依頼書No.22 優れた厄介者
さて、このまま行くとイオは昼休み返上で書類を回収せねばならないだろうな。
――おい、南外壁の方に一枚見つけたぞ――
俺もこうして街中を飛び回り、書類の場所を伝えてやっている。それでも、飛ばされた書類の半分くらいしか集まってねぇな。
「ハァ、ハァ……」
俺への返事もない。
ほらほら、頑張れイオ。
――もう火の中刻が過ぎてたぞ。昼飯を食いたかったら気合入れやがれこのヒヨッコが――
丁度良い訓練になりそうだから、と俺はイオを囃し立てて遊ぶ。
だけど、もう少しで終わるだろうな。風が北から吹いてるから、軽い物は南側に流れて行ってるのさ。
そうなると、南一帯を回ればほぼ集まるって寸法だ。
もちろん、外壁の外へ流れていったヤツについては知らんよ。
「ふぅ、ふぅ……。うーん」
――どうしたんだ?――
イオは南に向かいつつも何を思ったか北に視線を向けるんで、気になった俺は聞いた。
「大したことじゃないよ。ただ、この時季に北風が吹くなんて珍しくてさ」
気にするようなことじゃねぇなら、気にしなくて良いだろうよ。
「この時季に吹く北風は、自然信仰の人にとって災風と呼ばれてるんだよ。嵐の前触れってところだね」
――災風? まぁ、確かに嵐は一人きてやがったな。ほら――
俺が指さした先に、風に呼ばれた災いがいやがった。
イオもそれにつられて振り向く。
「やぁ、イオ」
すかさず声をかけてきたのはナマカだ。
一際、高見からイオを見下ろしてきやがんの。
「ナマカ……さん? えーと、馬?」
――そういや、馬止めに一頭いたな。こいつのだったのか――
馬自体は珍しいこともなかったので気にしなかったが。ナマカが窓から入ってくるのって、丁度良い感じの位置に馬止めがあるからだろ。
改善要求しておかないとな。
「愛馬のヒイアカだよ。生まれたときから一緒でね」
肉質の良い身体を撫でつつ、大事な友の紹介をしてくださるナマカさん。
ナマカに合わせていて小振りの種みたいだが、名馬って呼ばれるものに見劣りはしていない。
馬について詳しいわけじゃないから後はナマカの解説待ちだ。
「もっと相棒を自慢したいところだけど、まずは詫びておくよ」
そう言って、ナマカは数枚の羊皮紙を取り出した。
差し出されて直ぐ、何なのかがわかる。
「これは……僕の探してた書類?」
「飛ばされてたのは僕の責任でもあるからね。これで許して欲しいのだけど」
馬上からというのも失礼な気がするも、ナマカの存在があどけなくて嫌味がない。要するに、ビアンカちゃんに近い自然と媚びを振り撒けるタイプってことだ。
イオもほぼ全部が揃った書類に喜んでるから、良しとしよう。
「ありがとうッ。別に怒っちゃいなかったし、良いんだけどね」
「あれ? イオは優しいんだね」
「優しいというか……まぁ、お人好しとは良く言われるかな?」
自覚してくれてるなら直して貰えると助かるんだけどね。
ナマカの意図までは測れないが、問い詰めても飄々とあしらってくるだろうな。
何せ、同じ物を追いかけながらも一度として俺は、ナマカと出会っていないんだ。どちらかが相手を探せば、それほどせずに出会えるような街で、だ。
「ちょっとばかり聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
ほら、来た。
俺はナマカのセリフに身構える。イオも気づいてそれに倣う。
「観察させてもらって悪いね。その、イオがまるで思い立ったように別の場所へ向かうのを、さ」
信じられないことを言ってくれるぜ。
姿が見えない俺と鉢合わせないように付け回す方法なんて、いくつもない。地面か、空か。
「たまに、誰かと話をしている様子があったんだよね。これは、誰かからの指示を受けてたことに他ならないんだろうけど?」
俺の推理など――当たり前だが――素知らぬ顔で話し続けるナマカ。
イオの個人技を考えれば、姿を見えなくするって方法はありえない。
ナマカの個人技が、地面を移動できるのか、監視に向いた代物か。
こちらの姿も見えていたということは、壁とかを通しても視界が確保できるのかもしれねぇな。
「……」
「そんなに警戒しないでよ。別にどうこうしようってわけじゃなく、単なる好奇心だから」
そうは言っても、一応秘密なんだぞ。
しかし、こう緊張してしまったんじゃ何か隠しているのはモロバレだ。
――嘘や誤魔化しで乗り切ろうってぇのは愚策だな。こいつの言葉を信じるっきゃねえぜ――
「わかった。確かに、ある人に教えて貰っていました」
「誰なのか、は言えない?」
「言えません」
「オッケー。それだけで十分だよ」
毅然としたイオの対応に、これ以上は無駄だと思ったのかね。案外、大人しく引き下がるじゃないの。
「観測する人物がいる割に、屋根の上を渡ってる僕に気づかない鈍さは気になるところだね。まぁ、教えて貰えないならこれ以上聞くのは野暮だね」
驚くべきことを言いやがった。と言うか、馬ごと屋根の上を走ってたのかよ。
「気づきませんでした……」
「フフッ、それは良いのだけど、後どれくらい足りないのかな?」
俺達が、と言うよりイオの驚いているのが面白いらしく、意地の悪い質問を投げかけてくる。
今まで見ていたのなら、不足分がいくつなのか程度、把握しているに決まっているからだ。
「後……一枚ですね」
「じゃあ、あそこに引っかかっているのがその最後の一枚だね」
ナマカの指さした先、街を守る防壁の隙間に、羊皮紙が虚しくたなびいていましたとさ。
――ありゃ……――
「……えっと?」
二人して、どうしたものかと頭を悩ませるわけだ。
石壁をなんとか登っていきたいんだがな。憑依もしてないイオが、体長の3倍くらいある高さにたどり着けるとは思えないよね。
ねずみ返しとして少しだけ外側に傾斜してるとは言っても、だ。
しかも、あんまりモタモタしてたら風で飛ばされるかもしれないって状況だぜ。
「イオが、アーティの噂していた『ジュピター』かと思ったんだけど。当てが外れちゃったかな?」
「そ、そんなわけ、ないじゃないですかぁッ!」
「だよねー。これぐらいも登れないイオが、そんなはずないよね。ごめん、ごめん」
ワハハッ、とイオ達は笑い合う。
そんなことをしている暇はないが、今のは挑発と受け取って良いんだよな。
――ナマカが取りに行ってくれるってよ――
「だ、大丈夫ですか……?」
イオは優しな。これだけからかってくれたんだから、お手並み拝見といこうじゃないか。
とかやってたら、ナマカの奴がヒイアカを転進させた。外壁に沿う大通の向こうへさよならだ。
どこへ行こうというのかね。
――逃げる?――
「全力で駆け抜けるよー。ちょっとその辺りを退いてくれるかな?」
また方向転換して、通を往く人々に声を掛けたのさ。
誰も彼もが何事かと振り向くが、深く考えることなく道を開けちまう。
俺達にはなかった軍師としての才覚ってぇ奴を目の当たりにしたぜ。
――軍で指揮を学んだってぇのは本当だったみたいだな。だが、これからだぜ。書類が飛ばされる前に取ってくれなくちゃな――
果たして俺の期待に応えてくれるのか。
そして、ナマカが、ヒイアカが駆ける。
「!?」
――マジ、かよ……!?――
びっくらこいた。まさか、外壁を馬が登って行くんだぜ。
野生の鹿か何かが、絶壁を登るって話は聞いたことはあるが。それとは違って、ほぼ平らな壁を、走る遠心力でくっついてやがるんだ。
イオなんて、目ん玉が飛び出んばかりの顔をしてる。もしかしたら俺もかも。
ナマカがそのまま弧を描いて、書類へと接近していくわけだ。ここから更に驚き。ヒイアカの側面へ上半身を移動させるとか、馬術じゃなくて曲芸の域だね。
ナマカもだが、その体重移動を支えてなお壁走りを続けるヒイアカの練度よ。
愛馬と言うだけのことはあるね。
「取った!」
書類を手にして、ナマカが降りて来たぞ。着地も見事だ。
「凄いですよ! あんなの見たことありません!」
イオが駆けて行く。
「ドウドウ。まぁ、これぐらいは朝飯前だね。ほいッ」
自慢なのか、謙遜なのか、表情と言葉が合ってないぜ。
手渡された書類をイオが満足気に受け取った。
「ありがとうございます。これで昼食を逃さずに済みます」
「……そう、それは良かった。ついでだし、僕もお呼ばれしようかな」
「『冒険の家:イザベリア』って場所ですけど、良いんですか?」
ナマカが逡巡を見せたのは何か思うことがあったか。イオも気遣いを見せるぞ。
下手な店で食べるよりも、味は良い上、お値段もお得だ。えぇ、あのイザベラを見ながらでなければ。
イオは別に平気そうなんだけど、慣れって恐ろしいね。
「いんや、『ラオメディア』には仮所属みたいなものだから気にしないよ」
「それなら良かったです」
俺達が『冒険の家:イザベリア』へ向かってあるき出した。
その時、丁度見知った顔を見つけたんだ。
「あれは、モウポリエさんッ」
南門から入ってくるモォちゃんの姿を見つけて、イオが声を掛けたんですよ。
「……」
聞こえなかったのかね。
僅かに立ち止まった気もしたが、振り向かずに行っちまう。
「聞こえなかった……のかな?」
――さて、ね――
「さて、ね……」
俺とナマカが重ねるようにイオの問いへ返した。
「この辺りで、囮の仕事でもしてきたのかな? 臭い玉の香りが漂ってきてたよ」
――そう言うことなら、イオを避けるのもわかる。臭いをさせたままってぇのは女として恥だもんな――
「なるほど……」
と言うか、これだけの距離があった上に風下のナマカは、臭い玉を嗅ぎ取ったってぇのか。かなり強い臭いだが、普通は無理だぜ。
こいつの嗅覚――に限らず、五感がどうなってるのか気になるね。
「それはさておき、あちらのレディの相手をしたほうが良さそうだね」
今度は別の方向にいた娘さんを、ナマカが見定めた。
――あれは……――
そう、ビアンカちゃんのお見舞いの際に、素晴らしい質問をしてくれたお嬢ちゃんだ。
こちらへ、手を振りながらやってくるじゃないか。一人でお遣いって感じだな。
こいつ、視線と僅かな挙動だけで、お嬢ちゃんがイオの知り合いだってわかったのかよ。ほんと、どこまで常人離れしてやがんだか。
俺が言うのもなんだけど、な。
「イオおにーちゃんッ」
声が聞こえるぐらいまで近づいてきたな。
しかし、事故は起こってしまったんだ。
老朽化した外壁の一部が、駆けてくるお嬢ちゃんへめがけて落ちていく。
「イオおに、ッ!?」
「あぶないッ!」
イオが無謀も無謀に、走る。同時にナマカも疾駆していたんだが、どちらも方向性が違う。
片やお嬢ちゃんの元へ、片や外壁を駆けて。
――馬鹿野郎! 今のお前じゃ一緒に潰されるだけだぞッ!――
ナマカだって、人独り、馬一匹でどうこうできる大きさじゃないってわかってるはずだ。
だが、それを覆しちまうのが、どうやらこのナマカって娘らしい。
「“小さな小さな小人達”!」
『!?』
イオ達から見れば、いきなり外壁ブロックが砕けたって感じだろ。その先にナマカの姿があったと。
ナマカの手には、金属っぽい人形が一つ。




