依頼書No.2 メルティノ二頭制国家の編さんについて
コレ―の立ち絵は、登場時にこそ得物は持っていませんが、盛大なネタバレしてますね。
その客は、というかもはや乱入者と言った方が正しかった。
【ギチバギッ】なんてそうそう聞かない音を立てて、一枚扉を開けて、というか破壊してそいつらは入ってきた。扉を破壊したこいつについてはまず置いておくとして、数人の男達はお付きの冒険者ってところか。
どいつもこいつも、そこそこに良いチェーンメイルやらを着ているのは、それなりに高給取りな仕事に就いてる証拠だ。
「こ、コレリー……いえ、コレーさま……ではなくコレーさん、その扉は押して開けるんですよ……」
男の一人が、コレーと呼んだ馬鹿女に対して扉の開け方を指摘する。
「そうでありましたか……。申し訳ありませんわ。急ぎだったので判断を誤ってしまいましたの」
お上品な口調で、コレーさんって呼ばれてる馬鹿娘がイオ達に向かって謝罪する。
手を出す前に指摘しろよ。そもそも、引いて駄目なら押してみろ、って考える前に扉を蝶番から破壊するってどんだけの怪力だよ。お前は扉を開けるときに、ソルジャー級を全力で狩るブリガディア級冒険者みたいなことしてんかよ。これまでどんだけ扉を壊してきたか数えてみろってんだ。お前、これまで討伐してきたミュータントの数を覚えているのか、って言いたげな表情やめろ。それと、お上品な口調が似合わねぇんだよ。
『…………』
ほら、イオやビアンカちゃんまでビックリどころか唖然としてるじゃんか。
ほんとこの怪力馬鹿女はつくづく加減って物を知らない。どこぞの冒険者ギルド最高指揮者とやってること変わんねぇぞ。どこって、このメルティノ国のことだけどな。
その短く整えた青髪や、筋肉質を伺わせる顔立ち。ミスリル製プレートアーマーを必要最低限に着こんだ姿は、昔の可愛げがあった印象と180度は違っている。けど、美形なところはやっぱり変わらないんだよな。貴族の娘さんから男装の麗人になったって感じだろうか。
「えっと……」
呆れた顔と同時に訳知り顔をしているんだろう俺を見て、イオが横目に説明を求めてくる。直ぐにコレーへ向きなおり、ギルド職員としての業務に戻る。
――説明は後にする。今は要件を聞いてお帰り願え――
ここでコレーについて教えると、イオの場合は委縮しかねない。不自然な反応を見せるとイオが変人扱いされる可能性を汲んでの、俺の気遣いだ。たぶん、コレーは自分の紹介をするほど頭が回らないはずだしな。
「ここバシュキルシェより北北西に三日ほど行った地点で、メイジャー級ミュータントの姿が確認されましたのよ! 討伐依頼を出させていただきますわね!」
そういう単刀直入でストレートなところは好感が持てるんだけどな。けど、流石に出てくる単語がでか過ぎるわ。
「メイジャー級ですか……ッ?」
「め、メイジャー級を、確実に討伐出来る人員なんて、このバシュキルシェには……第一……」
「とりあえずお話を伺っても……?」
流石のビアンカちゃんでも、噂をすればって状況に戸惑いを隠せないみたいだな。だが、逃げ腰になったイオにフォローを入れたのはナイスだ。
「金ならございますのよ! それに、人手が足りないとは言わせませんわよ!」
コレーの言葉に従って、大金を詰め込んでいるであろう麻袋をお付きの一人がカウンターに置く。うわぁ、お付きの奴らの顔がすっごく申し訳なさそうだ。コレーやお付きどもの顔を見て、まぁ大体、何の意図があってこのバシュキルシェにメイジャー級の討伐依頼なんぞを持ち込んだのか、推測は立った。
『ジュピター』の存在を確かめるためだ。というよりも、実在。いや、正体を突き止めるためか。
現状、バシュキルシェにはビアンカちゃんを含めて二人のカーネル級冒険者がいる。ビアンカちゃんに至ってはつい最近に昇級したが、なんとかなるだろう。カーネル級二人で1ランク上のメイジャー級相手なら、六割の可能性で何とかなると推測できる。ほか諸々が徒党を組めばそこそこ被害は出ても九割以上で片が付く。コレーもカーネル級より一つ下のメジャー級のはずだから、お付きどもも同位かさらに下のルーテネント級かそこら辺だろう。
保険もちゃんと用意しているところが、あいつの遣り口らしい。
「わかりました……。緊急性の高い依頼として、通達を出させていただきます」
「つ、通達用の文書は僕が……。依頼料はビアンカさんでお願いして良いかな……?」
「……えぇ、数えてきますね。イオさんは文書をお願いします。コレー様は、こちらの依頼書に依頼内容を記述してください」
ビアンカちゃんの判断はそれほど間違ってはいない。ここで断ってメルティノの第一主都メルトのギルド支部に依頼を回そうものなら、バシュキルシェ支部の信用は地に落ちたことだろうよ。
相手がコレーと、彼女を裏で操っているあの小娘なら、頷けるってもんだ。
しかし、例え信用を失う覚悟で依頼を断られたらどうするつもりだったのか。そう考えて、俺は嫌な予感に駆られる。
ここまで画策しておいて、断られるような真似をするとは思えない。ならば、コレーには何らかの切り札が持たされているはずだ。
――イオ! そいつを使うのはもう少しまッ……――
制止をかけようとして、手遅れだったことに俺は歯噛みした。
イオは、既に緊急用文書の羊皮紙にギルド発行の印を押してしまっている。
「えッ?」
今更手を止めたって、遅いんだよ。
ギルドが正式に発行したことを示す印が付いたということはその時点で、間違いでした、とは言えなくなるってことだ。加えて緊急文書なら、破棄にするとしても数日は内容に対する協議と調査が行われなければならない。
――相手は未確認のメイジャー級だぞ……。それを緊急で討伐しろなんてことを触れ回ったら、どれだけの混乱が起きる? しかも、受注する冒険者がどうしてもいなかった時、ただ混乱させただけになっちまう。
イオ、お前……首が飛ぶかもしれねぇぞ――
そこまで俺が言って、イオはことの重要さがわかったようで、みるみる顔を青ざめさせていく。イオの視線が、ビアンカちゃんに、コレーに、手元に、と彷徨う。
これで、どうやら俺達はまたタダ働きしなければならなくなったようだ。
「あ、あの……その……」
絶望したようなイオの視線を受けて、コレーが何かを思い出したように懐をまさぐっているけど、いったいどんな切り札を持ち出してくるつもりやら。すでに依頼料を数え終わったビアンカちゃんも、このほぼ取り返しのつかない状況に気が気ではない様子だな。
「申し訳ございません。こちらの書状を預かってきておりましたのを忘れていましたの」
そう言って、一枚の便箋を取り出して、手近にいたビアンカちゃんに渡した。便箋の封蝋に押されていた意匠は、円の周りに数個の三角形を並べた形だ。
冒険者ギルドの職員にとって、それが何を意味するのかくらい分からんといかんだろう。当然、イオもビアンカちゃんも信じ難いものを見るような眼をしてる。便箋を受け取ったビアンカちゃんは慌てて仕切の向こうにいる支部長殿へ届けに行った。
「マジかぁ……。こんなもん出されたら、引き受けんとならんよなぁ……。ふぅ、胃が痛いよ……」
支部長殿の苦悶の声が聞こえてくる。ご愁傷様だ。
「いったい、何と……?」
ビアンカちゃんの問う声。
「えーと、『冒険者ギルド最高指揮者コロナ=プロミネンスの名において命を発す。この度、コレリーウス=ダイモン・ド・メルティノに託した依頼に対し、総数50名までの戦力保有を認める。』だってさ……。冗談でしょ?」
俺とコレーを除いて、誰もが硬直したのが伝わってくるよ。何せ、メルティノにおいてほとんどの誰もが逆らえない強権の持ち主達が、今回の依頼にゴーサインを出したんだからな。50人って、バシュキルシェのほぼ全ての冒険者だよ、たぶん。
「この依頼に嘘偽りはございませんわよ。そちらの君も安心なさいませ。コロナ=プロミネンスおよびコレリーウス=ダイモン・ド・メルティノが、バシュキルシェ冒険者ギルド支部の総力を投じてのメイジャー級ミュータント討伐依頼を保障いたしますのよ」
悠然と言ってくれるが、とんでもない切り札だぜ。
とりあえず、イオの首が繋がったことだけは喜んでおいてやる。
だが、これで討伐が失敗すればイオの首が飛ぶどころか冒険者生活、というか人生そのものが終わるってことだぞ。生きてバシュキルシェを出られたら良いな、くらい。メイジャー級を相手に、50人も冒険者が集まると思ってこんなことにハンコを押したのか、あの小娘とコレーは。
いや、集まらないことを見越して、噂の俺達こと『ジュピター』をあぶり出すつもりなんだろうが。
「え、えーと、なんとかなりますか……?」
イオはまだ、あんまり理解が追い付いてないみたいだな。
――だから、バシュキルシェ中の冒険者から何十人もの犠牲を出したくなけりゃ俺達が討伐しに行けってことだッ……。最悪50人近い命を、ネズミ捕りの餌にしやがったんだよ、こいつらは! なんとかなる、じゃなくて、なんとかする、の段階だッ――
「この討伐依頼が成功すれば、どうなるということはありません。緊急性から考えて文書の作成は妥当です。しかし、それだけ私達には時間がないということなんですけど……」
「あ、そういうこと……じゃあ、解決さえできれば何ともないわけなんだね」
俺とビアンカちゃんの説明を聞いて、イオも漸く状況が飲み込めたようだ。
もし『ジュピター』が偶然の産物だったりしたら、イオだけに限らずバシュキルシェにでっかい被害が出てたってことだけどな。あの小娘のデタラメ具合には、ハラワタが煮えくりかえりそうになるぜ。
「では、私もしばしこの街に逗留させていただきますので。召集が終わったらこちらへ連絡くださいまし」
コレーが一礼して、壊れた扉をなんとか閉めようとしたけど諦めて、そのままで出て行っちまいやがった。妙に顔が引きつっていた気がするが、たぶん、今回の一件はコロナの甘言に乗せられたってところだろう。
なんせ最悪50人、良くても十数人を犠牲にしかねない依頼に印を押すほどコレーだってただの脳筋じゃない。没落しても元メルティノ王国王位継承者なんだからよ。
「ねぇ、これからどうするつもりさ……?」
小声でイオが俺に話しかけてくる。他の奴らは各方面への通達に走り回っているから気付かれねぇけど。
――いつもみたいにこっそりやるっきゃねぇだろ。サシでどこまでやれるかわからねぇが、半殺しまで行ければビアンカちゃん達でもどうにかできるはずだぜ――
「そ、そうだよね……。このままだとビアンカさんが矢面に立っちゃうんだもんね。何もかも、迷惑掛けるなぁ……」
そう、現状のバシュキルシェで最高戦力って言えるのはビアンカちゃんともう一人のカーネル級冒険者だ。これに十人くらいの助けを見積もっても、メイジャー級相手にはギリギリってところだ。一人も犠牲を出さないつもりなら、俺達が手を貸すしかないのさ。
こういう計算高さは、やっぱりコロナだと思うわ。
現メルティノ二頭制国家の第二権限者だけある、というかもはやコロナの独裁だよな、これ。
「それにしても、まさか元王女様がここへ来るなんて思わないよ。知ってたなら、どうして教えてくれなかったのさ?」
――いや、教えてたらまともに喋れなかっただろうが……。それに、イオが下手に口を滑らせてたら絶対に書状のことは黙ってたつもりだぞ、コレーの奴は。たぶん、こいつはコロナとコレーがグルになって俺達、というか俺の生存を確かめるために計画した罠だ――
この辺りは少しややこしいのだが、俺はコロナやコレーとは旧知の仲だ。イオと会う少し前までは、たまに様子を見に第一主都と第二主都にも顔を出していたんだよ。そうなると、コロナとコレーも古い知り合いであることぐらいイオにだって容易に想像できるだろ。
過去、俺達『ジュピターズ』の最期の戦いになった日を境に、プロミネンス家とメルティノ家は互いに権力を分散させたんだっけ。そこは俺もまだ英霊になってない時期だったし、王国から二頭制国家への移り変わりに立ち合っちゃいない。
12年前だから、イオもまだ5歳ぐらいか。それでも、俺よりかはわかってるはずだろ。
「罠って、何で……ッ? 生前、何かやらかしたのカリスト!? ま、まさか、元王女様や最高指揮者様にまで手を出したんじゃないだろうね!?」
――馬鹿言ってんじゃねぇ! 体を借りた後のことは覚悟しとけ! あんときゃ俺はもう17で、コロナが四つ、コレーも七つだ。仮に今の二人だったとしても、手ぇ出すなんて恐ろしくてできるわけねぇだろ……――
イオのズレた勘違いに、俺はついつい包み隠さぬ本音をぶちまける。
英雄とまで言われた国最強、さらには世界最高峰の冒険者である俺が、何を言っているんだって顔をしているが、な。イオよ。女は怖いんだよ。
実力の上では確かに『ジュピターズ』のリーダーを張れたけどさ、立場上で言うと俺は最下位だったんだぜ。そもそも、パーティーの名前自体がジュピテル神の名を冠した天体の時点で、お察しだろうよ。
女たらしとか言われちゃってる俺だけど、これまで生きてこれたのは一重に強さだけじゃなくて、女を選ぶ嗅覚があったからなわけ。分かるかね。
「うーん、流石は現メルティノで最強って言われてるメイジャー級冒険者コロナ=プロミネンス様だね。入社の挨拶の時に第二主都でちょっと見知ったくらいだけど」
――話を聞いてて、見たことがあるならわかるだろ。世の中には、触れちゃいけねぇ女ってぇのがいるもんだ。下手すりゃ、串刺しの速贄されちまうよ――
齢16にしてメルティノ国で最高の地位を三つも得ているのだから、コロナという女が如何に危険かが分かるはずだ。寒さなど感じない俺でも、背筋が凍り付くってぇもんだ。
「おい、イオ! そんなところで油を売ってるんじゃないッ。お前は南区の方の通達担当だ」
そうこう話しているうちに、先輩からのお声が掛かる。
「は、はいぃッ!」
窓際のイオもこうなるとのんびりはしてられないな。聞きかじりの知識じゃ流石にコロナやコレーの立場はわからんし、詳しくはビアンカちゃんから聞いてもらうとしよう。
雑談を切り上げ、飛び出していくイオの後をついていく。
こうして、俺とイオの波乱の一幕は開けようとしていたんだ。
お国のお話とか、小難しいことはビアンカ先生が後で優しくレクチャーしてくださるので軽く流しておいてください。
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