依頼書No.30 次なる予感
まさかの話数抜かし(1死)
イオが引きずられるようにしてコレーの部屋へと戻ってきた。
「モウポリエ、さん……」
隠し部屋まで戻ろうって気はなさそうだが、その場を離れる感じもない。
「イオ……」
「とりあえず、この穴をどうするか決めよう」
コレーが心配する他所で、ナマカが状況に気づいて意見を求めた。
ずっと後ろ向きで引きずってきたからね。部屋にビアンカちゃんが戻ってきてて、コロナも一緒なのに俺も今さら気づいた。
「何事かと思えば、暖炉に大穴を開けて冒険ごっこか」
「私が少し、犯罪者が逃亡した件を伺いに行っている間に、色々とあったみたいですね。お話いて頂いても?」
コロナよ、お前がそれを言うか。
ビアンカちゃんが訪ねてきたので、ナマカが説明を引き受ける。
コレーは城に居る人員を集めて、穴を塞ぐ指示を出した。本当なら、奥へ進んでミュータント玉を処理したいところだろう。
あれは、見ていた感じコアらしきものがなく、ソルジャー級に近い捕食方法を取っていた。
学者でもない俺が推測しても仕方ないけど、ミュータントの原種とでも言うべき存在なんだろうな。全ミュータント達の子供。
「ミュータント達は、アレを助けるためにここへ向かって来ているのかな?」
「さてな。私は見ていないのでなんとも言えないが、それを除けば他の問題は片付いたんのだから喜んでおくよ」
「私も確信は申し上げられません。ただ、放っておくのは違うと思います」
「アレが何か、とか。どうするか、とか。そんなことよりも私は……」
女の子達はあれやと話している。
コレーにしてみれば心苦しいことこの上ないな。
コロナはコレーのことこそ気遣っては居ないものの、一応、処理については思案している様子だ。
ビアンカちゃんも対処を考えるも、話を聞いただけじゃ判断を下せない様子だ。
「じゃあ、今は対処療法だけして様子見ってこと?」
一同、頷くしかないみたい。
最悪、メルトやバシュキルシェの住民を避難させる必要は出そうだが。
さて、一旦そちらの話が落ち着いたところで、イオのことを気にかけてやって欲しい。
『……』
イオの様子に、一番戸惑ったのはビアンカちゃんだろう。
「イオ、さん……? あまり、気を落とさないでください……」
「ビアンカさん……。僕は……助けられなかったッ。助けられな、かッ!?」
声を荒げるイオを、腕で抱きしめる。
濡れて震える体を温めるように、心の痛みを受け止めるために。
「確かに、仲間だった人を――裏切られたとは言え――失ったのは悲しいことです。でも、自分を責めないで上げてください……」
そうだぞ、イオよ。
自力の無さを悔しがるのは仕方ないさ。人の死を悲しむのは当たり前だ。
けどな、誰かの死を自分の無力に覆い被せるのはやめろ。
飲み込まれたら、戻れなくなる。
「でも、でも……。もっと、気を使っていれば、モウポリエさんの苦しみだって。わ、分かった、かも……」
それも間違いだと思う。
そりゃ、イオの主義から言えば自分が頑張れば皆ハッピーってことだろう。しかし、モォちゃんがそれを相談したりするとは思えないがな。
最初から、俺達。というか、イオ含む『イザベリア』を邪魔する気だった可能性が大きい。
クマミュータントやタケノコミュータントを呼び込んだのだって、モォちゃんかもしれないんだ。
「こう言ってはなんですが、イオさんは別に万能な人間ではありません。私だってそうです。コレリーウスさんも、ナマカさんも、そうです」
「そうですわッ。コロナさえ、万人の思想を塗り替えることなんてできませんわよ。ましてや、憎しみや嫉妬なんて無理に近いですわ」
コレーも一緒に慰めてくれる。
「ミュータントを誘ったのもだけど、ここまでやれるもんなんだねぇ。僕、女の子が怖くなったよ」
ナマカだって、冗談で場を和ませようと頑張っている。
「誰かを傷つけるだけ、自身を蔑むだけ。感情ほど邪魔な物はないと証明されたじゃないか」
コロナは、さすがにここで言うことじゃないと思うぞ。
クヨクヨしてても仕方ない、ってことを言いたいのはなんとなくわかるけどさ。
『コロナ……』
「最高指揮者……」
皆の視線が酷い。
「……どうでも良い。食料と水の補充が終わったら帰れ」
誤魔化したな。
それはさておき、言い方からして明日を待たずにバシュキルシェへ戻れってことだ。
「急な話ですね……。僕らがここに居ると、危険だと?」
イオも少し復活できたらしく、コロナに食って掛かる。
「あぁ、危険だ。それはお前らだけじゃなく、私だってそうだ。城の封鎖、街への安全策を打ち出したら、私も離れる」
「刺激しなければ大人しくしているかもしれませんが、もしかしたら自ら出てくる可能性もありますね」
「ということは……私もまたバシュキルシェへ?」
「そういうことになるな。お前のことだ、お家でなければ寂しくて眠れないなんてナイーブではあるまい」
「確かに他国の王族に――元ですけれど――比べれば旅慣れて居ますわよ? でも、ですわよ……でも」
コロナの言い様に傷つくくらいの神経ではあるようだ。言われ過ぎて、反射的に落ち込みやすくなっているだけって話かもしれないが。
一回、コロナに釘を差しておいた方が良いかもしれない。
「女の子って怖いねぇ。表に出しすぎる方も、内に秘めすぎる方も、ね」
二人の様子を眺めながら、ナマカはため息を吐いた。
いったい何に気づいたというのか。
イオに今度聞いておいてもらおう。
「さぁ、仕事に掛かれ。日が暮れる前に出ないと大変だぞ」
誤魔化すようなコロナのセリフに急かされ、イオ達は各々の役割を決めて街へと繰り出していく。
俺もイオに付いていくとしよう。完全復活ってわけでもなさそうだし。
「……スト」
コロナが何か言った気がするが、俺には関係ない。関係ないよな。
イオは食料集めだ。力仕事だから仕方ないな。
「……カリスト、僕はどうしていたら良かったんだろう」
――どうしようもねぇだろ。向こうから離れていくものを、どう救えって言うんだよ――
「けど、僕がもっと気を使って上げていれば、手を掴んで上げることぐらいはできたんじ、ッ?」
――馬鹿野郎ッ!――
本当に、こいつはおかしなことを気にして自分をないがしろにする。
全ての責任を背負っていたら、イオの細い身体なんて直ぐ潰れちまうよ。
――やめとけ、やめとけ。俺だって、仲間の死を考え始めたら何日かふさぎ込むんだからよ――
「カリストが、悩むの?」
こいつは何を言っているんだ。
――おいおい、俺だって人間だよ。一人だけ英霊として蘇ったことへの罪悪感くらいあらぁッ――
「ご、ごめん。でも、普段はそんな素振りも見せないからさ……」
――イオが頼りないから、俺がウジウジしてられないのさ――
「酷いなぁ……。うん、でも、そうだよねッ」
ありゃ、こんなことで復活するか。
だが、イオの考えの中には俺に迷惑を掛けないってぇのも含まれてるんだったな。
とりあえず、それなりに復活できたし良しとしよう。
――よーし、もう大丈夫だな。さぁ、急いで食い物を積み込んで出発だ――
「うん!」
こうして昼を過ぎる頃、俺達は第一首都メルトを出立した。
遠く離れていく冬の町を眺め、短い首都逗留を終えるのであった。
いつかまた、この白い城へ戻ってくるような予感がするのは、俺だけの気の所為かね。
「……」
「どうかしましたか、イオさん?」
降り注ぐ雪に反射する光。
目を細めて見つめていたところ、ビアンカちゃんが気にかけてくれる。
垂れる髪を掻き上げながら、目線を合わせて。
「いえ、なんでもないですよ」
イオはそう答えると、視線を御者台へ戻す。
俺を一瞥してから、操縦をコレーと変わった。
「もう休憩は良いんですの?」
「えぇ、こっちに居ると余計なことを考えてしまいそうで」
イオと意見が合うのは珍しいかもな。
「あんまり無理しちゃダメだよ、イオ」
「えぇ、大丈夫ですよ。大丈夫、です」
その日くらいは皆に気遣われたが、普段のイオに戻ったことに誰もが安堵した。
まぁ、後ろを振り向かないことと、歩き続けることは別の話なんだよな。




