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依頼書No.1 ギルド観光という名の覗き魔

 俺は何の気なしに、窓辺の縁に腰かけながら、20メートル四方くらいの室内の様子を観察する。小さな鳥が(つがい)で俺の側に止まり、ご一緒することになった。

 まず、最初に目が行くのはこの少年。小動物のような顔をだらしなく歪ませて、手にした羊皮紙に関する作業を停止させているコレ(・・)

 平たく言えばよそ見とかサボタージュなんだが、あえて叱りつけたり視線の先には言及しない。話しが長くなりそうだからだ。


 手にしている書類は重要なものじゃなく、冒険者達の意見やささやかな要求を取りまとめたアンケート用紙だ。この無造作ヘアーの少年がいつも書き写しては持ち帰る『月刊アドベンチャーズ』という冒険者専用の掲示文書にも記載される代物である。しかし、適当にピックアップして書きだしておけば良い。どこの支部でもそうしているはず。

 こいつイオ=ガニメルを含む冒険者ギルドの職員が、業務とする優先度は最後の最後と言える。

 それなのに、どうしてイオの奴がアンケートを片手にミュータントの死に際みたいな顔をしてやがるのか、という話だ。


――そんな調子だから、お前は干されるんだよ――

 俺が呆れて、というか見ていると無駄に苛立ってくるんで現実に引き戻してやると、イオもトロけた顔を修正して机に向き直る。

 もっと要因はあったらしいんだが、細かいことは聞いてない。まぁ、短い付き合いの中で分かったイオの性格からすれば、予想に難くはないけどな。

 少しズレたが、要するにイオは窓際に干されたわけ。


 仕事として使えない奴を、てめぇは役立たずの無能なんだよ、と悟らせるために窓際の隅っこで優先度の低い作業をさせるアレである。悟った奴は失意のうちに自らここを去り、ギルドの名誉は守られるという算段な訳だ。残酷だねぇ。

「やぁ、ついつい……」

――ついつい、じゃねぇよ――

 この能天気は、自分の立場も分かっちゃいない。

 日がな一日好きな掲示文書の仕事をさせてもらえる、と喜んでいる節さえありやがる。頭は悪くないんだが、要領が悪いのと思考がズレてんだ。


 ほら、また脱線して本題に入るのが遅れた。

 何が言いたいかと言うと、こいつがどうして俺のような一級、強いては英雄とまで言われた冒険者に見守っていてもらえるかってこと。

 あぁ、先に俺のことを紹介しておかないとダメか。

 俺はカリスト=リタニア、享年17歳。12年前以前から、このアーカンハイスでも名高い最高位の冒険者『ジュピターズ』を率いていたナイスガイだ。


「カリストも、ついうっかりそんなところから落ちて死なないでよね。格好つけてるところ悪いけどさ」

 そう、丁度12年前に俺達はあるミュータントとの戦いで死んじまったわけ。

――馬鹿か。英霊(えいれい)にまでなった俺がもう一度死ねるわけねぇだろ。それに例え生きてたとしてもだぜ、この程度の高さから落ちたぐらいで死なねぇよ――

 国教のジュピテル信仰に言わせると、英霊って呼ばれてる高次元の存在になってしまった俺は、なんてこともない切っ掛けでイオと出会った。


 イオの持つ『個人技(スキル)』“窓見(スクリーン)”。

 一月前、今みたいに窓際の(ふち)で、ギルド観光(のぞき)していた時に俺の姿を視ることができたのがイオだった。

「そーだよね。あの時も僕は君が見えて、君も僕に見つかったから、お互いに驚いて転げ落ちたんだよね」

 そう言うこと。まさか窓を通せば英霊すら視れる『個人技(スキル)』持ちとなんて、俺も初めて会ったわけだからな。英霊になってから初めて話しかけられて、ぶったまげたもんだ。

 ――そんなことより、また余所見してると……――

 その時のことを思い出した俺は、ちょっと悔しいからイオに意地悪をしてやった。死角から近づいてくる同僚が、円らなキャッツアイを視線の位置に合わせるまで教えないでおいたんだ。

挿絵(By みてみん)

「窓の外にどなたかいらっしゃいますか? あぁ、小鳥さんなんかとお話されていたんですね」

「ヒャワワッ!」

 ――ほれ――

 意中の君にいきなり声をかけられてイオの奴、慌てて下がって【ガンゴンッ】とか頭を窓にぶつけてやがんの。愉快、愉快。

「つぅ~……!」

「だ、大丈夫ですかッ? ごめんなさい! 私が急に声なんて掛けるから……」

 ――いつもみたいに、似合わない伊達眼鏡をかけときゃこうならなかったのによ。俺の定位置はこんな窓際じゃねぇんだぞ――

「だ、大丈夫、です……! 父に叱られた時はいつも頭を殴られていますんで、人より丈夫なんですよ!」

「でも……コブとかはできていませんか?」

 ――こういうところでさりげなく口説き文句を言うと良いんだぜ? 君への想いを小鳥と語らっていたんだよ、ってね――


 俺の言葉、というより念話とかそう表現すべきなのか、それに返答もできない程度には戸惑ってるみたいだ。あと、やっぱりお前の返事はズレてるよ。

 そりゃ、意中の女性が心配してくれているのだから男としては悪い気なんてしないだろうよ。しかしだ、俺はあえてイオの思い人を無視することにする。別に悪意や意地悪でそうするわけじゃない。イオ以外と会話をすることはまず不可能な上、さっきまでの様子を見ていて分かる奴には分かるだろう。

 イオをこのまま放置すると、確実にしばらくは俺との会話に戻ってこれなくなる。


 このたわわに実った二つの果物に押し出されたボディスタイプのギルド職員を示す制服につけてあるプレートに、『ビアンカ=ヒベリオル』の銘を刻んでいる女はイオの同僚だ。ただの同僚じゃなく、第57期入社の同期にして同じ17歳で家が偶然にも隣同士なんだよな。加えて、イオが窓際に追いやられる要因の一端になったというのも、ある程度は推測できる。

 現状(窓際)のイオに対して、ビアンカちゃんが気を配る程度の恩は売っていると見て良いし、もう少し踏み込めれば良い線まで行くと思う。俺だって、この『|ミュータントも食わない《ミューノイー》(Mutant not eat)』頭のイオを応援してやっても良かったさ。俺がイオの体を借りて口説き落とすぐらいわけはない。


 ――ジュピテル神教の信徒じゃなけりゃな――

 なんて、ついうっかり漏れた今のは、聞かなかったことにしていただけないか。

「……」

 さっきの衝撃で小鳥もいなくなった窓の外を、というより俺をイオが横目で睨みつけてくる。

「あの、まだ痛むようでしたら、冷やした方が良いと思います……」

「あ、うん、ちょっと失礼させてもらいますね」

 視線が険しいのを、ビアンカちゃんは痛みによるものだと勘違いしている。


 お言葉に甘えたイオも、席を立って出口のある仕切へと向かってしまう。俺に視線を向けながら。

 とりあえず俺は、イオの意図を察したんで窓ガラスを通り抜けて背中を追いかける。

 20メートル四方の部屋、というか事務室を出た先の廊下を進むと一階へ続く階段があり、下へと向かう。下り切るとまた正面に階段が見えるが、そっちは一階に店を構える雑貨屋夫婦の住居なので無視だ。イオがわざわざ、買い物に来ていた冒険者に頭を下げる。


 階段に挟まれた通路の一方の奥まった位置に手洗い場があるため、イオと俺はそこへと入って行った。

 もちろん、男同士であんなことやこんなことをするわけじゃない。第一、個室は作ってあってもオマルが置かれてるだけのところじゃ、どんな美人とだって勘弁願いたい。

 窓がないため、イオは伊達眼鏡をかけて俺を視れるようにする。枠に透明な板か何かがはまっていればイオの『個人技』で、俺に限らず何らかの『個人技』で姿を消しているとか、光のトリックを使ったカモフラージュならば見破れるんだよな。


 ――勘弁してくれや。あぁでも言わねぇと、お前はビアンカちゃんのお胸に釘付けだっただろ?――

「……まぁ、カリストの主義、主張、思想についてとやかくは言えないよ。僕もジュピテル神教じゃない。ただ……」

 そこで俺はイオの言葉を遮った。

 ――あぁ、わかってる。ビアンカちゃんの悪口は、例え他の誰かに聞こえないとしても言って欲しくないってことだろ――

 そこまで言ってから、少しだけ間違えがあることに気づく。ビアンカちゃんだけに限らず、誰かの悪口とかを聞くのが嫌なんだよな、イオお前はさ。大きくは違っていないから、イオは訂正せずにうなずいてくれる。


「そういうささいな、嫌いだ、好きじゃないって気持ちがあると、きっと素直に誰かの幸せを望めないと思うんだ。だから、悪口とか蔭口って言いたくないし聞きたくない」

 手先はそれなりに器用なんだが、どうも生き方の要領が悪い。どうせ、ビアンカちゃんや他の誰かの失敗を肩代わりしたんだろ、こいつは。

 誰かの笑顔を守るためなら自分の幸せは二の次で、人助けが趣味。それがイオ=ガニメルだ。

 ――後悔してねぇって言うなら、俺は何にも言わねぇよ――

「うん……僕は誰よりも不器用みたいだ」

 何を今更、そんな分かりきったことを言ってるんだか。ここまで生き方が不器用な奴、見たことがないぜ。


 ――けど――

 言いかけて、その言葉を飲み込んだ。

「?」

 ――何でもねぇよ。早く戻らねぇと、またどやされるぞ――

 仕事場に戻るよう促して、俺も後を追う。


 すると、イオのことなどどこ吹く風と言わんばかりの空気が漂っている。

「おい、さっきの話は本当か?」

カーネル(一佐)級のミュータントが一夜にして討伐されたって、何の冗談だろね」

「三日も受け手がいないからって調査に出向いた上での話だから、信憑性はあるよな……」

「あの噂が単なる噂じゃなかったってことなのかな」

 先輩の同僚達が口々に話しているセリフで、何のことやら理解する。昨晩、俺達が討伐したミュータントについての話だ。仕切の向こう側で、俺と、一応イオのことを噂しているわけだ。

おう、そうだ。もっと俺を褒めたたえるが良い。


「あ、イオさん、おかえりなさい」

 扉を潜った直ぐのカウンターの向こうに立ち、イオに声をかけてくる気配り上手なビアンカちゃん。急いで顔を上げたから、手入れの行き届いた黒いサイドテールが【サワワァ】と顔にかかる。それを艶めかしく横へ掻き上げる女らしい仕草。それでいて、ヘアバンドで前髪をまとめ上げているため男っぽくもある。イオに対する優しく気立ての良いところとか、装飾品を含む変に厭味のない男性的な部分は高評価なのだが。いや、これ以上はまた口を滑らせかねないな。

「なんだか騒がしいですね。また、受注されてない依頼が片付いちゃいましたか?」

 流石にわざとらしい会話の流れだな。


「えぇ、六日前のメジャー(二佐)級に続いてカーネル級依頼まで、噂の冒険者が終わらせてしまったみたいなんです」

「順番にランクが上がっていってるね。依頼を受注せずに、ただ売れ残っちゃってる依頼をこなしていく謎の冒険者でしだっけ?」

 自分達のやっていることをこうも他人事のように話せるのは、実際に事をなしているのは俺だからだろうかね。こういったところはイオの強みかもしれん。


「はい。『ジュピターズ』の再来と噂される冒険者……冒険者なのかも怪しいところですが」

「冒険者じゃないにしても、僕達が助かっているのは確かですもんね。次はメイジャー(准将)になるかもですね。さすがに、そこまでの依頼は舞い込んでこないとは思いますがね」

 複数人による仕業なのかどうなのか分からないため、その謎の冒険者は巷じゃ『ジュピター』って名前で呼ばれている。もし、俺達『ジュピターズ』が生きていたのなら、わざわざ存在を隠してやる理由が周りには思いつかないわけだからな。


 まさか、サージェント(曹兵)級の冒険者であるイオごときが『ジュピター』の正体なんて誰が思うだろう。英霊の俺を宿して戦えるなんて話も、普通の奴らなら信じられるわけがない。

 それで、どうして俺とイオが内緒で依頼を片づけているか、って話だったな。

 売れ残っている依頼っていうのは、放っておいてもただミュータントによる被害が増大するだけだ。周辺の村落からくる薬草とかの採取依頼もあるんで、やっぱり困っている人は出てきちまうわけ。人助けが趣味みたいなイオには、片づけて行くのが自分なのか俺なのかなんて関係ないわけである。


 ついでに、あんまり依頼が片付かないとギルド支部の評価が下がってしまう。

「確かに助かりますけど、それは相対的に『ジュピター』さんの危険が増すということですよ? ギルドとしては、カーネル級の依頼を容易く完了できる冒険者であれば、支援させていただきたいぐらいです。もし仮に、メイジャー級ですら完了できるとすれば損失とさえ言えます」

「……う、うん。きっと、何か事情があって姿を見せられないんじゃないですか? いつかきっと、ビアンカさんの気持ちが『ジュピター』さんに届くと良いですね」

 ――おうおう、嬉しそうにしやがって――

 当の本人を目の前にして心配だのなんだの言われるのは、そこに俺も含まれていたとしても、イオには諸手を上げて喜びたいことだろうに。イオよりややビアンカちゃんの方が小柄だから、困り顔をされると上目遣いにお願いされてるような気がするんだよ。


 ちなみに、ランク順に依頼をこなしているのは単に、上位級の依頼自体が珍しいのと、難しいから誰にも受けてもらえないだけだ。すると必然的に、順々に依頼が売れ残ってくる。まぁ、大概は冒険者を兼任しているギルド職員が、自分達の評価を気にして片づけてしまうんだが。

 当然、ギルド職員としても冒険者としても箔は付くけど、命懸けになるなんていうのは日常茶飯事。本来はそういうことがないように、ギルドと冒険者っていう相互扶助の関係があるんだけどな。

 人選ミスもギルド側の責任って言われちゃたまらんよね。


「……フフフ。アハ」

 ――おい、また顔が死に際のミュータントになってんぞ――

「イオ、さん? どうか、しましたか……?」

「ハッ……。いえ、何でもありませんよぅ! ただ、『ジュピター』さんがうらやましいなぁって……」

 ――そこまでだ、イオ。それ以上は本当にボロが出る!――

 ビアンカちゃんにほだされそうになっているイオにストップを掛ける。『ジュピター』の正体バレること自体は、イオにとっては仕方ないことではある。信じてもらえるかどうかよりも、ある意味イオにとってはズルをした上での、不当な評価を好まないというだけのことだ。どちらかと言えば、正体を隠したいのは俺の都合の方が大きいんだよ。


 これだから俺は、ビアンカちゃんって娘を警戒している。この街の商工会が開いたコンテストでミス・バシュキルシェに輝いた、バシュキルシェの花とか、バシュキルシェの天使なんて呼ばれてる彼女を、な。

「あ、えっと、そろそろ仕事に戻らないと……!」

 ――やぁ、男に媚びれるのは技術じゃなくて才能だ、ってぇのは本当だな……――

 イオが慌ててビアンカちゃんの呪縛から逃れ、ぎこちない動きで机に戻ろうとする。俺は、昔の仲間が言っていた言葉を思い出してビアンカちゃんの危険度ランクを引き上げる。

 そんな折だった。

 招かねざる客が、このバシュキルシェ冒険者ギルド支部へと飛び込んできたのは。


中世の衣装の資料がもっと欲しいです・・・。

でも、お金ないからネットの海を泳ぐ羽目にOTL

後、色々と描きやすいようにアレンジしているのでオリジナル中世ですね、これ。さぁ、次はドレスだ・・・(白目

ちなみに、窓らしきものがございますが、円形が窓ガラスで薄い水色の部分は金属の板です。中世期にはほとんどまっ平らなガラス窓ってなかったんですね。

窓の向こうがどうなっているのかというのを、便宜的に透かして見せている感じです。

というわけで、ご意見、ご感想、アドバイス等お待ちしております。

お気に入り登録とかも好き勝手やっちゃってください。

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