依頼書No.31 十二の時を超えて
第一首都メルトを発って一週間が経過した頃だ。
ここしばらくバシュキルシェは静かだったのだが、その日の夕刻前に騒音がやってきた。
本当に、一部の男の周囲を除いて静かだったんですよ。
「どうしてコロナが来ますのよッ」
イオの周りを騒がしくしていた一人、コレーがコロナに食って掛かる。
ご飯は少しくらい美味く作れるようになったかな。
「ふん、以前よりは腕を上げたか。しかし、食料のことは考えてくれ」
イオが昼に食べきれなかった分を、勝手に口へ運びながらほざく。
次に、取り囲んでいた二人目ビアンカちゃんの作ったご飯にも手を出す。最後に三人目のナマカが作った丸焼き料理だ。
「首都からの難民を受け入れるのは構いませんわ! けれど、コロナまで来ることないですわよねッ? 自分の家に帰ってくださいましッ!」
「それはイオさんの……」
「相変わらずだねぇ、コロナは」
コロナの傍若無人を仕方なく見過ごすビアンカちゃんも、カラカラと笑うだけのナマカも、少しどうかしてるぜ。
なんとかストッパーになってくれるはずのカロン支部長殿は、難民受け入れに関する指示書を読むのに忙しいし。
「先の大型集団ミュータント“竹に群がる黒虫達”に端を発する緊急事態。いざという時のことを考え、私とコレーが一緒にいる方が何かと便利だろ」
「ぐッ……」
正論にコレーも口を噤まざるを得ない。
「それとも、私がいてはいけない理由があるのか? あぁ、二頭政国家の宿命か。私を蹴落として王政に返り咲こうと画策しているとか? ここ最近、報告の頻度が減ってきているのはその所為か」
おいおい、世の中言っちゃいけねぇこともあるんだぞ。
特に、コロナとコレーの関係からすりゃナンバーワンの禁句だ。こいつ、いきなり喧嘩でもおっ始めるつもりかよ。
「コッ――」
「コロナさん。いくらなんでも、コレーがそんなことするはずないじゃありませんか。事情も知らずに仲良くしろとも言えませんけど、二人共直ぐ喧嘩腰になるのは良くないですよ」
おぉ、イオにしてはちゃんと言うじゃないか。
ホント、なんでコロナとコレーは仲が悪いんだろうね。その辺りを解決できればなんとか――せめて、ギスギスした言い合いをしなくても良いくらいにはできるんだが。
「……まぁ、ここでいがみ合ってもしかたないな」
「そ、そうですわね……」
間にイオが入ることで、少なからず緩衝材となったみたいだ。避難民達のために、行動するのが先決だとしたみたいだ。
「それでは、えっと、カロン支部長お願いします」
コロナに意見したことに、いまさらビビり始めるとは。
指示書を読み終えた支部長殿が、イオに勧められるまま組分けを行う。
「ヒベリオンさんは『イザベリア』の面々を率いて夕方の担当だね。アルトラス主任はモウポリエ氏の弔いで第一首都に居るし、ガニメル君が『ラオメディア』と一緒に夜の担当をしてくれるかな?」
アーティが居ないことまで考えて書いてくるか。
というか、ここに居るんだからコロナが指示を出せって話だよ。
しかし、アーティがモォちゃんのためにメルトへと向かったってぇのが驚きだな。それと、ナマカがイオを当て馬にしたことはそれほど気にしてなかったみたい。
その所為か、ナマカのアプローチが少し激しくなったのが先の料理の件でもわかる。
「あ、そうだ。ナマカ、お前は昼の担当な。私も夜に入るから」
「うぇッ? マジ?」
「マジも大マジだ。業務が終わり次第、イオは休んでおけ」
落ち込んでる、落ち込んでる。
コロナも酷い奴だぜ、まったく。
「はい、それでは僕は失礼します」
『イオ……』
「ガニメルさん……」
合法的に退散しようとするイオ。それを見ていたのは、キツネとブーブ、パレネ女史である。
当然、三者同様の表情で見送る。
さっきの毅然とした態度はどこへやら。
「トリンキュルさんが昼、キャリバ君とシコラクム君は夜の担当だね。皆の整理とかお願い。こんな大掛かりな避難は初めてだけど、普段やっている通りだから気を張りすぎずにね」
支部長殿も皆を気遣いつつ、指示を出していく。ちなみに、支部長殿は相変わらず仕事場に残って緊急事態に備える役だ。
もう若くないってぇのによ。アーティが居ないから仕方ないか。
ビアンカちゃん達の活躍。と言っても、流れてくる難民を誘導しつつ周辺警戒するだけだが。
それを伝えてもよろしいのですが、イオも夜に備えて休むので俺もそれに倣います。
意識を手放してから、幾刻かが過ぎた気がする。
「ぅ……ぅうん? うんッ!?」
――どうした、イオ? うぇッ!?――
気づけば窓が開いており、そこに月の明かりを一身に浴びる女がいた。
異変に気づいて、寝起き直ぐ様メガネを掛けたのは良い判断だ。パッと見で、ナマカの悪戯とかではないからである。
暇さえあれば死ねる奴が、現状で悪戯を仕掛けてくるとも思えないしな。
間借りしている『冒険の家:イザベリア』の二階ぐらいなら勝手に入って来そうなものだし、そんなことしなくてもイザベラは顔パスで通してくれるはずだ。
同意の上でなら、夜這いとかも構わないって良識のある人だぜ。
「え、えっと……」
恐怖よりも、窓辺に立つ女神の如き美女に見惚れている。
風になびく白いドレスが、踊る金糸と混ざり合う。月下では、それが地上に降ってきたもう一つの月に思えた。
雪にも負けない肌は、童話で良く聞かされた氷の女王を思わせる。
古びたベッドとクッションとテーブルと椅子、冒険用の荷物があるぐらいの部屋だ。童話の女王様を招き入れるには、いささか殺風景で申し訳ない。
――落ち着け、コロナだ――
「え、コロナさん? いえ、なんで最高指揮者が……?」
暗闇に目が慣れたイオにも、漸く闖入者の姿を正確に理解できたようだ。
「寝坊した?」
――どうだろな? イザベラに起こしてくれるよう頼んでただ……って、そうじゃねぇわ――
またすっとぼけたことを言うので否定しておく。例え何らかの理由で寝坊してしまっていても、コロナ自身が起こしに来るってこったぁねぇだろ。
「イオを呼びにきたついでに、少し話をしたくな」
「えっと……僕ってそれほど会話の引き出しがないんですけど、大丈夫です?」
「単刀直入に聞く。お前は、カリストなのか? もしくは、カリストと裏で繋がっているのか?」
「えッ?」
――はいッ!?――
さすがに、この質問には俺も驚いた。
どこで、『ジュピター』から俺達『ジュピターズ』の存在まで辿り着いたのか。
“来るべき未来のために”を使った時に、コレーが気づいたのかもしれない。いや、エララが目の前で使ったことはなかったはずだ。
「な、なんの話です……?」
「とぼけるのはやめろ、カリスト」
イオの言葉を遮るように断言する。
「お前の意思を継いでいるだけか? それとも変装する個人技か? 私の勘違いで、カリスト達の個人技を真似しているだけなのか?」
声を可能な限り平坦に見せているのがわかる。縋るようにして、ベッド縁のイオを足止めする。
逃げられない。
イオが無理に振り解けるとも思えないしな。
緊急時に備えてレザーアーマーを着たままだから、気持ちは良くないだろうに。
「あ、あの……その……」
イオには刺激が強すぎたみたいだ。
俺に救いを求めるべく懇願の視線を送ってくる。哀れみを感じる。
「なぁ、カリスト。居るんだろ? お願いだから、もう一度、話をさせてくれ……」
何がそこまでコロナを駆り立てるのか。
ここまでされて、出ていかない方が男として失礼な気がする。
――わかった。イオ、ここは俺がなんとか収めてやる。なぁに、上手く誤魔化してみせるさ――
「う、うん……」
憑依。
久しぶりに再会したのだ、手を肩に添えるくらいしようかと思った。しかし、身体はイオのものなのだ。
「コロナさ……いや。久しぶり、で良いか? 12年も会ってないんだから、俺のことなんて忘れてると思ったぜ」
「カリストッ? 久しぶり、カリスト。また、会えて嬉しいよカリスト……カリスト」
そんなに連呼してくれるな。そもそも、イオの演技だとか疑わないのかよ。
俺の疑問を読み取ったのか、コロナが直ぐに答えてくれる。
誤魔化そうと思ったものの、なぜか俺は素直に答えたんだ。疑われると思ってたからかもしれないが。
「カリストは、間違いなくカリストだ。声が変わっても、口調や仕草は同じだから。この12年間、一度たりともお前のことを忘れたことなんてない。本当だ、信じてくれ」
「さっきのセリフだけで本物だと分かってくれるなんて嬉しいね。まぁ、逆にどうしてそこまで区別がつくのかって疑問が湧くぜ」
親でももっと疑うと思う。
衝撃の事実だが、俺の両親は遠い昔に亡くなっている。
だが、もっと驚くべき真実が明かされてしまうんだ。
「カリスト、お前のことが好きだから……」
なぁ、コロナよ。今、何と言った。
パタパタと揺れるカーテンの、耳障りな音が邪魔でよく聞こえなかったんだ。
「俺のことが、なんだって?」
「何度も言わせるな……」
悪い、こういうことはちゃんと確認しておかないとな。
回りくどくて本当にすまない。
「だから、私は、お前のことが好きなんだッ!」
感動的な告白のはずなのに、そう感じない。別にコロナのことを嫌いだと思ってはいないはずなんだが。
俺が返事するよりも早く、部屋の扉が開く。
「今の話、どいうことなんですかッ?」
「今確かに、コロナがイオを好きだって言ったよね!」
「コロナ、貴女までイオを誑かそうって言うのですの!?」
このお約束みたいな展開を予想できた所為かね。
弁解する暇など与えず――そんなつもりが一切合切なさそうな――コロナが、俺の腕を掴んで窓から飛び出した。
僅かに開いた木戸の隙間から、イオの身体を引っ張ってすり抜ける技術はなかなかだ。
「お、おい! どうするつもりだッ?」
俺も頑張って隙間を通り抜け、三人を撒くことに成功する。
「もう交代時間だ。しばらく私に付き合え」
コロナに引きずられるまま、俺は持ち場へと向かって走った。
ビアンカちゃん達の声が聞こえてきたような気もするが、久しぶりに二人きりというのも悪くはないだろう。
何せ、12年ぶりの再会なのだから。




