子でコロナに話しかけちまう。
――おっと、聞こえないんだったな――
「最高指揮……コロナさん、カリストから伝言です。気をつけて払い除けてって」
「あ、あぁッ……。もちろん、だ」
おうおう、俺からだってなると素直に受け取るんだな。
「えーと……うん、この辺りって“フィクスバルム”を討伐したところだよね」
気づけば、俺達は一日程度でかなりの距離を移動してきたようだ。
はっきりとした地形を覚えていないので、大凡あの渓谷だろうってことしかわからんが。入り口とちょっとってところかね。
“狂える王”や“来るべき未来のために”を使っての移動なので疲労感も少なく、時間ごとの距離感も少し狂っていたんだろう。
「この渓谷は、十二年前に“トランプラー”と呼ばれるミュータントと、他多くが走り抜けたんだ……」
――そうだったな……。忘れもしねぇ、あの群れを成したミュータントの波は、よ――
イオには良くわからない話しだろう。だいたい、町から離れたかどこか地下に隠れたか。
まず、あの白い濁流を一般人が見るってことはなかったはずだしな。
「コロナさん?」
「あ、いや……子供心にあの光景は堪えたからな」
俺だって少しビビッたくらいだ。七歳かそこらのコロナがちょっとしたトラウマになったところでおかしくはねぇさ。
しかし、あの場面でコロナは戦場を眺めていたってわけか。
――そこまでやるか、普通?――
「コロナさんは勇気がありますね」
あぁ、うん、そういうことじゃないんだよ。
今の俺に、コロナの気持ちを受け止めるのは難しいと思う。イオとも、後どれだけ一緒にいられるか。
「イオに褒められてもな……。さぁ、休憩も十分だろ」
――よし、行こうか! できれば救援を待ちたいところだが――
「ビアンカさん達もそろそろ到着するころだろうからね」
そうそう、早く来てくれないとホント大変なことになりそうなのよな。
特に、今は止んでいる青い雷のことだ。
アーティの“蒼き一閃”の可能性が高いが、どうして何度もババーンとやっていたのか。
単純に考えれば、勝手に湧いているミュータントと戦ったって辺りだ。それだけなら別に言いんだ。
まさか、まさかってことは無いと思うが。
「カリスト?」
――あ、うん、大体こう良い予感がしない時って最悪なパターンを引くからさ――
「あぁ、確かにそうかも? カリストが嫌な予感を覚えて、良いことなんて一度も」
良くわかってらっしゃる。
そして、言ってくれるじゃないの。
「カリストはイオにとってそういう感じか。いや、確かにテーベの個人技でも持っているのかってくらい、悪いことには勘が働いていたな」
笑ってんじゃねぇよ。違うんだぞ。
――最初こそ運と実力でコロナの愛情表現を回避してたけど、パターン化による予測が働くようになっただけなんだが……――
今回もそんな感じだな。
「な、なぜ私をそんな目で見る!?」




