依頼書No.29 地下深くに潜む者
俺の指示でイオが暖炉の灰を掻き落とし、炉室のレンガの隙間にナイフを差し込む。
コレーから借りたナイフはかなり強固だ。レンガを掻き出そうとしているのに、難なくやってのける。
「よし……」
灰被りになりつつも、レンガ壁の奥に地下への入り口を見つけた。
空気の出入りがあるから、どこか通気できる穴なりがある可能性も多少は。
しかし、今の今までこの秘密の部屋に気づかなかったコレーよ。いや、それを見越してここに作った奴は頭良いな。
「驚きましたわ。これを、父上が?」
――元女王陛下が亡くなった後ってことだから、そうなんだろな。娘の部屋に入れて、弄ってもなんとか誤魔化せる人物が他に考えつかん――
「なるほど。たぶん……そうでしょうね」
さてさて、元国王様ことコレーのお父さんは何を考えてこんな隠し部屋を作ったのやら。
逃げ道にしては厳重に封じ込めてあるし、不要になったから誰かが閉じたんだろう。
そういう推測はさておき、探索しなけりゃ収まらないよな。
「すっごく面白そうなことをしてるね!」
「城下町を観光するより楽しそうなのは確かよね」
「ビアンカさんがコロナのところから戻ってくるかもしれませんわ。置き手紙を残していきますわよ」
こいつらも十分にやるきみたいだし。
――行くっきゃねぇか。イオ、お前も覚悟を決めろよッ――
「わかったよ……。良い予感はしませんけどね……」
男の子がなに言ってるの。この面子なら、よっぽどのことがなければ大丈夫さ。
そういうわけで、俺達は地下へと潜ることになった。
「凄いなぁ。造りこそ急ごしらえだけど、それなりに深くなっているみたい」
「劣化してレンガが緩んだところを除けば、これぞ隠し部屋と言わんばかりだわ」
「緊急時の隠し通路でもないのに?」
これを元国王様の権限だけで作れたことを不思議に思う奴もいるだろう。
ただの避難用通路ならまだしも、ただの隠し部屋だ。普通、どこかでコレーに伝わるはず。
「父上の個人技は“民衆よ”と申しまして、気持ち人を洗脳できると申しますか……」
コレーが理由を説明してくれる。
歯切れが悪くなるのは、その個人技が大勢の冒険者の命を奪ったともなれば、当然か。
そこそこ歳の行った奴や勉強してる奴、当時から情勢を見ていた奴が居なくて良かった。
もし居たら、コレーのことを責めていたかもしれん。
「あー……。色々と腑に落ちたよ」
ナマカはその意味を理解できたようだな。
『メルティノの冬』に至る、冒険者による人垣作戦が如何にして行われたのか。
「まぁまぁ……。今は、ここの探検を楽しみましょうよ」
さっきと言ってることが逆だが、あまり引きずっても良くないわな。
「お、おーッ」
ぎこちなくモォちゃんも乗っかって、地下探索へと乗り出した。
隊列は前から、モォちゃん、イオ、コレー、ナマカ、だ。
徒手空拳のモォちゃんは小回りが利くから一番前。明かり持ちと、大抵の何かが襲撃してきても『見れ』るイオが二番目で正しいはず。
長柄の武器がメインなコレーとナマカは後方である。ナマカはまだ個人技のお陰で、最悪を回避できるだろう。
「水の音がするね。地下水が染みてるのかな?」
「湿気もありますし、心なしか足元も滑るようになってますね」
「気をつけて進みますわよ」
一歩ずつ、四人は進んでいく。
肌に髪が張り付く感覚が鬱陶しくなっているのか。少し行軍の速度が落ちた気もする。
履物に掛かる水の抵抗に阻まれて、後ろに視線をやる回数が増えていないだろうか。
少し開けた場所に出た。
『……』
――……――
俺達が言葉を失うくらいに、そこにあったモノは異様だというのがご理解いただけたと思う。
白い塊だな。
「ミュータントの死骸だと思いますけど……」
イオが他に気付かないくらいに、白濁ジェルの塊が転がっている。
部屋としての体を成し、ここがどん詰まりなのはパッと見でわかる。だから、俺が探していたのがこの塊だと判断できる。
「うーん? でも、見た感じさ。ここ、何かの研究室だった感じ……」
「研究室ですの? いったいなんの研究だと言うのですのよ?」
こういう機材に詳しくない俺でも、ナマカの言う用途の部屋だってことはわかった。
しかし、コレーの疑問に同意しよう。
ミュータントの死骸を研究してたのかね。
けど、普通ならミュータントジェルが塊状態になるのはおかしい。
「母上がお亡くなりになってから、父上はミュータントを駆逐するべく思案しておりましたわ」
「そうなるとこれは、元国王様がミュータント退治をするつもりで作った研究室ってことなの? 学者様でも見つけられてないことを、国王様にできたとは思えないけどね?」
その可能性もゼロではないが。
あ、いや、待てよ。
――元女王の死後、『メルティノの冬』まであまり時間は開かなかった。やっぱり、可能性はあったんだ!――
「そういうことを言われても……。ただ、未だにこの周辺に大型のミュータントが集まるんですから、何か理由があるのは確かですよね」
「そう言えば、私の部屋は南西寄りですわね。この地下室も、南西に向かって伸びていた……ですわ」
ははは、ほぼ確定じゃないですか。
おっと、そうこうしている間にお客さんが。
――イオ、こいつはちょいとヤバい――
「何で、この兄弟がいるのさ……」
どういう理屈かわからないが、アポロ兄弟が同行してくれていた。
待て待て。本当に、どうしてアポロ兄弟が城内にいやがるんだよ。
「つれないことを言うじゃねぇかぁ」
「そうだよ、せっかく復讐しにきて上げたんだから」
ノーセンキューだよ。
まったく、城の警備は何してやがんだ。薄いのはナマカの胸だけにしてくれ。
「城の見張りは……冒険者でも雇わないとダメなんだっけ? 今、すっごく失礼なことを言われた気がする?」
――とりあえずイオ、勝てない相手じゃないが保険だけは掛けておくぞ。後、俺は変なこと思ってないから……な?――
「う、うん……。ナマカさん、それはたぶん気の所為ですよ!」
一応、イオが間合いを広げるために横に移動する。
そこへ俺が憑依して、小声で“来るべき未来のために”をアポロ兄弟以外に発動。
「“来るべき未来のために”」
そして直ぐに憑依を解く。
『?』
何人かは違和感に気づいた様子だが、この際は四の五の言ってられない。
言っても、いつ効果を及ぼすかわからない保険だ。コレー達だって、二度も遅れを取るような奴じゃない。
「ヤスゥ、元王女様は今度こそ俺が仕留めるゥ!」
「わかったよ、アンちゃん! 僕は、趣味じゃないけどそっちのお嬢ちゃんとお兄ちゃんだねッ」
アポロ兄弟が動く。
兄の判断は間違っていないが、弟の方は非常に愚かだな。
イオだけじゃなくて、ナマカまで相手にして勝てる気でいやがる。
「ナマカさん、攻撃される前に動きをとめ、ワッ!?」
――イオ、後ろ!――
俺の声に反応して、イオが間合いを詰めるのを止めて飛び退いた。
無理な体勢だったんで、水の中に尻もちをついてしまったが。明かり用のランプを作業台の上に置いといたのが幸いしたな。
「モウポリエ、さん……? どうして……?」
弾ける水しぶきの向こうには、確かにモォちゃんが立っていた。
明確な敵意を持って、イオを後ろから殴りかりつつ。
俺が俯瞰的に見てないければ、一発でのされていただろうな。いや、アポロ弟の不可解な発言に直感を働かせてなければ、か。
「どうして? そんなこと、あんたにはわからないわ」
握り拳に力を込めて、歯軋りをしながら答えたんだ。
「アーティ様の気持ちなんて、お前らにわかるわけがないのよ!」
その言葉は、イオよりも俺に言ってるんだろうな。
優しいイオだからこそ気づかないことだ。傷つけまいとして、傷つけちまうことなんて多々あることじゃないか。
そういうのを、逆恨みって言うんだぜ。
――イオ、気にするな。ただの逆恨みに、情なんて掛けてやる義理はねぇ――
「でも……。止めましょうよ、モウポリエさん……。犯罪者なんかに加担するのはッ」
なおも、イオはモォちゃんの裏切りに気づいていない。
『イオ!』
コレーとナマカが叱咤する。
モゥちゃんは犯罪者に寝返ったんじゃなくて、自分の目的のためにアポロ兄弟を取り込んだんだって。
「お胸のお嬢ちゃんに協力すれば、逃してくれるって約束でさ」
「そぉなんだよぉ。悪いけど、ここで死んでくれよぉ」
こいつら兄弟にモォちゃんの思惑は関係ないって暴露してくれた。
しかし、イオは信じたくないみたいだ。
そりゃ、無理もないか。一ヶ月も一緒だったかどうかの間だけど、仲間として信じてきたんだからさ。
――イオ、非情にならなけりゃならん時もある。モォちゃんは、俺達を裏切ったんだ……――
「眼の前の敵に集中して、イオ! こっちも、部屋全体が苔で動きにくいんだから!」
壁を蹴り、天井を跳ね、床を滑ってなんとかアポロ弟を撹乱するナマカ。
“見えざる者”の機動もさることながら、ナマカもそれに対応すべく素早さを活かしてる。
コレーは包丁の小さいのを使って、鍔迫り合いをしているだけだ。敵が使ってる武器も、どこかでかっぱらってきたメイスで良かった。
さて、状況は3対3だ。
――うーん、正直、イオにモォちゃんは荷が重いか……――
実力差という意味でも、今の精神状態の面でも。
しかし、こっちも運には見放されてなかったみたいだわ。
アポロ弟の飛ばした腕が、奥のミュータント玉に当たった瞬間だ。
腕が溶けた。と言うか、溶かされながら飲み込まれた。
「ギャァァァァァァ――!!」
「ヤスゥ!?」
驚くのも無理はない。生きてやがったんだ。
俺達が驚いている間に、玉がジェル状の体を伸ばして攻撃してきた。
なんとかナマカは当然ながら、コレーはアポロ兄を盾にして回避。イオは尻もちをついていたのと、モォちゃんの陰に居たのが幸いした。
当然、後ろの様子に反応するのが遅れたモォちゃんは、ジェルに飲み込まれてしまう。
『ギャァァァァァァァッ――!! アツ! イタッ!』
最低の三重奏を響かせながら、モォちゃんども三人が吸収されていった。
とりあえず、俺達は逃げることにした。当然だろうが。
「イオ、逃げるよ!」
「イオ、早くッ」
二人が引きずろうとして、イオは未だにモォちゃんに手を伸ばそうとする。
「モウポリエさん!」
「も……ころ……し……る」
ミュータント玉の活動が収まったのか、モォちゃんを溶かす速度が少し落ちた。なので、かなり苦しい状態のようだ。
もしかしたら助けられたかも知れない。が、正直なところ助ける義理はないんだよ。
イオには非情な判断かも知れない。けどよ、またいつなんの刺激で活発化するかもわからないんだ。
「早く、手を……」
気づいてないんだな。まだ、モォちゃんの瞳に憎悪の火が灯ったままなのが。
コレー達が片腕を掴んでいなければ、引きずり込まれていたかもしれない。
「あれ……? また、痛い……?」
不運にも、ここで“来るべき未来のために”が発動して、腕を伸ばす体力が生まれたからだ。
少しずつ溶かされていた身体が完全に元通りになって、最初から溶かされ始めた。
「は、ハハハハハハハッ!」
壊れた笑い声が、俺達の鼓膜を震えさせた。




