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依頼書No21 嵐、その名はナマカ

 昨日までの慌ただしい日々が過ぎ、バシュキルシェ冒険者ギルド支部にも平和が戻ってきたわけだが。

 まぁ、残念ながらビアンカちゃんの姿はない。

 コレーもいないんで、モォちゃんは『冒険の家:イザベリアン』で待ちぼうけかな。他の奴と組んでる可能性はあるが、モォちゃん一人で大丈夫か心配だ。


「平和、だね」

 ――あぁ、そうだな――

 窓から差し込む日差しを浴びて、イオが暢気に呟きやがる。何もなさすぎて、仮面でも張りつけたみたいに動かねぇな。

 時刻は火の始刻くらいか。

 机の上には相変わらず『月刊アドベンチャーズ』用のアンケートが積まれてるな。

 いつもと違うのは、達成後の依頼に関する処理を書いてある書類も積まれてるってことかな。『冒険の家』から上がってくる奴だ。


「こっちは偵察が必要だから、トリンキュルさんに返却と。これは……正体不明の穴? こっちも偵察の方がいいかな? 外壁の補修案件か……もう騙し騙しやれないみたいだね」

 依頼こそ達成したものの、新たにミュータントを確認したとか、多少の自然破壊をしちゃったよみたいな、そういう報告だと思ってくれ。

 後者みたいな報告はしたことないからね、ほんとだよ。


 ――何でもかんでもパレネ女史に回すと、また睨まれるぞ?――

「もっと具体的に報告してくれると助かるんだけどね」

 そう、大抵はとても簡素な文書だ。ほとんどの場合、『冒険の家』の店主が又聞きで記述することになるからな。

「ブツブツ言ってないで、手を動かせよ。ビアンカが抜けてる分、誰かがやらなきゃいけねぇんだからよ」


 キツネの言う通り、イオが別の作業を任されているのはビアンカちゃんの穴埋めである。

 こんなんでも、業務の優先度としては低い方だ。

 ビアンカちゃんなら、イオよりも早く正確に処理できると誰もが思っているだろな。でも残念、こっちは二人分の目で見てるんだぜ。


 ――字の読み書きができる奴が増えれば良いんだけどな。ま、俺も読みだけで精いっぱいだから、人のこと言えねぇや――

 メルティノの限った話しか知らないが、識字率はとてつもなく低い。計算ができる奴も少ねぇの。

総人口の5分の1が、やっとこそさ『読み・書き・計算』のいずれかができる。三つのうち二つができる奴なんて10分の1だし、三つともとなればさらに10で割らないといけなくなる。


「ビアンカちゃんも、明日には外出許可が下りるみたいだから頑張りましょう」

「あ? お前になんか言われたくねぇよ。クソッ、ちょいと手洗いだ……」

 イオが精いっぱい会話を続けようとしてんのに、キツネはこの言い様だ。

 こうも態度が悪いと、一発ぐらい殴りたくなってくるな。


 ――ちょーと痛めつけてやるか。イオ、体かせぇッ――

「アハハ……。喧嘩腰は良くないですよ」

 イオはもっと怒って良いって言ってるでしょ、もう。

 ビアンカちゃんがいたら、ここで一言申してくれているんだけどな。

 まぁ、こんな会話ができるぐらいに穏やかな日がやってきたわけだ。

 そいつがやってくるまでは。


「ワプッ!」

 イオの間抜けな声が響いた。

 直ぐに、イオから少し離れたところにある木窓が開かれた所為だ。入口の扉から窓まで、風が上手い具合に抜けて行く。

 合わせ、イオが分別していた書類まで宙を舞った。


 ――あッ――

「あッ」

 十数枚の羊皮紙が吸い出されていった。

 俺とイオの顔が、丸三つで表わされる。

 書類が飛んで行ったことだけでじゃなくて、そこにいた人物にも驚いたからである。


「あれ? ごめんね、タイミングが悪かったみたい」

 褐色肌のガキが一人佇んでいて、悪びれた様子もなく言ってのけやがる。

 立ち上がったイオを、頭一つ分くらい下から見上げるのは淡緑の艶やかな瞳だ。

 日に焼けて白んだ髪が元は何色だったのかは知らないが、フードの下から現れたことで俺は直感する。


 ――女の子だな。仕方ない部分は捨てても、髪の手入れはちゃんと行き届いてやがる――

 化粧なんかも、ゴテゴテとしない範囲でしてるみたいだ。

「へぇ……。女の子なんだ。というか、それ以前にここは二階だよね? どうやって入ったのさ?」

 ――イオよ、そいつは愚問だぞ。窓からに決まってるだろうが――


 何を言ってるんだこいつは、と言うぐらいの表情で答えてやる。

――と言うか、俺の口癖を取るなよ!――

「その窓からだよ? ノックはした方が良かったかな? 今度からそうさせてもらうよ」

「そう言う問題じゃなくて……。まず、二階の窓から人が入ってくること自体がおかしいでしょッ?」

 まぁ、俺みたいな思念体じゃない限りは、な。

 イオよ、それは怒っているつもりなのか。怖くも何ともないぞ。


「ガキィ! てめぇ、ちゃんと扉から入ってこいって言ってんだろぉがぁッ。頭も体も全然成長してねぇな!」

 イオじゃ迫力が足りないからか、キツネが細い目を精いっぱいに開いて小娘を怒鳴った。

 最後の一言は一部要らなかったな。


「……フッ」

 息を吐き出す音を残して、小娘の姿が消えたように見えただろう。

 その姿を追えていたのは、たぶん、俺とアーティぐらいのもんではなかろうか。


「あが……?」

 良く分からんセリフを最後に、キツネが床に倒れた。

 小娘は、キツネの背後に現れている。それが、イオ他数名から見た情景だ。


「え? え? な、何が起こったのッ?」

 ――跳んで、天井蹴って、キツネに当て身を食らわせた。それだけ。ただ、ものすごく速く――

 腕利きじゃなきゃ見逃しちゃうね。

 跳んだのは身長差の問題だろう。しかし、それだけの余計なモーションを入れてもなお、これだけ早く動けることは素直に褒めてやろう。


「貴方も学習しないよね。この間もそう言って、僕を怒らせたよ?」

 気絶した相手に何を言っても通じないだろよ。たぶん、殴られたってことさえ覚えてないのさ。

 あと、どうやら肉体的特徴をバカにされるのは我慢ならないようなんで、イオよ気をつけたまへ。

 さておき、ため息交じりに闖入者を諫めたのはそいつだった。


「ナマカ、自由人とは言え規則を守らない者にギルドの戸を潜らせるつもりはない。ちゃんと入口から入ってこい」

 アーティだ。

 知り合いらしい。他の奴らも、このナマカとかいうガキんちょを知っているみたいだが。


「アーティは相変わらず固いね。またシワ増えた?」

 なんともまあ、アーティに対して気さくに話しかける奴がいるとは思わなかった。この気取った元貴族野郎をからかうとは。


「言うに事欠いて、って話は最後まで……」

 アーティが言い終わるより早く、ナマカはギルドの出口へと駆けて行きやがった。

 木戸の方はカロン支部長殿が閉めてくれてましたよ。ナイスでぇす。


「ナマカ=ハティ、今朝付けで帰還しました! えーと……とりあえずまとめて報告しまーすッ」

 入室から、一度前に真っ直ぐ上げた足を(かかと)でピッタリくっつけ、手には奇麗な角度で手のひらを当てる。

――軍隊式の敬礼?――

「軍人って感じではないと思うけど……」

「彼女は流浪の部族の生まれでね、ここ二年くらい街を離れていたのさ。やぁ、見ないうちに……変わらないね」


 イオの疑問に答えてくれたのは支部長殿だ。

「僕は部族の指揮を担当しているんだよ。軍隊に学ぶところも多かったからね、お茶目な挨拶だと思ってよ」

 ナマカも続く。

 なるほど、と俺も納得した。


「これが二年の間に倒したミュータントだよ」

 ナマカが言って、纏っているマントの懐から、羊皮紙の束を取り出してアーティに手渡したな。結構な数があるぞ。

 余談だが、外套としてのマントはわかるにしても、この季節にマフラーを巻いていることに何か意味があるのかね。


「確かに。トリンキュルさん、確認の方をお願いする」

「わかりました。迅速に」

 アーティの指示に従ってパレネ女史がギルドを出て行ちまった。

 まさか、あの羊皮紙にあった場所を全部回るつもりかよ。


「今回は西外縁に固まってるはずだから、一月くらいで回れるかな?」

 本当に回るみたいだ。

 それと、もしかしてこいつがメルティノの西外縁で暴れてたから、風船の奴や鳥ミュータントがこっちに流れてきたんじゃねぇのか。

 いや、ミュータントてぇのは強敵がいるからって住処を移動する生物じゃないはずだよな。俺が知る限りは、だが。


 ――どんだけ暴れまわれば、ミュータントが流れてくるんだか。やっぱり、他の要因がありそうだな――

「なるほど。部族の人達もいるとは言え、外縁のミュータント達をほとんど倒せるだけの実力なんですね。僕と同じルーテネント(一尉)級くらいですか?」

 イオの奴じゃ、実力を測り切れないか。

 俺が推測する限り、ナマカって娘はこの年でビアンカちゃんやアーティに匹敵するぞ。


「十一にしてメジャー(二佐)級の実力かな。事後報告だから正確に測れないけど、もしかしたらカーネル(一佐)はあるかも」

 支部長殿の返答に、俺とイオが驚く。

 ――十一歳ッ? アーティとどういう関係なんだよ!?――

「カーネル級!?」


 互いに驚く点は違ってるけどな。

 そこそこの身長はあるから、アーティの知り合いってことを加味しても十五ぐらいだと思ってたわ。

 俺の目をしても見抜けぬとは。

 あ、マントの下を覗いたら、厚底のブーツなんぞ履いてやがりました。しかも、体の布面積を増やすためのマントなのね。


「……」

 この事実はアーティにゃ堪えるかな。

「アーティとは幼馴染でね。時には唯一無二の相棒、時には競い合うって仲さ。ただ、僕はP.Pとか言う次期最高指揮権なんてものに興味はないから」


 十一の小娘と幼馴染って、それもそれでどうなんだよ。

 後、サラリと誰もが垂涎物の権利を放棄しやがった。

 『プロミネンス・ポイント』の使い道を気にしていた一般の方々がいるかもしれないんで説明しておく。これの点数がコロナを追い抜かした時点で、その冒険者はギルド最高指揮者(グランド・マスター)の座に就けるって仕組みだ。

 冒険者達を掌握できるのと同義だ。

 まぁ、コロナのポイントを超えられるだけの実力と情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さがあるならその地位もうなずけるな。あ、普通に無理ってことね。


「よ、よろしくお願いします、ナマカさん……」

 ――へりくだる速さは誰よりも足りてるな、イオ――

「ハハハッ。気楽に行こうよ、イオ=ガニメル!」

 イオが頭を下げると、ポンポンッと肩を叩いて励ます。


「しかし、そんなことよりも、飛ばされた書類はそのままで良いのかい?」

 ナマカに言われて、イオの顔が青ざめながら点になる。

「アッ……」


(∵)

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